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2 世界は弱肉強食なのです。

どうぞよろしくお願いいたします。


 翌朝、夜明けと共に起き出したステラは、「ふぁ」と小さく可憐に欠伸をした。ゴブリンから拝借した寝床から這い出すと、朝日を浴びて背伸びをする。

 ゴブリンの山は、昨晩、綺麗に焼却処分された。灰と墨しか残っていない山を残して、ステラは集落を出発した。

 とことこ、と暫く歩いて、ステラは歩みを止めた。彼女の腹が、くきゅぅ、と鳴る。

 「お腹が空いてしまいました……」

 眉を下げ、しょんぼりと言う。昨夜、ゴブリンの集落で何か良い物はないかと探し回ったが、流石に、何もなかった。見つかるのは、低級魔物の骨や牙、綺麗な石、時々人骨くらいで、ステラはがっかりした。

 「今日は、ご飯を探しましょう」

 ステラは顔を上げると、そう頷いた。

 手始めに、近くに生っていた青黒い木の実を採ってみる。ステラは自分の倍以上を軽々跳躍すると木から実を毟る。

 木の実は、拳大の大きさで、表面はつるりとしていて光沢がある。皮は薄そうで、実はやや硬い。ステラはそっと匂いを嗅いでみた。何も匂わない。見た目からはこれ以上情報が得られないので、ステラは齧ってみることにした。

 「――みゃ!」

 ステラはぎゅっと目を瞑った。とてもとても渋かった。

 木の実の中は白い果実だったが、その味は渋くてとてもじゃないが食べられない。スキルで《状態異常無効》ではあるが、渋さまでは取り除けない。ステラはその実を残念そうに地面に埋めると再び歩き出した。

 それからというもの、何かそれらしい植物を見つける度に採って食べてみたが、どれも人間が食べられそうな物ではなかった。

 「さて、どうしましょう……」

 ステラは倒木に腰かけた。高いレベルのお陰で、まだまだ疲れてはいない。しかし、腹は空いているし、人間は食べなければいずれ死んでしまう。

 ステラは自分の甘さを自覚した。

 森に入れば何かしらの食べ物が手に入ると思っていたが、実際には、知識がなければどうしようもない。屋敷では体を鍛えることばかり考えて、冒険者に必要なサバイバル知識は皆無だった。

 父や兄も、まさか、溺愛するステラがその望みを叶えて、冒険者になるとは夢にも考えなかっただろう。彼女から甘えられるままに鍛錬や魔物知識を与えたが、実際に生き残る術は授けていなかった。

 「今日は、魔物さんもいらっしゃいませんし……」

 ステラは周りを見渡す。今日はなんだか、気配が違っていた。初日はあちらこちらで何者かの息遣いやその動きを感じていたが、今日は、しんと静まり返っている。まるで、何かから隠れてやり過ごそうとしているかのようだった。その身を食える魔物でも獲れれば良かったのだが、いなければ獲りようもない。

 「仕方がありませんね。もう少し歩いてみましょう」

 そうして、倒木から立ち上がった時だ。

 ドドドドド、と何かの足音が聞こえ、ステラは振り返った。

 「――ゴルアアアァッ!」

 黒く、大きな何かが、背後の岩の向こうから飛び出し、彼女の頭上を通った。そして、ズザァッ、と土埃を巻き上げて着地すると、それはステラの目の前に立ち塞がった。

 「ガルアアアアアアアァッ!」

 巨大な熊だった。

 否、――黒凶熊(ブラックグリズリー)と呼ばれる魔物だ。

 それにしても大きい。今まで数多の魔物を喰らってきたのだろう。通常の黒凶熊よりも更に大きな体躯は、縦にも横にもステラの身長の倍を優に超える。今日、森の魔物が静かだったのは、きっと、獲物を探すこの黒凶熊を警戒していたからに違いない。

 黒凶熊は涎をぼたぼたと垂らしながら、叫びを上げた。どうも、空腹で仕方がないらしい。

 「うふふ。わたくしもお腹がペコペコなのです。一緒ですね」

 ステラは、またも、くきゅぅ、と鳴った腹に赤面すると、細剣と戦闘服を召喚した。

 「さぁ、貴方のお命、狩らせて頂きます……!」

 「グルルアアアアッ!」

 残忍で苛烈な笑顔を浮かべたステラは、歌うように宣言した。

 同時に、黒凶熊が動く。その巨体からは想像出来ない俊敏さで殴るように腕を振った。鋭く硬い、鉄板をも切り裂ける爪がステラを捉えた。

 「ふふ……」

 ステラはそれを避けなかった。黒凶熊を凌ぐ神速で、細剣を一振りすると腕を斬り落とす。その腕はステラの足元に落ちた。しかし、その腕が地面に転がるよりも速く彼女は、細剣で黒凶熊の喉笛を突く。そして、そのまま細剣を下へ振り落とした。

 黒凶熊の頭部から下が真っ二つに分かれる。

 「……あっ! 魔石が……」

 一転して、可憐な少女に戻ったステラは、倒れた黒凶熊の断面を覗き込んだ。キラリと魔石が見えた。

 細剣は、辛うじて、魔石の横を斬り裂いていたようだ。彼女はそれを取り出すとゴブリンの魔石を入れている袋を【時空収納(アイテムボックス)】から取り出す。

 魔法の一種で、【ステータス】と言うものがある。

 これは、自分にしか見えない半透明の板のようなものが出現するもので、その板には自分に関する情報――名前、年齢、職業、レベル、スキル、魔法、各種経験値……等々――が網羅されている。ステータス魔法とも呼ばれ、この世界の誰でも必ず持っている魔法だ。

 【時空収納】を持っている者であれば、このステータスから、入れている物のリストを呼び出し、その中から選び出す方法でも取り出すことが出来る。

 また、必要な物を想像するだけでも出し入れが出来るのだが、収納物が大量になって来るとステータスから取り出す方が効率良く出来る。

 シュン、と音が鳴って、ステラの手の上に目当ての袋が出現する。その中に中サイズの魔石を入れた。そしてまた袋を【時空収納】に収納する。

 「さて、ご飯にしましょう……!」

 ステラはいそいそと焚火の準備をした。適当に木の枝を拾って薪にし、魔法で火を点ける。

 黒凶熊の肉は小さく斬って、これまた拾って来た木の枝に刺すと火で焼いた。

 肉の反対側の枝を地面に突き刺して、よく焼いている内に、肉が焼ける良い匂いがステラの空っぽの胃を刺激する。くきゅ、くぅぅ、と自分の胃の大合唱を聞きながら、中までしっかり焼けるのを待つこと数十分。

 待ちに待った食事の完成だ。

 「では、頂きます……!」

 はむっ、と熊肉に齧り付いて、ステラは頬に手を当てた。

 「これはまた……なんと、野性的な肉汁なのでしょう……!」

 当然、塩や胡椒などの調味料はない。しかし、それを必要としない肉本来の旨さがあった。噛り付く度に、肉汁が口の中で溢れ、ステラは夢中で頬張った。

 焼いていた分をすべて平らげる。

 「ふぅ、お腹いっぱいです……」

 淡く桃色に色づく唇に付いた脂をぺろりと舐めると、ステラは満足して微笑んだ。





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