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長崎本線 殺しの分岐点<ジャンクション>  作者: にちりんシーガイア
第三章
3/11

長崎本線市布駅

 ちょうど西彼杵にしそのぎ半島と長崎ながさき半島、島原しまばら半島の三つが集まる、大村おおむら湾の南東に、長崎県諫早(いさはや)市がある。福岡から長崎に最短距離で入るには、必ず通らなければならない都市である。

 この諫早で、多良たら岳を避けるために有明ありあけ海沿いを走っていた長崎本線と、大村湾に沿っていた大村線が合流する。

 しかし、諫早駅から長崎の方へわずか二駅進んだ喜々津(ききつ)駅で、今度は長崎本線が旧線と新線に分岐する。

 その長崎本線新線の市布いちぬの駅のトイレで、男の刺殺死体が発見された。

 国道三十四号線から、少し外れたところに市布駅はある。

 一日の利用者は三百人弱の、静かな無人駅は、諫早署から駆け付けた警察車両で騒然としていた。

「腹部に二つの刺し傷があります」

 諫早署捜査一課の木村きむら刑事が、同じく五十嵐いがらし警部に言う。

「身元を示すものは?」

 五十嵐がそう尋ねると、

「運転免許証と名刺がありました。殺されたのは、府川勉ふかわまなぶ二十九歳。この男は、戸田とだ食品の本社の人間で、経理部に在籍しているようですね」

 木村が、名刺を見ながら言った。

「それで、住所は東京か?」

「ええ、東京ですね」

「それなら、警視庁に連絡だ」

 五十嵐が、そう指示を出した。

 すると彼は、近くに居た、鑑識の人間を捕まえて、

「死亡推定時刻は、いつですかね?」

 と、尋ねた。

「大体、死後一時間くらいじゃないですかね」

 今は、午前一一時だから、この府川という男は、大体午前一〇時頃に死んだことになる。

「しかし、戸田食品みたいな大企業の経理部の人間が、こんなところに何の用で来たのだろうか?」

 五十嵐が、府川の死体を見つめながっら言った。

「警部、戸田食品の九州工場なら、確か大村市にあったはずです。そして、九州支社は長崎市内にありますよ」

 木村が、言った。

「つまり、その間を鉄道を使って移動すれば、この市布駅を通るわけだな?」

「ええ、警部の言われるとおりです。しかし、長崎本線の旧線を使えば、話は別ですが──」

「まあ、そうだとしても、何故この市布駅で途中下車したかがわからんな」

「府川の死亡推定時刻は、午前十時頃ですよね?」

「ああ、今のところはな。市布駅の時刻表と照らし合わせてくれ」

「上りだと、九時五〇分発の諫早行き。下りは、一〇時六分発の長崎行きがあります」

「そのいづれかに乗っていた可能性があるな」

「しかし、市布駅は無人駅ですから、それを調べるのは難航しそうです」

 木村が、厳しい顔で言った。

「まあ取り敢えず、周辺の聞き込みに取り掛かるぞ。何かわかる事があるかもしれん」

 五十嵐は、仕切り直すようにそう言った。

 すると、さっそく木村刑事が目撃者を捕まえた。

 目撃者は、駅前で商店を営む老婆で、彼女は、駅の方へ歩いて行く府川を見たという。

「この人は、よく覚えているよ。サラリーマンの格好をして、一人で駅の方へ歩いて行ったから」

 老婆は、木村にそう言う。

「それを見たのは、いつ頃ですか?」

「一〇時頃、店の前を通たっね」

「店の前を通ったという事は、列車から降りてきたというわけではないんですね?」

「ああ、列車は使ってないね。あっちの方から歩いてきたから」

 老婆は、家の立ち並ぶ住宅地の方へ指を指して言った。

「列車でこれからどこかへ向かうんだろうと思ったんだがね。まさか殺されるなんて、可哀そうに──」

 老婆は、最後にそう言った。

 その目撃証言に基づいて、府川が歩いてきたとされる住宅地を重点的に聞き込んだ。

 すると、今度は五十嵐が手柄を挙げた。

 二日ほど前から府川を家に泊めていたという男を見つけたのだ。

 その男の名前は、鈴木和夫すずきかずお。年齢は、府川と同じく二十九歳である。

「失礼ですが、府川さんとのご関係は?」

 五十嵐が、鈴木に尋ねる。

「高校時代の同級生です」

「府川さんを家に泊めた経緯を説明して頂けますか?」

「ええ、いいですよ。一週間前ほどに、府川さんから電話があったんです。事情があって、東京から出なければならなくなった。そこで、私の家に泊めてくれ、と頼まれたんです」

「その、東京から出なければならなくなった理由と言うのは、何でしょう?」

 すると、鈴木は困惑した顔で、

「私も気になって、質問してみたんですが、それは答えられないと言い張るんです。府川に何かあったんじゃないかとずっと心配だったんです」

 と、言う。

「それで、府川さんの荷物なんかは、まだここに置いたままですよね?」

「ええ、そうですよ」

「少し、調べさせていただいても結構ですか?」

 そう言うと、鈴木は、五十嵐を家の中に居れた。

 鈴木と言う男は、まだ独身で独り暮らしをしていた。余っていた和室を、府川に使わせていたという。

 五十嵐は、聞き込みを続けていた木村を呼び、鑑識にも来てもらって、府川が使っていた部屋を調べた。

 その部屋に残っていたのは、府川が持ってきたというボストンバッグと黒いスーツケース。そして彼が使ったと思われる布団が、部屋の端に畳まれていた。

 ボストンバッグを調べてみると、男物の下着と洋服が何着か入っていた。

 木村が、黒いスーツケースを開けようと試みるが、開かなかった。

「警部、このスーツケース開きませんね」

 木村が言うと、五十嵐は、スーツケースのある部分を指さして、

「ここにダイヤル式の鍵がある。それが掛けられているんだろう」

 と、言った。

 すると、彼は鈴木という男を呼んだ。

「鈴木さん、このスーツケースに何が入っているかご存知ですか?」

「いいえ、知りません。そのスーツケースなら、府川に絶対開けるなと念を押されてましたから」

「絶対に開けるなと言われたんですか」

 五十嵐がそう言うと、

「警部、何が入っているか気になりますね」

 と、木村が言った。

「署に持ち帰って、中を開けてみよう」

 五十嵐が、木村にそう言った後、

「鈴木さん、あなたも念のために署へ同行して頂けますか?」

 と、鈴木に言った。

「ええ、構いませんよ」

 彼は、そう答えた。

 諫早署に設置された捜査本部に着くと、スーツケースは木村に任せておいて、五十嵐は鈴木に話を聞いた。

「まず、府川さんが東京からやってきた二日前の話ですが、彼は長崎までどの交通機関を使ったかご存知ですか?」

「いえ、迎えは必要ないというので、家に居たのでわかりません。彼が言うには、飛行機で長崎空港まで来て、そこからここまではタクシーを使ったそうです」

「では、今日の話に代わりますが、最後に彼を見たのはいつですか?」

「九時半過ぎです。彼は、市布駅で人と会う約束があるというので、家を出ていったんです。それっきり帰って来ませんでした」

「その相手をご存じではありませんか?」

「さあ、わかりません」

「では、あなたのお家でしきりに誰かと電話していたとか、何か覚えていることはありませんかね?」

「それも、わかりません。彼と一緒に居たのは、食事の時ぐらいでしたから」

「ほう、それはまた何故です?」

 五十嵐が尋ねた。鈴木は、絶え間なく質問をしてくる彼に、少し鬱陶うっとうしく思いながらも、

「彼は、東京から逃げるようにしてここに来たんです。逃げてきたという事は、何か人に言えないような事情があるに違いないと思って、あまり深入りすることはやめておいたんですよ」

と、答えた。

「では、彼を恨んでいるような人間を知りませんか?」

「さあ、知りませんね。当分会ってないので」

「高校卒業してから会われてないんですか?」

「そうです。彼は、優秀でしたからね。私は長崎の大学に進学しましたけど、彼は東京の大学に行きましたから」

 鈴木は、府川を羨ましむように言った。

「では、彼に恋人がいたとかもご存じないですね?」

「ええ、知りませんね」

 すると、木村が、

「警部、スーツケースの中身が判明しました」

 と、五十嵐を呼んだ。

「ちょっと失礼」

 五十嵐は、鈴木にそう言って、木村がいる方へ向かった。

「こんなものが入っていたんです」

 木村が、そう言ってスーツケースの中身を五十嵐に見せた。

「おい!こんな大金が入っていたのか──」

 彼は驚き、開いた口が塞ぐことができなかった。

「数えてみましたが、一億ありますよ」

 そんな五十嵐に、木村が説明する。

「鈴木さん、このスーツケースに一億円の現金が入っていたことをご存知でしたか?」

 五十嵐が、鈴木に尋ねる。

「い、一億円?知りませんでしたよ!さっき刑事さんにも言いましたが、開けるなと念を押されていましたから」

 鈴木も、驚いた。

「この一億円、心当たりありませんか?」

 五十嵐が訊いたが、

「知りませんよ。それは、彼が東京から持ってきたもので、私に何も関係ありません」

 と、鈴木は言い張った。

 彼は、そこで帰ってもらうことにした。

「あの鈴木という男、クロかもしれないな──」

 五十嵐が、そう呟く。

「あの鈴木がですか?動機は、何なんです?」

「この一億円だよ。彼は、府川が一億円を持っていることに気付いたんだ。それを奪ってやろうと思って、自分が疑われない様にわざわざ市布駅まで連れて行き、誰か他人と会うように装って、あの鈴木が殺してしまったんだ。そして、あの一億円を自分のものにしようとしたわけだ」

「しかし、警部。あのスーツケースは鍵が掛かっていましたし、鈴木がその鍵を開けられたとは思えません」

 木村が、反論する。

「鈴木が開けていなかったとしても、例えば、府川がスーツケースを開けていたところを覗き見して、中身の一億円を確認できることはあるかもしれない」

 五十嵐が、ニヤッと笑って言った。

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