#6
裏山の山道を全速力で彪太郎が走っていた。目を瞑り、彼の頬には汗なのか、涙なのか、雫が伝った跡がある。野兎や栗鼠が走り去る彪太郎を見送る。それと一緒に彼を見つめる黒い影。
彪太郎が躓いて転んでしまう。青臭い草の匂いが彼の鼻をつく。
「・・・・・・そんなの、嘘だ。姫野さんが転校するなんて。まだ、何も伝えてないのに」
樹木の葉がざわめき始めた。
「会えなくなるなんて、急過ぎるよ・・・・・・もっと自信が持てたら、僕だって・・・・・・」
『僕だって、すぐに想いを伝えられるかって? とんだチキンハートなボクチャンだな』
俯いて塞ぎ込む彪太郎の頭上から声がした。ハッとして声のする方を見上げて立ち上がる。
「・・・・・・!? だ、誰!?」
『こんな純粋なナンバ走りを見たのは、前の旦那以来だぞ。ハッハッハッ・・・・・・』
辺りを見回し声の主を探す彪太郎だが、それらしき者が見当たらず、次第に恐怖心が沸いてきた。
「わ、笑うな! わざとじゃ、ないやい!」
しかし、笑われた事にムッとしたのか、恐怖心を隠す為か、彪太郎が謎の声に大声を出す。するとガサッと葉音を立てて、彪太郎の背後に黒い影が着地した。
『負けず嫌いなのもそっくりだ』
「き、キミは・・・・・・?」
音のした方に振り返ると、そこにはつぶらな瞳で三本のストライプヘアー、黄色いスカーフを巻いた小さな黒彪が立っていた。
『飛脚の黒彪、絆三さ』
「飛脚の、黒彪⁉」
ニヤリとする絆三の容姿は、まるでマスコットのぬいぐるみのようだった。
「キミが・・・・・・あの、飛脚の黒彪だって?」
『おうよ。そんなに驚くなよ。九官鳥が喋れば、賢い彪も喋れるってもんよ』
「そ、そうなんだね・・・・・・ははは」
戸惑う彪太郎に、絆三が腕を組んでドヤ顔で答える。
『それより、自信が持てるようになりたいんだろ? ボクチャン?』
彪太郎の顔を見上げる絆三。その言葉に彪太郎は憤慨する。
「んもぉ、ボクチャンって呼ぶな! コタロウ、僕は夏輝彪太郎だ!」
『ハハハ・・・・・・それだけ威勢が良くて、自信が持てないだって? 面白いヤツだな』
絆三に笑われるも、彪太郎はそれに堪えて彼に背を向けてわなわなと肩を震わせていた。
「・・・・・・キミなんかに言われたくないよ。走り方が変で、みんなに笑われている僕の気持ちなんて分からないくせに」
トボトボと離れて行く彪太郎を無言で見つめる絆三。
「飛脚の黒彪って、もっとカッコイイ人だと思ってた……なのに、こんな憎たらしいチビ助だったなんて、ガッカリだよ」
『・・・・・・その昔、日本の飛脚にヒントを得た男がいてよ』
絆三が口を開くと、彪太郎はハッとして振り返った。
『天下無双の走り、『密息ナンバ走り』を編み出したんだ』
絆三は鋭い眼差しを彪太郎に向ける。そんな絆三を見つめ返す彪太郎。
「天下無双の、ミッソクナンバ走り?」
『どうやら、ボクチャンにはその素質がありそうだ』
絆三はニヤリと不敵な笑みを浮かべた。