襲撃される温泉街 ①
ドゴォン!!
何の前触れもなく、露天風呂の周囲に大きな爆発音が響き渡ると共に地響きが巻き起こった。突如として襲いかかった出来事に、それまで温泉に浸かって完全にリラックスしていたS組メンバーは一気にパニックになる。
「な、何!?今の!?」
「今の、爆発音よね!?」
湯船に浸かっていたリリアとフィーネはザバッという水音と共に立ち上がり、周囲を見回す。しかし今彼女たちがいる露天風呂は周りを高い塀に囲まれているので、残念ながら外で何が怒っているのかをここから確認する術はない。
頭を洗っていたアイリスに至っては、髪にシャンプーが付いたままの状態でアタフタしている。
「距離的にもかなり近いわね。少なくとも花火とかじゃなさそうよ」
先程の爆発音を、ルーチェが冷静に分析した。しかし口調は落ち着いていたものの、やはり不安や同様は隠せないようだ。
ところがここでメンバー全員が困惑する中、更なる衝撃的な展開が彼女たちを襲った。
「お前ら!緊急事態だ!!」
「「「きゃあああぁぁぁ!!!」」」
脱衣場へと続く扉が勢いよく開かれ、本来ならば性別的にこの場にいてはならない筈のレクトが女湯に飛び込んできた。結果、当然の如く入浴の真っ最中である…つまり裸の少女たちは盛大な悲鳴を上げることになってしまったのだが。
「せ、先生!ここ女湯ですよ!?」
「バカ!ヘンタイ!なんで入ってきてんのよ!?」
「せんせーのえっち!!」
「せめて開ける前に一言声かけてくださいよ!」
先程の爆発音に対する不安はどこへやら、生徒たちは両手で体を必死に隠しながらレクトに向かって非難囂々を浴びせる。しかし当のレクトは至って真面目な表情で、そんな事など構っていられるかといったような切羽詰まった雰囲気であった。
「俺に素っ裸見られてショック受けんのは後にしろ!」
レクトはそう叫ぶと、人数分のバスタオルを生徒たちに向かって投げ渡す。投げられたバスタオルは宙にひらひらと舞うと、湯船の近くの床にパサッと落ちた。
「全員、すぐに服着て宿の外に出ろ!武器も忘れるな!」
それだけ言い残し、レクトはいつになく緊迫した様子で足早に女湯から出て行った。彼自身も部屋着といったような出で立ちだったので、おそらく戦闘態勢を整える為に武器をや衣服を取りに戻ったのだろう。
文字通り素っ裸のまま残されたS組メンバーはハッと我に返ると慌ててバスタオルを拾い、既に手遅れだとわかっていながらも体を隠し始めた。
それから約10分後。素早く着替えを終えて武器を携えたS組メンバーは旅館の前に集合した状態であった。無論、戦闘には参加できないもののサクラも一緒である。
周囲からは悲鳴が聞こえており、あちこちで煙が上がっているのが目視できた。先程レクトが言っていたように、緊急事態だというのが嫌でも理解できた…のだが。
「見られた…。先生に…裸…見られた…」
「言わないでよアイリス!こっちも必死に忘れようとしてるんだから!」
レクトに裸を見られた事で、アイリスはどんよりとした空気を纏いながら落ち込んでいる。勿論落ち込んでいるのはアイリスだけではないが、今はそんな余裕など無いとリリアが叱咤した。
それから間もなくして、いつもの黒コートに大剣を背負ったレクトが旅館の中から現れた。
「全員揃ってんな、怪我はねえか?」
緊急事態であるからか相変わらずレクトは大真面目な様子だが、先程の一件のせいか皆恥ずかしがってレクトの顔が直視できないでいる。そんな中、ただ1人だけ真顔のままのルーチェが手を挙げた。
「怪我はないですけど、誰かさんに上から下までがっつり全裸を見られて乙女の純情がズタボロです」
嫌味のたっぷりこもったルーチェの一言に、つい先程の惨劇を必死に忘れようとしていたS組メンバーの顔がぼっと赤くなる。レクトは一瞬だけ呆れたように額を押さえるが、すぐに切り替えると叱り飛ばすように声を荒げた。
「その件についての文句なら後でいくらでも聞いてやるっての!今はそれだけ非常事態なんだよ!」
「みたいですね」
ようやく気持ちが落ち着いてきたのか、フィーネが周りを見渡しながら答えた。
温泉街のあちこちで煙が上がっており、火災を知らせる鐘が周囲一帯に鳴り響いている。それに混じって、時折人々の叫び声が聞こえてきていた。
「俺もまだ完全に把握している訳じゃないが、どうやら離れた位置からこの温泉街に向かって攻撃している奴がいるらしい」
レクトは端的に状況を説明する。ということは、先程の爆発音もその攻撃によるものだろう。現段階では敵の姿は見えないが、この温泉街が狙われた理由は今の状況から考えると1つしか思い当たらない。
「狙いはやはりサクラさんでしょうか」
「確証はないが、まず間違いないだろうな」
エレナの考察を、レクトが肯定する。他のメンバーもそう見ているようだが、唯一フィーネが別の可能性について言及した。
「でも先生、焔神教団とは全く関係のない別の人物がテロやクーデターを起こしたという可能性はないのでしょうか?」
確かに敵の姿が見えない以上、フィーネの言うようにこの攻撃は焔神教団のものではないことも考えられる。だが、その可能性も踏まえた上でレクトは首を横に振った。
「それも考えられなくはないが、仮にクーデターを目論んでいるんだとしたらこんな観光客ばかりの温泉街じゃなく、国家元首である将軍のいる居城を直接狙う方が現実的だろう」
「あ、確かに…!」
レクトの指摘を受け、フィーネも納得したような様子だ。
「とにかく、まずは状況確認が先だ。街の被害の様子も気になる。急いで…」
ところがレクトの言葉を遮るように、再び爆発音が鳴り響いた。しかも今度はかなり近い。
だが更に次の瞬間、レクトたちのすぐ近くでベチャッという、何か粘り気のある液体が落下したような音が続け様に響いた。レクトとS組メンバーが音のした方へと視線を向けると、そこには本来ならば街の中にある筈のないものが存在していた。
「マ、マグマ!?マグマが飛んできたわ!」
音がした方を見て、リリアが驚きの声を上げる。なぜならレクトたちのわずか数メートル先では、リリアの言葉通りそれまでそこになかった筈の赤黒いマグマだまりができていたからだ。
マグマは大きな熱気と蒸気を発しており、見るからに高温であることがわかる。…なのだが。
「マグマっていうのは地下にある高温で溶けた状態の岩石の事だから、この場合は溶岩って呼ぶのが正しいんじゃないかしら」
「今はそういう豆知識はいいから!」
冷静に解説するルーチェに、当然のようにベロニカがツッコミを入れる。しかし、彼女たちの驚きはこれでは終わらなかった。飛んできたマグマの様子がおかしい事に、アイリスが気付いたのだ。
「そのマグマ、動いてます!」
その一言に、全員が地面に落ちたマグマをもう一度見る。すると地面に広がっていたマグマだまりがモゾモゾと動き、やがて表面に目と口のようなものが現れたのだった。
『グオォォォ!』
「こ、こいつ、まさかモンスターか!?」
ベロニカは冷や汗をかきながらも、声を上げてマグマのモンスターを睨みつける。しかしそんな彼女の前に出たのは、終始冷静な様子のレクトであった。
「マグマでできたスライムか。さしずめ、『マグマスライム』ってところか」
「なんか、そのまんまなネーミングですね」
言葉の通り、見たままのネーミングにエレナが突っ込む。とはいえ今は非常事態であり、目の前のモンスターをどう呼ぶかをのん気に議論している余裕などない。レクトは背中の大剣の柄に手をかけながら、エレナに言葉を返す。
「わかりやすくていいだろうが」
「まあ、確かに」
エレナがその意見を肯定するや否や、レクトは有無を言わさず目の前のマグマスライムにいきなり一太刀を浴びせる。彼の実力からいっておそらく本気ではないのだろうが、それでも十二分に強力な一撃によってスライムは砕け散った。
「や、やった!」
「おー!さすがせんせー!」
モンスターを倒したことにフィーネとニナは喜びの声を上げるが、一方でレクトは今の剣の感触から冷静にモンスターの性質を分析していた。
「やっぱりスライムだからか、打撃や斬撃には多少の耐性があるみたいだな。だが、それも大したレベルじゃなさそうだ」
レクトは倒したスライムの残骸を見下ろす。すると、それまで燃えるように赤黒く染まっていたマグマは瞬く間に黒っぽい石へと変化していった。それを見て、アイリスがマグマスライムの性質について言及する。
「マグマが熱を失って、固まったってことでしょうか?」
「だろうな。例の土人形と同じような原理なんだろう」
レクトが言っているのは、先刻の戦いで女忍者オボロが作り出した土人形のことだ。あの時も倒した土人形はそのまま土に戻っていたので、このマグマスライムも倒されてもとのマグマに戻っただけなのだろう。
「もしかして、街中に今のマグマスライムをばらまいてるんじゃ…!」
「先生にとっては大したことないモンスターでも、戦闘力のない一般市民にとっては脅威なのは間違いないわ。しかもそれが大群になったら…!」
考えうる状況について、リリアとエレナが考察する。特にエレナの考えるように、1匹1匹の戦闘力は大したことないマグマスライムでも集まれば脅威になるのは想像に難くない。
だが、このまま突っ立っているだけでは何も解決しない。レクトは大剣を背中に戻すと、改めて生徒たちの方を見る。
「とにかく状況を確認しないとな。サクラの無事を伝える必要もあるし、まずは中心街へ向かうぞ」
将軍の居城へ向かうには、中心街を通らなくてはならない。勿論、この温泉街が攻撃にさらされているということは、その攻撃が中心街にも及んでいることは十分に考えられる。
「でも先生、サクラさんは敵に狙われてるんですよね?だったら身を隠しながら移動した方が良いのでは?」
「駄目だ。下手に隠れて行動したらかえって目立つかもしれないし、何より時間がかかる。ここは最短ルートを通って中心街まで行くぞ」
万一のことを考慮したフィーネが隠れての行動を提案するが、レクトは即座にそれを却下した。とはいえ、場馴れしているレクトだ。安易にものを考えているわけではないのは生徒たちにもわかっている。
「けど、敵はどうするの?多分この様子だと、さっきのスライムもまだ街中にウジャウジャいる筈よ?」
リリアの言うように、おそらくこの先も避けては通れない戦闘があるのは明白だ。しかし、レクトはそんなもので臆したり怯むような男ではない。
「決まってんだろ、強行突破だ。立ち塞がる奴は俺が全員叩き潰す!」
レクトの強気な発言に、S組メンバー全員の士気が上がる。普通の人間にとっては無茶や無謀な作戦であっても、レクトが言うと本当にできてしまうと信じられるからだ。
「おっ、センセイらしい答えじゃん」
「ニナもそっちの方がいい!」
レクトの意見に賛同するかのように、ベロニカとニナは武器を手にする。他のメンバーも口には出さないが、既に意思は決まったようだ。
「俺が先頭を走るから、サクラはすぐ後ろをついてこい。それなりの距離を走ることになると思うが、文句は無いな?」
「はい、やります!」
レクトが尋ねると、サクラは力強く答えた。それを確認すると、レクトは改めて生徒たちに指示を出す。
「正面の敵は俺が全部潰す。横や後ろから襲われた場合は、可能な限り各自で応戦しろ!」
「「「はい!!」」」
生徒たちも迷うことなく返事をし、各々武器を手にする。
「さあ、行くぜ!」
合図と共に、レクトが一歩踏み出す。それに続き、サクラとS組メンバーも一斉に駆け出した。




