5話 特訓開始
テメングラトの塔、第一階層。
迷宮と言われて思いつくのは、壁が並び迷路のような場所だったんだが。
だが、この塔は違った。
枯れ木や岩がむき出しになった殺風景な荒地が、そこにはあった。
「これが……第一階層?」
「そうだよ。テメングラトの塔の各階層は、だいたいこんな感じだよ。最上階を含めた六十階層までね」
六十階層まである事も今知ったわけだが……と言うか、エミリアが居た庭園は六十階層なのかよ。
「ねえ、あれを見てごらんよ」
エミリアが指差す方向の岩の近く。
なんか透明なボールのような物が飛び跳ねている。
一体や二体とかではなく、結構な数のボールが。
「な……なんだよ、あれ? 生き物なのか?」
「そう。生き物……弾む球体って言うんだ。スライムの一種だね」
「スライム……? アレがかよ」
俺がイメージするスライムって、もっとこうプルンとして可愛らしい水滴のようなシルエットのとか。
もしくは、ぐにゃぐにゃとした不定形な形なんだが……あれはどう見ても、ただのボールにしか見えない。
「俺はあれを倒せばいいんだ……よな?」
「うん、そうだよ。この辺にはあの子たちがたくさん生息してるから、職業レベルをある程度上げれるはずさ」
なるほど。
RPG序盤の街周辺でやるレベル上げのイメージだな。
弱そうだし、戦闘経験ゼロの俺でもなんとかなる……はず。
「じゃ、ちゃっちゃと片付けるとするか」
「気をつけなよ、カケルくん。一体一体はそんなに強くないけれども、群で襲われたら結構なダメージがあるからね」
エミリアの忠告に、軽く手を挙げ答える。
革製の鞘から細身の刀身の剣を抜き、弾む球体の群れに気持ち早足で近づいていく。
ソフトボールより、少し大きめの弾む球体。
結構な数の球体たちが、ピョンピョンと岩場で飛び跳ねている。
「よーしよし……大人しく飛び跳ねてとけよ〜、スライムく〜ん……うぉりゃ!!」
ブンッ!
横薙ぎした剣は、虚しく空だけを斬った。
あれ? 外れた?!
弾む球体はどこいった!?
ドスドスドス!
「い……いだだだだだだっ!?」
拳骨で、何回も叩かれたような痛みを背中に感じた。
な、なんだ!?
慌てて振り向くと、そこには弾む球体の群がピョンピョンと跳ねていた。
「い……いつの間にぃ!? こんの野郎っ!!」
ブン!
まただ。剣は空間を切り裂いただけ。
理由はわかった。
弾む球体は、剣で斬りつけるよりも早く飛び上がって反対側に移動していたんだ。
理由が分かれば、簡単だ。
それより早く斬りかかれば、いいだけなんだからな。
「今度は逃げられると思うな……よっとっ!」
ダッシュからの横薙ぎ!
ブン!
「な!? いだだだだだだ!!」
まただ。
素早く俺の頭上を飛び越えた弾む球体群の攻撃が、何度も背中を連打してくる。
ぬ……ピョンピョンと飛び跳ねている。なんかバカにされているような気がしてきたな……
「カケルく〜ん。苦戦してるようだけど、大丈夫かい?」
「だ、大丈夫……まだ、剣の扱いに慣れてないだけだ」
と、強がったものの……どうしたものか。
目が前がチカチカしていやがる。もしかしたら、結構ダメージを負っている状態かもしれないな。
(ポーン! スキル『下位戦士』をご利用されますか?)
ま〜た聴こえててきたよ。
軽妙な音と、妙に流暢な音声ガイダンスの声が。
いや待て……スキルを利用……スキル……スキル……あ!
すっかり忘れていた。
スキルを使用しないと、その効果得られるないんだったな。
「スキル、下位戦士を使用!」
よし、これで一応戦えるはずだ!
(ポーン! Errorが発生しました。スキル『下位戦士』はご利用になれません……スキルを再処理します……)
はい?
今、スキルをご利用に……なれませんだとぉ!?
「ぐっ!」
呆気に取られていた隙を突かれてしまった。
魔物の群はしつこいくらい俺の背中に、何度も何度も当たってくる。
くっそ……もうスキルも使用できないのか……このまま俺は魔物に好き勝手され続けるのか?
(ポーン! 再処理が終了しました。スキル『剣聖』を使用します。ご利用者様の身体能力が全て上昇しました)
スキルが下位戦士じゃなく、剣聖に変わってる!?
利用者の身体能力が、上がったって言われても……
「いや待て……なんだ、身体がさっきより軽い? 力が上がった? 試してみるか……」
弾む球体の群に、さっきと同じように斬りかかってみる。
ズバシュウッ!!
おお!? なんか斬撃が出たぞ!?
振った剣から放たれた斬撃が、その場に跳ねていた魔物の群れを、一瞬で斬ってしまったのだ。
斬られたは、魔物の群れの死骸が地に転がっている。
「……なんか凄いことになったが……よし、これならやれそうだな。うん」
急激な身体能力の上昇にまだ慣れなかったが。
魔物の群を仕留めていくにつれ、徐々に感覚を掴んでいた。
そうなれば後は簡単なものだった。
最初の弾む球体の群には、少し手こずった。
だけど、二つ、三つの群と戦闘を繰り返すうちに、剣聖スキルを完全に扱えるようになっていた。
「これで……ラスト!」
ズバシュウッ!!
最後の群れを倒した俺の背後に、エミリアが立っていた。いったい、いつから背後にいたのか。
しかも満面の笑みを浮かべているし。
「……カケルくん……なんだい、その衝撃波みたいなのは……」
「いや、実はスキルが……うん?」
不意に背後から生暖かい風が、俺の首にフー、フーと当たっている。
生暖かくて、なんとも言えない生臭さ……
目の前のエミリアは、口を大きく開けて上を見ている。
「……カケルくん……上、上」
「上? 上なにが――」
振り向いた先。
モヒカン頭をした狼顔の青黒い大型の獣が、口からヨダレをダラダラと垂らし、二人をじっと睨んでいた。




