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作者: 紫央

 ここに駅があったそうだ。

 もうずいぶんと昔のことらしい。今では住宅街の中に埋もれてしまって、その痕跡すら見当たらない。

 踏切を渡りながら、視線を左に向けても何もない。

 しかし、ここに確かに駅があった。

 100年前にできた駅は、70年前に廃駅になってしまった。だから電車が停まる場所として在った時間は短い。

 県内主要都市を網羅する私鉄電車路線は今なお隆盛を誇っているが、廃駅・廃線となった過去の遺物も多く、その筋のマニアが時折ブログなどに上げている。

 

 このあたりに鉄道が進出したのは、大正時代初期だったが、その際停車場となる場所は今よりずっと多かった。

 考えてみれば当然のこと。

 当時は自前の足で歩くのが基本。乗り物などせいぜい馬を走らす程度で、車やらバイクやらは滅多にあるものじゃなかった。

 多くの荷物を運ぶなら、大八車を引かねばならない。即ち人力オンリーだ。

 であれば、列車に乗れる場所は、現在よりもっと小刻みに存在していただろう。


 今では無くなった駅の場所から歩いて10分ほどの急行停車駅が市内のメインになっているが、元々そこは何にもない田畑のど真ん中だったらしい。

 そして、なくなった駅があったのは、古い集落のすぐ隣。

 本来はこちらが集客の本命だったに違いない。

 この辺りの昔の住宅街と言うのは、寺を中心に民家が密集して、その外れ――ここ以降は農業地です、人の住む場所じゃありませんよ、という境目に神社が建造される。

 もちろん必ずしもではないが、大体がそのパターンだ。主に水害対策と防衛を目的とした村づくりだろう。

 そしてその駅は、寺と神社のほぼ中間点にあった。

 それだけでもその目的が知れる。


 私が住むのは駅から15分ほどの新興住宅地だ。

 結婚して数年、子供が小学生になる寸前に家を建てて移り住んできた。

 当時はもうそこそこの街になっていて、たくさんのご近所さんもいたが、昔の市内写真などを見ると、本当に何もない田園風景のど真ん中だ。

 そして、無くなってしまった駅と今の駅との距離を測ると、廃駅の方がずっと近い。

 さらに言えば、廃駅に行こうとすると、信号を1つ渡るだけで済む。

 現存の駅に行くためには、信号を2つ――大き目の交差点を斜めに渡らなければならない。

 この駅がまだ存在していたら、県庁所在地の都市方面に行くために使っただろう。おそらく各駅停車の少ないダイヤだっただろうが、通勤通学で日常的に使用するなら、近い方を選ぶ。

 しかし、問題もある。廃駅の辺りは夜は暗そうだ。

 このあたりの古い集落は道が狭い。

 宅地面積が広い分通路はとことんまで狭く、さらに直線の道ではなくて、あちこちが行き止まりになったり、歪んだりしている。まるで迷路だ。

 おそらくそれも防衛目的。防犯じゃない、防衛だ。

 古く、賊や敵軍の集団による村への襲撃がまだあったような時代から存在している集落は、とにかく攻めにくく守りやすい構造を模索してきたのだろう。

 集落の周囲はただっ広い田園風景だ。初めて来た人が徒歩で入り込んできたら、確実に方向感覚がおかしくなる。

 もしもここに駅がまだあったなら。

 夜、ここで降車する客は近所に住む古参住人ばかりになり、注意喚起の看板が多く出ているに違いない。

 少し歩くといくらか幅広な道があるが、ここは昔のメインストリートだ。寺と大きな屋敷、そして大小の神社に記念碑の数々。

 さぞや時めいていただろう、土地の大物たちが住まう区域だ。

 道の中は広いが出入口に当たる場所はいささか狭い。そして、出口には大木がこんもりと聳える神社。

 これでは街灯もなかった昔はさぞ暗かったに違いない。月夜の晩ばかりじゃない、という言葉が実感できたことだろう。

 逆側に行けば、県内を南北に抜ける古い街道があり、いわゆる街道沿いの集落があるが、そういう道まではさらに淋しい通りを抜けないとならない。

 そして、そういう何百年も前からある街道沿いのお屋敷と言うのは、ただの集落よりももっと用心深く作られている。

 

 ここの駅がまだあったなら。

 この道はもっと栄えていただろうか。

 今は若い桜が植樹され、季節には賑やかなお祭りもやっている。秋になれば神社に豊穣祭りで近隣から人々が集う。

 けれども商店や食堂などは一切無く、普段は閑散としたものだ。

 駅とは交通の要だ。毎日のようにここに住まわない誰かがやって来て、通り過ぎて行く場所。

 今、ここを歩くのは、地元の住人だけだ。


 駅がまだあったなら。

 ここを思い出の場所にする人たちが、もっと大勢いたのかもしれない。

「――あそこの通りで集まって、串を食べたんだって。賑やかだったらしいよ」

 若い頃、このあたりの店で働いていた母が当時の年寄りに聞いた、まだ駅があった頃の話。

 今みたいに道も舗装されていなくて、何かあれば着物で装って出かけていた頃。ここを毎日通り過ぎた人たちが確かにいた。


 電車は今日も走っている。乗っている人も大勢いる。

 生きる限り、住まうだけでなく通り過ぎる場所もまたどこかに在らねばならない。


 ――昔、ここに住まう人達のための駅があったそうだ。

古い航空写真などを見ていて思ったことです。

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