Nシステム
田上の事は坂上警部に任せて、城戸と川上は、諫早署へと向かった。
「警部、田上の証言では、強盗に参加した四人目の人物は、府川ではなく佐藤でしたよね?」
諫早への道中、川上が、城戸にそう訊く。
「つまり、強盗に参加したのも府川ではなく佐藤だったんだ」
「しかし、一億円を持っていたのは府川でしたよね?」
「あの一億円も、佐藤が自ら強盗に参加して手に入れたもの。だから、府川は強盗事件など全く知らなかったということだろう。ただ、訳の分からぬまま戸田と佐藤の指示通り、一億円入りのスーツケースを持って長崎へ来たんだ。まさかその一億円は、強盗事件によって奪われたものであることも、自分を横領犯に仕立て上げるための金だという事も。そして、そのまま殺されてしまった」
「それで、あの逃走車のハンドルに付着していた指紋が、府川の物と一致しなかったんですね」
「ああ、そうだ。あの指紋は、きっと佐藤の物だよ。足形は府川のものと一致していたが、それは簡単だ。佐藤が、府川と同じ靴を履いて犯行に及んだんだろう」
すると、城戸の携帯が鳴った。警視庁に居る、南条からの連絡だった。
「警部、こちらの捜査で、面白いことがわかりましたよ」
「面白い事?」
「槻本健次という名前を覚えていますか?」
城戸は、少し考えこんだ。
「確か、宝石店ツキモトの店主がそんな名前だったな」
「その通りです。あのツキモトの店主です」
「で、彼がどうかしたのか?」
「実はですね、その槻本と戸田は、同じ大学の出身で、しかも同級生であることがわかりました」
「つまり、その二人は繋がっているという事か?」
城戸は、声をつい大きく上げてしまった。
「それだけじゃないんです」
「まだあるのか?」
「ええ。あの宝石店について調べてみました。ツキモトと言う宝石店は、宝飾業界向けの保険に加入していました。が、強盗事件のあったつい一週間前、それまでのより高額な保険に切り替えているんです」
「つまりあの店主は、事件の後に多額の保険金を受け取ることができたという事だな?」
城戸が、目を鋭くさせた。
「そうなんですよ。しかも、その保険に加入したのは、事件のつい一週間前ですよ?」
南条も、電話口の向こうで興奮した口調となる。
「それに関して、槻本本人は何と言っているんだ?」
「我々が、病院に入院している彼に問い詰めてみました。そしたら、ついに吐きましたよ」
「何と吐いたんだ?」
「戸田食品社長の秘書、原崎と結託して、あの強盗事件を仕組んだと吐いたんです。槻本には、高額の保険金に加え、原崎からの報酬も支払われたそうです」
「よし、ご苦労さん」
城戸は、電話を切ろうとしたが、彼の携帯からまた南条の声がした。
「警部、最後に──」
「まだ、わかった事があるのか?」
「社長の戸田ですが、明日長崎入りするようです。長崎市内のホテルで、創業記念パーティーが開かれるそうで、彼女はそれに出席すると思われます。詳細は、メールで送ります」
そこで、電話が切れ、警視庁からメールが送信された。
その内容に目を通すと、明日の午後六時から、長崎市内のGホテルで戸田食品の創業記念パーティーが開かれることがわかった。
すると、捜査本部に五十嵐が飛び込んできた。
「城戸警部、長崎バイパスのNシステムの調査結果が出ました」
机の上に、書類を何枚か広げる。
「長崎バイパスには、間ノ瀬インターと川平インターの間にNシステムがあるのですが、それを調べてみると、戸田食品九州支社が所有する車が一台ヒットしたんです。時刻は、一〇時一三分。時間的にはビンゴですよ」
「つまり、九州支社の人間が、戸田を乗せて市布駅から西浦上駅まで運転したんですね」
城戸は、鋭い目で書類を見ながら言った。
「ええ。その事なんですが、我々は九州支社の人間を徹底的に洗ったんです。するとその時間帯、社外に出ていた人間で、Nシステムにヒットした車に乗っていた男性社員がいました。彼を問い詰めてみると、手こずりましたが、ついに認めたんです。原崎という、戸田の秘書の命令で動いたと」
「これで、アリバイ工作が証明できますね」
川上が、ホッとした様子で言った。
「ええ、何も言い訳できないでしょう。彼の協力で、ETCカードも調べました。すると、川平料金所を一〇時一六分に通過したことも確認済みです。これに関しても、西浦上駅で列車を先回りするにはちょうど良い時間ですよ」
五十嵐は、手帳を見ながらそう言った。
「よし。明日、戸田社長を任意で引っ張るぞ」
城戸が、川上に向かってそう声を上げた。
翌日の午後五時。
城戸と川上が、Gホテルに張り込んでいると、車から戸田社長が降りてきた。秘書の原崎も同行している。
彼女らは、車からホテルの入り口まで、凛々《りり》しく一歩一歩進んでいく。
そこへ、城戸が行く手を阻み、戸田に警察手帳を突きつける。
彼女は、鋭い目で木戸を睨む。
「今度は何なのかしら?」
「任意同行をお願いしに参りました」
すると、戸田は澄ました顔になった。
「その日必要は全くありませんわ。もう横領事件も、容疑者の府川が殺されてしまって、全て終わったんですから」
「伊王島にあるあなたの別荘で、田上吾郎を保護しました」
城戸が、そう告げると、戸田の顔は豹変した。城戸には、彼女の顔が蒼ざめ、狼狽しているのが分かった。
しかし、戸田は、慌てて平然を装う。
「関係ないわ。だから、何だと言いたいのかしら?府川を殺したと仰いたいの?刑事さん、私には、確固たるアリバイがあるはずですよ──?」
「あなた、喜々津駅で新線を通る列車に乗り換え、市布駅で下車した。そこで府川を殺害し、その後長崎バイパスを使って西浦上駅へと急いだ。そうすれば、喜々津で途中下車した旧線経由の列車の先回りをし、再び乗車することができますよ」
戸田は、まだ平然としていた。
「私は、そんな面倒臭いことはしていないわ。ずっと、同じ列車に浦上まで乗っていたもの」
「Nシステムを調べると、戸田食品九州支社所有の車が、同じ時間帯に長崎バイパスを走っていたことがわかりました。また、ETCを調べても、長崎バイパスの川平料金所で通行料金を支払っていることはわかっている」
すると、川上も入ってきた。
「それだけじゃない。九州支社の社員が、秘書の原崎の指示で、あなたを乗せて市布駅から西浦上駅まで運転したという証言もあるんだ」
「う、嘘よ!そいつが嘘をついたんだわ!」
戸田の声は、明らかに震えていた。
「君が事件に関与しているという証言はまだある!あなた、槻本さんとは大学時代の同級生の様ですね?彼の証言で、銀座の宝石店ツキモトの強盗事件は、君たちが仕組んだものだという事はわかっている。さらに、田上も正直には居てくれたよ。あの強盗事件は、原崎の指示でやったとね」
城戸は、原崎に鋭い目線を浴びせる。が、彼は目を逸らした。
「戸田さん、これだけの証言があっても、まだ嘘だと言って逃げるおつもりですか?」
城戸が、戸田にそう言うと、彼女は口元を震わせながら、そのまま膝立ちの状態になった。
「わかったわ」
そう言った戸田の目には、涙が浮かんでいた。
「銀座の宝石強盗から始まった一連の事件は、すべてあなたの、敵対関係にあった副社長の木原さんを会社から追い出すための筋書きだった」
「ええ、その通りよ。経理部長だった佐藤を寝返らせて、府川を一億円の横領犯に仕立て上げたわ。その上、彼が強盗に参加したように思わせておいて、田上という男が、山分けするはずだった一億円を奪った府川を殺害したように偽装した」
「府川を殺害したのは、口封じか?」
「そうよ。もし、府川が横領犯に仕立て上げられていることに気付き、更に木原の処分が私たちの策略であることも気づかれるわけにはいかなかった。だから、田上という男に動機があるように仕向けて府川を殺した。私もアリバイ工作をして、潔白なはずだったのよ!」
戸田は、そう声を荒げると、泣き崩れた。
川上が、彼女の腕を引っ張り、連行していく。そんな中、原崎は、必死に城戸の目線から逃げようとしていた。
「原崎、もちろんお前もだ」
城戸は、原崎の腕を掴む。
諫早署まで戻る途中、城戸は、警視庁の小国から連絡があった。
戸田食品副社長の佐藤の指紋と、銀座の宝石強盗事件の逃走に使われたミニバンのハンドルに付着していた指紋が一致し、佐藤を強盗罪で逮捕したという知らせだった。
・この作品に登場する人物・団体等はフィクションであり、実際の人物・団体とは関係ありません。
・この作品に登場する列車ダイヤは、2019年3月16日改正のダイヤです。