第五話 占いは案外当たったりもする
「よぉ、こんなとこで何してんだ?」
「読書よ」
部活帰り、日が暮れる前の川原で春樹は巳波に話しかけた。
黄金色に輝く太陽が二人の影を伸ばしている。
「へぇ、何読んでるんだ?」
春樹が彼女の隣に座った。巳波は未だ本から顔を上げようとしない。
「海の街で」
「前に好きって言ってたやつか」
「言ったっけ?」
「ハルトがどーたら言ってなかったか?」
「そういえば言ったかも、よく覚えてたわね」
そう言うとやっと巳波は顔を上げた。栞を挟み、本を閉じる。
「どんな話なんだ?」
春樹の質問に彼女は簡単に答える。
「海の街の話よ」
「いや、それは分かるわ! 題名繰り返しただけじゃん」
「凄いじゃない。題名を聞いただけで読んだことのない本の内容が分かるなんて」
「誰でも分かるよ!」
「冗談よ冗談」
巳波は軽くあしらうと、本のページをパラパラめくりながら話した。
「家出をした少女の話なの。家を出て、海の真ん中にある街に行って、そこでハルトって男の子と恋仲になる。少女の両親が追ってきて二人の仲は引き裂かれそうになるんだけど、ハルトと二人でその困難を乗り越えて最後には結ばれる話」
「へぇ、面白そうだな」
「当然よ。私の一番好きな小説だから」
巳波は本を閉じる。
「随分読み込んでるな」
春樹がボロボロになっている表紙を見ながら言った。
「毎日ここで読んでいたから」
巳波はそう返すと本を脇に置く。
「さ、今日はなんの話をする?」
「……そうだな」
「コレをやりましょう」
「なんで聞いたんだよ!」
「あなたに話題を選ぶ権利なんてないわ」
彼女が取り出したのは一冊の本。「海の街で」とは違い厚みのある本だった。表紙には「当たらなそうで実は結構当たるかもしれない占い」と書いてある。
「……変な本読んでるな」
「ネットで一番評価が良かったのよ」
巳波は少し恥ずかしそうに表紙を手で隠した。
ネットで買ったんだ……。そして自分でも題名の胡散臭さに気が付いてるじゃん。
春樹は思わず出そうになった言葉を飲み込む。
巳波が話を続けた。
「確かに題名の面倒くささは認めるわ。当たるのか当たらないのか結局どっちなのよ! ってなるけど、レビューでは結構当たるって書いてあったわ」
やってみましょう。と彼女は本を開く。
「最初は簡単なのから。先ずは血液型を教えて」
「A型だけど」
春樹は嫌そうに言った。
「ぽいわね。夜に一人反省会とかしてそう」
「うるせぇ。で、本にはなんて書いてあるんだ?」
「ちょっと待って」
巳波は本に目を落とす。
「えっと、A型のあなたは几帳面で責任感が強いです。ただ断るのが苦手で仕事を押しつけられがち。ラッキーアイテムは青いペンですって」
「A型あるあるだな」
「まぁ前も花火を押しつけられていたし、あながち間違ってもいないんじゃない?」
「あれは押しつけられていたわけじゃねーよ」
春樹は胡散臭そうに本に目をやるが、占いはそんな目線を無視して続けられた。
「じゃあ、今度は誕生日教えて」
「10月25日」
「祝日がなくなった可哀想な月じゃない。あなたにぴったりね」
「人の誕生月に嫌な言い方をするな。全国の10月が誕生月の人に謝れ!」
「なんで私が謝るのよ。7月に謝らせなさい」
「体育の日を取られた恨みは忘れない……」
「まぁまぁ、いいじゃない。……5の倍数だし」
「無理矢理褒めようとするな!」
「無理矢理じゃないわよ。5の倍数の日はいろんなお店でセールをやっているわ」
「確かにそうだけど……」
夕焼け空のなかをカラスが飛んでいく。風が吹き、川原の雑草が揺れた。
一緒に巳波の髪の毛も軽く揺れている。
「とにかく、10月25日なのね?」
巳波は確認を取ると本のページをめくる。川原に紙のこすれる音が流れ、やがて止んだ。
「えっと、10月25日が誕生日の人は優しい人です。困っている人には手を貸してしまいます。また努力家でもあります。最初は出来ないことでも努力を続けて出来るようになるでしょう。どんなことを言われても傷つかない強靱な精神も持っています。ただ、人が良すぎて不用心でもあります。SNSを乗っ取られないように気を付けましょう。恋愛には奥手です。もっと積極的にいきましょう。だそうよ」
「あってるのか?」
「そこそこあってるんじゃないの? 恋愛には奥手なのね。積極的にだって」
「余計なお世話だ!」
春樹は巳波の手から占いの本を取った。
「そういうお前はどうなんだ。誕生日は?」
「教えないわよ。どうせ誕生日でスマホのパスワードを解除しようとしたのでしょうけど、不用心なあなたと違って私のパスワードは誕生日じゃないわ。諦めなさい変態」
「疑い深すぎるわ! そんなことしねぇよ」
彼は諦めて、面白そうな項目がないかページをめくる。少しめくると何色かのマーカーで線が引かれているページを見つけた。
「なぁ、このページなんでこんなにマーカーが引かれているんだ?」
「あっ!」
巳波は短く悲鳴を上げると春樹の手から本をひったくった。
「私、今日用事があるから。帰るわね」
「おい……」
そう言うと彼女は制止の声も聞かずにさっさと帰ってしまった。春樹は彼女の背中を困惑しながら見送る。
「なんだったんだ?」
声に出した疑問は夕暮れの空に溶けていく。その答えを得ることなしに、彼は首を傾げながら帰路についた。
〜〜巳波帰宅中〜〜
手に持った占いの本を開く。何度も開いたページなのですぐに探し当てることが出来た。
巳波の誕生日のページ。それらしい——誰にでも当てはまるような事が書いてある項目を読み飛ばし、最後のコラムを見た。
相性の良い誕生日。
マーカーの引いてあるそのコラムには10月25日の日付が載っている。
——結構当たるじゃない。
心の中で呟き、小さく笑みをこぼす。
「誕生日プレゼントは青いペンで決まりね」
彼女は足取り軽く家に帰っていった。