7 国境の街に到着です。
どうぞよろしくお願いいたします。
オディウムという従魔を得たステラは、彼に気を遣って森を直通するのは止めて街道に出ようかと提案した。
街道にも、当然、魔物は出てくる。しかし、魔物の巣や縄張りがある森の中よりはずっとマシだ。
しかし、彼は――
「逃げる時はいつも森の中に身を隠して移動していたよ。心配してくれてありがとう。でも大丈夫。僕、料理と逃げることには自信があるから!」
と謎の自慢を受けて、ステラたちはそのまま森を進んでいた。
日が暮れて、ステラたちは野宿の準備をする。
焚火を囲み、ステラはオディウム特製のコカトリスの香草焼きを口に運んだ。
「美味しいです! 皮がパリパリで、中はしっとりしています! 香辛料も効いてて……っ。臭みがないのは、ハーブによるものですか……?」
「うん。天然のを見つけてね。少し摘んで来たんだ」
ステラには草に見えるものでも、オディウムは食用かどうか見分けがつくらしい。
(流石です! わたくしも見習わなければなりませんね……!)
簡単だから、と手早く作ったサラダも、オディウムのオリジナルというドレッシングが新鮮な野菜によく合っている。
一々喜んで食べるステラを、オディウムは微笑みながら食事を取っていた。
「そういえば、オディウムは《時空収納》を持っているのですね。わたくし、家族以外で持っている方を初めて見ました……」
ステラは、おかわりのコカトリスを貰いながら、聞いた。
「いや? 僕は持っていないよ。持っているのは、これ。魔術式鞄」
オディウムは革鞄を見せた。良く使い込まれている。
「魔術式鞄?」
「見た目以上に収納出来る鞄なんだよ。これはそれなりに大きい容量をしていてね。この中に旅道具とかを入れていつでも逃げられる準備をしていたんだ」
そう言って、毛布を取り出した。どう見ても、この鞄に入れたら満杯どころか、はみ出てしまう大きさだったが、入れなおしても鞄はいっぱいになっていない。
「便利ですね……」
「まぁね。でも、高価だし、《時空収納》とは違って入れた物の時が止まる訳ではない。だから、食材とかは早めに使い切らないと普通に腐っちゃうんだよね……。ってことで、後で、僕が持っている食材をステラの《時空収納》にしまってくれるかい?」
その言葉の通り、食後、ステラはオディウムから食材を受け取って《時空収納》に収納した。
その後、オディウムは、食器の類の後片付けをした。ステラも手伝うと言ったが、「これは、僕の仕事だから」と丁重に断られた。
守って――もとい、養って貰う代わりなのかもしれない。ちなみに、今夜の食材――コカトリスの肉と野菜はステラの持ち物で、調味料はオディウムの持ち物だった。
「……それで、これからどこに行くんだい?」
魔術式鞄に食器や調理関連の道具を収納したオディウムは聞いた。ステラは飲んでいた紅茶を横に置くと、一枚の魔物皮紙を取り出した。それをオディウムに渡す。
「うわっ! ウリルクンミの討伐⁉ これはまた……厄介な相手だね」
「とても楽しそうでしょう?」
瞳を輝かせるステラに、オディウムは引いた。
「……まぁ、スリュダー王国とヘウン王国の旧街道がまた使えるようになると、行き来がずっと楽になるね。国境の街もまた栄えるだろうし」
「オディウムは、詳しいのですか?」
クエストには、魔物の名前とその場所くらいしか載っていない。その背景にどのような事情があるのか、ステラは知らなかった。
「長生きしてるからね。このクエストのウリルクンミはスリュダー王国の西北、ヘウン王国との国境近くに住み着いている」
そこは元々、スリュダー王国とヘウン王国を結ぶ主要街道があった。しかし、一二〇年前にウリルクンミが住み着くようになり利用出来なくなった。
現在は、ウリルクンミを避けて新な街道が作られているものの、山を大きくぐるりと迂回する為、交通の便が非常に悪い。貿易で栄えていた両国の国境の街も、これにより衰退した。
長年、冒険者ギルドに討伐のクエストが張り出されていたが、それを達成出来る者はおろか、名乗りを上げる者すら現れなかった。
「スリュダー王国の国王を始め街道関係者は、ウリルクンミをある意味、天災として討伐は諦めていたみたいだね」
「そうだったのですね……」
「さて、それを飲んだら、もう寝よう」
***
それから、一週間ちょっと旅を続けた二人は、国境の街――リクスに到着した。
門番にギルドカードを見せて、街へ入る。オディウムは、未登録なので街に入るには別途料金がかかった。
まずは、オディウムの従魔登録の為に、ステラたちは冒険者ギルドへ向かう。
中に入ったステラは、受付まで歩く際、槍を携えた冒険者と肩をぶつけてしまった。
「ああん? イッテェな」
「あっ、申し訳ありません……」
ステラは頭を下げた。
冒険者はステラに一瞬目を丸くしたが、ふてぶてしく、にやりと笑う。
「お嬢ちゃん、こんなところに何しに来たんだ?」
「ハハ! どうした、迷っちまったか? ここはお嬢ちゃんみたいな奴が来るとこじゃねぇよ」
仲間の男もニヤニヤしながら言う。
すると、周りの冒険者たちもステラたちに気が付いた。この男たちと同じく、ステラを揶揄いの対象とする。
「おい、兄ちゃんも細ぇな! ちゃんと飯食ってんのか? だははっ!」
オディウムは後ろから小突かれて「うわっ」と小さく悲鳴を上げた。そして、ムッとした。
「見た目は細くても、ちゃんと筋肉ついてるんですけど……」
と小声で呟く。
「ええと、わたくしたちは、従魔登録に来たのです」
「あ? 従魔登録だぁ? ってことは、お嬢ちゃんも冒険者か! ギャハハハッ! こりゃ、傑作だぜ!」
何がそんなに面白いのか、冒険者たちは大笑いする。ステラは小首を傾げた。オディウムは居心地が悪そうに、顔を顰めている。
「ハハハッ! あ~あ、笑った……んで、どこにその従魔が居るんだ?」
「彼です」
「は?」
手でオディウムを示せば、ぽかんとした顔が帰って来る。そして、場がどっと沸いた。ステラは益々、首を傾げる。
「おいおいマジかよ。お嬢ちゃん、人間は従魔には出来ないんだぜ。組むとしても、そりゃ、パーティーっつんだ。こんな常識すら知らねぇのか?」
「いえ、それは知っていますが……」
「はぁ。ステラ、一々素直に対応していたら、日が暮れてしまう。さっさと登録に行こう。相手にしているとキリがない。……君はウリルクンミを狩りに来たんだろう?」
ステラの言葉を遮って、耳元でオディウムが囁いた。
「あ、そうでした……。皆様、ご機嫌よう」
当初の目的を思い出したステラは、冒険者たちに挨拶をすると受付へ歩き出した。それを見て、また笑い声が聞こえて来るが、ステラはもう振り返らなかった。
「こんにちは。従魔登録をお願いします」
「は、はい。ギルドカードの提出をお願いします」
今までのやり取りを見ていた受付嬢が気の毒そうにステラを見た。どうやら、彼らの態度はいつもあんな感じのようだ。
背後で見物している冒険者たちの視線を感じながら、ステラは金色に輝くギルドカードを出した。受付嬢が「え……」と固まる。そして――
「えッ、S……ッ⁉」
と大声で叫んだ。ハッとして、口を押えたが、もう遅い。彼女の声はフロア中に響いた後だった。フロアが、シンと静まり返る。
「し、失礼しました。えっと、登録する従魔はどちらでしょうか?」
「彼です」
「えっと……しゅ、種族は……?」
まさか、人間ではないだろうな、というかのように受付嬢は恐る恐る聞いて来た。
「僕、闇黒竜です」
オディウムは、にこと笑って答えた。
「え、えっと……? か、かしこまりました……。こちらは登録書に記入をお願いします。それと、こちらに従魔の血液を垂らしてください」
受付嬢は理解が及ばず困惑しながらも、ステラに羽ペンと登録書、針を渡す。ステラは針をオディウムに渡し、登録書の空欄に素早く記入していく。彼は受付嬢の指示通りにステラのギルドカードの魔石に血を垂らした。
ステラから登録書とギルドカードを受け取った受付嬢は、それを魔術式の装置にセットした。見たことのある青白い魔法陣が出てくると、魔石にオディウムの血液が吸い込まれる。従魔の項目にオディウムの名前と種族名がギルドカードに刻まれた。
受付嬢は、ギルドカードを見て呆然とする。
「ほ、本当に、闇黒竜なんですね……。って――ヒィ!」
受付嬢が青褪めて仰け反った。それもその筈、ステラとオディウムの背後には、冒険者たちが詰めかけてギルドカードを覗き込んでいたのだ。それぞれ、驚愕に目を見開いている。
「――はぁッ⁉ Sランクだと⁉ こんなお嬢ちゃんが⁉」
「ドラゴン⁉ そんなもん、従魔に出来るのか⁉」
「人間にしか見えねぇ……が、あの角は……?」
「金ピカのギルドカードなんざ、俺ぁ、見たことねぇよ!」
「そういや、デュアルでSランク冒険者が誕生したとかなんとか……」
あれこれと、各々言いたい放題だ。早速、ウリルクンミの討伐へ行こうと思っていたステラは、身動きが出来ずに困った。オディウムを見れば、何やら得意気な顔をしている。
「つーか、俺たち……」
誰かがそう言った途端、冒険者たちは息を呑んで固まった。そして、皆、何も言わず、そそくさと散って――否、逃げて行く。
「皆様、どうしたのでしょう……?」
「ふふ、己の言動を悔い改めたんじゃないかな」
コソコソと身を隠すように縮こまってしまった冒険者たちに、首を傾げたステラだったが、オディウムは楽しそうだった。
*
道中に狩った魔物の換金――ギルドが即準備出来た金貨五〇〇枚分――を済ませて、ステラたちは外へ出た。
「さて、オディウム、ウリルクンミの討伐に行きましょうか……!」
ギルドを出たステラはわくわくしながら言った。
しかし、オディウムは潰れた蛙のような声を出した。
「僕、ベッドで寝たい……じゃなかった、国境の街とは言え、ウリルクンミがいる国境はずっと先だし、食料も調達しておきたい。だから、それが終わってからにしないかい?」
最初に本音のようなものが聞こえたような気がするが、食料は重要である。ステラは頷いた。
「わかりました。では、市場へ行ってみましょうか」
そう言ったステラに、オディウムは嬉しそうに笑った。
リクスの街は、デュアルの街と同じくらいに大きかったが、しかし、デュアル程の活気は感じられなかった。並んでいる商品も品薄であるし、素人目にも鮮度もあまり良くないように見える。
ステラは野菜の目利きなど出来ないので、オディウムにすべて任せて食料を買い込んでいった。
肉は、ステラが狩ったのもを一部換金せずに食料とした。解体費がかかったが、わざわざ市場で肉を買うよりもずっと安いのだと言う。
「この辺りは、農作物も出来難い痩せた土地でね。貿易に頼っていたところがあったから、ウリルクンミの襲来は大打撃だったようだよ」
「相変わらず、博識ですね」
「まぁね。人間たちって、種族にもよるけど大体五〇~五〇〇年しか生きられないだろう? だから、追われていなくても一つのところにずっとは居られないんだよね。これまで古今東西、色々な場所を旅したし、その時の時事も覚えているよ」
そう言いながら、オディウムはかぼちゃの重さを手で量った。右手に持っていたものが気に入ったようで、店主に銅貨二枚を支払う。それをステラは《時空収納》に収納した。
ちなみに、オディウムには食費や諸々の費用を考えて袋いっぱいに金貨を渡してある。受け取った彼は目を丸くしていたが、何故だろう。
次の店へ移動しながら、ステラは気になっていたことを聞いた。
「オディウムはいつから不戦の封印をされているんですか?」
「ざっと五〇〇〇年くらい前かな?」
「えっ……! オディウムは確か、八〇一八歳でしたよね……?」
オディウムの主となったステラは彼のステータスを確認出来る。そこには、年齢も表示されていた。それを思い出して、ステラは驚いた。
「うん。もう力を封印されちゃった期間の方が長くて……。それだけの間、逃げに徹していると、性格も丸くなるよねぇ」
と、オディウムは感慨深そうに言った。若干、遠い目をしているような気もする。
そういえば、オディウムは、昔は向かってくるものどころか、気に入らないものすべてを屍にして、破壊の限りを尽くしていたと話していた。確かに、そんな残虐で苛烈な性格も五〇〇〇年の月日も経てば、穏やかになるのかもしれない。
「オディウムも、苦労しているのですね……」
「そうなんだよ。この角を隠していたのも、迫害されたことがあったからで……。いやぁ、最初はなんで酷い目に遭わされるのか、まったくわかんなくて困ったよね……。まさか、角が珍しかったからだとは思わないだろう?」
「それは、そうですね」
ステラはオディウムと一緒に首を捻った。
「ところで、ステラ。ちょっと、提案があるんだけど」
「何でしょう?」
「大金が入ったことだし、ここは思い切ってキッチン用品を買い揃えないかい?」
「キッチン用品ですか……?」
「そう。僕の持ってた魔術式コンロはもう古くてボロボロだし、鍋も焦げ付いてる。この街で揃う物は新しくしたいし、他にも欲しい道具があるんだ」
料理にあまり詳しくないステラが、ピンと来ていない顔をしていると、オディウムはにやりと笑ってこの言葉を付け加える。
「その方が、美味しい物が作れるよ」
「かしこまりました。是非、そうしましょう……!」
「ふふ。君ならそう言うと思ったよ」
ステラの即答に、オディウムは噴き出した。
食材の買い出しが終わった二人は、話して居た通りにキッチン用品を見て回った。
魔術式コンロは二口式の物を。鍋やへら、その他の用品に食器類。燃料の生活魔石も多目に買う。調理器具の中には、ステラには何に使うのかわからない物まであった。
オディウムはそれを見つけてとても喜んでいたし、それを買った時、長年売れ残っていたという商品が売れて店主は、ほくほくとした顔をしていた。何が何だかわからなかったが、「絶対に美味しい物を作るよ!」と目を輝かせるオディウムを信じて、ステラはそれを《時空収納》に入れた。
「いや~、今日はたくさん買ったね! 本当に、主様様だなぁ」
その後も買い物を続けた二人は夕食の為に酒場に来ていた。料理を頼み、口にする。
酒精の入っていない飲み物を、ぷはぁ、と飲んだオディウムが機嫌良く言った。
「オディウムも古くはありましたが、色々な物をお持ちでしたよね……?」
「僕は月日が長かったから。魔術式コンロとか高価なものは、コツコツと貯めて、少しずつ揃えたんだよ」
「そうでしたか。……そんな物を買い取りに出して良かったんですか?」
買い替えにあたり、不要となった物はすべて古品買い取りか、売れないものはゴミに出していた。
「もう、ボロボロだったからね。思い入れはあるけど、仕方ないさ」
そう言って、オディウムはパスタを食べた。
***
宿で一泊したステラたちは、朝早くリクスの街を出た。現在は使われていない旧街道を進む。
ウリルクンミを警戒して誰も立ち入っていない為か、街道は荒れ果て、様々な魔物が住み着いていた。
道中、二泊野宿を挟み、問題の場所近くに到着する。ステラは細剣と戦闘服を召喚し完全武装となった。しかし、肝心のウリルクンミが見当たらない。二人は、所々、草が生え苔むしている古い石道を歩いた。
「ウリルクンミ程大きい魔物だったら、すぐ見つかりそうなものだけど……」
オディウムは額に手を当て辺りを見渡した。ステラは首を傾げる。
「そうですね……。それに、この辺りは、まったく魔物さんも居ません。どうしてでしょう?」
「確かに。今までうじゃうじゃ居たっていうのに、まるで嵐の前の静けさのようだ……」
オディウムは気味が悪そうに腕を摩った。
「…………ふむ」
ステラは立ち止まった。そして、下を見る。
実は、先程から足元の石道が妙に気になっていたのだ。
今まで、街道として道が整備されていたのに、石道になってからは、街道はプツリと途切れて、ただの小高い丘のようになっていた。これは偶々だろうか?
「ん、ステラ、何しているの?」
ステラは地面に両膝を付いた。そして、細剣を祈るように両手で握る。
「ちょっと、試してみようかと……」
ステラは細剣を地面に突き刺した。絶対に壊れない細剣とステラの腕力で、それは石道に深々と突き刺さる。
「うわっ、じ、地震⁉」
ズズズ、と大きな音と共に、足元がぐらぐらと揺れだす。オディウムが悲鳴を上げた。
「いえ、これは……っ!」
ステラは目を見開き、喜色に顔を染めた。そして、可憐に獰猛に笑う。
予想が的中したのだ。
「――ウリルクンミ!」
辺りは、ゴゴゴゴゴ……と腹に響く轟音が響き、揺れも立っていられない程大きなものに変っていた。それどころか、急に天に向かって地面が持ち上がる。
石道だと思っていたのはウリルクンミの体だった。ステラたちのいる場所から背から腰、足が見えた。
ウリルクンミとは、全身石で出来た巨人の魔物だ。つまり、ステラはウリルクンミの後ろ頭に剣を突き刺していたのだ。
「嘘でしょ……⁉」
オディウムが悲愴に叫んだ。そして、慌ててステラに向き直る。
「じゃ、ステラ! 僕、逃げるから!」
ピシッと右手を上げたオディウムは、急速に傾くウリルクンミの後頭部を蹴って飛び降りた。軽々着地をする。そして、あっという間に姿を消した。
ステラもウリルクンミの後頭部を蹴った。しかし、オディウムとは違い、上空に身を躍らせる。くるりと回転し、視界にウリルクンミを捉えると、愉悦の笑みを凶暴に歪めた。
「貴方のお命、狩らせて頂きますッ!」
ステラは魔法を発動する。
「〈突風よ〉!」
発生した突風というには強すぎる風に乗って、ウリルクンミの全身を斬りつけて行く。しかし、ウリルクンミは立ったままだった。……斬れはする。だが、切断には至らなかったのだ。
「何と、硬いですね……! うふ、素晴らしいです……ッ!」
ステラは空中で嬉しそうに笑った。
ウリルクンミは、一般的に物理攻撃は効かないと言われている。だが、ステラの伝説級の細剣と特殊スキル、レベルマックスで強化された手腕で傷をつけることが出来た。
「ですが、これではいけませんね……」
ステラは、しゅんとした。ウリルクンミが一筋縄ではいかないのは、とても嬉しい。しかし、自身の戦い方には納得いかない。
ちまちまと傷をつけて行けば、いずれ崩れるだろうが、それではステラは楽しくないのだ。
「うおおおおおんんん……」
ウリルクンミの鳴き声にならない声が響く。ウリルクンミは緩慢な動作で敵を排除しようと両腕を振った。それをステラは風に乗り、時にはウリルクンミの体を足場に駆け抜けて躱す。
地面に着地して、すぐさま、背後に回り込んだ。ウリルクンミの視界に入れば、石化の魔法にかかってしまう。
「ウリルクンミさんは、石、ですよね……?」
ステラは甘く囁いた。優雅な笑い声を上げる。しかしその顔は獰猛だ。
「〈火炎の渦〉!」
風魔法と火魔法の融合。それは、高度の技術だ。
巻き上げられた炎が渦となってウリルクンミを取り巻いた。苛烈な火炎旋風でウリルクンミが見えない。
一方、ウリルクンミは魔法も効き難いという特性も持っていた。炎の中で、邪魔な炎を引き剥がそうと体を動かしている。しかし、効き難いというだけで、効かない訳ではない。ウリルクンミの苦悶の呻きが聞こえて来る。
「苦しいですか……? でしたら、炎を消してあげましょう」
歌うようにご機嫌に魔法を解除すると、熱されて赤くなったウリルクンミが現れる。ウリルクンミは、ステラを押し潰そうとぎこちなく体を動かした。
「熱いですよね……? 〈銀雪の龍〉!」
冷ましてあげようと、ステラは詠唱する。
その名の通り、真っ白な龍となった吹雪がウリルクンミに巻き付いた。
高温から、急激に冷やされたウリルクンミは、始めにステラに斬り込みを入れられていたのも合わさり、全身に罅が入っていく。指などの細かい部分が砕け落ちる。ウリルクンミの声にならない鳴き声が空気を揺らした。眼にも罅が入る。もう石化の魔法は使えまい。
「うふふふ!」
歓喜の哄笑を上げなから、ステラは魔法を解除し、地を踏み込んだ。その勢いを殺さず、脆くなったウリルクンミの脚を斬る。そして、その斬った断面を台にして、また飛ぶ。もう片方の脚を斬った。
両脚を失ったウリルクンミは体勢が崩れた。前のめりに倒れる。ステラはその体が地面に倒れきる前に細剣を走らせ、切断する。そして――
ステラは大きく細剣を振った。ウリルクンミの頭部が眉間を中心に二つに斬り分かれる。
墜落音が轟く中、ぱっかりと分かれた頭部の真ん中でステラは美しく微笑んだ。
「うわぁ……。あのウリルクンミがバラバラだ」
オディウムは、顔を青褪めさせながらどこからか出て来た。
「このウリルクンミさんは、どうしましょう……?」
「このまま《時空収納》に入れる? ウリルクンミの体は建材や色々な薬の素材になるし、換金出来るよ」
「そうですね」
ステラは巨大なウリルクンミを《時空収納》に放り込んだ。
「さて、このまま旧街道を進んで、ヘウン王国へ入るんだろう?」
「はい……っ!」
ステラはわくわくしながら頷いた。
ヘウン王国には、ダンジョンがある。
スリュダー王国にもダンジョンがあるのだが、現在地の真反対にあるのだ。ウリルクンミを狩ろうと決めた時に、一度、スリュダー王国のダンジョンは諦めてヘウン王国へ行こうと計画していた。スリュダー王国へはまたいつか戻って来ればいい。
「はは……元気が良いね」
オディウムは苦笑いをしながら、爺臭いことを言う。彼の年齢からすれば、仕方がないことではあるのだが。
こうして、ステラとオディウムはスリュダー王国を後にした。
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