修学旅行は中止?
サクラから不死鳥と姫巫女の関係や火神カグツチについての説明を受けたレクトとS組メンバーは、これまでの経緯や話の流れから今の状況をまとめている最中であった。
レクトはこめかみに指を当てながら、改めてサクラの方を見る。
「つまり教団の連中がサクラの命を狙うのは、それが火神カグツチを復活させるのに必要だからなんだな?」
「火神カグツチの伝承についての確証はありませんが、状況から見てまず間違いないと思います」
神妙な面持ちでサクラが答えた。この点に関しては彼女の言うように状況からしてまず間違いないというのは誰の目から見ても明白だ。
ここでエレナが、先程のレクトの見解についてもう一度触れた。
「先生。大勢の前で暗殺を実行しようとしたのも、やはり先生の仰っていたように人々に見せつけるためだったんでしょうか」
「だろうな。もし大昔の教団と同じようにこの国を支配するつもりなら、あの暗殺は民衆にそれを誇示するための意味合いもあったんだろう」
レクトは質問に答えると、何故か手に持っていたペンを懐にしまった。それを見ていたフィーネが、ある事をレクトに尋ねる。
「先生。例のオボロっていうニンジャから聞き出した情報はこれで全部ですか?」
「あぁ…いや」
肯定しようとしたところで、レクトは言葉を止めた。
「実は悪い情報もある。どうやら姫巫女サクラが修学旅行中の学生に成り済まして俺と一緒に行動してるっていうのは、既に向こうに知られてしまっているらしい」
確かにレクトの言うように悪い情報ではあったが、その事を聞いても皆あまり驚いてはいないようだった。とはいえ、実際にこうやって不意打ちに近い形で襲われているのだから薄々勘付いてはいたのだろう。
「一体、どこから漏れたのかしら」
「少なくとも観光している最中はそういう話をほとんどしなかったから、聞かれてたっていう可能性は低いわよね」
リリアとルーチェは、サクラが自分たちと一緒に行動していることが敵側に知られてしまった原因について考察している。そして、少し考えたところでルーチェが再び口を開いた。
「やっぱり、先生の言っていたようにショウグンの城の中にスパイや密偵がいたってことなんでしょうか?」
「確証があるわけじゃないが、そう考えるのが妥当だろうな」
レクトは頬杖をつきながら答えた。先程ルーチェが言っていたように道中ではそういう話は避けていたし、何よりレクトはその程度の事も考慮しないような愚かな人間ではない。そうなると、もはや城で依頼を受けた際に既に近くに敵がいたとしか考えられないのだ。
「多少の戦闘があるのは予想してたが、よりにもよって神の復活とはね。流石に俺もここまで大事になるとは思ってなかったな」
幾多の場数を踏んでいるレクトでも、ここまでの事態になっていたとは想定していなかったようだ。そんな彼を見て、フィーネが心配そうに尋ねる。
「先生。こうなってくると、やはりもう修学旅行どころではないのでは?」
修学旅行の中止。それを聞いて、他のメンバーも残念そうに俯く。しかし状況が状況であるからか、誰も反論することはなかった。
「俺は一度受けた依頼は最後までやり遂げる主義の人間だからな」
「ということは、やはり修学旅行は中止ですか?」
唐突なレクトの言葉に、フィーネは確認するように再び尋ねる。しかしレクトから返ってきた答えは、メンバー全員にとって想像を超えるものであった。
「何言ってんだ。修学旅行もれっきとした校長からの依頼だ。そっちをフイにするわけにもいかねえだろ」
「えっ!?」
とんでもないレクトの答えに、思わずフィーネは裏返ったような間抜けな声を出してしまった。しかしそんなことなどお構いなしに、レクトは話を続ける。
「修学旅行は完遂する。サクラも守る。向かってくる教団の連中は全員叩き潰す。俺にとってはどれも別に難しいことじゃねえ」
普通であればどう考えても困難な内容を、レクトはさも簡単な事のように淡々と語る。しかし、レクトはこんな場面で出まかせを言うような男ではない。彼ができると言うのであれば、それは本当にできるということなのだろう。
しかも、レクトの思惑はこれだけではなかった。
「それに、これはお前らにとってもいい機会だぞ?何しろ、一国の存亡を揺るがす大事件に実際に立ち会うことができるんだからな」
(((無茶苦茶だ…)))
生徒たちは呆れたように言葉を失った。正にレクトが口にしたような一国の存亡を揺るがす事態でさえ、彼にとっては“いい経験”でしかないらしい。やはり一度世界を救っている英雄は常人とは根本から考え方が違っているのだろうか。
ところがここで、何かに気付いたベロニカが別の問題点について触れる。
「でもセンセイ、アタシたちがこの国に滞在するのは明後日までだろ?その後にサクラが狙われたらどうするんだ?」
その後、つまりレクトたちが帰国した後のことだ。
ベロニカにしては随分と的を射た指摘だったので、他のメンバーはしばし呆気にとられていた。とはいえ話題が話題なので、レクトの方も茶化すことなく真面目に答える。
「その点に関してなんだが、俺の予想では火神カグツチの復活は祭の期間中じゃなければ駄目な理由が何かあると思うんだ」
「えっ、どうしてですか?」
これまた意外なレクトの予想に、アイリスが理由を尋ねた。
「考えてみろって。祭の期間中は街の警備が強化されるのは当たり前だろ?ただ姫巫女を殺せばいいだけなんだったら、日をずらして祭の期間から外れたもっと警備の手薄な時期を狙うはずだ。それをわざわざ警備の強化されるこの時期に行ったってことは、何か相応の理由がある筈だろうが」
「あっ、確かに…!」
思いがけないことが盲点であったことに気付き、思わずアイリスは声を上げる。これには他のメンバーも納得といった様子であった。
そして更に、ある事に気付いたルーチェが1つの可能性を挙げる。
「不死鳥祭りだから、もしかして火神カグツチと戦ったという不死鳥に何か関係があるんでしょうか?」
「あっ、さっきサクラちゃんが話してた伝説!」
話が繋がったのか、ニナが大声を上げた。無論、他のメンバーもなるほどといったような表情を浮かべている。
だが、納得したような様子の生徒たちとは対照的にレクトは腕を組んで何かを考えているようだ。
「さあな。そこまではわからん。ただ1つ言えるのは、復活が本当に祭の期間中でなければ駄目なんだとしたら、敵側も血眼になってサクラを狙ってくるのは間違いないだろうってことだ」
レクトのその言葉に、メンバーたちの間に緊張が走った。確かに火神の復活が祭りの期間中でなければ駄目なのならば、それこそ期限が迫る程に敵の攻撃が激しくなるのは想像に難くない。
そんなレクトの見解に、エレナが疑問を投げかける。
「もし、火神カグツチの復活が不死鳥祭りと関係なかった場合は?」
「その時はその時だ。どの道、俺たちもこの国に長居はできねえ。後は何か別の方法を将軍に考えてもらうしかねえだろ」
レクトはきっぱりと答えた。一見無責任なようにも思えるが、確かに自分たちはいつまでもこの国に留まっていることはできない。レクトの言うように、その場合は割り切るしかないのだろう。
「でも、どうします?先生の考えが確かだとすると、これからはより一層警戒しなければならないのでは?」
アイリスが不安そうな様子で聞くが、対するレクトは確信を持った様子で断言した。
「いや、向こうも無闇に仕掛けては来ないだろう。祭りが終わる直前ならともかく、しばらくの間はそれなりに入念な準備が必要な筈だ。何しろ一緒にいるのが他でもない俺だからな」
「それ自分で言います?」
「いいじゃねえか。事実なんだからよ」
ルーチェの指摘を軽く受け流しながら、レクトはテーブルの上に広げていた紙を乱雑に折り畳んだ。そしてそれを手のひら大にまで小さく折ると、今度は簡単な火の魔法でそれを一気に燃やした。
おそらくは証拠隠滅とでもいったところなのだろうが、それを見たアイリスが少し大きな声で注意する。
「先生、危ないから店内で火を点けないでくださいよ!」
「あぁ、悪かったって」
反省の色がまるで見えない謝罪の弁を述べながら、レクトは紙の燃えかすを近くにあったゴミ箱へと放り投げた。
「とりあえず修学旅行は続行だ。異論はないな?」
全員の顔を見渡しながら、レクトが言う。無論、反論するメンバーなど誰もいなかったが、それについてはリリアが少し呆れた様子で言及した。
「どうせ言っても聞かないんでしょ」
「よくわかってんな」
リリアの皮肉など意にも介さず、レクトはニッと笑う。
兎にも角にもこれからの方針が決まったというところで、それまで黙っていたサクラが急に申し訳なさそうな表情になって頭を下げた。
「本当に申し訳ありません。レクト様、皆さん。こんな事に巻き込んでしまって…」
やはりサクラとしては、無関係なレクトたちを巻き込んでしまったことに負い目を感じているらしい。しかしそこは四英雄レクト、言う事が一般人とは一味もふた味も違っていた。
「気にすんな。それに神とやり合ったことなら何度かあるし、今回も多分なんとかなるだろ」
「神様を相手にする事ってそんな頻繁にあるものなんですか!?」
常識外れのぶっ飛んだレクトの発言に、思わずアイリスが驚愕の声を上げる。かつてレクトが勇者ルークスたちと共に壮絶な冒険をしてきたことは周知の事実ではあるが、それでも凄いものは凄いのだから驚くのも無理はない。
ところがここで、ルーチェからは別のベクトルでの指摘が入った。
「というより先生、今回はそもそも復活させちゃ駄目なんですってば」
「細かいことはいいんだよ」
相変わらずどこかいい加減なレクトではあるが、もう慣れっこなのかそれに関しては誰も何も言わない。
ひとまず話が済んだところで、おもむろにレクトが立ち上がった。
「よし、それじゃあ話は終わりだ。店を出るぞ。フィーネ、代金はもう払ってあるのか?」
「あ、いえ。まだです」
急に会計のことについて聞かれたので、フィーネは少しだけ慌てながらも答える。
「それじゃあ支払いは任せた。さっき渡した金は持ってるよな?」
「はい、わかりました」
レクトに言われるがまま、フィーネは店の奥にいる女将を呼びに向かう。会計自体は1人でも充分なので、ひとまずレクトは残りの生徒たちを連れて店を出ることにした。
時刻が時刻であるからか、店を出ると空は夕焼け色に染まっていた。レクトたちがそのまま店の前で待つこと約1分、会計を済ませたのであろうフィーネが、釣り銭を手に店から出てくる。
「お待たせしました。先生、お釣りです」
「はいよ」
レクトは軽く返事をしながら、フィーネから硬貨を受け取った。それをコートのポケットにしまうと、レクトはメンバー全員の顔を見渡した。
「さて、もう夕方だからな。一旦、中心街の辺りまで戻るぞ」
「「はい」」「はーい」
あと数十分もすれば暗くなるのも容易に想像がつくからか、皆素直に返事をした。そうして中心街の方へと戻ろうとした時、ふとエレナがある事に気付いた。
「そういえば先生、さっきのニンジャはどうしたんですか?」
確かにエレナの言う通り、レクトが尋問していた筈の例の女忍者がいない。無論、レクトが相手を取り逃がすようなヘマをする男ではないのはわかってはいるが、いくら用が済んだからといって用心深いレクトが敵の刺客を素直に解放してやったとも思えないのも事実だ。
「あぁ、あの女か。もう用は無いんで、動けないようきつく縛って目立つところに吊るしてきた。警備中のサムライがそのうち見つけるだろ」
割と普通な答えがレクトから返ってきたので、それを聞いたメンバーはなるほどといった表情を浮かべている。しかしそこは外道なレクト、当然のように続きがあった。
「ただ、それまでは恥晒しもいいところだろうけどなぁ。あれこそまさに生き地獄ってヤツだよな。かなり強情な女だったから、久々に楽しかったぜ」
レクトが笑いを堪えているのは、誰がどう見ても明白であった。とにかくレクトが極めて悪い顔を浮かべていたので、唖然としながらもエレナはそれ以上は聞かないことにした。




