#7
それから平地に移動した彪太郎と絆三はさっそくと言わんばかりに歩行練習に取り組んでいた。絆三が四足歩行をして、隣で同じように四足歩行で歩く彪太郎に話し掛ける。
『そもそも、周りと同じように走ろうとするから上手くいかないのさ。自分の特徴に見合った走り方が一番なんだぞ?』
「だからって、僕も四つ足で歩く事ないじゃないか・・・・・・」
絆三が、ぎこちなく歩く彪太郎の背中に飛び乗る。
『密息とナンバ走りの基本は、四足歩行にあるんだ。文句を言うでない』
「そもそも、密息って何なのさ?」
自身の背の上で胡坐をかく絆三に訊ねる彪太郎。
『エネルギーとなる酸素をたくさん体内に取り込めるようになる呼吸法さ』
「フ~ン・・・・・・あ、それならココで高地トレーニングをしていれば・・・・・・」
『ほ、ココで!? あのなぁ・・・・・・高地トレーニングは、標高二千から三千メートルのところじゃないと効果ないんだぞ。ここは低過ぎる』
「ええっ、そうなの!?」
今まで勘違いをしていた彪太郎の様子に、絆三が呆れるように首を振る。
『まぁ、それだけ熱心さがなきゃ。よし、彪太郎。この状態から鼻で大きく息を吸って、口で吐いてごらんよ?』
彪太郎は言われた通りに鼻で息を吸って、
「フーン・・・・・・ブハァー」
口から息を吐くも、むせてしまう。
「このままじゃ、鼻で息はしにくいよ」
絆三が彪太郎の背中から飛び降りて、彼の前に立つ。
『密息は一見呼吸をしているか分からないもの。まるで魚のエラ呼吸のような呼吸法なのさ』
「エラ呼吸!?」
困惑する彪太郎は頭上で、口をパクつかせる鯉をイメージする。すると絆三が背後からストローを取り出して、彼の前でストローを吹いてみせた。
『四足歩行だったら、イメージもしやすいだろう? ストローになったように、口からお尻へ空気が突き抜けるイメージさ』
「ストロー・・・・・・なるほど。でも、大会までもう一ヶ月もないんだ。僕にできるかなぁ」
『できるか、できないかは。彪太郎の想いの強さが決めるもんだろう?』
不安そうにする彪太郎を絆三は鼓舞する。
「・・・・・・!! うん!」
決意を固めるように彪太郎は強く頷く。これからの彪太郎の特訓を物語るように、蝉が激しく鳴いていた。
それから一か月後。ひまり小学校の校門前には『ひまり小学校・持久走大会』と書かれた看板が建っており、体操着姿の美嬉や冴子、女の子達と一般の観客が校門前の直線ロード脇に並んで賑わっていた。
体操着姿の男の子達も校門内のスタートラインに並んでいた。その集団の先頭には彪太郎の姿も見え、表情はかなり強張っている様子だった。
「なんだ、緊張してるのかぁ? まぁ~、せいぜい恥じかかないように頑張れよ」
彪太郎の横で余裕の表情を浮かべる金光に、彪太郎は強い眼差しでキッと見つめる。
『彪太郎は、ヌシが思ってるほど弱くないぞ』
「なに・・・・・・?」
謎の声に金光が周囲を見渡す。すると、絆三が彪太郎の背後から飛び上がって現れ、金光の頭上にぽふっと着地した。
「絆三!」
「わ、なんだ! コイツは!?」
絆三は驚愕する金光の頭上で辺りの男の子達を見回す。
『ウヒョー、久々のレースだぞぉ!』
辺りの生徒達も絆三に気付いてざわつき始めた。冴子と美嬉が瞳を輝かせて、
「うそぉ、喋る黒猫なんて夢みたぁい!」
「可愛い~!」
と、絆三を指差してはしゃぐ。そんな絆三は緊張気味の彪太郎を見る。
『彪太郎、途中地点で合図する。それまでは教えた通りに走れば大丈夫だぞ』
「う、うん・・・・・・」
『緊張は誰だってするもんさ、彪太郎』
(あれ? 今日の絆三、どこか優しい)
「つか、早く頭から降りろよ」
絆三は自分を見上げる金光の頭から飛び降りる。絆三はぽむっと着地して、
『彪太郎、スマイル!』
ニカッと笑って人混みに消えて行った。彪太郎もニッとはにかむ 。