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長崎本線 殺しの分岐点<ジャンクション>  作者: にちりんシーガイア
第十章
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伊王島

 諫早署の捜査本部に戻ると、城戸の携帯が鳴った。彼の部下の、山西刑事からの電話だった。

「警部、戸田が別荘を所持していることがわかりました」

「何だって?どこにあるんだ?」

 城戸は、そう声を上げた。

「それなんですが、詳しい住所まではわかりません。ですが、長崎の伊王いおう島にあるというのまではわかりました」

「よし、ご苦労さん。あとは、こちらの方で調べ上げるよ」

 城戸は、川上を連れ、長崎本線と市電を利用して、大浦おおうら警察署へと向かった。大浦署は、あの大浦天主堂やグラバー園の近くにある。

そこから、大浦署捜査一課の坂上さかがみ警部の運転するパトカーで、伊王島へと向かった。

 国道四九九号線で、長崎半島を南下。途中で右折し、県道二五〇号線の伊王島王橋を渡ると、まずは沖之島に上陸し、小さな橋を渡ると伊王島に到着した。大浦署から、三十分の道のりだった。

 パトカーは、島内にある駐在所に停まった。

 城戸は、伊王島の地図を広げた。

「この狭い島のどこかに戸田の別荘があるはずだ」

「警部、戸田の別荘には、一体何があるんですか?」

 川上が、城戸に疑問をぶつけた。

「私の予想だが、田上が潜んでいるのでないかと思うんだ。前にも言った通り、田上を犯人に仕立て上げようとする戸田にとっては、彼が好き勝手動き回って、もし警察に見つかってしまったら失敗に終わる。硫黄島にあるという戸田の別荘は、その点田上を雲隠れさせるにはいい場所だ。離島だから、警察にも見つかりにくいだろう」

 すると、城戸が、坂上に戸田と田上の顔写真を渡した。

「この二人の捜索に協力お願いします」

「そして、戸田社長の別荘の場所を特定すればいいわけですね?」

 坂上が、そう言って写真を受け取った。

「ええ、その通りです。特に、男の方は今もその別荘に潜んでいる可能性が高いです」

 彼らは、戸田社長の別荘の特定を始めた。戸田、そして田上の顔写真を島民らしき人物に見せ、目撃証言を集めようとした。

 城戸と川上は、小中学校や郵便局などが集まる島の東側を、坂上は、展望台などが整備されている島の西部をそれぞれ捜索した。

 城戸と川上が捜索している島の東部には、洒落しゃれたカフェやリゾートホテルが点在していた。近年、伊王島はレジャースポットとして注目され、リゾート施設の開発が進んでいたからだ。

 その一方、伊王島は、当時の徳川幕府による禁教政策により、多くのキリシタンが逃れてきた地という歴史もある。そのため、島内には、馬込うまごめ教会と呼ばれる立派なカトリックの教会が今も存在する。その教会は、明治新政府によりキリシタン禁制の高札こうさつが撤去された後の一八九〇年(明治二三年)に信徒により建設された。

 城戸達は、そんな伊王島の島民に聞き込んでいくが、これといった証言はなかなか集まらない。いつも、多くの人々が入り乱れる大都市での聞き込みばかりだから、伊王島の様な小さな島では、簡単に見つけられるだろうと考えていたのだが、そう上手くはいかないようだ。

 そう思われた矢先、城戸の携帯が鳴る。聞き込みを開始して、一時間弱が経とうとした頃だ。

「了解。すぐに向かいます」

 彼は、そう言って電話を切ると、川上に、

「坂上警部が、伊王島灯台付近で目撃者を捕まえたらしい」

 と言って、島の西端付近へと向かった。

 伊王島灯台は、一八六六年(慶応二年)に、幕府がアメリカ・イギリス・フランス・オランダの四か国と結んだ江戸条約により建てられた八つの灯台の中の一つである。

 そんな灯台の南東、県道一一八号線沿いにログハウス風の建物が、一件ポツンと建っていた。

 坂上の集めた証言によると、その建物こそ戸田の別荘の様である。

「近くに住んでいる住民によると、この戸田社長が、夏や年末年始によく姿を見せていたようです。恐らく、バカンスか何かでしょう。そして、ここ最近は、どうやらこの男が別荘によく出入りしていて、寝泊りもしているようだそうです」

 確かに、玄関のドアの横には、戸田と書かれた表札があった。

「その別荘に寝泊まりする男は、この車を乗り回していたようです。今、車があるという事は、家に居るかもしれませんね」

 坂上が言ったのは、玄関先に止めてあった、黒いベンツの事である。

「よし、今から突入します。坂上警部と川上君は、ベランダの方を固めてください。逃走を図る恐れがあります」

 そう言うと、二人は建物の裏の方にか駆けていった。

 城戸は、一呼吸を置いて、インターホンのボタンを一押しする。

 インターホンから相手の返事があると思ったのだが、扉の鍵を開ける音がした。

 静かに、扉が開く。

「どなたですか?」

 男が、少ししか開いていない扉の隙間から、覗くようにこちらを見ていた。

 城戸は、その男が田上であることを瞬時に認識した。

「君、田上吾郎だね?」

 すると、男は、

「クッソ!」

 と、叫び、叩きつける様に扉を閉めた。

 城戸は、その扉をもう一度開き、部屋の中を走る田上の後を追う。

 田上は、玄関から真っ直ぐ突き進み、網戸を勢いよく開け、外に出ようと試みた。

 しかし、そこに坂上が現れる。田上は、行く手を阻まれてしまう。

 彼は、立ち止まってしまった。しかし、少し膝を曲げて構えていたので、まだ逃走を図るつもりの様である。

 田上は、城戸と坂上の鋭い目に、交互に目を合わせる。辺りは静かで、緊張が走る。

 その瞬間、彼はもう一方の壁にある網戸の方へ、すぐさま走った。

 また、網戸を勢いよく開ける。網戸を開けた先には、木の柵があった。しかし、田上は、それに構わず柵を飛び越えた。

 すると、田上の着地点に、突如川上が現れた。

 田上は、着地した瞬間、川上によって身を地に押さえ付けられてしまう。

 彼は、うつ伏せの状態で腕を背中で押さえられ、身動きできない状況にあった。

「君、田上五郎だよね?」

 城戸が、そんな田上に尋ねる。すると、田上は舌打ちをした。

「またアンタかよ」

「それはこっちのセリフだ。さあ、近くの駐在所まで行ってもらうよ」

 すると川上は、田上を立たせて、パトカーに乗り込ませた。

 一旦、島の駐在所で、城戸は田上に尋問することにした。

「君、東京銀座のツキモトっていう宝石店を襲ったよな?殺された、羽田と山路とまた組んで」

「違うんだ、刑事さん。そうしてくれって依頼が来たんだ」

 田上は、身を乗り出して城戸に訴える。

「依頼?」

「ああ、そうなんだ。男から、ツキモトっていう宝石店の宝石を奪ってくれって」

「男?という事は、この男か?」

 城戸は、原崎の顔写真を見せた。戸田社長の、秘書の男である。

「確かに、この男だ。今回の強盗は、計画も全てこいつが立ててくれたんだ。だが、条件付きだった」

「条件付き?」

「ああ、いつも俺たちが強盗を企てる三人に、写真の男の仲間を一人参加させることと、羽田と山路を殺すという条件だ」

「その、写真の男の仲間と言うのは、こいつか?」

 城戸は、府川の顔写真を見せた。しかし、田上は、それをじっくり見た後、首を横に振った。

「では、この二人の中に、そいつは居るか?」

 城戸は、次に元副社長の木原と、元経理部長で現副社長の佐藤の顔写真を見せる。すると、田上は、佐藤の顔写真を城戸に見せながら、

「こっちだな」

 と、言った。

「そして君は、羽田と山路を殺すという条件も飲んだのか?」

 城戸が、田上を睨んだ。

「聞いてくれよ。その写真の男が言うには、ツキモトっていう宝石店を襲ったとしても、一億円ほどしか稼げないらしいんだ。つまり、強盗に入った四人だけで山分けしたとしても、一人二千五百万円だ。そこで、写真の男は言ってきた。強盗を終え、宝石を換金した後、羽田と山路を殺害しようと。そして、俺とその男の仲間の二人で五千万ずつ山分けしようとね」

「しかし、羽田と山路は君の仲間じゃないのか?」

「刑事さん。俺ら三人は、一度逮捕された身だ。俺ら強盗団の面々は、全てもう割れているんだ。もし、その三人でこれからも強盗を企んでも、羽田と山路のどちらかの身元が割れただけで、簡単に三人全員が警察に目を付けられ、マークされるだろう。だから、俺は今までの仲間を捨て、また新たな仲間と金を稼ぐ必要があったんだ。相手にもそれを説き伏せられ、あの二人には悪いが死んでもらうことにした」

 田上は、そう淡々と語り終えた後、

「だが、あいつらを殺したのは俺じゃないよ!多分、その俺らに宝石強盗持ち掛けてきた奴の仕業だ」

 と、慌てて付け加えた。

「しかしね、君は残念ながら嵌められていたんだ。全ては、その強盗を持ち掛けた男が、君に殺人の容疑を着せるための策略だったんだ」

「ああ、嵌められていたのは薄々自分でも気づいていたよ。奴らは、強盗を無事に終え、羽田と山路を殺した後、追加で報酬を払うと言ってきた。しかし、あの二人が死んで数週間経った今も報酬は支払われないし、強盗で稼いだ五千万円さえ手元にない状態だ」

「ここに潜んでいたのは、その奴の指示か?」

「ああ、そうだ。ここで大人しくしていれば、強盗で稼いだ金と追加の報酬を支払うという約束だったんだがね」

 田上は、そう溜息をついた。

「お前は、何故奴の指示を聞いたんだ。お前からしたら、正体もわからない相手だろう?疑わなかったのか?」

「それは、俺が金と富に執着していたのが悪かった」

「金と富?」

「ああ、そうだ。強盗で山分けする五千万に、追加の報酬を約束した。しかも、あんな立派な別荘に雲隠れもさせてもらって、あのベンツも乗り回していいと言われた。おまけに、もう使えなくなった古株の始末まですると言った。それに、俺は甘えてしまったんだ!」

 田上は、机に握り拳を強く叩きつけた。歯も食いしばっていて、彼は、相当悔しかったのだろう。城戸は、そう強く感じた。

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