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先生は世界を救った英雄ですが、外道です。  作者: 火澄 鷹志
炎の修学旅行編
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温泉と夜空とスルメ

「わぁー!広―い!!」


 とてつもなく大きな露天風呂を目の当たりにして、部屋を見たときと同じ感想を漏らしながらニナが全裸のまま駆け出す。といっても、温泉だから全裸なのは当たり前なのだが。


「ニナ、気持ちはわかるけどお風呂で騒がないでよ」


 エレナがニナを注意するのを皮切りに、他のメンバーも続けて露天風呂に足を踏み入れる。皆ニナのようにはしゃいだりはしないが、やはりその広さには圧倒されているようだ。

 ところがただ1人、リリアだけは大して驚いていないようだった。もっとも、その理由は実に単純なものである。


「確かに結構広いわね、ウチのお風呂とおんなじくらいの広さがあるわ」

「嫌味じゃなく、素で言ってるのが逆に腹立たしいわね」


 リリアの発言に対し、ルーチェが間髪入れずに言及する。リリアも悪意があって言っているわけではないのだが、逆にそれがルーチェにとっては癪に障ったらしい。


「一番乗りぃ!」


 一目散に駆け出したニナは、早速とばかりに湯船に飛び込んだ。しかし普段自分が入っている風呂とは温度が大分違っていたらしく、すぐさまバシャバシャと騒ぎ立てる。


「熱い!熱いよぉ!!」

「ニナ、ゆっくり入りなさいよ」


 大騒ぎするニナをフィーネは呆れた様子で注意しながら、自身も足先を湯につけた。


「あら、本当。かなり熱めの温度なのね」


 ニナが熱がっていたのである程度は予想していたものの、想像よりもはるかに熱い温度だったのでフィーネも少し驚いたようだ。徐々に体を熱さに慣らそうと、まずは足のみを湯船の中に入れる。

 続けてリリアも温泉に入ろうとするが、湯船の中を覗き込んだ瞬間に少し怪訝そうな顔を浮かべた。


「お湯が少し濁ってるけど、入浴剤か何か入ってるの?」


 リリアの言葉通り、温泉の湯は少し濁っていた。しかも自分たちがよく使うような入浴剤の香りとは違い、何とも言えない独特な匂いまでしている。別に鼻が曲がりそうというレベルではないが、自分たちが普段入っている風呂と比べるとやはり少々違和感を感じるようだ。

 独特な色や匂いにやや警戒しているリリアを見て、足を湯につけたままのフィーネがこの温泉について説明する。


「入る前にレクト先生から聞いたんだけど、火山の影響で硫黄をはじめとした様々な成分が含まれているらしいの。それでお湯がこんな色になってるんですって」

「ふぅん」


 それを聞いてリリアは納得したのか、先程のフィーネと同じように足先からゆっくりと湯船の中に入っていく。やはり彼女にとっても湯の温度は少々高かったのか、「熱っ」と小さく声を漏らしながら全身を沈めていった。


「にしても、お風呂が屋外にあるなんてね。フォルティスじゃ考えられないわ」


 自分たちの国の文化とのギャップに、エレナがしみじみとした様子でこぼす。こういったカルチャーショックも旅行ならではといえよう。


「それに今日は雲が全くないから、月や星が良く見えますよ」


 満天の星空を見上げながら、アイリスが言った。その言葉を聞いて、他のメンバーたちも視線を上へと移す。


「ホントだ!しかも満月じゃん!」


 雲1つない空の中心に輝く月を眺めながら、ベロニカがやや興奮気味に言った。ところが、空に浮かぶ月を見てルーチェはある事に気付いたようだ。


「でも、よく見ると少し欠けてるわ。ちょうど2週間前が新月だったし、満月になるのは明日あたりなんじゃないかしら」


 ルーチェの指摘通り、月はほぼ満月に近い形であるもののわずかに欠けている。おそらく彼女の言うように完全な満月になるのは明日あたりになるだろう。

 皆初めて入る温泉を存分に満喫しているようだったが、ふとここでフィーネがある事に気付く。


「どうしたの、サクラさん?」


 フィーネがサクラに問いかける。というのも、これまで通りであれば自ら解説役を買って出ていた筈のサクラが、肩どころか首まで湯船に浸かってうつむいたままずっとだんまりを決め込んでいたからだ。

 だが彼女が黙っていたその理由は、あまりにも意外なものであった。


「あの、その…やっぱり皆さん外国の方だからか、私よりも胸元の成長が著しいなぁって…」


 少し恥ずかしそうに小さな声で言いながら、サクラはS組メンバーを見渡す。確かに彼女の言うように、彼女自身の胸元はどのS組メンバーよりも慎ましいという表現がピッタリであった。そんな彼女に対し、フィーネが優しくフォローを入れる。


「でもそれって、昼間の話で言えばキモノが似合うってことですよね?それなら普段からキモノを着ていなきゃいけないサクラさんは、むしろそれが理想的な体型なのでは?」

「あ、ありがとうございます…」


 精一杯のフォローではあったが、それを発したのが自分よりはるかに胸の大きなフィーネであったためか、サクラは何とも言えない苦笑いを浮かべていた。

 だがここで話を終わらせておけばよいのにも関わらず、ベロニカが余計な口を挟む。


「確かに言われてみれば、ウチのクラスってD組のアレックスみたいなド貧乳がいないよな。あいつがいたら思いっきり弄ってやるのに」


 当の本人がこの場にいないからか、ベロニカは言いたい放題である。しかしD組のアレックスが自身の体型のことを気にしているのは既に周知の事実ではあるので、皆悪いとは思いながらも納得したような表情を浮かべている。

 体型を気にしているサクラのことなど気にも留めずにケラケラ笑いながら話すベロニカを見て、今度はルーチェが悪ノリした。


「そうね、大きさの順番的に言えばニナ>ベロニカ>フィーネ>リリア>私>エレナ>アイリスって感じじゃないかしら」

「真顔で格付けしないでよ」


 湯船に浸かりながら冷静に見解を述べるルーチェに、リリアが呆れた様子で指摘する。だがそんなルーチェの見解を聞いて、最後に自身の名前を挙げられたアイリスがおずおずと反応した。


「やっぱりわたし、一番小さいですか?」


 小声でそう言いながら、アイリスは少し残念そうに自分の胸元を見た。しかしそのすぐ横でエレナが湯船に足を沈めながら、フォローするかのようにアイリスに話しかける。


「アイリスは元々身長もあんまり高くないしね。むしろその身長でそれだけあれば十分じゃない?」


 エレナの言うようにアイリスはそもそも身長自体があまり高くなく、ヤマトの民の平均とほとんど変わらない。にも関わらず、胸囲に関して言えば身長がほぼ同じのサクラと比較すると結構な差がある。

 ただ残念なことに、アイリスに対するフォローは同時にサクラの薄い胸にグサッと突き刺さっていたという事実にエレナは気付きもしなかった。


「そうそう。アレックスなんて身長はアイリスより頭1つ分ぐらいは高いのに、胸の大きさは完璧に負けてるもんな」


 この場に当人がいないからか、相変わらずベロニカは言いたい放題である。そんな中、それまで湯船に浸かってリラックスした状態だったニナが急にムキになって口を開いた。


「そもそも、おっぱいなんて大きくてもいい事なんて1個もないよ!っていうか、いらない!」


 運動神経だけでなく胸囲もクラス一のニナが拳を握りながら力説する。ニナの性格上、おそらく特に考えもなく素で言っているのだろうが、側から見れば完全に嫌味でしかなかった。


「ニナ、アレックスが聞いたらブチ切れるわよ」

「あと、それカリダ様の前で言ったら命の保証はないからね?」


 リリアとエレナが、若干呆れた様子でニナを注意する。別に彼女たち自身はニナに対して嫉妬などは特に無いが、聞く人が聞けば間違いなく反感を買うセリフであるのは間違いない。というより誰一人として気付かなかったが、先程のニナのセリフを聞いた時点で既にサクラは追い討ちをかけられたような状態になっていた。

 そんな中、それまでただこの場にいないアレックスを弄っていただけのベロニカがふとある事に気付く。


「なあ、あの壁の向こうって男湯なのかな?」


 そう言ってベロニカは、竹でできた高い塀を指差した。確かによく見ると、入口側の壁が塀を跨いで向こうに続いている。ということは、向こうにも空間が続いているのは想像に難くない。


「えっ!?じゃあもしかして、今までの会話は全部男湯の方にも筒抜けだったってことですか!?」


 その事実に気付いたアイリスの顔色が一気に変わった。女同士ならともかく、やはりそういった内容の会話を異性に聞かれるのは抵抗がある…というか普通に恥ずかしいのだろう。

 しかし、その点についてリリアが重要な事を指摘する。


「忘れたの?今日は貸し切りなのよ」

「あ、そういえば…」


 それを聞いて安心したのか、アイリスは気が抜けたような返事をする。リリアの言うように今日は貸し切りなので、そもそも他の宿泊客はいないのだ。

 だが、それを聞いたルーチェがある可能性を提示した。


「仮に男湯に誰かいるとしたら、間違いなく先生よね」

「あっ!」


 リリアがハッと気付いたように声を上げた。確かにルーチェの言うことも一理ある。先程レクトは後で入ると言ってはいたが、気まぐれで入浴することに決めたという可能性もゼロではない。

 そこで男湯にレクトがいるのかどうかを確かめるため、ニナが驚くべき方法に出た。


「レクトせんせー!いるー!?」


 男湯になっているであろう壁の向こうへと、ニナが大声で叫んだ。あまりにも突拍子もない行動だったので、思わずフィーネが言及する。


「ちょっとニナ!?何をそんな大声で聞いてるの!?」

「え?だって聞いてみた方が早いでしょ?」


 慌てた様子のフィーネとは正反対に、ニナはキョトンとしている。当然ながらそれを見ていた他のメンバーは皆げんなりした表情を浮かべていた。

 しかし、男湯の方からは返事は返ってこない。ということはやはり、部屋で言っていた通りレクトは後で温泉に入るつもりなのだろう。


「せんせー、いないみたいだね?」

「まったくもう…」


 とぼけた様子のニナを見て、フィーネは不満を漏らす。もっともニナの奇想天外な行動は今に始まったことではないので、今更説教をする気にはならないようだ。


「それじゃあ、センセイは今何してんだろ?」


 この場にいないレクトが何をしているのかという、素朴な疑問をベロニカは口にする。自分たちのいないところでレクトが何をしようと彼の勝手なのだが、ベロニカとしてはそれが何となく気になるようだ。


「普通に本を読んでる、とかじゃないかしら?」

「うーん…それもありそうだよなぁ」


 エレナの意見を聞いて、ベロニカが小さく唸った。レクトがよく本を読んでいるのは彼女たちの中では周知の事実であるので、可能性としては充分にあり得る。

 ところがここで、普段のレクトの姿を知らないサクラから意外過ぎる予想が上がった。


「もしかして、お一人でひたすら精神修養などなさっているのではないでしょうか?」


 サクラとしてはやはりレクトの英雄という肩書きから、普段から鍛錬を欠かさないというイメージが強いのだろう。…なのだが。


「それはないわよ」

「それはないと思います…」

「それはないんじゃないかしら」

「それはないって!」

「それはないでしょうね」

「それはないわね」

「それはなさそー」


 サクラの予想を、メンバーは口々に否定する。ここまで7人全員の意見が合致していると、流石にサクラも戸惑いを覚えたようだ。もっとも、レクトの事をよく知るS組の面々からしてみればごく当然の答えを言ったまでなのだが。

 そうやってレクトの人間性が若干否定される中、エレナが別のベクトルから彼の行動を予想する。


「確か先生、お酒は夜中に飲むって言ってたわよね。だったら、夕食の前に何か軽くつまんでるとかじゃないかしら?」

「あ、アタシもそれに一票!」

「わたしもそう思います。先生って結構、食のこだわりがあるみたいですし」


 エレナの意見に、ベロニカとアイリスが同意する。だがそれを聞いていたニナが、急に不満そうな様子で膨れっ面になった。


「えー!?せんせー1人で何か食べてるの!?ずるい!」

「だから可能性の話だってば」


 レクトが何か食べているのではないかという話に不満を漏らすニナを、リリアが呆れながらたしなめる。

 しかし、実際のところ彼女たちには今レクトが何をしているのかを確認する術などないのは事実であった。




 ちょうどその頃。S組メンバーの話の種になっていたレクトは、黒コートを脱いだラフな服装のまま部屋で1人本を読んでいた。ちなみに本の内容は錬金術に関するもののようだ。

 と、そこへコンコンと部屋の扉を叩く音が聞こえてきた。更に続けて、扉の奥から女性従業員のものと思わしき声が響く。


「レクト様?先程ご注文頂いた品をお持ちしました」

「おう、入ってくれ」


 レクトに促され、従業員は扉を開けて部屋の中へと足を踏み入れた。その右手には、何かの乾物のようなものが乗せられた盆を持っている。


「お待たせしました、ミツマタヤリイカのスルメでございます」

「おお、いい色じゃねえか」


 レクトが歓喜の声を上げるのと同時に、目の前のテーブルの上にスルメの乗った皿が置かれる。そのまま従業員は軽く頭を下げると、「ごゆっくり」と一言だけ言い残して部屋から出て行った。

 早速と言わんばかりにレクトは読みかけの本を置き、皿の上に置かれたスルメのゲソ部分を手で引きちぎる。それを一本掴んで噛みながら、小さくため息を吐いた。


「はぁ〜。やっぱ誰が何と言おうと、ヤマトで一番の珍味っつったらこのスルメだよな。こればっかりは教えてくれた呑んだくれのテラに感謝しねえとな」


 酒好きのテラから教えてもらった珍味に舌鼓を打ちながら、レクトは読書を再開する。結局のところ、レクトが何をしているかというS組メンバーの予想はそれぞれが半分正解で半分外れとでもいったところだろうか。


「本当は酒も欲しいけど、今はやめとくか。まだ何があるかわかんねえし」


 本のページをめくりながら、レクトは小さく呟く。だがこの直後、彼のその呟きは現実のものとなるのだった。

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