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先生は世界を救った英雄ですが、外道です。  作者: 火澄 鷹志
炎の修学旅行編
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高級旅館に泊まろう

 時刻はまもなく午後の6時といったところで、陽も沈んで辺りも暗くなってきている。祭りの当日ならともかく、流石に暗くなってからウロウロするのもあまり良くないと思いレクト率いるS組メンバーは宿へ向かうことにした。

 ヤマトの中心街から少し歩いたところには、宿泊施設が並ぶ温泉街がある。それこそ旅人向けの格安の宿から、政府高官が宿泊するような高級な宿までピンキリだ。

 そしてその中の1つの宿の前で、レクトたちは足を止める。


「先生、ここが例のリョカンですか?」


 目の前の大きな建物を見て、エレナが尋ねた。思い返せば昼間に荷物を預けた従業員がそんな事を言っていたが、レクトはそれを否定する。


「いや、それがな。元々泊まる予定だったリョカンは急遽キャンセルした」

「えっ?どうしてですか?」


 レクトの返答に対し、驚いた様子で今度はアイリスが質問した。おそらくレクトは情報漏れを警戒して口に出さなかったのだろうが、やはり今の今まで知らされていなかった彼女たちが困惑するのは当たり前である。


「というのもな。将軍の計らいで、ヤマトで一番高級なリョカンを丸ごと貸し切りにしてもらったんだと。勿論、俺たちの荷物も事前にこっちに運んであるってよ」

「貸し切り!?この大きな宿が!?」


 レクトの説明を聞き、思わずエレナが驚愕の声を上げる。何しろ周囲の建物よりも遥かに大きな宿を自分たちだけで貸し切ったというのだから、エレナだけでなく他のメンバーも驚きを隠せないようだ。唯一、フォルティス有数の貴族の令嬢であるリリアだけは大して驚いてはいなかったが。


「なんでも、普通は政府高官とか貴族しか泊まれないぐらい上等な宿らしいからな。むしろ滅多にないチャンスだと思って素直に喜べよ?」


 そう言って、レクトは豪勢な扉を開けて中に入る。すると、早速とでもいうべきか従業員らしき女性が出迎えてきた。…までは良かったのだが、その数が尋常ではない。少なくとも10人以上の着物を着た女性がビシッと整列して頭を下げており、これにはS組メンバーも再び驚かされてしまった。


「ようこそ、姫巫女サクラ様。そしてレクト・マギステネル様とその御一行様ですね」


 先頭に立っていた女将らしき高齢の女性従業員は頭を上げると、笑顔でレクトに話しかけてきた。


「私がこの旅館の女将でございます。将軍マサムネ様よりお話は伺っておりますので、何かご所望でしたら何なりとお申しつけください」

「おう、ご苦労さん」


 非常に丁寧な対応の女将に対し、レクトは気軽に返事をする。一般人であればこんな上等な対応、緊張してしまってもおかしくはないがそこは四英雄レクト、肝が据わっている。


「早速ですが、お部屋の方はどういった形をご希望でしょうか?1人1部屋ずつご用意する事も可能ですが」

「うーん、そうだな…」


 女将に部屋割りについて尋ねられ、レクトは少し考え込む。しかしすぐに何か思い付いたような顔になると、それをそのままオーダーした。


「8人ぐらい泊まれるような大きめの部屋1つと、1人用の部屋を用意してくれ。なるべく隣同士か、近くの部屋がいい」

「かしこまりました。すぐにご用意致します」


 女将は軽く頭を下げると、近くにいた若い女性従業員に何かを説明し始めた。おそらく、レクトたちをどの部屋に案内するかを指示しているのだろう。

 女将と従業員が話しているのを余所に、フィーネは部屋割りについてレクトに尋ねる。


「先生、私たちは全員同じ部屋なんですか?」

「その方が修学旅行っぽいだろうが」


 レクトから普通過ぎる回答が返ってきたので、思わずフィーネは拍子抜けしたような顔になった。そのすぐ後ろでは、リリアが腰に手を当てて少しだけ不満そうな表情を浮かべている。


「確かにそうだけど、なんか納得できないわ」

「まあまあ」


 文句を言うリリアを、アイリスがたしなめた。しかし、反論したところでレクトの決定が覆ったことなど今まで一度も無かったのは事実だ。

 そうやってレクトたちが話をしていると、先程まで他の従業員と話していた女将が改めてレクトのことを呼んだ。


「お待たせ致しました。お部屋の方へご案内いたします」


 女将はそう言うと、フロントの正面にある階段に向かった。


「さ、こちらです。どうぞ」


 先導するように階段を昇る女将についていきながら、レクトたちも階段を昇り始めた。

 

 


 それからレクトたちは女将に案内され、旅館の2階にある一室へと辿り着いた。部屋の扉の上には、『水龍の間』と書かれた札が掲げられている。おそらくはこの部屋の名前だろう。


「こちらがご希望いただいた大きめの部屋になります」


 そう言って、女将は部屋の扉を開ける。すると扉の先には、並の宿とは比べ物にならないほどの広さの空間が広がっていた。


「わあー!広―い!」


 その部屋の広さを目の当たりにして、まず一番にニナが声を上げた。フォルティスではほとんど見られない畳を敷き詰めたその大きな部屋には、大きめのテーブルや座椅子が綺麗に並べられている。更に部屋の中にはもう1つ扉があり、どうやら奥は洗面所になっているようだ。

 レクトの注文では8人ぐらい入れる部屋とのことであったが、これだけの広さがあれば仮に隙間なく布団を敷いたとしてもその倍の人数は余裕で寝られるだろう。


「レクト様、こちらの部屋で問題はありませんでしょうか?」

「あぁ、充分だ」


 女将の質問に、レクトは当然といった様子で答える。むしろ、これだけの部屋を用意してもらっておいて文句を言う方がおかしいだろう。

 いつの間に運んでおいたのか、部屋の奥にはS組メンバー全員分に荷物が置かれていた。流石は高級旅館、手際がいいというか、仕事も迅速である。


「そうだ。一緒に頼んだ俺の1人部屋はどうなってる?」


 生徒たちが次々に部屋の中へと足を踏み入れていくのを見ながら、レクトは女将に尋ねた。


「隣に一回り小さな部屋をご用意しております。勿論、レクト様の荷物も既に運び終えていますよ」

「おう、サンキュー」


 女将の返答を聞いて、レクトは礼を言った。無論、隣同士がいいというのは何かあったらすぐに駆けつけることができるからだ。


「扉の奥は洗面所になっております。尚、シャワーなどは備え付けられておりませんのであらかじめご了承ください」


 女将は淡々と部屋の説明を述べる。だが、それを聞いたリリアは急に顔色を変えた。


「これだけ上等な宿なのに部屋にシャワーが無いの!?」


 普段から高級な宿にでも泊まり慣れているのだろうか、部屋にシャワーが無いという事実にリリアは驚きを隠せなかった。もっとも驚愕しているのはリリアだけであったが、他にも数名がその事実に驚いているようだった。

 無論、部屋にシャワーが無いのもちゃんとした理由がある。いちいち女将に説明させるのも何なので、その役はレクトが買って出た。


「リリア。そもそもヤマトの人間はシャワーなんて浴びねえ」

「ええっ!?」


 レクトが発した言葉に、リリアは再び驚きの声を上げる。ただレクトの方も言葉足らずだったことは間違いないので、それを補足するようにサクラが話を続けた。


「外国からいらした観光客の方向けの宿であれば備え付けられていることもあるようですが、昔からある旅館には全くと言っていいほどありませんね。レクト様のおっしゃった通り、ヤマトの人間はシャワーを浴びるのではなく温泉に入るのが一般的ですので」


 サクラの説明を聞いて、メンバー数名が「へー」と納得したような声を上げる。こういった国ごとにおける文化の違いを学ぶことも、修学旅行では大切な事だ。


「じゃあわたしたち、お風呂はどうすればいいんですか?」


 アイリスが率直な疑問を述べた。確かに気になる点ではあるが、そこは女将が丁寧に答える。


「一階の奥から露天風呂に行けるようになっておりますので、そちらをご利用ください。一応、扉を見ればわかるようにはなっておりますが、青が男性用で赤が女性用の浴場となっております」


 当たり前といえば当たり前ではあるが、とりあえず風呂自体はちゃんと存在しているようだ。しかしここで、聞きなれない単語にエレナが首をかしげる。


「ろてん風呂?どんなお風呂なんですか?」

「屋外にあるお風呂のことです。場所によって空や海、広大な自然を見ながら入浴できるので、観光客の方々にも人気のお風呂なんですよ」


 女将が答えるよりも先に、すっかり解説役が板についてきたサクラが説明を行う。しかし、それを聞いたリリアは感心するよりも先に驚きの声を上げた。


「お風呂が屋外にあるの!?周りから丸見えじゃない!」

「ご、ご安心ください。ちゃんと周りは高い塀に囲まれていますので」

「そ、そう…ならいいけど…」


 女将の返答を聞いて、リリアは一安心したような表情になった。ところがレクトは、呆れたような目をしながらそのことについてリリアに言及する。


「というか、冷静に考えれば当たり前だろうが」

「う、うるさいわね!」


 当然のことを指摘されて恥ずかしかったのか、リリアはややムキになりながらレクトに言い返す。だがここで女将が何かを言いたそうにしていたので、レクトはリリアのことを完全に無視して女将の方へと顔を向けた。


「レクト様。夕食は7時の予定になっておりますが、よろしいでしょうか?」

「あぁ、それで構わねえ」


 夕食の時刻に関しての女将の質問にも、レクトは即答する。また部屋の奥では、夕食という単語を聞いたニナがピクッと反応していた。


「かしこまりました。では、お手数ですが7時頃に宴会場までお越しください。そちらにご用意させていただきますので」

「わかった」


 レクトが返事をすると、女将は一礼して部屋を出て行った。部屋の壁にかかっている時計を見ると現在の時刻は6時10分となっており、先程女将に言われた夕食の時間まではまだしばらくある。


「そうだな、お前らは先に温泉にでも入ってこい」


 レクトは時計を見ながら、生徒たちに指示した。夕食の時間までダラダラ過ごすのも時間が勿体ないし、何より今日は思わぬところで戦闘が起こったので皆汗を流したいのは間違いない筈だからだ。


「はい、わかりました」


 クラス代表として、フィーネが返事をする。他のメンバーも特に異論はないのであろう、荷物から入浴に必要な物や着替えを取り出そうと皆自分の荷物が置いてある部屋の隅へと向かっていった。

 レクトも一旦自分の部屋へと向かおうとするが、ふと何かを思ったのかもの思いにふけるように腕を組みながら呟く。


「温泉かあ…」

「先生?どうかしたんですか?」


 唐突にレクトが呟いたので、それに気付いたアイリスが尋ねる。ただどうやら聞いていたのはアイリスだけではなかったようで、他のメンバーも皆レクトの方を見ていた。


「いや、ウチって女子校だから男子がいないじゃんか。こういう時に共学だったらよかったのになぁって思うんだよ」


 そんなレクトの発言に、生徒たちは首をかしげる。男性であるレクトが女子校でよかった、などと言うのならばまだわかるが、共学でなかった事を残念がる理由が全くわからないのだ。


「男子がいないのが、何か問題あるんですか?」


 どうにも気になったのか、エレナがやや疑わしげな目をしながら尋ねる。それに対してレクトは、屈託の無い顔で答えた。


「女湯を覗こうとする男子をとっ捕まえて拷も…じゃなかった、お仕置きするっていうの、一度でいいからやってみたかったんだよなぁ…」


 レクトの発言があまりにもどうでもいい内容だったので、生徒たちは皆何とも言えない表情を浮かべている。


「そんなの本当にやるバカいませんって」

「しかも拷問って言いかけたわよね。完全に私利私慾じゃない」


 くだらないとしか言いようの無いレクトの願望を、ルーチェとリリアがバッサリ斬り捨てる。ところがここで、サクラから思いも寄らない質問が飛んできた。


「海外では男子学生が女性の入浴を覗くのが当たり前なのですか!?」


 姫巫女という立場上、学生としてのそういった経験がないのか、はたまたヤマトの国自体に覗きといった概念がないからなのかは定かではないが、とにかくサクラは酷く驚いている。

 そしてこういう時、決まって悪ノリをするのがレクトという男なのだ。


「おう、修学旅行の恒例行事みたいなもんだ」

「違います!」「違うわよ!」「違うって!」


 遊び半分で間違った知識を植え付けようとするレクトであったが、即座にエレナ、リリア、ベロニカの3名がそれを否定する。そうやってイタズラを阻止されて少し残念がっているレクトに、ふとフィーネがあることを尋ねた。


「そういえば先生は温泉に入らないんですか?」


 フィーネたちにしてみれば自分たちが温泉に入っている間、レクトが男湯の方に入っていても別段不思議ではない。しかしレクトはひらひらと軽く手を降りながら否定する。


「俺は後でいいや。真夜中に1人で酒飲みながらゆっくり入るわ」

「なんかセンセイ、おっさんくさいぞ」

「子供にはそれの良さがわかんねえのよ」


 ベロニカが茶化すように言うが、レクトは全く意に介していないようだった。


「とりあえず、さっさと入ってこい。あんまり長く入りすぎてのぼせるんじゃねえぞ」

「「はい」」


 生徒たちが返事をするのを聞いて、レクトは部屋を出て行った。おそらく自分用に用意された部屋へと向かったのだろう。

 そんなレクトを見送った後、サクラを含めた生徒たちは着替えやタオルなどを手に一階にあるという露天風呂へと向かっていった。

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