襲撃される温泉街 ③
「なんだありゃ!?船が浮いてるぞ!」
そう叫んだベロニカの視線の先…おそらく数百メートルは離れているであろう遥か上空には、彼女の言うように巨大な船が浮いていた。
船はゆっくりと街の上空を旋回していたが、やがて側面がチカチカと光ったかと思うと今度は火薬が破裂するような爆音が連続して鳴り響く。
「どうやら、あそこから砲撃してるみたいね」
リリアは船を見上げながら呟いた。そしてその言葉を裏付けるように、先程の砲撃が着弾したと思われる箇所から轟音と悲鳴が響き渡る。
「先生、あの船はまさか!?」
上空の船の正体に心当たりがあるのか、フィーネがレクトの方を見ながら声を上げた。この状況は流石のレクトも予想外であったのか、軽く驚いているようだ。
「あぁ、おそらくは『魔導船』の一種だろう。原理は大陸のものと同じかどうか知らねえが、魔法かそれに近い何かで戦艦を浮かせてるに違いない」
レクトの答えを聞いて、フィーネだけでなくエレナやルーチェも合点がいったような顔をしている。
もっとも、中には真逆の者もいたが。
「せんせー、魔導船ってなに!?」
メンバーの中にはその魔導船という言葉に聞きなれない者もいたようで、代表してニナがレクトに尋ねた。
しかし今は非常事態故に詳しく解説している暇などない。とりあえず、レクトはかいつまんで説明することにした。
「熱の力で浮力を得る飛行船とは違って、魔法の力で飛行する船だ。便利ではあるが動力となる魔法の石が高価でな、一般的な船にはまず利用されない。戦艦や要人の護送船なんかに用いられるのが普通だな」
「ほうほう、ふーむ…」
本当にわかったのかそうでもないのか、ニナはアゴに手を当てて考え込んでいる。そんなニナのことはさておいて、レクトは改めて上空に浮かぶ船を見上げた。
「まさかあんなご立派なもんまで用意していたとはな。正直驚いたぜ」
相変わらず冷静な様子ではあったが、流石に状況が状況であるからか、いつものような余裕は見えない。
「驚いた…教団が動力源の魔法石を所有してたことにですか?」
レクトが何に対して驚いたのかが気になったのか、ルーチェが質問を投げかける。そしてその質問に対するレクトの答えは、ルーチェにとっては意外なものであった。
「確かにそれもあるが、そもそもあんな船、ズブの素人に動かせるようなシロモノじゃねえ。それなりの専門知識が必要だ。ということは、奴らの中には間違いなく機械工学に精通した人間がいるってことだ」
「なるほど…」
レクトの答えを聞いて、ルーチェは納得のいったような表情を浮かべている。
だが彼らがそんな話をしている間にも、上空の船は絶えず街を攻撃し続けていた。このままでは街が焼き尽くされてしまうのも時間の問題だ。
「とにかく、あの船の真下付近にまで行ってみるぞ。位置的に街の中心部になる筈だ」
「「「はい!!」」」
行動しなければ何も始まらない。そう考えたレクトと生徒たちは街の中心部に向かって再び駆け出した。
そんなレクトたちの遥か上空を旋回する魔導船の甲板では、十数名の忍者たちがせわしなく動いていた。ある者は大砲に弾を装填し、またある者は双眼鏡で遠くを確認しながら砲身の角度を調整している。
「よし、いいぞ!点火しろ!」
「了解!」
双眼鏡を覗いていた忍者の合図で、もう1人が大砲の導火線に火を点ける。火はものの数秒で大砲に着火し、轟音と共に砲弾が発射された。
そうやって大砲を撃ち続ける忍者たちのすぐ後ろでは、彼らのリーダーであるシラヌイが方位や風向を確認しながら指示を出している。
「街の西側にも『溶岩獣』をばら撒くぞ。なるべく大通りを狙え」
「はっ!」
シラヌイの指示を受け、忍者たちは何かの模様が描かれた弾を大砲に装填した。おそらくはこれがシラヌイの言う溶岩獣の入った弾なのだろう。
と、ここで双眼鏡で街の様子を見ていた忍者から報告が入った。
「総隊長!どうやら将軍直属の侍どもが弓や銃でこの船を狙ってきているようです!」
監視役の忍者の言うように、船体をよく見ると表面に数カ所の小さな弾痕があるのが見てとれた。しかし、それを見てもなおシラヌイは余裕のある態度を崩さない。
「気にするな、20メートル以上もある船体に小さな銃弾がいくつか当たったところでどうということはない。構わず砲撃を続けろ!街を火の海に変えるのだ!」
「はっ!」
シラヌイの指示を受け、部下の忍者たちは再び砲弾を準備し始めた。
それから更に数分後。魔導船の真下の地上では、銃や弓を構えた侍たちが上空の船に狙いを定めて次々に攻撃を行っている真っ最中であった。
「撃て!撃て!」
リーダー格の侍の掛け声と共に、銃弾や矢が放たれる。しかし、残念ながらそれらの攻撃はほとんど無意味に終わった。矢は風に流されて思うように船に当たらず、より速度や勢いのある銃弾も肝心の船体に大きなダメージを与えることができなかったのだ。
「くそ!まだだ!攻撃の手を緩めるな!」
それでもやはり諦めきれないのか、それとも他に打つ手がないのか、侍たちは上空の船に向かって攻撃を続けた。それを取り巻く周囲の人々は、期待と不安が入り混じったような面持ちで侍たちの戦いを見守っている。
するとそこへ、タイミングが良いのか悪いのか姫巫女サクラを連れたレクトたちが到着した。
「何してんだお前ら!?あんなもん弓や豆鉄砲でどうにかできるような相手じゃねえぞ!」
開口一番、レクトは無意味な攻撃を続けている侍たちに向かって怒号を飛ばす。部外者であるレクトに口を出された侍たちは一瞬、何とも言えない表情を浮かべるが、レクトのすぐ後ろにいたサクラの姿を見るなり態度を一変させた。
「これはサクラ様!ご無事で!」
姫巫女サクラが無事であったことに安堵する侍たちであったが、依然として敵の攻撃は止まない。
「街の被害状況はどうなっていますか?」
サクラは一歩前に出ると、侍に現在の状況について尋ねた。その質問に対し、リーダー格の侍は申し訳なさそうな様子で答える。
「ご覧になられた通り、敵は上空から絶えず砲撃を行っています。既にご存知かとは思いますが砲撃自体もただの砲弾だけでなく、溶岩でできた化け物も一緒にばら撒かれている状態です。街の各地で警備の侍が応戦していますが、やはり上空の船を叩かないことには…」
無論、この状況自体も彼が招いたというわけではないのだが、やはり街の警備を担当する身としては少なからず責任を抱いているのだろう。
そうなると、その焦りから先程までガムシャラな攻撃をしてしまったのだと、ある程度の想像はつく。
「本当に先生の言った通り、なりふり構わずって感じですね」
未だ敵の攻撃が止まぬ中、大方の状況を理解できたフィーネがレクトに向かってポツリと呟いた。
半数以上のメンバーはその言葉の意味がいまいちよくわからなかったようだが、彼女の言いたいことを察したレクトは腕を組みながら再び上空の船を見上げた。
「そうだな。もしあの船に乗ってる奴らの目的がサクラの命なのだとしたら、敵さんにとっては最早手段を選んではいられない状況なのかもしれないな」
「えっと…つまりどういうこと?」
レクトは冷静に語るが、話の内容がよく理解できなかったのかベロニカは頭に疑問符を浮かべている。そんなベロニカの疑問に、レクトの代わりにメンバーの中で唯一冷静な様子のルーチェが答えた。
「正面から先生に挑むのが無理なら、姫巫女がいる街ごと焼き払ってしまえばいいと考えたのよ」
「げっ、なんだそれ!無茶苦茶じゃんか!」
ようやく状況が理解できたのか、ベロニカは驚愕の声を上げた。当然ではあるが生徒たちは皆、敵の卑劣な行為に憤りを感じているようだ。
「酷い…人の命を何だと思ってるの!?」
上空の魔導船を見上げながら、エレナが悔しそうに呟く。
とはいえ、このまま放っておけば更に被害が広がっていくのは明白だ。何が何でもあの船をどうにかしなければならない。
「先生!あの船を止めないと!」
「当たり前だ。乗ってる奴ら全員、とっ捕まえて土下座させてやる」
エレナの呼びかけに、言わずもがなといった様子でレクトは力強く答える。止めるだけではなく、土下座までさせるというのが実に彼らしい。
しかし、それを実行するには1つ大きな問題があった。
「けど先生。相手は遥か上空にいるんですよ?どうやって戦うんですか?」
アイリスの一言に、他のメンバーも「あ」と気付いたような顔になる。何しろ、相手は上空数百メートルもの高さを旋回しているのだ。矢も銃弾もろくに届かない相手に対し、どう対抗するというのか。
だがここで、何かを思い出したようにリリアがレクトの方を見た。
「先生の三日月の制裁者は!?あれなら届くんじゃないの!?」
「あぁ!」
それを聞いて、アイリスもはっとしたような顔つきになった。
リリアの言うように、飛行するジャイアントモスを撃墜する程の威力と精度を持ったレクトの三日月の制裁者であれば、滞空している船を狙うことも不可能ではないだろう。
だが、それによる別の危険性を危惧したレクトは即座に首を横に振った。
「ダメだ。今あの船を撃墜したら、それこそ街の中心部に墜落して大惨事になる。やっぱり直接あの船に乗り込んで、乗っている人間を叩くしかないな」
「そんな…!」
レクトの見解を聞き、リリアは愕然とする。とはいえ、レクトの言うようにたとえ敵の船を撃墜できたとしても街に甚大な被害を及ぼしてしまっては元も子もない。
「でも先生、さっきアイリスが言っていたように船は上空にあるんですよ?どうやって乗り込む気ですか?」
「うーん…それが問題なんだよなぁ…」
もっともなフィーネの意見に、流石のレクトも頭を悩ませる。そんな中、それまで黙って話を聞いていただけだったニナがレクトに思わぬ質問を投げかけた。
「ねえせんせー!せんせーがぴょーんって思いっきりジャンプしてあの船に飛び移ったりとかはできないの?」
「お前、俺をバッタか何かと勘違いしてないか?」
こんな非常事態でも変わらず飛び出すニナのポンコツ発言に、レクトは一瞬毒気を抜かれたような間抜けな顔になった。他のメンバーに至っては呆れ顔で最早ツッコむ気すら起きないようだ。
だがここで、レクトの頭の中をある事が駆け巡った。
「いや待てよ。飛び移る、か」
何かを思いついたのか、それまで強張っていたレクトの表情が急にやる気に満ちたものになる。
「ニナ。お前、お手柄だぞ」
「え?えへへー」
何のことを言っているのかはよくわからなかったが、とりあえず褒められたことでニナは笑顔になる。レクトはそんなニナの頭をポンと軽く叩くと、周囲に集まっている人々に向かって大声で叫んだ。
「おい!あんたらの中にこの商店街で店を出してる商人はいるか!?」
何を言い出すかと思えば、商人がいるかと問うレクト。そんなレクトの質問に対し、ギャラリーの中の数人が手を挙げた。
「わ、私は飴細工の店を出しているが…」
「俺は呉服屋の店主だ」
「わたしは果物を売っているぞ」
名乗り出た商人たちは、そのままレクトの前へと歩み寄る。そんな商人たちに、レクトはある1つのことを要求した。
「今すぐに用意して欲しいモノがある」




