6 ドラゴンさんと従魔契約しました。
どうぞよろしくお願いいたします。
Sランククエスト――ウリルクンミの討伐に向かうステラは、デュアルの街を出発し森の中を歩いていた。
目的の地は、スリュダー王国の西北の街の先。本来なら街道を進み、幾つかの街を経由して行く。しかし、一日でも早くウリルクンミと戦いたいステラは、当然のように街道を無視して森の中を直通していた。
偶々鉢合わせたロックバードを狩り、ステラは魔物の縄張りも気にせずご機嫌に歩き続けていたが、ピタリと足を止める。腹が、くきゅうと鳴った。
「お腹が空きましたね……。昼食にしましょう」
パン、と手を叩くと、早速、準備を始めた。焚火の準備をして、《時空収納》からデュアルの街の市場で手に入れた新鮮な肉と野菜を取り出す。
鍋に肉と野菜をそれぞれ適当な大きさに切って入れた。水を入れて煮つつ、これまた適当に塩を加えて味を調える。
料理は出来ないが、取り敢えず、火を通せば何でも食べられるだろう、という発想だった。
「さて、この様なものでしょうか……?」
出来立ての肉野菜スープを、スプーンで掬ってふうふうと息を吹きかける。そして、それを口に運ぼうとした時だった。
「――っ⁉」
ステラは咄嗟に身を翻した。ステラが座っていたところにボウガンの矢が三本突き刺さっている。ステラは更に、体を捻って飛び退く。降り注ぐ石礫を避けたのだ。
茂みから飛び出して来た黒い影に、ステラは細剣を召喚した。胸に突き立てられそうになった短剣を防御する。
「えっ……⁉」
ステラは激しく混乱した。
黒い影は魔物ではない。全身黒ずくめの人間だ。
布の間から見える、冷徹な眼と目が合う。
黒づくめの男は、もう片手に握っていた短剣でステラの首を斬りつけた。
「――っ!」
それを大きく後ろに首を逸らして辛うじて躱すと、飛び下がった。
「あ、あの……? ――ッ!」
戸惑ったステラは、男に問いかけようとした。
しかし、男はステラの言葉を聞くことなく地を踏み込んで追撃を繰り出す。双刀を鮮やかな剣技でステラに叩き込んだ。並みのレベルではない。ステラはこの男が高レベルであると悟った。
ステラは混乱しながらも防御をするが、一方的な攻撃に口を挟む余裕がない。
キン、カキン、と金属音だけが辺りに鳴り響く。ステラが困り果てた時だった。
ピーッ、と不意に、どこからか笛の音が聞こえた。男の攻撃が止む。
「――チッ!」
男は、荒々しく舌打ちをした。ステラを一つ睨むと素早く立ち去る。
ポツンとその場に残されたステラは、呆然とその場に立ち尽くした。
矢の発射時間の間隔を考えると、ボウガンは連射機能を搭載したものだろう。そして、短剣の男と魔法を放った者……少なくとも三人以上居る。
周囲には既に、彼らの気配はなくなっていた。
(い、今のは、何だったのでしょう……?)
魔物はともかく、人間から明確な殺意を向けられたのは初めてだった。そもそも、自分が狙われた理由がわからない。
(まさか、殿下からの刺客でしょうか……?)
婚約破棄と国外追放だけではなく、直接ステラの命を狙って来たのだろうか?
自分はそこまで王子の恨みを買っているのかと、ステラは首を傾げた。
もう襲ってくる気配がないのをいいことに、ステラは食事をしながら続きを考えようと細剣を解除した。しかし――
「な、何ということでしょう……!」
ステラは愕然とした。
何故かというと、鍋が地面を転がっていたからだ。スープはぶちまけられ、具材は灰と土に塗れている。火の消えた焚火からは細い煙が立ち上っていた。
あの襲ってきた男が鍋をひっくり返したのだ。
(これでは、昼食が食べられません……っ!)
空っぽの鍋とスープだったものの残骸を見詰めて、ひとしきり絶望したステラは、ゆらりと動き出した。
細剣と戦闘服を召喚し完全武装で瞳を瞑った。スープを台無しにした不届き者たちの気配を探る。僅かな音や魔力……黒づくめの男たちの気配を掴んだステラは音もなく地を蹴った。
メロたちを助ける時は後続の者たちが居た為、邪魔な木を倒して進んだ。しかし、今回は自分ひとりだ。
ステラは全速力で森を駆け抜け、行く手を阻むものを最低限の動きで躱す。それでも躱せないものがあれば地面を蹴り上げ宙に身を躍らせる。または、枝に飛び乗り次の枝へと飛び移った。
そうしてステラの目が遠くに居る黒ずくめの男を捉えた。
そこには、ステラの命を狙った男とまったく同じ格好の者たちが六人居る。マントで身を隠した誰かを取り囲んで攻撃を仕掛けている。襲われている者はただ逃げ惑っていた。
どうやら、このマントの人物を狙う為に引き返したようだ。しかし、ステラにはそんなことは関係ない。問題は、この中の誰かが――否、この集団の所為でステラのスープが無残な姿になってしまったのだ。
その現場にステラは踊り出る。
黒ずくめの集団は気配を消し無音で現れた闖入者に驚いた。
細剣を構え、ステラは宣言した。
「すべてとは言いません。半分で結構です。皆様のお命、狩らせて頂きます!」
そう昏く嗤うステラの目には、ちょっぴり涙が浮かんでいる。
「――なッ⁉」
「おい、こいつを相手している暇は――」
突然の襲撃に、黒ずくめの一人が戸惑ったが、それを仲間が叱責する。しかし――
叱責した人間が真横に吹っ飛んだ。その男は白目を剥いて地面に転がっている。
「ご安心を。鞘を付けていますので……」
細剣を振るった格好のままステラは冷たく言った。
黒ずくめの集団に衝撃が走った。一気に、ステラを敵として臨戦態勢に入る。残りの五人で殺しにかかった。だが、怒ったステラを相手に、それではもう遅い。
集団の一人にたった一歩で距離を詰めたステラは細剣を叩き込む。一瞬の内に喉元と胸、胴に突きを入れられた男は後ろへ吹き飛ぶ。
次の男には、首へ細剣の横薙と足払いを同時に逆方向に入れる。一体、どちらの音かは知らないが、ゴキッ、と嫌な音が鳴った。
背後に立ち尽くす男には裏拳を顔に叩き込み、倒れる前に胸に突きを入れる。
残りの二人には同時に足払いをした。二人は互いの頭を強かにぶつける。そして、一方には胸に細剣を、もう一方には腹に蹴りを入れた。二人とも吹き飛び、木に体を打ち付けそのまま、ズルズルと落ちる。
ステラはあっという間に黒ずくめの男たちを地に沈めていった。多少、攻撃の数が増えてしまったのはご愛敬だ。
「ふぅ」
台無しにされた食材の仇を無事取ったステラは、武装を解除した。
「き、君……強いね。ありがとう。助かったよ……」
襲われていたマントの人物が茂みから姿を現した。今まで隠れていたらしい。ぱさり、とフードを外した。ステラはその人物に見覚えがあった。しかし、それは向こうも同じようだ。
フードから出て来た顔は、驚きに目を見開かれている。
「あ、貴方は――」
「あれ、君は――」
「店員さん!」
「お客さん!」
二人は同時に言った。
*
黒ずくめの集団の武装を解除し、戦えないようにしてから二人は場所を移動した。
途中でステラの腹が鳴ったので、デュアルの街の酒場『ケンタウロスの宴』の店員――オディウムが食事を作ってくれた。
ステラはオディウムが作ったスープを飲んで、顔を煌めかせた。
肉と野菜の旨味が染み出たスープは、あっさりとしているがコクがある。長く煮込めないからと薄く切られた肉は敢えてカリカリに焼いて、同じ大きさに切られた野菜も火の通り加減が適切だ。固すぎることもなく、くたくたにもなっていない。
これまで野営で食べて来たどれよりも美味しい。それどころか、下手な店に入るよりもずっと美味しい。ステラは感動した。
聞けば、酒場では営業時間はホールを担当しているが、それよりも前の時間帯はキッチンで仕込みをしているという。
上品に食べつつも手が止まらないステラを、オディウムは面白そうに見ていた。
「流石、飲食店の店員さんですね……! とっても、美味しいです!」
「それは、嬉しいな。でも、店はね、辞めたんだよ」
「そうなのですか?」
「アイツらが僕の居場所を突き止めたのを察知してね。店にもお客さんにも迷惑が掛かっちゃうし、何より、僕の命が危ないからね」
オディウムは、そう肩を竦めた。もう慣れているという感じだ。
これまでもこのような逃亡をしているのだろうか。
「あの方たちは、オディウムさんを狙っていたのですか? 少し前に、わたくしも狙われたのですが……」
ステラはこれまでの経緯を話す。オディウムは、最後まで話を聞いて、「食べ物の恨みって恐ろしいな……」とゾッとしたように呟いた。そして、申し訳なさそうに眉を寄せる。
「あ~……最近、追ってくる奴らは血の気が多いみたいでさ。多分、僕を捕まえる時に君が邪魔になると思ったんじゃないかな?」
その結果、逆にステラの怒りを買い、オディウムを捕まえるどころか、まとめて戦闘不能に追い込まれたのだから、皮肉な話だ。
「では、わたくしを狙った刺客ではないと?」
「うん。完全にとばっちりだね」
オディウムは「ごめんね」と苦笑いした。そして、空っぽになったステラの器を受け取っておかわりを注いだ。何とも、気配り上手だ。ステラはお礼を言って二杯目のスープを口に運んだ。
「しかし、どうしてオディウムさんは狙われているのですか?」
「それは……」
ステラの疑問に、オディウムは言葉に詰まった。う~ん、と答えるかどうか悩んでいる。
「あの……」
言いたくないのなら言わなくても良いと思ったのだが、ステラがそう言う前にオディウムは口を開いた。
「君には助けて貰った恩があるし、とばっちりを受けさせてしまった借りもあるからね。ね、君。僕の正体を知っても、僕を襲わないと誓えるかい?」
「はい」
ステラは首を傾げたが、即答する。オディウムは満足そうに頷いた。
「じゃ、握手しよう」
「……?」
ステラは差し出された手を握った。その瞬間、茨のような赤い光がステラとオディウムの手を這った。光が消えた後、オディウムはぱっと手を離し、にっこりと笑う。
「はい、これで、君は僕に危害は加えられない。悪いけど、魔術で縛らせて貰ったよ」
「魔術?」
ステラは聞き返した。オディウムは魔法ではなく、魔術と言った。
魔法と魔術は、似ているようでまったく違う。
多岐に渡る森羅万象に通じる術を魔術。
様々な属性に分かれた事象を起こす術を魔法と呼ぶ。
魔術を扱う者を魔術師、魔法を扱う者のことを魔法使いと呼ぶ。
他に、魔法陣や詠唱式などを書き込んだ物を魔術式。その製作者のことを魔術技師と呼んだりもする。魔術技師は魔術師寄りだ。
魔術は魔法よりも様々なことが可能だ。しかし、魔法のように生まれ持つスキルではない。才能による部分もあるが、どちらかというと学問としての要素が強い。
つまり、魔術は簡単ではないのだ。知識と経験が要る。
「そう。お互いの誓いを絶対に遂行させる魔術。かなり古いものだけど、その分効力は強い。僕も君に危害を加えないという内容で結ばせて貰ったよ」
古い魔術を知っているとは、オディウムはかなりの博識だ。
(元は、研究者様だったのでしょうか?)
貴重な知識を狙われて襲われていたというのは、あり得そうな話だった。
しかし、そのステラの予想は、あっさりと裏切られる。
「で、実は僕、ドラゴンなんだよね」
とんでもない事実をあっけらかんと言い放ったオディウムに、ステラは目を丸くした。
「ドラゴンさん……? あの、大きくて、羽が生えている……とても強い魔物さんのことですか?」
「そうそう。魔物の中でも、頂点に君臨するあのドラゴン」
手振りを交えて聞くステラに、オディウムは、にこにこと頷いた。ステラは益々首を傾げる。
「オディウムさんは人間のお姿をしていらっしゃいます。……失礼ながら、あのドラゴンさんには見えないと言いますか……」
「それは、今は人間の姿に変身しているからね。ドラゴンの姿だと簡単に見つかっちゃうだろう? それに、燃費が悪いからね」
隠れる為に人間の姿をしているというのはわかる。しかし、燃費が悪いから人に化けているとは、ロマンの欠片もない。
「では、オディウムさんがドラゴンさんだとして、何故、オディウムさんが狙われるのでしょうか?」
「それは、ドラゴンはお金になるからだよ」
「お金に?」
「ドラゴンは角から尻尾の先……血の一滴まで貴重な素材だからね。鱗一つでも大金になる。奴らは、それを狙って僕を付け狙うのさ。まったく、迷惑な話だよね」
これまた、身も蓋もない答えだが、ドラゴンの素材のことは、ステラも少しは聞いたことがあった。確か、あのエリクサー――万能薬の素材にもなっていたかと思う。
「なるほど。ですが、ドラゴンさんなら、返り討ちに出来ますでしょう? 先程、逃げているだけではありましたが、その身の熟しは素晴らしいものでした。レベルが高くなければ、あのような動きは出来ません……」
それこそ、レベルマックスのステラと遜色ない動きだった。ステラが割り込まなければ、オディウムは黒ずくめの集団から簡単に逃げ切れた筈である。
オディウムは、ふふふ、と胸を張った。
「まぁ、腐ってもドラゴンだからね。これでも昔は向かってくるものどころか、気に入らないものすべてを屍にして、破壊の限りを尽くした尖った性格をしてたし、レベルは高いよ。でも、僕、今はまったく戦えないんだよね」
「尖ったというには、残虐過ぎるような気も致しますが……、戦えないとは?」
「不戦の封印が掛けられているんだよ。『攻撃』という行為に反応して、身体中に火傷のような呪印が広がる。正当防衛すら出来ないんだよね」
そう言って、オディウムは服を捲って首を見せた。ぐるりと一周するように詠唱式のようなものが書き込まれている。
戦おうと考えるだけでも、この呪印が反応し全身に激痛が走ると、オディウムは言った。
ステラはオディウムのただならぬ事情に眉を寄せた。しかし、すぐに気が付く。
「あの、そういえば先程、わたくしに危害を加えないと誓ってくださいましたが……」
「あはは。不戦の封印で、危害を加えようもないんだよね」
ステラに一方的に誓わせておいて、ケロリとしてオディウムは言った。そして、何事もなかったかのように、苦悩の溜息を吐いた。
「攻撃出来ないから、そこらの低ランクの魔物にも敵わない。それまで食事は魔物やらを狩って食べればよかったけど、それも出来ないから、人里に人として紛れて生活してたんだ」
魔物を、と言い切らなかったところに疑問を抱くが、ステラは同情した。
「だから、酒場で働いていらっしゃったのですね……」
「お金を稼がないと食べ物を買えないし、寝床もないからね」
オディウムは今までの苦労を思い出したのか、しみじみと言った。世知辛いことだが、世界とはそうやって回っている。
ステラも文無しだったが、魔物を狩ることで生きていけている。実力があるのに、それが出来ないとは、とても大変だろう。
空になった器を持ってステラが気の毒に思っていると、オディウムは
「あ、もう一杯、おかわりあるよ。食べるかい?」
と聞いて来た。
「頂きます……!」
ステラは喜んで器を差し出す。オディウムはそれを受け取って、にやりと笑った。器を高い位置に上げる。そして、一向におかわりを注いでくれない。
「ね、僕と従魔契約しないかい?」
「従魔契約……?」
「そ。僕を守って欲しいんだよね。君って、Sランク冒険者だろう? 酒場を辞める前にちらりと噂を聞いたんだ。冒険者にはとても見えない女の子がSランク冒険者になったってね。ただの噂話かと思ったけど、さっきの戦いっぷりを見て確信したよ」
「確かに、わたくしはSランクですが……」
ステラの答えに、オディウムは喜色を浮かべた。そして、まるで悪魔の契約を持ち掛けるように甘く囁く。
「やっぱり! ……さっきみたいに、騙すようなことはしない。僕は戦えないけど、いつでも美味しい食事を提供すると誓うよ。こんな即席で作ったものよりももっと美味しいものをね」
「っ! それは、是非……っ!」
この短い時間で、ステラの性格を把握したオディウムは、それは的確にステラを誘惑した。
ステラは即答する。丁度、旅の途中でも店のように美味しい食事をしたいと願っていたところだったのだ。これ程、魅力的な誘い文句はない。
オディウムは、ふはっ、と笑った。
「契約成立だね。僕は、オディウム・クリムレベリオ。オディウムで良いよ、ご主人様」
「わたくしは、ステラ・ルナローズです。ステラで構いません」
オディウムはおかわりをステラに手渡しながら言った。ステラもそれを受け取りながら言う。
二人の間で光が瞬いた。
これが、従魔契約完了の印らしい。
「食事が終わったら、ステータスを確認してごらん」
スープを胃におさめたステラはステータスを確認した。
確かに、〈従魔契約〉の項目が増え、そこにオディウムの名前と彼のステータスが表示されている。
オディウム・クリムレベリオ
〈種族〉闇黒竜
〈年齢〉8018
〈レベル〉99
「闇黒竜……?」
オディウムの名前の横にそう書かれていた。ステラは首を傾げる。
「僕の種族名だね」
そう言った、オディウムの頭には紫黒い角が生えており、ステラは目を丸くする。
「ああ、この角? 今まで幻惑魔法で誤魔化していたけど、従魔になったからには、君が僕の保証人になってくれるからね。隠す必要がないだろう?」
オディウムは、自分の角をトントンと指で叩いた。そして、にこやかな笑顔を浮かべる。
「君が従魔契約してくれて、本当に助かったよ。これで働かなくて……ゴホン、逃亡生活をせずに済む」
「…………」
オディウムの守って貰うの言葉の中には、養って貰うというのも含まれているらしい。
先程、騙すことはしないと言われたが、言葉が少なすぎる。きっと、それもわかった上なのだろうが。
何と言うか、実にちゃっかりしている。
ステラは何だか、自分の中で抱いていたドラゴン像が塗り替わっていく心地がした。
最後までお読みいただきありがとうございます。
評価・ポイントをしていただければ、大変喜びます。