第十一話 屋上での昼食に憧れる
同じ制服に身を包んだ人間が大勢いた。彼らは笑い合い、楽しそうにご飯を食べている。弁当を食べる奴、学食でパンを買って来る奴、コンビニで買ったカップラーメンを食べる奴。
昼休みの教室は皆の昼食の匂いと笑い声で満ちていた。
春樹は窓際の席に昨日恋人になったばかりの巳波を探す。物憂げな顔で、一人姿勢正しく購買のパンをかじる。そんな彼女の姿を春樹はよく目で追っていた。
折角恋人になったのだ。一人でパンをかじるのも寂しかろうと、春樹は一緒に昼食を食べる気だったのだが、窓際の席に彼女の姿はない。
「どこに行ったんだ?」
毎日同じように、四時間目が終わったら直ぐに購買へ行き、焼きそばパンを買って来ていた。今の時間なら普段は席に座って食べている筈だ。
今日は別の場所で食べているのか? いや、そういえば朝から見かけた覚えがない。今日は休みなのか? それなら連絡してくれてもいいのに。
春樹はスマホを制服のポケットから取り出すと、巳波に連絡しようとスリープを解除する。そこで彼女の連絡先を知らないことに気が付いた。指が止まり、胸中に不安が広がっていくのを感じる。恋人となっても巳波の事は殆ど知らないままだ。今彼女は何処で何をしているのだろうか。
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友達には今日は彼女と食べると伝えてしまった。今更一緒に食べようと言いに行くのもなんだか恥ずかしい。彼は仕方無く教室を出た。
教室を出ると一気に喧噪が遠くに聞こえる。廊下には壁に寄りかかり話している生徒がちらほらといるだけだった。窓から見える空は曇り模様だ。教室のドアを閉めると廊下の寒さが身に染みる。春樹は弁当を片手に屋上を目指した。
行ったことはないけど良い機会だ。それに巳波が来た時に一緒に屋上で食べるのも良い。青春の思い出としては満点だ。今回はその下調べということにしよう。
そんなことを考えながら廊下を行く。
歩いていたらトイレに行きたくなった。屋上にトイレはない。今のうちに行っておこうと春樹はトイレに入った。用を足し手を洗う。洗面台の上に弁当を置いた彼はポケットからハンカチを取り出した。今まで洗った手は振った後、ズボンで拭いていた。しかし、折角恋人からハンカチを貰ったのだ。使わない訳にはいかないだろう。
春樹は少しいい気になりながらトイレを出た。屋上へ向かうには職員室の前を通る必要がある。
何となく体の影に弁当を隠しながら通っていると、入り口近くで先生の立ち話が耳に入って来た。
「転校ですか」
「らしいですよ。家庭の事情でね。こんな時期にねぇ」
春樹の足が少し速くなる。彼は駆け足気味に廊下を進んだ。
嫌な話を聞いてしまった。告白した次の日に居なくなるなんて、恋愛漫画を読まない春樹でも知っているベタな展開だ。先生の噂話が巳波の話という保証はないが、同時に巳波の話ではないという保証もない。不安になるのは天気のせいだろうか。
春樹は階段を駆け上がり、屋上へと向かう。彼は陸上部だ。雨の日の練習では階段を走って上っている。慣れている筈だが今日はやけに疲れた。
屋上階へとたどり着き、閉まっている鉄製の扉の前で息を吐く。ほんのりかいた汗を拭い、扉を見つめた。
「何やってるんだか」
自嘲気味に呟く。屋上の扉は閉まっている。今時、屋上で友達と昼飯を食べるなんてのは漫画やドラマの中だけの夢物語だった。
春樹はため息を吐くと床に座り込む。こんな所には誰もこない。掃除もしていないだろうが大して汚れてもいなかった。
冷たい床に座り、硬い壁にもたれかかる。弁当を広げ、箸を手に取った。
「頂きます」
手を合わせ言う。声が階段に響いた。少し耳をそばだて誰の足音もしないことを確認すると春樹はおかずに手を出した。
——その時
ガチャ……
キィィー……
錆びた音を立てて屋上へ続く扉が開く。
扉から顔を出したのは、制服を着たショートカットの女子。巳波ゆずだった。彼女は手に針金二本と焼きそばパンの袋を持ち、床に座った春樹を見下す。彼女の声が階段に響いた。
「ねぇ、こんなとこで何やってるの?」