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クールな巳波がデレるまで  作者: 涼ミ音エイ
学校の休み時間は短い気がする
12/12

第十二話 白いご飯もピンク色に染まる

「よぉ、こんなとこで何やってるんだ?」


 今日は快晴。空が広い。

 学校の屋上は風が涼しかった。


「お昼を食べているのよ。一緒に食べましょ」


 屋上の片隅に座る巳波(みなみ)は自分の膝を叩いた。


「えっ!」


 春樹(はるき)は硬直する。余りの衝撃に阿呆みたいに口が開いていた。


 まさかこれは……噂に伝え聞いた伝説の、彼女の膝枕なのでは?


「どうぞ私の膝の上で、焼きそばパンからこぼれ落ちる焼きそばを召し上がって頂戴」

「俺は涎掛けか! いや、この場合膝掛けか?」


 どうでも良いことで首をひねりながら、また彼女の膝を少しだけ名残惜しく思いながら、彼は巳波の隣に腰掛ける。いそいそと自分のお弁当を広げた。

 お昼を一緒に食べる。こんな些細なことでも恋人になったのだと思える。

 春樹はクールだと思われている巳波と愉快なやりとりを出来る事に小さな優越感を抱いていた。

 巳波が焼きそばパンを覗き込みながら言う。


「焼きそばパンって美味しいのにこぼれやすいのが減点よね」

「それはこぼれやすいのも含めての美味しさじゃないのか?」

「どう言う事? 納得出来ない理由だったら、春樹のお弁当のおかずを全て貰うわ。白いご飯だけで食べなさい」

「せめて梅干しだけは見逃してくれ」


 春樹は狙われたお弁当箱を体の影に隠した。


「例えば西瓜って種が邪魔だけど、種がない西瓜ってのもそれはそれで、もの足りないだろ? 種を飛ばすのも西瓜を食べる醍醐味な訳だ。それと一緒で焼きそばパンも零れないように気を付けながら食べるからこそ、美味しいんだと思う」

「なるほど、確かに種なしの西瓜が開発されてもわざわざそれを食べようとは思わないものね。減点じゃなくて原点が重要だと」

「いや、そんなこと言ってないけど」

「なによ。彼女が滑ったなら身を挺してでもフォローするのが彼氏の役目でしょ」

「そうなのか⁉」


 彼氏歴三日目の春樹は巳波の暴論にたじたじになる。既に恋人(かん)の力関係は決まっていた。

 二人はそれぞれのお昼ご飯を食べ進める。少しの沈黙の後、次に口を開いたのは春樹だった。


「それはそうと、昨日はどうしたんだ? 教室にも居ないし連絡も取れないし心配したんだぞ」

「スマホ持っていないんだから仕方無いじゃない。昨日はただ、学校をサボっただけよ」


 巳波は唇に付いた海苔を左手の薬指で拭いながら答える。焼きそばパン一つだ。もう食べ終わったらしい。取れた海苔は彼女の舌に舐め取られた。


「「海の街で」が映画になったの。どうしても初回に見たかったから学校はお昼から行ったわけ。午前中居なかったのに昼休みから教室に居るのは気まずいから屋上でご飯を食べてたってこと」

「気まずいって感情を知っていたのか」


 春樹は思わず口に出してから焦り出す。今更口を閉じてももう遅い。

 巳波の目に殺意が煌めいた。


「あなたの口には教育が必要なようね。ご飯を食べるだけの器官にして上げようか?」


 彼女は春樹の耳を引きちぎらんばかりに引っ張る。春樹は悲鳴を上げた。

 十分苦しめたと判断したのか、巳波は彼の耳から手を離す。春樹は自分の耳を両手で押さえつけ、未だ付いている事に安心した。お弁当を食べるどころではない。


「良かったまだ付いている」

「私の声が聞こえなくなっても困るしね。当然手加減して上げたわ」

「これで手加減してたのか。恐ろしいな」


 春樹は口には気を付けようと心に刻み込んだ。次に耳が付いている保証はない。


「そういえば、屋上って鍵が掛かってなかったか? だから俺は昨日屋上の扉の前でご飯を食べようとしていたんだけど」

「ああ、あれは扉に鍵が掛かっていると思っていたからなのね。良かったわ。自分の彼氏が冷たくて暗い階段でお昼を食べるのが好きな特殊性癖持ちかと疑っていたから」

「どんな特殊性癖だよ。そんな性癖この世に存在してないよ!」

「将来の心配が一つ減って安心したわ。あれは簡単なことよ。ほら」


 巳波は制服のスカートのポケットから二本の針金を取り出した。


「それ昨日も持っていたよな。まさか……」

「ええ。ピッキングしたわ。古いタイプの鍵だから楽勝ね」

「将来どころか、今の心配が増えたわ! バレたらどうするんだよ」

「その場合、春樹は私を脅して屋上で性的暴力を振るっていた変態ということになるわね」

「全部押しつけるどころか、罪状が増えてるんだが⁉」


 全く冗談では済まない罪状だった。

 宴もたけなわだが、昼休みの時間は決まっている。春樹が腕時計を確認すれば、もう午後の授業の準備を始めなければいけない時間だった。屋上から教室までは距離がある。急がなければいけない。

 春樹は箸を置いて、巳波を急かした。


「そろそろ時間だ。早く教室に行こう」

「まだお弁当残っているじゃない」

「残りは今日の夕飯にするよ」

「折角のお弁当。学校で食べないと勿体ないわ。私も食べて上げるから」


 そう言うと彼女は春樹の箸を使って残っていたおかずを口に運ぶ。


「あっ! 俺のハンバーグが……」

「そんな顔しないでよ。ほら、白いご飯食べさせて上げるから」


 巳波はご飯を掬うと春樹の口元に持って行った。耳が赤くなっている。

 断る選択肢など無かった。


「……」

「……」


 春樹は白いご飯を噛みしめる。彼の耳も赤くなっている。さっき巳波に引っ張られたせいではないだろう。梅干しもおかずもない、ただの白いご飯はいつもより数倍美味しかった。


「ねぇ、今度の日曜日に映画見に行かない?」


 巳波が言う。


「「海の街で」って映画」

「それ見に行ったんじゃなかった?」

「そうだけど、春樹とも一緒に見たいから」

「じゃあ、行こうか」

「うん」


 風が吹く。焼きそばパンの袋が音を立てた。

 巳波は寒さから逃れようと春樹へと体を寄せる。

 結局二人は午後の授業に遅刻したのだった。

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