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長崎本線 殺しの分岐点<ジャンクション>  作者: にちりんシーガイア
第五章
5/11

分裂

 城戸と川上は、戸田食品の本社を後にして、警視庁の捜査本部へ帰ることにした。

 捜査本部に到着した城戸は、

「戸田食品という会社を徹底的に調べてくれ」

 と、指示を出した。

 数日後、捜査会議を開いて、戸田食品への捜査結果を共有した。

「警部、戸田食品について、面白い事がわかりました」

 小国が、城戸に言った。

「面白い事?」

「ええ。あの戸田食品、経営方針を巡って分裂状態にあったんです」

「ほう、確かにそれは興味深い」

 城戸が、首を縦に振りながらそう言った。

「戸田社長を筆頭とする保守派と、木原副社長を筆頭とする革新派に分裂しているんですよ」

「社長と副社長での分裂か──」

 城戸は、そう小声で言って、

「あの府川や、佐藤という経理部長はどちら側サイドなんだ?」

「経理部長は副社長サイドですから、それに従って府川も副社長サイドです」

「つまり、府川が一億円の横領をしたのは、副社長側のスキャンダルになるわけか──」

 城戸が、ニヤッとしながら言った。

「だからあの社長は、府川を横領罪で訴えると言い、副社長と経理部長は許してくれと頼み込んだのか──」

 川上が、そう自分に言い聞かせるように言った。

「これは噂なんですが、その横領事件を口実に、戸田社長は副社長陣営を会社から追い出すのではないかという噂もあります」

 小国が、言った。

「その横領事件は、まだ世間に公表されていなかったな。いつ、記者会見が開かれるんだ?」

 城戸が尋ねると、小国は手帳を確認して、

「明日の正午に記者会見が開かれる予定です。もし、その噂が本当なら、その記者会見で発表されるはずです」

「府川の指紋と、ミニバンのハンドルの指紋の照合、結果は出たか?」

 城戸が、後ろを振り向いて、南条に言った。

「照合の結果、指紋は一致しませんでした」

「一致しなかった?」

 城戸は、予想に反する返答に少し困惑した。

「しかしですね、あのミニバンの運転席に残されていた足形に関しては、府川のものと一致しました」

「足形は、一致したんだな?」

 城戸は、念を押す様に訊き返した。

「しかし、どういう事でしょう?ハンドルの指紋は一致しないのに、足形は一致するとは──」

 山西が、城戸に向かって言った。

「あの車は、あくまでも盗難車だ。そのハンドルの指紋は、元の持ち主の指紋だとすれば、その件は説明できるよ」

「じゃあ警部。あの強盗事件の四人目の犯人とは、府川勉ですか?」

「ああ、そうだ。私はそう考えている」

「城戸君、府川勉は大企業の経理部の人間で、所謂いわゆるエリートだ。そんな彼が、強盗を企むと思うかね?」

 そばでやり取りを聞いていた中本が、そう口をはさんだ。

「違うんです、課長。彼には、大金を稼がなければならない理由があったんです」

「その理由は何かね?」

「府川は、何らかの理由があって一億円を会社から横領したんです。彼は、その金を早くに使い込んでしまった。しかし、その事は経理部、いや、分裂している副社長陣営の大スキャンダル。副社長陣営に反する社長陣営は、そのスキャンダルを世間に公表し、会社から追い出そうとした。もちろん、副社長と府川の上司に当たる経理部長の佐藤は、会社から追い出されるわけにはいかない。そこで、彼らは社長の戸田に、どうにか大目に見る様に頼み込むんです。そこで、社長の戸田が出した条件は、府川が横領した一億円をきっちり会社に返すこと。そこで、経理部長は府川に一億円を用意するように指示したんです」

「その府川の取った行動が強盗事件だったという事か?」

「ええ、その通りです。彼は、田上率いる強盗団の仲間に入り、四人で一億円を稼いだ」

「しかし、城戸君。府川は一億円を稼ぐために強盗の仲間入りをしたんだろう?しかし、四人で一億円を稼いだならば、府川一人が一億円を手に入れることができるとは考えにくい。普通、一億円を四人で山分けするはずだが?」

 中本が、苦しい顔で城戸に言った。

「課長、そこなんです。彼は、あくまでも一億円を手に入れるために強盗に参加した。しかし、一億円を四人で山分けすると、それが不可能になる。そこで、府川は仲間の羽田と山路を殺害。宝石で換金した一億円を独り占めし、奪うんです」

「しかしね、城戸君。田上はどうなるんだ?羽田と山路は殺害できたが、田上は殺害されていない。もしかして、田上も発見されていないだけで、もう既に殺害されているのか?」

 中本は、少し狼狽しながら言った。

「いや、田上が殺害されたという可能性は、低いと思います。恐らく、府川は田上を見つけ出すことができなかったんだと思います。だからと言って、東京でモタモタ田上を探していては、捜査中の警察に強盗犯として逮捕されるかもしれない。そこで、取り敢えず長崎へ逃げることが先決だと判断したのでしょう」

「しかし、長崎へ逃げてしまった府川は、殺害されてしまった。それは、誰がどんな理由で殺害したと考えているのかね?やはり、田上かね?」

「私も府川殺害の犯人は、田上だと思っています。従って、先程私が言った様に田上はまだ生きていて、どこかに潜んでいると思うのです」

「それは、府川が強盗で稼いだ一億円を横取りして、独り占めしたからか?」

「ええ、私はそう考えています。府川が裏切って、四等分するはずの一億円を独り占めしようとしたからです。田上は、きっと府川を長崎まで追っていたんですよ。府川が奪った一億円を取り返すために」

「しかし、結局田上は一億円を取り返せていないじゃないか?本当に田上は一億円を取り返そうとしたのかね?」

「きっと、田上も府川がどこに滞在していて、一億円をどこに隠しているかはわからなかったんだと思います。まさか、府川が彼の友人の鈴木という男の家に泊まっていて、そこに一億円を置いているとは」

「まあ、君の推理が当たっているかはわからんが、取り敢えず田上を見つけ出すのが先決の様だね」

「ええ、これからの捜査方針としては、田上の行方を全力を挙げて探すつもりです」

 城戸が、中本に言った。彼は、その後門川の方を向いて、

「それで、府川の長崎までの足取りは掴めたか?」

「ええ。航空会社で調べたところ、今から一週間ほど前の十月七日、羽田を七時四〇分にち九時三五分に到着する日本航空六〇五便に府川勉が搭乗していました。彼は偽名を使っていましたが、顔写真で調べたところ、判明しました」

 門川が、手帳を見ながらそう報告する。

「では、田上の行方を全力を挙げて探すぞ。彼はきっと、今もどこかで潜んでいるはずだ。彼の家族、関係先を隈なく当たってくれ」

 城戸は、部下にそう指示を出した後、

「課長。私は、諫早署へ行って、府川の身辺捜査の結果報告を兼ねて、殺しの現場げんじょうを見てみます」

 翌日、岡田おかだ刑事部長の正式な許可ももらい、城戸は、長崎の諫早へと向かうことになった。

 羽田から長崎空港までは、二時間弱。そこから、タクシーを使って諫早署まで三十分程度である。

「城戸警部、遠路遥々ご苦労様です。諫早署捜査一課の五十嵐といいます」

 諫早署に設置されている捜査本部に着くと、五十嵐が城戸をそう迎えた。

「捜査の方は、進んでおりますか?」

 城戸が、そう尋ねると、五十嵐は苦しい顔になった。

「いやあ、それが。我々は、被害署の府川を家に泊めていた、鈴木という男が府川の一億円を奪うために殺害したのではないかということで調べていたんですが、難航しています」

「こちらで調べた府川の身辺捜査によって、今回の事件の構図が見えてきましたよ」

 城戸は、そう五十嵐に笑顔で言った。すると、五十嵐は目を大きくさせた。

「犯人が分かったんですか?」

「あくまでも推論なので、犯人と思われる人物と言った方がいいかもしれません」

「それで、一体誰なんです?」

「田上吾郎。東京で、宝石店を襲った疑いのある強盗の容疑者でもあります」

「府川とはどう繋がっているんです?」

「実は、府川も彼のもとで強盗を働いたと我々は考えています」

「しかし、城戸警部。殺された府川は、大手企業のエリート社員ですよ。そんな彼が、強盗犯と一緒になって、宝石強盗なんかしますかね?」

 五十嵐は、苦しい顔をして言った。

「仰る通りですが、彼には強盗を働く特別な事情があった。それは、会社の金を横領した事です」

「だから、一億円もの大金を持っていたと?」

「いえ、それはちょっと違います。彼は、会社から横領をした後、直ぐにその金を使い込んだ。ところが、彼の会社の社長には、その一億円を会社に返したら横領の件は大目に見るという条件を出されたんです。そこで、彼は田上率いる強盗団の仲間となり、宝石店から一億円を奪った。さらには、その強盗団の仲間を殺害し、一億円を自分のものとした。その一億円を持って逃亡してきたのが、この長崎だったんです」

「それで、彼が殺された理由は何でしょう?」

「府川は、田上だけ東京で殺しそびれているんです。その田上は、恐らく東京から府川を追って長崎入りしたんでしょう。仲間を裏切り一億円を横取りしたので、田上に殺されたんです」

「なるほど──。よくわかりました」

 五十嵐が、何度も首を縦に振りながら言った。

「それで、協力して頂きたい事があります。府川の殺害現場周辺で、この田上という男を見ていないか聞き込んでいただきたいのです」

 城戸が、田上の顔写真を渡して言った。

「わかりました」

 五十嵐は、部下の木村に指示を出した。

「それと、五十嵐警部。私も、府川が殺害された、長崎本線の市布駅に行ってみたいのですが、よろしいでしょうか?」

「ええ、もちろんです。向かいましょう」

 五十嵐と城戸は、パトカーに乗り込んで、市布駅へと向かった。

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