8話 エミリアの過去
仙果の桃。
天界の神や仙人が、好んで食すと言う不老長寿の桃。
猿の妖怪も食べた、あの伝説の桃が……今、俺の目の前にあった。
「なあ。人間の俺が食っても、問題無いんだよな? 身体が急に爆発なんて……しないよなぁ?」
なんたって神様が食う果実だ。
普通の人間が食えば……どんな影響が出るか、わかったもんじゃない。
「大丈夫大丈夫……モグ……ボクだって……モグモグ……こんなに食べても……ゴクッン……ふぅ〜……大丈夫なんだからね」
てか、何そんなに大量の桃をモリモリ食ってんの!?
ローブの裾にどんだけ桃詰めてんだ、このエルフは!?
「ぷは〜……はぁ〜美味しかった。あ、そうだ……桃はね、キミが食べても大丈夫だよ」
なんか言い方が軽いな。
……神の食い物を気安く人が食べるなんて、不安でしかないんだが。
「……説明が難しいんだけど……どこか違うんだよ」
「味とかが違うって言うのか?」
エミリアはかぶりを振り、
「なんて言ったらいいのかな。昔食べたときはね……体の奥から魔力や、生命力が湧き上がってきた感覚あったんだけど……こうブワ〜って」
ここにある桃食べても、そんな感じはしなかったな。
生命力が湧き上がるような感覚……そのブワ〜って、なんだ?
「ここで作った桃とは、それと違うっていうのか?」
「うん。全然違うよ。この桃を食べても、湧き上がるような感覚が少ないんだ。こっちのはフワ〜って……キミにも分かるよね、カケルくん」
いや、全然分からなん。
同意を求めるような顔で見られても、そのブワ〜は理解出来ない。
ただ桃を食べた時、なにかが変な感覚はあったような……気のせいだろが。
「だから! ボクは必ずいつの日か……この桃をあのときと同じように、再現できるよう研究していくんだ」
そんな決意があったのか……ただ単に引きこもっていた訳じゃないんだな。
「それでこんな庭園作って、桃を育てようってか。その熱意には感心するよ」
「……ん? ボクはこの庭園は作ってないよ?」
エミリアは、キョトンとした表情をしている。
いやいやいや。じゃあ誰がこの庭園を作ったって言うんだ?
高難易度の迷宮の最上階に、わざわざ庭園を作ったヤツがいるのか? どんだけ捻くれ者なんだ?
「エミリアが作ったんじゃなきゃ……何の目的で、誰が作ったって言うんだ?」
「それはボクの知り合いで……ホントに天才って呼ばれているエルフが作ったんだ。確か千年だかそれくらい前にとか……言ってたかな」
千年ほど前!? そんな昔から、この塔はあるのか!
どれだけ生きてるんだ、そのエルフは。
どんな経緯で、エミリアがここに住んでいるのか……興味が出てきた。
「……なあ、詳しく教えてくれよ。その辺りの話を」
「うん、そうだね。話すには、いいタイミングかも知れないね。じゃあ、ボクの話を聞いておくれよ……」
今から二百年前。
エミリアが湖畔の街で事件を起こす、ほんの少し前。
世界を旅していたエミリアがこの国に来た時に、そのエルフと出会ったそうだ。
なにか通じるものがあったのか。すぐに打ち解けて仲良くなったらしい。
そんなある日、エミリアにそのエルフが、こう言った。
「そろそろ、この塔にも飽きたから、君に譲ってあげるよ。ただ……最上階まで自力で登って来れたらね……まあ君には、無理だと思うけど」
その挑戦をエミリアは受けた。
理由は、上から目線がムカついたからだそうだ。
「で、ボクは、二ヵ月くらいで塔を踏破してやったんだ。
最上階で待つアイツの驚いた顔は……今でも忘れられないなぁ」
ムカついたって言う理由だけで、高難易度の迷宮を攻略してしまうとは。
天才なのかバカなのか……まあ、おそらくは後者だろうが。
「そいつは、その後どうしたんだ? 祝ってくれたのか?」
俺の問いに、エミリアはフッと口の端を上げ、
「……そんな訳ないじゃないか。負け惜しみを散々浴びせられて、最後なんて言ったと思う?」
――次は君が攻略できない迷宮を作ってやるからな! この貧乳チビ!
「だって……ふはははは! あの捻くれ者の天パ……め……」
あ、目が笑ってない。
今頃、そのエルフはどっかで、エミリアに勝つため新しい迷宮を作ってるのかね。
いい迷惑な気もするが。
なんにせよ、エミリアの事を少しでも知ることが出来た。
「話し聞かせてくれてって……あ〜寝ちゃってるよ」
俺の体の上に頭を置いて、エミリアはスゥスゥと寝息をたてている。
無理もないな。
寝ずに、ずっと看病してくれてたんだ。
桃をあんなに食べて、腹一杯になれば寝るよな。普通は。
今はゆっくり寝てくれ、エミリア。
明日からは、また特訓再開だ。




