#8
空に向かって合図のピストルが鳴った。そして男の子達がいっせいに走り出した。
観客と女の子達は男の子達に声援を送る。
先頭を切って金光が飛び出て突っ走って行く。彪太郎は周りより遅いスピードで次々と抜かされている。が、強く先を見据えた眼差しだ。
緑林の並木道コースを次々と男の子達が走って行く。当然、金光が先頭で引っ張っていた。彪太郎は、先頭集団から離れてあとに続いてやって来る。
彪太郎の脳裏には裏山での特訓の記憶が甦っていた。
『自然の風と、溶け込む?』
『そうだ。密息は、自然の風を仲間にするもの。風の音を聴くんだ。最初は焦らず、周りをしっかり見ることさ』
彪太郎はガチガチに強張る表情で、
(お、落ち着け・・・・・・さ、最初は、焦らず、周りをよく見ること・・・・・・)
ゆっくりと緑林の並木道を見渡す。ざわめく並木から差し込む木漏れ日。枝に芽を出している若葉に、小鳥の囀り。幹で鳴いている蝉の音さえ静かになる。
「・・・・・・!! わぁ・・・・・・」
後ろから次々と二、三人の走者に抜かれて行くのにも気にならないくらいに。彪太郎の表情が次第に柔らかくなっていった。
(まるで違う道みたいだ。いつも学校から帰る時に通る道なのに)
彪太郎の表情が微笑みに変わって、
(絆三? 風の音、聞こえるよ)
グッと掌を握り締めた。
そんな中、かんかん照りの太陽がアスファルトを照り付けて熱気を放っていた。
陽炎が揺れる校門前の直線ロードには、冴子に抱えられていてもがいている絆三がいた。
「フヌヌヌヌゥ・・・・・・」
冴子の手から抜け出そうとするが、彼女はそんな絆三をギュッと抱きしめる。
「もう、暴れないの、クロちゃん」
「我輩は絆三だ! 彪太郎に合図をせねばいかんのだ。だから離して・・・・・・」
「美嬉、手触りも最高だよ~」
絆三の言葉を遮り、冴子は腕の中の小さな黒彪を撫でる。
そんな美嬉は隣で額にハンカチを当てている。
「うん。なんか、暑くなってきたね」
絆三も目を細めて太陽を見上げた。
(彪太郎・・・・・・)
一筋の汗が頬へ伝わる。
先頭の金光が走って行く先に『1㎞折り返し地点・あと半分!』と表記してある看板が建っている。ここが折り返し地点だ。金光は汗をかいて険しい表情で看板を折り返した。
(く、なんて暑さだ・・・・・・だが、このまま独走は変わりねぇ)
顔を歪めて苦しそうな走者達とすれ違う。
(へ、もうバテてるじゃん・・・・・・なっ!?)
陽炎のアスファルトに、力強く走って来る人影が見えてくる。金光はまさかと驚いた。
「こ、彪太郎!? なんだ、あの走り方は」
彪太郎の腕は、僅かに曲げた状態で更に左右の手足は同時に出ている。他の走者のような拳を眼前に突き上げるような腕振りではなく、腰の辺りで拳を小さく振り子させているような腕振りで、左右の肩と足が同時に出ているような具合だ。
彪太郎が前傾姿勢で二、三人の走者を次々と抜かしていく。その様子に金光は焦りの表情を見せた。
「あんな走りで・・・・・・どうなってやがる」
彪太郎は金光に気付いた。
(・・・・・・! 金光クン)
唖然としている金光とすれ違った。