16話 棍使いのチャラ男
いつの間にか観衆が増え、俺とチャラ男を取り囲んでいた。
俺たちを賭けの対象にまでして。
異世界は、娯楽に飢えているのかね。
ただ単に美味そうな串肉を、買いに来たはずだったのに……どうしてこうなったんだ?
「おい、どうした! さっさとその剣を抜けよ……それとも、剣を抜かずにオレに勝てるとでも、思ってんのか!?」
どこかで聞いたような台詞言いやがって。
「いや……そういう訳じゃないんだけどな」
観衆からも、早くヤレヤレうるさいし……かと言って、このまま逃げ出したら、なんか負けた気がする。
逃げたら逃げたで、観衆にボコボコにされる可能もあるしな……こうなりゃ仕方がない。
やってやろうじゃないか!
「剣聖スキル……使用」
(ポーン! おめでとうございます。剣聖レベルが上がりましたので、『予測』が使用可能になりました)
予測?
予測ってなんだよ、音声ガイダンス!
(ポーン! 『予測』は、相手の一秒後の攻撃動作を先読みすることができる、剣聖特有のオートアビリティになります)
俺の問いに答えてくれたの……これが初めてじゃないか?
それにギルドで剣聖使ったときは、こんなの出なかったし……ランダムと言うか、気まぐれというか。
「おい! お前、いい加減に――」
「すまんすまん。待たせたな……いつでもいいぞ。かかって来いよ」
「……あン? 剣を抜かないのか……どこまで人をナメてんだ……?」
「ハンデだ、ハンデ」
「……上等じゃねえか……後悔すんな!」
チャラ男の顔が、険しくなっていく。
こういう自身満々の奴には、圧倒的な実力差を見せつけてやるに限る。
その鼻っ柱を叩き折ってやればいい。
……何度か、アイツらと喧嘩したときは……いや、今はその事はどうでもいいか。
チャラ男は腰を落とすと、攻撃態勢に入っていた。
一秒後の攻撃動作を読める……信じてるぞ、音声ガイダンス!
「うおらァ! 避けれるか、お前にこの攻撃がよっ!!」
――来た! チャラ男の攻撃が!
繰り出される、棒による連続の突き攻撃。
チャラ男の肩の筋肉の微かな動き、視線が分かる。
そこからの動きが、予測に繋がっていく。
まず右! 左! そしてもう一度右!
次は足元への横薙ぎの攻撃!
この攻撃の回避方法は、飛び上がって避ければいいんだが……
だが上に逃げた瞬間、ヤツは俺の胴体への攻撃を仕掛けてくるだろう。
となると……後ろに飛び退けるしかない!
「よっと……うぉ!?」
攻撃を切り替えていたのだろうか。
着地と同時。
ヤツの攻撃が俺の体の胸部……心臓の場所を攻撃してきた。
しかし!
ヤツから繰り出される棒の一撃を避け、チャラ男の懐に素早く潜り込み――
「はっ!」
「ぐっ……この!?」
俺は掌底を、チャラ男の体に叩き込んだ。
ずずーっと地面を滑りながら、チャラ男は後ろに退がった。
思わず……「は!」とか言っちゃったけど……ちょっと恥ずかしい。
ヤツの一撃一撃は速いが、落ち着いて対処すればなんて事はない。
「うおおお!? なんだアイツ!?」
「何がどうなってるんだ!?」
「鉢巻のにいちゃんもヤルが……あの攻撃を避けて反撃するにいちゃんも……すげえ!!」
あ、なんか盛り上がってる。
すごい歓声が上がってる……いや、ちょっと照れるな。
それにしてもだ。
チャラ男の戦闘センスなのか、経験なのか。
瞬時に攻撃を切り替える判断力。
これが本来の冒険者の実力なのかもしれないな。
ギルドで絡んで来たのは、ずっとレベルの低い連中だったのかもな。
おっと、まだ戦いの最中だ。油断は禁物。
「オレの攻撃を全て避けただとっ!? ふざけんな……そんな事があってたまるかよ!」
チャラ男の目は死んでいない。
まだやる気なんだな。意外と根性があるな。
さっきと同じように、棒を構えるチャラ男。
「行くぜ……今度はそう簡単に、いくと思うなよ」
「それは、どうかな」
「ちっ……ムカつく野郎だ……行くぞっ!」
む! さっきと違う攻撃!
ただ真っ直ぐに、俺の顔面に仕掛けてくる。
だが、俺には予測がある。
そんな攻撃は、体を後ろに逸らすだけで――うおっ!?
な……なんだ!? 棒が……急に棒が伸びたぞ!?
「なんだとぉっ!? オレの一撃必殺も避けやがった!?」
危なかった。もう少し反応が遅かったら、顔面に直撃していた。
ギリギリのところで避けられたが……棒がかすめていった鼻先が、ヒリヒリと痛い。
チャラ男もずいぶんと驚いてるが、そんなに自慢の一撃だったのか。
それと、なんか棒が伸びたように思えたが……まさか、そんなことがあるのか?
「テメエ……いったい何者んだ?」
「何者だって言われてもな……つか、今伸びたよな、それ?」
「あ? これは如意棍。オレの魔力を込めて、伸縮自在に長さを変えられる……オレの相棒だ」
如意棍?
なんだ、その猿の妖怪が持ってそうな武器は!?
「どうやらお前を少し見くびっていたみたいだな……ここからはオレの信念をかけて全力で行かせてもらうぞ……!」
本気じゃなかったって?
普通なら負け惜しみで、言う台詞だな。
だけど、チャラ男の言葉は本当なんだろう。
さっきまでとは、チャラ男の雰囲気が変わったな。
これは俺も真剣にやらないと……少々まずいかもしれない。
いつでも抜けるように、腰の剣の柄に手を添える。
「お前もやっと本気か……行くぜ……」
チャラ男の姿勢が、グッと低くなる。
ゴン! ゴン!
突然のことで俺は目を疑った。
チャラ男の背後から現れた、眼鏡をかけた魔法使いっぽい格好の女性。
その女性がチャラ男の頭を、杖で思いっきり叩いたのだった。
二回も……かなり痛そうな音だったぞ。
今度は何が始まったんだ!?




