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長崎本線 殺しの分岐点<ジャンクション>  作者: にちりんシーガイア
第六章
6/11

記者会見

 市布駅への道中、五十嵐が城戸に、

「府川の東京から長崎への足取り、掴めましたか?」

 と、尋ねた。

「ええ。彼は、日本航空六〇五便で長崎入りしていることがわかりました。長崎空港着は、九時三五分です」

「そうですか。なら、ピッタリですね」

「ピッタリ?」

「ああ、長崎空港周辺のタクシー営業所を当たったところ、一〇時頃に府川を市布駅前まで乗せたという運転手を見つけましてね。九時三五分に到着して、一〇時にタクシーに乗ったなら、ピッタリだと思ったんです」

 五十嵐が、言った。

 十分ちょっとで、市布駅に到着した。

「市布駅は、無人駅なんですか?」

 城戸がそう質問したのは、駅員が詰めていそうな小さな建物の窓が締め切られていたからである。

「ええ、そうです。駅員さえいれば、その田上という男が降りていないか証言が得られたでしょうがね──」

 城戸は、切符の自動発券機の横にあった路線図を見ていた。

「五十嵐警部、長崎本線は二つに分かれるんですか?」

「ええ、そうです。この駅から、一駅諫早の方へ向かうと、喜々津と言う駅があります。その喜々津から、長崎本線は、旧線と新線に分かれます」

「市布駅があるのはどちらですか?」

「新線です。快速や特急は、こっちの新線を通るんですよ」

「市布駅に快速は停まりますか?」

「いえ、普通のみです。ですから、この様に列車はわずかしか停車しません」

 五十嵐が、駅の時刻表を見ながらそう言った。

 確かに、それに記載されている列車は毎時間に一本程度しかなく、昼間には二時間に一本となる。

 城戸は、その時刻表から目線を五十嵐へと移した。

「そう言えば、ここは無人駅なのに、何故府川の足取りは掴めたんですか?鈴木の家からここまで歩いてきていたという証言です」

「それなら、この奥にある商店の老婆が証言してくれたんです」

「では、その商店に行ってみましょう」

 二人は、駅前の市道にある商店へと向かった。

「お婆さん、何度もすいませんね」

 五十嵐は、警察手帳を見せながら言う。

「ここで、男性が殺害された時の話ですが、この男を見ていませんかね?」

 城戸が、田上の写真を老婆に見せながら尋ねる。老婆は、老眼鏡を掛けた。

「いいや、見てないね」

「その殺された男の人が駅の方へ行った後に、誰か駅へ向かった人は居ませんかね?」

「いや、居なかったね。あの時駅の方へ歩いていったのは、殺された男の人だけだったね」

 二人は、店を出て、駅へと戻った。

「その田上という犯人が駅前で目撃されていないという事は、彼は電車でここまで来たという事ですかね」

 五十嵐が、顎に手を当てて言う。

「府川の死亡推定時刻は何時ですか?」

「午前一〇時頃です」

 城戸は、市布駅の時刻表を見た。

「田上が長崎から来たとしたら、九時五〇分。諫早からなら、一〇時六分か」

「その田上は、府川が市布駅近くに居ることを知っていたんでしょうか?」

「ええ、知っていたはずです。田上は、府川が長崎入りした時に彼を尾行していたんです。長崎空港から市布駅前までの府川が乗るタクシーを尾けていた」

「府川が市布駅前で降りたのを見て、この近くに居るらしいことを掴んだんですね」

「ええ、そうでしょう。そして、田上本人は、恐らく諫早か長崎のホテルにでもいたんじゃないですかね。そして、事件当日、府川を市布駅へ呼び出して殺害した」

「では、諫早駅と長崎駅周辺のホテルを調べさせます」

 五十嵐は、城戸から離れて、携帯電話で部下に指示を出した。

「これから、どうしましょう?」

 城戸の元に戻った五十嵐が、そう尋ねた。

 城戸は、自分の腕時計を確認した。針は、一一時半を指していた。

「捜査本部に戻りましょう。できれば、正午までに戻りたいですね」

「今からならちょうどいい頃でしょう。では、戻りますか」

 二人は、パトカーに乗り込んだ。

「正午までに戻りたいとは、何かあるんですか?」

 五十嵐が、帰路の道中にそう質問した。

「あの府川が勤めていた、戸田食品の記者会見があるんです。先ほど言った、横領事件に関して社長から何か発表があるみたいです」

「ああ、そう言えば、ウチの家内もそんなことを言ってましたね」

 五十嵐は、そう言って笑った。

「奥さんがですか?」

「ええ。ここら辺の人は、戸田食品にそれなりの関心がありますからね」

「それは、何故です?」

「大村市に九州工場があって、長崎市には九州支社があるからです。この時には、ゆかりが深いんですよ」

 諫早署の捜査本部に戻ると、五十嵐の言った通り、丁度良い時間だった。

 城戸は、捜査本部内のソファに腰掛け、五十嵐のれてくれたお茶を片手に、テレビをじっと見ていた。

 正午になると、テレビの画面は、戸田食品の記者会見の会場に画面が切り替わった。

 すると、直ぐに社長の戸田が入ってきた。彼女は、椅子に掛ける前に一礼をして、

「この度は、当社の不祥事によりお騒がせしてしまったこと、そして記者会見が遅れましたことを大変申し訳なく思います」

 と、言った。会見に、副社長は現れないようである。

 椅子に掛けた社長の戸田は、今回の横領事件の釈明を始めた。

「今回、決算の準備作業をしておりましたところ、横領の疑いが発覚いたしました。そこで、社内調査を致しましたところ、経理部の府川勉という社員が一億円を横領していることが発覚したのです」

 戸田が、一言一言噛みしめるように言った。

「今回、皆様へのこのような形での発表が遅れましたのは、当社の副社長である木原が、私社長への報告を素早くしなかったからであると考えております。そこで、現在の副社長、木原は退職処分といたします」

 カメラのシャッター音とフラッシュの光が、どんどん激しさを増していた。

「しかし経理部長の佐藤は、そんな木原を押し切って、今回の横領事件についての報告を私に致しました。よって、現在の経理部長、佐藤を副社長と致します」

 再び、カメラのシャッター音等が大きくなっていく。

「最後に私についてですが、最後まで社長としての職務を全うし、この騒動に冷静に、そして真摯に向き合ってきたいと思っております」

 そう言って、戸田が一礼した。

「副社長には処分が下されるのに、社長自身は、今の職務を続けられるという事ですね?」

 マスコミの一人が、その様な鋭い質問をしたが、戸田はあくまでも冷静な面持ちでいた。

「そういった批判は覚悟の上での決定でございます。もちろん、私も責任を持っての辞任という考えもありました。しかし、何の対処もしないまま、全てを次期社長にこのまま任せるのは無責任であると考えました。そこで、このような判断をさせていただきました」

「その横領をした府川さんは、長崎県で殺害されたようですが、そのことに関しては何かありますか?」

 今度は、別のマスコミの一人が訊いた。

「その件に関しては、当社との関連はございません。警察が現在捜査中ですが、当社と関係があるという報告は受けておりませんので」

 戸田は、そうきっぱり言い切った。

「ですが、彼が殺害された時に所持していたという一億円は、当社の横領事件と関わりがあるようです」

 彼女は、そう付け加えた。

「何だか、少し歯切れが悪いですよね。社長はそのままなのに、副社長だけ退くというのは」

「確かに、そうですよね」

「それと、あの経理部長の佐藤という男の昇格です。彼は、会社の金を横領した府川の直接の上司であるのに、副社長に昇格とは──」

 城戸の隣で見ていた五十嵐が、そう呟いた。

 すると、城戸は突然、

「五十嵐警部、長崎県の地図はありますか?」

 と、尋ねた。

「長崎県の地図ですか?」

 五十嵐は、慌てて地図を取りに行った。

 その地図を、城戸が机の上に広げる。そして、彼は地図に目を通しながら質問する。

「確か、大村市に九州工場があって、長崎市に九州支社があるんでしたよね?」

「ええ、そうですよ」

 すると、城戸は、大村市と長崎市をそれぞれ地図上で指を差した。

「この大村市から長崎市、またはその逆を移動する時、府川が殺された市布駅を通るのか──」

 彼は、そう言うや否や、携帯電話を取り出して、部下がいる警視庁の捜査一課へ連絡を取った。

「府川が殺害された当日の戸田社長の足取りを詳しく調べてくれ。特に、長崎にある九州工場か、九州支社に出向いてないかどうかに注意してほしい」

「城戸警部、どうしてそんなことをお調べになるのですか?」

 五十嵐が、そう尋ねる。

「我々は、捜査方針を大きく間違えていたかもしれない」

「それは、田上が犯人でないという意味ですか?」

「まだ決まったわけではありません。でも、私はそう考えています」

「では、一体誰が犯人だというんですか?」

 五十嵐が、目を大きくして質問する。

「私は、それを確かめるために東京へ帰ります。近いうちに、五十嵐警部も真犯人を知るでしょう」

 城戸は、そう言った後、彼の荷物を持って捜査本部を出た。

 五十嵐が、慌ててその後を追った。

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