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長崎本線 殺しの分岐点<ジャンクション>  作者: にちりんシーガイア
第九章
9/11

先回り

 戸田食品の九州支社は、浦上駅を降りてすぐのところにある。

 浦上駅は、長崎駅の手前の駅で、市の中心部にある。駅前の国道には、市電も通っていて交通量もかなりある。背は低いが、ビルも立ち並んでいて賑やかな街中である。

 支社長の井上には、直ぐに会うことができた。長身でやせ型の、まだ若い爽やかな感じの男である。

「今日は、十月十六日の件で参りました」

 城戸が、そう言うと、

「その日は、確か社長が視察にいらっしゃった日ですね」

 と、井上はすぐに言った。

「その日ですが、あなたは浦上駅に社長をお出迎えしたそうですね?」

「ええ、そうですが、それがどうかしましたか?」

 井上は、訳のわからない様子でそう言った。

「社長が浦上駅までどの列車に乗られていたか、覚えていますかね?」

 すると、井上が手帳を取り出した。

「浦上一〇時三二分着の列車ですね」

 今度は、城戸が時刻表を取り出した。

 大村駅を九時三二分に発車する長崎行きの普通は、確かに浦上駅の到着が、一〇時三二分となっている。

「井上さんは、どこで戸田社長をお出迎えになったのですか?」

 川上が、尋ねた。

「駅のホームですよ」

「という事は、戸田社長が、その一〇時三二分着の列車から降りたところを確かに見ているのですね?」

 川上は、念を押す様に慎重に質問する。

 そんな彼を見て、井上は、再び訳の分からない様子になった。

「ええ、見ましたが──?」

「変な質問にはなってしまいますがね。あなたは何故、戸田社長を出迎えようと?」

 城戸が、慎重な口調で尋ねた。

「前日に、秘書の原崎さんから電話がありました。浦上駅に一〇時三二分到着予定で、社長がわざわざ東京から来るので、駅のホームでの出迎えを忘れないでくれと」

「そういう電話があったんですか?」

「ええ、ありましたよ。私が支社長に就任して、初めての社長視察でしたので、そう教えて下さいました」

 城戸達は、九州支社を後にし、近くの喫茶店に入った。

「警部、これで戸田社長が大村駅九時三二分発の普通列車に浦上駅まで乗っていたことが確認できましたよ」

 川上が、彼の手帳を眺めながら言う。

「しかしね、そこまで強固なアリバイとは言えんな。その列車に乗っていたことが証明されているのは、乗車した大村駅と、下車した浦上駅だけだ。例えば、その列車から途中下車をして市布駅に寄り、そこから再び元の列車に戻る方法があるとしたら、戸田社長のアリバイは崩れることになる」

 そう言って、城戸は時刻表の路線図を見た。

「いいか、旧線と新線の分岐点の喜々津駅と、殺害現場の市布駅は一駅しか離れていない。喜々津駅で列車を降りて、新線を通る列車に乗り換えたとしたらどうだ?」

 すると、今度は川上が時刻表のページを繰る。

「それなんですが、戸田社長の乗った列車が喜々津に到着したわずか五分後、新線を通る長崎行きの普通が発車するんです」

「それに乗ると、市布到着はいつだ?」

「一〇時八分です」

 府川の死亡推定時刻、午前一〇時頃とうまく噛み合う。

「問題は、そこからだ」

 城戸が、コーヒーを啜った。

「諫早まで戻れば、特急があったよな?」

「ですが、それは不可能です。市布駅から諫早方面に行く十時台の列車は、一〇時五六分発の諫早行きしかありません。それでは、一〇時三二分に浦上駅に姿を現すのは不可能ですよ」

「そうか、本数が少ないのか──」

 城戸は、溜息をついた。

 二人は、いったん諦めて、浦上駅から諫早の捜査本部へ戻ることにした。

 今度も、旧線を通る列車に乗ってみることにした。

 浦上を発車してしばらくすると、レールが二手に分かれ、山を貫く新線に別れを告げた。

 新線と別れた後、車窓には、それまで長崎中心部の賑やかな街並みが広がっていたが、郊外の住宅街の家々が目立つようになった。

 城戸は、ずっと流れる車窓を眺めていたが、道ノみちのお駅を発車した後、彼は遥か上に高架橋が横切ったのを確認した。

「あれは、何だ?」

 彼は、指を差して川上に尋ねた。

 地図を確認した後、

「さっきのは、川平かわひら有料道路ですね」

 と、答える。

「そうか、高速道路だ!」

 城戸の頭に、閃光が走った。

 捜査本部に戻って、早速長崎本線の駅と周辺を通る高速道路の位置関係をまとめた。

 すると、以下の様な地図になった。

挿絵(By みてみん)

「この長崎多良見(たらみ)インターは、長崎道からの直通用のインターなので、市布駅から長崎バイパスに乗ったとなると、長崎(みょう)インターを使うのが普通でしょう」

 川上が、言った。

「問題は、どこで高速を降りたかだ。浦上駅で、井上という支社長が、列車から降りる戸田社長を見ていた以上、彼女は、喜々津で途中下車した後に高田、道ノ尾、西浦上のいづれかで元の列車に戻っているはずなんだ」

「高速の出口と駅の距離を考えると、長崎バイパスA区間の昭和町しょうわまちインターで降りて、西浦上駅で列車に戻った可能性が高いですね──。そうなると、西浦上駅には一〇時二八分までに到着しなければなりません」

 川上が、地図を見ながら言った。

「では、明日実際の時間で実験してみよう。市布駅から長崎バイパスを利用して、二十分で西浦上駅に到着し、喜々津でと途中下車した列車に戻れるのか」

 翌日、城戸と川上は、諫早九時五〇分発の長崎行き普通列車に乗り込んだ。この列車こそ、大村駅を九時三二分に発車し、浦上駅には一〇時三二分に到着する列車である。

 諫早から列車に揺られ八分。新線と旧線の分岐点、喜々津駅に到着した。

 喜々津で、城戸のみが下車した。川上は、そのまま浦上駅まで乗車することにした。

 城戸は、それまで乗っていた、青い車体に赤いドアが特徴の気動車ディーゼルカーに別れを告げた。

 それから五分ほどして、今度は、ブラックフェイスに無塗装のアルミが側面を包んだ二両編成の列車がやってきた。その列車が、新線を経由する普通列車の長崎行きである。

 喜々津から市布は、僅か二分で到着した。

 小さな駅舎を抜け、城戸はいったん駅のトイレへと入った。そこが、府川の殺害された現場だからである。

 そして、彼は駅前のロータリーへと走った。

 そのロータリーには、諫早署の五十嵐がハンドルを握る、覆面パトカーが停まっていた。事前に城戸が、五十嵐に協力を要請していたからである。

「五十嵐警部、西浦上駅まで、出来るだけ飛ばしてください」

 城戸は、その車に飛び乗って、運転手の五十嵐にそう言った。

「長崎バイパスの昭和町インター経由ですよね」

 五十嵐は、そう言ってアクセルを踏み込んだ。

 市布駅から路地を抜けると、長崎バイパスの入口へ誘導する緑の看板が現れた。それが、市布名インターである。

 長崎バイパスは、全長十五・一キロの自動車専用道路で、起点の市布名インターから川平料金所までは四車線で整備されているが、そこから分岐する昭和町インターに至るA区間と、西山インターに至るB区間は暫定二車線である。また、長崎多良見インターでは、長崎自動車道に直結する。

「丁度朝ラッシュを過ぎた時間ですし、昭和町まで空いていると思いますよ」

 五十嵐が、そう言った様に、走行する車の量はまばらであった。

 しかし、カーブが目立ち、そのせいか最高速度は六十キロとなっている。

 しばらく走ると、川平料金所での分岐の案内が出てきた。西浦上駅へ向かうには、緑色の看板の案内で、浦上、平和公園、昭和方面へ向かわなければならない。

 いったん進行方向左へ分岐した後、多方面へ向かう道路を跨ぎ、料金所を抜ける。

 すると、それまで片側二車線会った道路が、片側一車線の対面通行となり狭くなったが、それまで連続していたカーブは落ち着き、ほぼ直線の道路が続く。

 そして、全長三六二メートルの浦上トンネルを抜けるとすぐ、終点の昭和町インターである。

 トンネルを抜けると、そこには長崎の市街地が待っていた。

 その一般道を少し直進して右折し、昭和町通りに入る。

 国道二〇六号線新浦上街道を横切り、路地へと入る。その路地は、川に突き当たる。

 川を横切る橋と、長崎本線の踏切の間で五十嵐が車を停めた。すると、踏切が鳴りだした。

「城戸警部、着きましたよ。ここが西浦上駅です」

 運転席の五十嵐が、そう言う。

 城戸は、そう言われるまでそこが西浦上駅と気付かなかった。

 何故なら、辺りに駅舎などのような施設も見当たらず、唯一あるのは、線路沿いに続く長い路地の横にあった、白地に西浦上駅と書かれた小さな看板だけだからである。

 城戸は、五十嵐に礼を言って車を飛び降り、踏切の警報音にかされながら線路沿いの路地を走った。

 しばらくすると、駅のホームに続く建物が近づいてきた。

 城戸が階段を駆け上がっていた最中、喜々津駅で別れを告げた、青い気動車ディーゼル・カーがホームに滑り込む。彼は、赤いドアが開いた途端、列車に飛び乗った。

 城戸は、車内を歩き、川上が座っているはずの座席へと向かった。

 すると、窓で頭を支えながら寝ている川上が居た。

 城戸は、彼の肩を叩き、

「川上君、戸田のアリバイが崩れたよ」

 と、言った。すると、川上は、直ぐに目を開けた。

「け、警部!」

「時間に余裕があったわけじゃないがね、長崎バイパスを使えば、西浦上に先回りして、この列車に再び乗車することができるよ」

「すると、府川が殺害された日も、彼女はこの手を使ったんでしょうか?」

「ああ、間違いなくそうだよ。浦上駅で待っていた支社長の井上に、あたかも大村から途中下車なしで列車に乗っていたかのように、堂々と姿を現したはずだ。長崎バイパスの(エヌ)システムを調べれば、戸田が利用したアリバイトリックを証明できるはずだ」

 城戸は、自信に満ちた口調でそう言った。

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