17話 白い犬耳の少女
「ほんっとに、すみませんっ!」
眼鏡をかけて、ちょっと変わったローブを来た女の人が、平身低頭する勢いで俺に謝っている。
チャラ男と決着を、つけようとした時だった。
その女の人がいきなりチャラ男の頭を、木の杖で思いっきり叩いたのだ。
よほど痛かったのか。
チャラ男はずっと頭を抱えて、痛みに耐えてるように見える。
「な……なにすんだ! リズィ! 男の戦い――」
「男の戦いが、何だって言うの……ガイ〜?」
そのガイは、リズィに睨まれて萎縮してるのか。なにも言い返せないでいた。
リズィは、くるりと俺の方を振り向いて、
「本当にすみませんでした! この子、悪い子じゃないんです! ほんっとは、めちゃくちゃいい子なんです! ほら、ガイも謝って!」
オカンか!
リズィは、チャラ男の頭を上から押さえつけている。
「オレは悪くねえぞ! コイツが……」
「リズィ〜……おほほほ……」
リズィさんの殺気を含みんだ瞳が、茶色から黄色に変わり怪しく光りはじめた。
怖い怖い怖い!
俺までなんか怖い!
このリズィは怒らせたらダメな人ってのは、俺でも分かるぞ。
「いや、でもな……うおぉ!?」
リズィになにかを言いかけたチャラ男がの足元が、急にふわりと浮いた。
身長二メートルくらいありそうな大男が、チャラ男を片手で持ち上げている。
チャラ男も、結構いい体格をしている。
それを軽々と持ち上げる、この大男はどんだけ力があるんだ?
「は、離せ、グランド!」
「……ガイ。 これ以上騒ぎを大きくするな」
首根っこ捕まれて暴れているチャラ男。
まるで猫……いや、こいつの場合は猿だ。
「お前、迷惑かけたな」
グランドと呼ばれた大男は頭を軽く下げると、チャラ男を摘みあげたまま、のっしのっしと歩いていく。
リズィも何度も何度も頭を下げながら、グランドの後に続いて、その場を後にした。
残された俺とエミリア。それと観衆は、呆然としていた。
「な……なんだったんだ……あれは……」
観衆も徐々に減っていき、さっきまでの騒ぎが嘘ように、静かになっていた。
ふぅ。これでやっと落ち着いて、串肉が食えるな。
「すまないな、エミリア。すぐに串肉を買ってくるからな!」
「……あ、うん……」
俺は屋台のおっちゃんに注文を頼む。
「すまんな、兄ちゃん。さっきの騒ぎで……全部売り切れちまったんだ。いや、売り上げの協力にしてもらって、本当に感謝するぜ!」
は?
騒ぎで……売り切れ? また明日!?
食いそびれてしまった……肉、食いたかったなあ。
「……すまん、肉が売り切れで……エミリア?」
あれ? エミリアの口の周りが、なんか汚れてる?
「あ、カケルくん。お肉……すっごく美味しかったよ!」
食ってやがった……このエルフ、あの騒ぎの中、自分一人だけ!
「俺の分まで、残しといてくれよお!!」
俺の悲痛な魂の叫びが、市場に虚しく響いた。
あのチャラ男、覚えとけよ! 食い物の怨みは忘れんぞ!
エミリアにも嫌味を言いつつ、俺たちは街を歩いて回った。
特に見て回ることもなくなってきたので、塔に戻ろうと再び街の入り口に差し掛かったときだった。
人だかりが、またできているな。
なにか喧嘩とかか? 娯楽が少ないんだな、本当に。
「なんだろうね、あれは。ちょっと見てくるよ」
「ちょ!」
おいおい。走っていちゃったよ。
たく……しょうがないエルフだな。
エミリアの後に追うように、俺もその人だかりの中へ入って行く。
「お願い……ウチたちの村を助けて……」
人だかりができた理由は、これか。
頭に犬の耳を付けた少女が、冒険者たちに助けを求めている。
淡々とした起伏のない喋り方をしているが……少女の必死な表情からは、切迫詰まったものを感じた。
「獣人のお嬢さん。あんた、金持ってるのかい?」
「そうだな。金が無きゃ話にならんなぁ。ま、金以外でもいいがな……へっへっへ」
「今すぐには無い……でも、助けてくれるなら、何でもする。 お願い!」
数人の冒険者たちは互いに顔見合わせ、ニヤニヤとしている。
「じゃあ、お前さんの身体で払って貰おうじゃないか……ただし先払いでな」
いやらしい目つきをした男が、少女の腕を掴んだ
「え!? 嫌っ!!」
抵抗する少女の腕を持ち上げると、ヘラヘラしていた男の表情が一変した。
「抵抗するんじゃねえよ! 今、何でもするって言っただろうが! 村を助けて欲しいんだろ!? だったら大人しく言うことを聞けよ、くそが!」
「……分かった。言うことは聞く。だから必ずウチの村を助けてくれるって、約束して……」
「あ~はいはい、しつこいよなあ。終わった後で、ゆっくり『考えて』やるよ! ひゃはっはっはっは!」
野郎たちの下卑た笑い声。
俺をイジメてきた連中を思い出す……
村を救うために、そこまでする獣人少女の覚悟。
それを分かった上で、少女の気持ちを利用する冒険者共……ムカつくな。
「……悪いな、エミリア。ちょっと待っててくれ」
「うん。分かってるよ、カケルくん」
多分、俺の顔は怒りの表情をしていたんだろう。
エミリアの顔も、かなり怒っているように見えた。
「おい、お前ら! その子を離してやれ!」
少女を連れて行こうとしていた連中に、怒鳴りつけるように声をかけた。
「なんだ、テメエは……離してやれだぁ? 俺たちの邪魔をしようってのか?」
一斉に振り向いた冒険者たちは、厳つい顔で俺を睨みつける。
そのとおりだ。
少女の気持ちを利用するような連中……絶対に許さない。
「格好つけてんのか!? 怪我しないうちにさっさと――ぐ!?」
近づいてきた男の咽喉を、グッと掴んだ。
「さっさと……なんだって?」
俺は掴んだ手に力を込める。
苦しそうに抵抗する男の顔が真っ赤になっていく。
「貴様! 仲間を離せ!」
「テメエ!!」
「どいつもこいつも……手加減しねえぞ!!」
数分もかからなかった。
十人くらいのガタイの良い冒険者たちを、俺は難なく返り討ちにしてやった。
覚えてやがれ! って言う捨て台詞をリアルに聞けるとは、思ってみなかったな。
這々の体で、連中は逃げていった。
そこには、犬耳の少女がぽつんと一人残されたままだ。
「よ、少女。あいつ等、最初から助ける気なんてなかったの、知ってるだろ?」
「……本当に考えてくれるかもしれない。どうせウチには、これくらいしかできることがない……」
少女の肩が震えている。
助けてもらう手段をなくした怒りなのか、連中がやろうとしていたことに今更恐怖したのかは分からない。
そんな少女に、俺が出来ることは一つしかない。
「代わりに俺が助けてやる」
「……え?」
すがるような瞳で、真っ直ぐに俺の目を見ている。
「ああ、俺たちに任せとけ」




