第2話 第二皇子は兄が操られてると疑っている
初投稿です(大嘘)
おかしいな、婚約破棄ものってどういうのだったっけ...
「救う、とは、名誉を回復するということで宜しいでしょうかな?」
「……ああ。風に聞く、彼女の家での今の扱いは酷いものらしい。せめてその窮状を救い、良い縁を結べないか、という依頼だ」
くつくつと。頼明の言葉に、草薙は忍び笑いをした。視線を二人の一文字にふった後「まぁ及第点でしょう」と続けた。
「失礼、わざわざ自分の身代わりを送ってくるくらいですから、かなり緊急の案件とは思いましたが、しかしそうですか。……んん、やれやれ」
「身代わり……? こちらの方は、頼明様ではないと」
確認する座龍の声は、妙に純朴というか、一歩間違えれば考え無しすぎるような響きがある。思わず心配になる頼明。もっとも、草薙は頼明に一瞬視線を送り肩をすくめた。
「アキツシマ国には、十二神将と呼ばれる貴族がいます――――。
星詠みの一文字。
近衛の二房。
外交の三光。
儀礼の四方。
呪事の五星。
邦建の六城。
通商の七海。
農業の八掛。
討魔の九条。
法務の十戒。
影の備十一。
編纂の十二宮。
このうちで、家々の交わりがない家はないといえます。それは”すめらぎ”とて同じこと。もっとも外に出すか、内に持つかで対応もかわるでしょうね。
故に、本人が来たという体を通しはする、ということです」
「そうか、天帝の家でも、自分の血を引いた影武者を用意していないはずはない、ということだな!」
妙にうれしそうに声を上げる座龍。草薙がなんとも生温かな目で見ている。と、頼明は「無礼な! このお方を何方と心得る! かの頼明様が影武者だとでも!」と立ち上がりかねない従者を、手で制する。頼明、草薙から先ほどのアイコンタクトで「おさえてくれ」と言いたい部分を察していた。
がたり、と立ち上がりかけた従者に、何故か思わず姿勢を崩して転ぶ座龍。びっくりしたのだろうが、間抜けな様ともいえる。
「申し訳ありません。このように座龍、少々、正直が過ぎる男なのです。多少は御目こぼし願えれば」
(完全に身分を知らぬでは度を過ぎて不敬となるかもしれませんし、逆に身分を知れば委縮して意見が言えぬ男なのですよ。隣の従者様におかれましては、少々の無礼は目をお瞑りくださいませ)
頼明、草薙の苦笑いと共に言われた一言に。先ほどの「多く人の意見を求めた方が良いでしょうしね」をふまえて解釈する。これには、頼明も苦笑いで返した。己の従者を座らせると、気にしていないと続ける。
「かまわぬよ。もとより、某は願い出る立場だ」
「名はなんとお呼びすれば?」
「あさひこ、で構わない。もとより、第二皇子の遣いという扱いだ」
「?」
不思議そうな座龍に、やはり苦笑いを浮かべる草薙。と、彼が口を開く前に、従妹の少女が一言。
「どちらにしても皇族関係者で、一定の敬意は払った方が良いってことだよ。龍兄ぃ」
「お、おお! そいうことか! こいぬ、助かった……」
「龍兄ぃは本当に一文字の家の出なのかたまに心配になるよ……」
「な、なんだと! これでも手習いは上々と評判でなぁ」
「侍女たちだけに評判でも意味ないから。もっと幅広く、同年代で評判じゃないといけないから。現に先輩とか私とちがって、十戒の方に遊びに出されてるし」
「それは己の詠の才能をだなぁ」
「すみません、あさひこさん。うちの従兄が……」
「おい、こら無視するな!」
「大体、龍兄ぃってば。家々の姫たちに何て言われてるか、知ってる?」
「む……? 何だ、そんなにひどい呼び名で呼ばれているのか?」
「ええ~、………あー、どうしよっかなぁ……」
「おい、止めろ、何だその目は、その辺に落ちている犬のフンでも踏んでしまったような顔は何を言いたいのだ! おいこいぬ!」
「いや、私の名前がこいぬってわかって犬の話題あげるの、本当、気配りないから!」
「何を!」
「ばーか、ばーか、短足ぅー」
「っ! せ、せめて上半身がしっかりしてると言え!」
「下半身が貧弱とも言いますかね」
「草薙、背中から撃つな!」
「いえいえ――――」
ははは、と笑う頼明。兄ほどではないが、おべっかと過剰な持ち上げにさらされる彼であるからして、こうした妙に気の置けないやりとりには、思うところがあった。羨ましい、というわけである。故に目の前で広げられる従妹同士の会話に、妙な愉しみと寂寥感を同時に抱いた。
一瞬苦笑いを浮かべるも、草薙もそれに続いて笑う。つられて一文字の従兄妹二人も笑い、頼明の従者のみがどういう顔をしたらよいかという状況であった。
「さて、与太話はここまでにして――」「龍兄ぃは短足だけど」「おい、蒸し返すな!」「――、ここまでにして。しかし、私に恋愛関係の相談事ですか……。あまり縁起が良いとは言えないのですが。私の噂については、ご存じで? 『あさひこ』様も」
「知ってるとも」
九条一草薙――九条の家の跡取りとして生まれるも、絶望的に武技への才能がなかった男。
九条の家の生業は、討魔。すなわち魔物を討伐する軍を組織し運用する、それを家の基本的な生業としている。雇用される武士も他の家々とは異なり、主にそちらに特化した者たちが多いのだ。
幼い頃より鍛錬は欠かさず、しかし身内には疎まれる。数年前に許嫁(四方の家の者)が彼の下を離れたことが決定打となり、継承権をはく奪。その後、修行の旅に出て何故か術師と星詠みとしての才能を開花。都に戻った後は一文字の「星詠み寮(※陰陽寮のようなもの)」に学徒として入り、現在に至る。
九条の後にひともじ、と続くのは、彼が挙げた功績によるだろう。星詠み寮が司る暦の編纂、そのずれを指摘し資料をまとめ、儀式の日取りの修正および現状での問題点の洗い出しや制度案の提出などなど。諸々に九条でありながら一文字のごとき活躍をした彼に、分家として新たに九条一を天帝が名乗らせたのだ。
さらに、その経歴の中、いくつかの怪事件とされたものの解決に関わっているという噂がある。例えば数カ月前にあった、宮廷役人たちが次々と呪われる事件。例えば、都でたびたび目撃された怨霊騒ぎ。例えば、六城家の令嬢があった世にも恐ろしい怪談騒ぎ等々。枚挙に暇がないと言える。
「しかし、それの何処が縁起が悪いのだ? 聞けば六城の事件は、後に草薙がとりなした縁で幸いな結婚となったと聞くが……」
「あれは結果的にそうなっただけで、決して縁起が良いという話でもないでしょう。大前提として、怪事件に巻き込まれてますからね。
あとこちらの方が主ですが、私もまぁ女性の縁は良いと言えないもので」
草薙に座龍が声をかける。声音は「気にするものでもないだろう」と言わんばかりに明るい感情がにじみ出ており、やはり気性がわかりやすい男であった。
「婚約者の話だったか。……しかし、手籠めにされた(※無理やりに襲われた)という訳でもないのだろう? 縁がなかっただけだ。そう気にするものでもあるまい」
「いえ、そのあたりは家庭事情もあるので一概に、という訳でもありませんが……」
「…………先輩、その話全然知らないんだけど――」
「まぁまぁ。しかし、恋愛相談も全く受けないという訳でもありませんが、仮にも皇太子の婚約者候補だった方のお話にございますので。星詠みとしては、そういった流れ、縁起や物事の良し悪しには気を配るものにございます。
なのでその案件、私に持ってくるのは不適格なのでは?」
草薙の言葉を受けても、頼明の相談したいという意思は変わらない。
「そう簡単な話でもないのだ。……というのも、どうも兄上には何やら流れの星詠みが付いているらしくてな。此度の事柄も、その星詠みの発言が原因だろうと見ている」
「ほう。詳細を伺っても?」
「詳細と言われても、そこまで情報は出そろっていないとも。我々も調べはしたのだが、経歴不明の何者かであるという事柄しか不明だ。いつごろと言われれば、まぁこの一年ほどか? 突如として兄上のそばに現れたらしい。名を、伴連というらしい」
「「ばんれ?」」
「ふむ……(ヒルコス接続、音声検索、伴連、術師)」
座龍とこいぬは頭をかしげる。聞き覚えのない名前だ。しかし草薙はわずかに目を細めると、眼前に右手を伸ばす。と、虚空を撫でるように指を動かし、空間を切るような動きをしながら、何事かぶつぶつと呟いた。その両目が、わずかに青く光る。つらつら、と中空に視線を漂わせる草薙。まるで何か書物でも読んでいるような動きだ。
しばらくすると手を下ろし、肩の力を抜いた。
「都の外……、ヤーシュの方角(※都から東側)にある寺の出と噂されておりますね。地域は限定されておりますが、都の一角、羅生門まわりの村では名が通った呪師ですか」
「……相も変わらず、どうやって調べているのだ、草薙」
「見たまま、としか。
しかしその術師が、オブザーバー……、相談役のような立ち位置におさまってると見て良いでしょうかね? それで、私にも同様のことをしろという話なのでしょうか。とはいえ皇族も皇族で、おかかえの星詠みはいたかと思いますが。星詠長様(星詠み寮の一番偉い人)とか」
「そういう訳ではないのだ」
「では?」
「……かの術師が、猿柿ノ宮様を操っているのではないかと」
実明、兄もあそこまでひどくは無かったろう、というのが頼明の印象だ。少なからず次代”すめらぎ”としてまっとうに振舞えるような教育を受けてきている。多少なりとも己の周りに不満があったところで、それを受け入れられるだけの度量はあったはずだ。
間違っても、己の婚約者たるりえに恥をかかせるような仕打ちをするほどではないだろうと。確かに彼女の妹との婚約であれば、家同士の繋がりは保てるかもしれないが。まかり間違っても、あんな場で、いっそ糾弾するような形をとる必要はあるまい。
そこまで人の心が分からない相手ではないと、彼は兄を信頼している。
「その調査、あとは操られていたのなら術を解いてほしいと。そういったところでしょうか」
「頼めぬか?」
「わざわざ私に持ってくるということは、”すめらぎ”は静観……もしくは興味ないという反応でしたか」
「…………」
無言の頼明。座龍が「どうするのだ?」と両者の間で視線を漂わせる。
もっとも、草薙にとってはその限りではないのだが。肩をすくめて、草薙は彼の目を見る。
「おすすめは致しかねますね」
「……っ、何故だ草薙殿っ」
「頼明様がしたいことが実際の所、そこにはないからですよ。…………、(情報表示、頼明)」
再び空を指で切り、目を青く光らせる草薙――――実際に青い光が放たれており、やや影になっている彼の目がぎらりと輝くのだ。そしてやはり、この場において彼にしか見えない何かしらのものでも見ているのだろうか。
頼明は知っている。草薙は、その辺にいる単なる怪しげな術師「もどき」では断じてない。言うなれば彼は本物といった類なのだ。儀礼をつかさどる家の四方、その古老が太鼓判を押しているのを頼明は知っている。
だからこそ、彼の一言に宿る意味合いは一切の曖昧な感情を許さない。
「頼明様がしたいことは、名誉の回復というわけではござりますまい。無論、含まれぬということではありませんが、そこが主ではない」
「……? いや、名誉を守ることが彼女を救うことにつながらぬというのなら、それはどういうことだ?」
くつくつと。草薙は意味深な笑みを浮かべた。
「――――頼明様。さては、初恋をなさいましたね」
生温かな目の草薙。ほう、と意外そうな反応の座龍。こいぬはどういう顔をして良いのか、頼明の従者共々微妙に困惑。
なお肝心の頼明はといえば。
「……は?」
これまた身分を隠しているとはいえ、皇族とは思えぬほどに間の抜けた表情で呆けた。
自覚がなかったようである。