4 三つ巴の戦いに参戦させて頂きました。
どうぞよろしくお願いいたします。
「う~ん、どうしましょう……」
ステラは地図を両手に持って頭を悩ましていた。目の前には、『この先、土砂崩れにより、通行禁止』の看板がある。ナディス村で教わった街への道は、ここを進むことになっていた。しかし、通れない。
ステラは近くの岩に腰を下ろした。他に道はないかと地図を覗き込む。迂回路はある。ただし、迂回路と言うだけに、かなりの遠回りだった。
ステラは出来るだけ早く街に……というか、冒険者ギルドがある街に行きたかった。一番近くの街には冒険者ギルドがないというので、その次に近い街を目指すことにしていたのだが、これでは一番近い街を経由して行った方が早い。
「むっ、これは……!」
ステラは、地図を凝視する。
ここから二番目に近い街のギルドは小さいらしい。しかし、その先の大きな街には、この地方で一番大きなギルド支部があると教えて貰った。ならば、いっそのこと、一番近くの街や二番目に近い街には向かわず、大きな街へ、森の中をショートカットしてしまうのはどうだろう。直線距離なので、迂回ルートよりもずっと短い距離で行ける。
地図を見る限り、地形的には難しそうではない。ただ、森の中というのは大抵、魔物の巣窟となっているらしい。これから先の森には、黒凶熊のような高ランクの魔物が潜んでいるのだと教えられた。
「うふふ、望むところです……!」
ステラは、頬に手を当て、獰猛な嬌笑を浮かべた。
「さて……」
そうと決めれば、早速行動に移すのみだ。ステラは立ち上がった。地図をしまう前に方角を確認する。そして森の中へ、ひょいと気軽に入った。道なき道を歩いて行く。
旅は楽しい。
魔物、様々な植物、夜空の星……新しい発見がたくさんある。
ステラはご機嫌に歩いて行った。
*
森の中を順調に進んでいたステラは、二日でルートのおよそ半分まで来ていた。
これまでの道中、コカトリスとヘルハウンドを狩り、そして、ゴブリンの大規模集落を一つ滅ぼしていた。
辺りは薄っすら暗くなってきた。そろそろ日が沈む頃合いだ。
「本日は、こちらで休みましょうか……」
ステラは程よい場所を見つけて、焚火の準備をした。そして、食事の準備をする。鍋の中で、村で貰った角猪の肉と野菜を炒め、塩で味付けをした。出来上がったものをスプーンで口に運ぶ。ステラは肉と野菜を咀嚼して微笑んだ。
「うふふっ」
火を通し過ぎた肉は硬く、野菜には火が通っていない。それでも、自分で作った料理は格別だ。
食事を終えたステラは、毛布に包まった。しんと静まり返った森の中で思い出すのは、ナディス村でのことだ。
たった三日間しか滞在しなかったが、とても楽しいものだった。
同い年のフィアンとフィアナとのやり取りは、交友関係が希薄だったステラにとって新鮮で驚くことばかりだった。
(フィアンさんは、お父様とちゃんとお話出来たでしょうか……?)
旅立つ日の前日の夜、ステラとフィアンは話をしていた。彼は、自分の思いをちゃんと父親に話してみると言っていた。不安そうだったが、しかし、しっかりと意志を灯した彼の瞳が目に浮ぶ。
(きっと、大丈夫でしょう)
ステラは微笑む。
そうして、いつしかステラは眠っていた。
翌朝、目を覚ましたステラは水魔法で生み出した水を沸かし、軽く身支度をした。身支度は淑女として必須なのだと、村の女性たちに身支度の仕方を叩き込まれていた。
朝食に林檎を齧っていると、小鳥がステラの肩に止まった。ステラは微笑むと、林檎をナイフで薄く切って小鳥に与える。
穏やかな朝だった。
しかし、突如、その静寂を引き裂く、腹の底に響く轟音と地響きが走った。驚いた小鳥が慌てて飛び去ってしまった。そして、土煙の中、ステラの目の前に現れたのは、息を荒げるオークジェネラルだった。
「――ブモオオオオ!」
キングオークとは、二足歩行の豚のような魔物――オークの親玉に当たる。気性の荒いオークたちを統べるだけに、オークジェネラルは普通のオークよりも遥かに強い。
ステラがオークジェネラルと対峙しようと、召喚した細剣を構えた時だった。ステラは何かの気配を察知して、咄嗟に身を翻した。
「――モオオオオオ!」
巨大な棍棒を振り回し、現れたのはミノタウロスだった。ステラが今まで居たところを棍棒が掠めた。
ミノタウロス――オークが二足歩行の豚ならば、ミノタウロスは二歩行の牛だ。巨大な棍棒を振り回し、獲物に突進する。その瞬発力と破壊力は人間の骨を容易に粉砕する程だ。
ステラはオークジェネラルとミノタウロスの対決の現場に居合わせてしまったのかと思った。しかし――
「――キイイイイィ!」
耳鳴りな音のような鳴き声の後、三者の中央に稲妻が落ちた。
ステラは空を見上げる。そして、目を見開いた。
天気は快晴。雷雲は一つもない。しかし、雷を生み出す者がそこに居た。
雷鳥だ。
雷の魔法を操る巨大な鳥型の魔物である。
雷鳥は、黄金色の翼を翻し、激しく威嚇した。
「何ということでしょう……! 三つ巴の戦いに直面してしまいました!」
ステラは歓喜に湧いた。
通常なら、とんでもない場面に居合わせてしまったと、自分の不運を呪うところだ。しかし、ステラにとっては、これ程喜ばしいことはない。甘味を前にした乙女のようにステラは微笑んだ。
「皆さん、どのような理由で戦っておられるのか存じませんが。うふふ。わたくしも参戦してもよろしいでしょうか……?」
ステラの問いに答えるように、雷鳥がオークジェネラルとミノタウロスをステラ諸共、竜巻で巻き上げた。
「うふふっ! 〈竜巻よ〉……!」
ステラは短く詠唱し、風の魔法を発動させた。竜巻の風をステラが生み出した竜巻で相殺する。巻き上げられたものたちが空中に投げ出された。一番軽いステラが最も上空に居た。
「さぁ、雷鳥さん、貴方のお命、狩らせて頂きます……!」
自由落下する中、ステラはまずは雷鳥に狙いを定めた。殺気を滾らせて苛烈に哄笑する。
「キイイイイッ!」
ステラの殺気に晒された雷鳥は、ステラへ向けて雷の矢を放った。
「〈突風よ〉!」
ステラは自らが生み出した突風に飛ばされる。雷の矢をすべて避け切ると、玲瓏とした声で詠唱を紡ぐ。
「〈氷塊の嵐〉!」
これはステラの得意魔法だった。
本来ならば、〈氷の礫〉と呼ばれる、複数の拳大の氷礫を敵に放つ氷属性の攻撃魔法だ。しかし、ステラの膨大な魔力によって、それは破格の規模へと相成った。
ステラの氷礫の大きさは従来の何十倍も大きく、その数は数えきれない。特別に、ステラはこの魔法を〈氷塊の嵐〉と名付けた。
突風により、更に高度を増したステラから高速で放たれた氷の塊が雷鳥に降り注ぐ。重力も重なり、それの威力は更に上がった。
「キイイイイッ!」
雷鳥は翼で体を防御する。負傷しながらも何とかそれを耐えきり、次の魔法を放とうとした。しかし、それは出来ない。雷鳥が守りを固めている間に、既にステラは雷鳥に肉迫していたのだ。雷鳥は驚きに鳴き声を漏らす。
氷の塊の足場にして、宙を駆け降りて来たステラは、獰猛な笑みを浮かべて細剣を振り上げる。
雷鳥との勝負が決まった瞬間だった。
見事に首を落とされた雷鳥は墜落した。
ステラは風の魔法で着地の衝撃を和らげると振り返った。
「お待たせしました、ってあら……?」
ミノタウロスとオークジェネラルは〈氷塊の嵐〉に巻き込まれて絶命していた。
しかも、辺り一面がステラの魔法の影響でぐちゃぐちゃになっていた。
「あらあら……」
氷塊は消失させたが、木々はなぎ倒され、地面は抉れている。
ステラは色々な物に対して申し訳なく思いながら、彼らに歩みよる。《時空収納》に収納しようと思ったのだ。
ナディス村で、残念なことにステラには《解体》のスキルの適性がないことが判明していた。魔物の首を斬り落とすことは得意でも、それを綺麗に解体は出来なかったのだ。
ステファンの提案で、《時空収納》の容量に問題がないのであれば、その中に直接収納してしまい、ギルドで本職の者に解体して貰うということになった。
やはり、冒険者でもステラのように《解体》のスキルがないものは、解体屋に仕事を頼むのだと言う。価値の高い魔物になればなる程、売れる部分は多くなる。そうなれば、必然的に狩った魔物を丸々、ギルドまで持ち帰ることになるらしい。
そう言う訳で、ステラはまず雷鳥を収納し、ミノタウロス、オークジェネラルを収納した。そして、ふと思ったのである。
「オークジェネラルさんがいらっしゃるということは、オークさんの集落もこの近くにあるのでしょうか?」
ステラは瞳を瞑って、周辺の魔物の気配を辿る。
魔物などこの世界には溢れている。キリがないので普段はしないのだが、意識を集中させてそれらしきものを探った。スキルで鍛え上げられた、ステラの超人的な身体能力がオークの鳴き声や騒めきを捉えた。
ステラは目を開く。そして、美しい顔を嗜虐的な笑みに歪めた。
「見つけました……!」
*
このオーク集落にとって、この日程、不運な日はないだろう。
夜が明けてすぐに、ミノタウロスが襲撃し、多くのオークが犠牲になった。それに怒り狂ったオークジェネラルとミノタウロスの決闘が始まった。
そして、何の因果か、その近くを飛んでいた雷鳥がその狂騒に加わる。ミノタウロスの攻撃がオークジェネラルから大きく逸れ、雷鳥に向かった。雷鳥はそれを躱したものの、大層、気に障ったのだ。
オークジェネラルとミノタウロス、雷鳥は、戦闘しながら移動して行った。集落に残されたオークたちは集落の王たるオークジェネラルの帰りを待っていた。しかし、帰って来た――否、姿を現したのはジェネラルオークでも、ミノタウロスでも、雷鳥でもなかった。
それよりも、もっと恐ろしい怪物であった。
帰りの遅いオークジェネラルに、集落では、次の王を決める争いを始めようかという空気が流れていた。彼らは秩序や理性ある人間やその他の種族ではない。所詮は魔物だ。現オークジェネラルに対する忠誠心も思慮深さもなかった。
あるのは、ただ、己の欲望のみ。
世界は弱肉強食。弱ければ、喰われる。それは、集落の中も外も同じなのだ。
一向に返って来ないオークジェネラルに見切りをつけたか、はたまた、この好機に己の野心に火を点けたのか、オークたちの開戦は秒読みだった。先の戦いで傷付いたものは、怯えた。
しかし、そこに闖入者が現れる。
人間の女であった。
それも、細くて一捻りで殺せてしまいそうな。
戦意旺盛なオークたちは、すぐにこの人間に狙いを定めた。
まずは、この女。集落での争いは、それからだ。
一方、女はオークたちの殺気に気が付かないのか、相変わらず、とことこと、呑気に歩いてくる。
一番近くに居たオークが女に歩み寄った。その女の首を握り潰す。たったそれだけだ。オークは、野太い腕を女に伸ばした。そして――
首を握り潰す間もなく、首が飛んだ。
ころん、と地面に落ちた仲間の首を見て、オークたちは初め理解が追い付かなかった。首を傾げている内に、女の近くに居たオーク五体の首が同時に飛ぶ。
女の手に握られている細剣から血が滴っているのを見て、初めてこの女が首を刎ねたと知った。
「フゴォッ! フゴゴッ!」
殺気が爆発した。
一斉に怒号を上げ、武器を手に女に襲い掛かる。しかし、それは女の思う壺であった。近寄ったものから順に首が刎ねられて行く。そして、その屍を超え女が飛び出した。
一方的な蹂躙だった。
雄も雌も幼体も老体も。女の前では、手も足も出ない。すべてが等しくただの肉と化した。
***
キングオーク、ミノタウロス、雷鳥の、三つ巴の戦いに飛び入り参加したステラは、その後も順調に旅を続けた。参戦により、初めに決めたルートから少々ズレてしまったが、改めて方角を確認し、歩くこと三日。ステラは草木を掻き分けて道なき道を突き進み、やっと街道へ出た。
「よい、しょ……」
「――きゃあ!」
森の中から、ゴソゴソと物音を立てながら、ひょっこり姿を現したステラに、近くを歩いていた少女が驚いて尻もちをついてしまった。ステラは慌てて少女に駆け寄った。
「驚かせてしまい、大変申し訳ありません……! お怪我はありませんか?」
「へぁっ⁉ す、すみません! だ、大丈夫、です!」
手を差し出したステラに、少女は礼を言いつつ立ち上がった。可愛らしい顔を林檎のように真っ赤にして何度も何度も頭を下げている。
(そんなに、謝らなくてもよろしいですのに……)
少女の慌てふためきように、ステラは目を丸くした。そして、ステラが口を開く間もなく、少女は駆け出してしまった。
夕焼け色の街道に、ステラはポツンと一人残された。
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