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先生は世界を救った英雄ですが、外道です。  作者: 火澄 鷹志
炎の修学旅行編
98/152

襲撃される温泉街 ②

「グウオォォォ!」「ガアァァ!」


 街を走るレクトたちに向かって正面から大きさの異なるマグマスライムが2体、真っ直ぐに飛びかかってきた。


「邪魔だ!」


 怒号を飛ばしながら、レクトは大剣を真一文字に振り抜く。その強力無比な一撃によって2体のマグマスライムは砕け散り、あっという間に冷え固まって小さな岩のかたまりとなった。

 先程から既にこのような攻防が幾度となく繰り返されており、正に降りかかる火の粉を払うかのごとくレクトたちはスライムを退けながら街を突き進んでいく。


「このやろっ!」

「えいっ!!」


 先陣をきるレクトの数メートル後ろで、ベロニカとニナが横から襲ってきたマグマスライムを武器で思い切り吹き飛ばす。事前のレクトの指示通り、横や背後からの攻撃には生徒たちが対応していた。


「アローレイン!」


 魔法を詠唱しながらルーチェが手をかざすと、中空に小さな雨雲が現れた。次の瞬間、雨雲から放たれた矢のような激しい雨がマグマスライムの全身を打つ。それによりスライムはダメージを受けただけではなく、同時にある変化も見せていた。


「先生!こいつら、水をかけると動きが鈍くなります!」


 ルーチェの言った通り、マグマスライムの動きが格段に鈍くなっている。しかも、それまで赤熱してた体表もやや黒ずんでいるのがはっきりと見てとれた。


「マグマだからな。冷やされると固まるってことなんだろう」


 先頭を走りながら、レクトが答える。だがそんな彼らの奮戦などお構いなしに、近くの民家らしき建物へと黒光りする砲弾が突っ込んだ。


「逃げろ!逃げろぉー!」

「家事よ!誰か水を!」→「火事よ!誰か水を!」


 あちこちで火の手が上がっており、住民も観光客も皆パニック状態である。それでも尚、敵の攻撃が止む気配は無い。

 そうこうしている内に、轟音とともに今度は地面に砲弾が落下する。しかも着弾すると同時に弾が破裂し、中から例のマグマスライムが飛び出してきた。


「注意しろ!普通の砲撃に混じって、例のマグマスライムの入った弾も撃ってきてやがる!」


 後ろにいる生徒たちに注意を呼びかけながら、レクトは飛び出してきたスライムを一太刀の元に斬り伏せる。

 どうやらこのマグマスライムは個体によって大きさや強さに差があるようだが、いずれも百戦錬磨のレクトの敵ではないようだ。だが逆に言えば、レクトにとっては大した強さではなくとも戦い手の力次第では充分な脅威になり得る可能性もある。


「くっ、くそ!この野郎!」

「グオオォォォ!」

「化け物め!成敗してくれる!」

「シャアァァァ!」


 街の中を走っていると、あちこちで戦闘が起こっているのが目に入った。無論、スライムたちと戦っているのは街を警備している侍のようだが、よく見るとどうやらそれだけではないようだ。


「せんせー!刀じゃなくて斧を持って戦ってる人がいるよ!」


 そう叫ぶニナが指差した先では、どう見てもヤマトの人間ではない格好をした大男が斧を持ってスライムと戦っていた。


「おそらく、俺たちと同じように外から来た観光客だろう。旅の武芸者や休暇中の騎士がこういう観光地に来るのも珍しいことじゃないからな」


 目の前に飛んできた大砲の弾を一刀両断しながら、レクトが答える。自身もかつては旅をしていた身であるからか、言葉の通りこういった事に関しては特に珍しいとも感じないのだろう。


「確かに、色々な職業の人たちが戦ってますね」


 周りの様子を見渡しながら、アイリスが言った。実際、周りをよく見るとローブを着た魔術師や盗賊のような風貌のナイフ使いなどもスライムに応戦している。レクトの言うように本来はこの国に観光に来ていただけであり、偶然戦いに巻き込まれてしまったという者も少なくないのだろう。

 と、ここでレクトたちから大分離れた後ろの方から男性の苦しそうな声が聞こえてきた。


「く、くそ!負けてたまるか!」

「ガアアァァ!!」


 その声を聞いたS組メンバーが振り返ると、どうやら先程の斧を持った大男がマグマスライム相手に苦戦を強いられているようだった。


「あっ!さっきの斧の人!」

「先生、助けないと!」


 ニナとアイリスが思わず大声を出す。だが、それに対するレクトの答えは2人はおろか生徒たち全員の度肝を抜くものであった。


「構うな!放っておけ!!」

「ええ!?」


 信じられないレクトの返答に、アイリスは驚愕の声を漏らす。無論、そのレクトの言葉に納得できないのはアイリスだけではなく、他の数名のメンバーも戸惑いや怒りを覚えているようだった。


「どうしてよ!?全ての人を救うのは大事なことなんじゃなかったの!?」


 以前に課外授業でレクトが口にしていた台詞を思い返しながら、リリアが問いただすように言った。確かにあの時、全員を救えるのが英雄だとレクトが言ったのは事実ではあるが、何故今そうしないのかというのにもれっきとした理由があった。


「目の前で苦しんでいる人間を助けようっていうその精神だけは認めてやるが、そのせいで本来やるべき事ができなくなったらどうする?」


 突き刺すようなレクトの言葉に、リリアは一瞬たじろいだ。

 おそらくレクトが言っているのは、今自分たちが最優先にすべき事項が姫巫女サクラを守ることであるという点についてだろう。その点に関しては生徒たちにも理解はできたが、まだ納得がいかない様子のエレナがレクトに反発する。


「でも、たった1人助けるだけですよ!?そんなの先生だったら1分もかからないじゃないですか!」


 レクトほどの腕前であれば、マグマスライムを倒すなど1分どころか数秒あれば充分だ。それによって少し後戻りすることになったとしても、時間にしてみればたかだか数十秒のロスになるだけである。

 だが、その数十秒のロスすらもレクトは許さなかった。


「お前はそうやって道中に何十人の人間を助けて、何十分の時間を無駄にするつもりだ!?それとも助けるべき人間と、助ける必要のない人間の判断ができるとでもいうのか!?」


 珍しくストレートな怒りを露わにしたレクトの言葉に言われたエレナだけでなく、他の生徒たちもビクッと反応する。これまでにも戦い方に関して注意されることは幾度となくあったが、ここまで怒りながら生徒の意見をハッキリ否定するレクトの姿を見たことがなかったからだ。


「人助けをするのは大いに結構だ。だがそれによって本来の作戦に遅れや影響が出たら、それこそ取り返しのつかない事態になる。それが戦場ってもんだ」


 レクトの言い方にはどこか冷淡な部分もあったが、言い換えれば感情に流されることなく冷静な判断を下すことができているともとれる。

 一応の納得はできたがそれでもまだ拭いきれない想いを抱えたままの生徒たち対し、レクトは少し意外な話を始めた。


「本来であればこんな時にする話じゃないが、少し昔の話をしてやろうか」

「昔の話…?」


 こんな時に何を話すことがあるのかと、リリアが怪訝そうな顔で呟いた。しかしそんなリリアの呟きなど意にも介さず、レクトは生徒たちに向かって問う。


「お前ら、セイントレッド大戦は知ってるな?」

「大国同士の連合軍と、魔王軍との全面戦争ですね」


 質問に答えたのはフィーネだ。とはいえ件の大戦はいくつかの国を巻き込んだ大事件であったので、よっぽど小さな子供でもない限りは知らないほうがおかしい。


「そのセイントレッド大戦なんだが、実は俺やルークスたちも参加していた」

「「「ええっ!?」」」


 突然のレクトの発言に、生徒たちはおろかサクラすらも驚愕の声を上げた。唯一、以前にもその話を断片的に聞いていたアイリスだけは驚かなかったが。

 そんな生徒たちの驚きを尻目に、レクトは話を続ける。


「あの戦いで俺たちに課せられた役目は、魔王軍の指揮官である魔将軍ベルフェスを倒す事だった。だから他の戦いは全て兵士たちに任せ、俺たちは一直線にベルフェスの元へと向かった」

「セイントレッド大戦で魔王軍の指揮官を倒したのは先生たちだったんですか!?」


 大戦を終わらせたのがレクトたちだったという事実に更に驚かされたのか、エレナの声がより一層大きくなった。ところがその話を聞いて、ルーチェにある疑問が浮かんだ。


「でも、国の発表では連合軍選抜の精鋭部隊が魔将軍ベルフェスを倒したって…」


 これも一般的にはよく知られた話であるが、セイントレッド大戦を終結に導いたのは各国から選抜された腕利きの戦士たちによる精鋭部隊であるとされていた。しかしそれが実際には軍の精鋭部隊ではなく、勇者ルークス一行でしたとなると話が大分違ってくる。


「あぁ、その話か。お人好しのルークスが手柄を連合軍に譲ったのさ。軍としても、当時はポッと出の旅人が成し遂げたっていうよりも国同士が協力し合って魔族に打ち勝ったっていうプロパガンダの方が大事だったんだろう」


 割と…というか歴史的に見てもかなり重要な事実を、レクトは何の気なしにカミングアウトした。当然だが、聞いている生徒たちは驚きっぱなしである。


「まあ本音を言えば各国の体面とか政治的な問題も絡んでいたんだろうが、そんなもん俺たちにとってはどうでもよかったからな」


 最後に皮肉を付け足すところが実にレクトらしい。しかしレクトにしてみれば今はそんな話がしたいのではない。


「さて、話を戻すぞ。当然だが、あの大戦で一刻も早く魔王軍の拠点に辿り着くためには戦場を一気に駆け抜ける必要があった。だから俺たちは周りの戦いには目もくれず、目の前に立ち塞がる敵だけを倒しながら進んでいったんだ」


 周りの戦いに目もくれない。正に先程の状況を体現しているようだ。その事についてはレクトも何か思うことがあるのか、声のトーンが少々低くなる。


「けど、やっぱり戦場は戦場だった。道端に転がってる兵士の死体を数えきれないほど見たし、戦ってる騎士が喉元を抉られて死ぬ瞬間だって目撃した。敵の攻撃で片腕を切断されたのに、それでもなお残った腕で剣を振り続ける奴もいたな」


 レクトの生々しい戦場での経験を、生徒たちはただ黙って聞いていた。


「だがそれでも、俺たちは立ち止まらずに真っ直ぐ敵の本拠地へ向かった。周りの兵士を助けて余計な時間を使うよりも、俺たちが1秒でも早く魔将軍ベルフェスを倒してこの戦いを終わらせるのが第一だとわかってたからだ」


 空気を読まずに襲ってくるマグマスライムを次々に剣でなぎ払いながら、先頭を走るレクトは言葉を続ける。


「別に誰かを助けるのが悪いって言ってるんじゃない。ただ、感情に流されるな。自分が本当に成すべき事を第一に考えろ。それが戦場で必要な心得だ」

「「「はい」」」


 諭すようなレクトの言葉に、生徒たちは静かに答えた。




 


 迫りくるマグマスライムや砲弾の飛び交う温泉街を15分程かけて駆け抜け、ようやく中心街の入口に辿り着いたレクトたち。と、ここで不意にフィーネがレクトに尋ねた。


「先生、1つ気になることがあるんですが」

「何だ?」

「敵の砲撃です。いくらなんでも範囲が広すぎると思いませんか?」


 フィーネが疑問に思ったのは、砲撃による敵の攻撃範囲がやけに広いということであった。そして、レクトもそれに同意するように頷く。


「それは俺も思った。最初は遠方から固定砲台でも使って砲撃してるもんだと見てたんだが、にしては攻撃を受けてる街の範囲が広すぎる。中心街だけならともかく、そこから少し外れた温泉街にまで攻撃が及んでるってことは、何かもっと特殊な兵器を使ってるのかもしれないな」

「特殊な兵器?」


 レクトの発した“特殊な兵器”という言葉が少し気になったのか、反復するようにフィーネが呟く。


「魔法を使った魔導兵器か、はたまた帝国製の最新兵器か…とにかく、ただの大砲を使ってるってわけじゃなさそうだ」


 レクトは何となく心当たりがあるような口ぶりで答えた。それが何を意味しているのかはフィーネにはイマイチよくわからなかったが、そんな事を考える間もなく、レクトたちが向かっている街の中心部の方を指差しながら突然エレナが叫んだ。


「先生!あれ!」


 その声を聞いて、皆が一瞬立ち止まる。視線の先、遠方にある物を見ながら生徒たちが呆然とする中、レクトは1人納得したような表情を浮かべた。


「…そういう事かよ!」


 市街地の上空には、漆黒に塗られた巨大な船体が浮かんでいた。

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