影で蠢く者たち
ヤマトの国のとある森の奥深くで、黒装束を身にまとった1人の男が大きな木の根に腰を下ろそうとしていた。
男は座ると同時に懐から煙草を1本取り出すと、指をパチンと鳴らす。すると、男の人差し指の先に小さな火が灯った。どうやら簡単な火の術のようだ。
「まったく。あんな作業、何時間もぶっ続けでやってらんねえよ。第一、あんなもん忍者の仕事じゃねえっての」
ぶつくさと愚痴をこぼしながら、忍者の男は煙草に火を点けた。そうして今度は人差し指の火を消し、火の点いた煙草を口元へと持っていく。
ところが煙草の煙を少しふかしたところで、男の背後から今度は別の影が現れた。
「こんな所でサボリか。いいご身分だな」
背後から現れたのは、男と同じ装束を着た別の忍者らしき長身の男であった。おそらくは煙草をふかしていた男の仲間であろう。
煙草の男は気怠そうな表情で長身の男を見上げると、謝罪の弁を述べるどころか薄ら笑いを浮かべながら悪態をつく。
「んだよ、悪いか?あんな作業やりたくもねえのはお前だって同じだろうが」
「そうだな。それに関しては同意見だ」
長身の男はそう答えると、無表情のまま腕を組んで黙り込む。それを横目に煙草の男は再び一服すると、煙を吐きながら愚痴を続ける。
「大体、何で俺たちがこんな作業やらなきゃならないんだ?シラヌイ様が公衆の面前で姫巫女を殺せばそれで終わりなんじゃなかったのか?」
煙草の男は不満そうな表情のまま頬杖をついた。それを聞いた長身の男はやれやれといった様子で組んでいた腕をほどき、額に手を当てながら説明する。
「だからそれについては既に説明されただろう。総隊長が暗殺に失敗したので、今は代わりにオボロ隊が出ている。残りの隊は…」
「残りの隊は別の作戦の準備に取りかかっている、ってか?」
長身の男の言葉を遮るように、煙草の男の口調がやや荒っぽい口調で口を挟んだ。
「具体的にどんな作戦かも聞かされてねえのに、なんで忍者の俺たちがあんなデカブツの準備をさせられなきゃならないんだよ。俺たちは大工じゃねえんだぞ?」
「それは確かにそうなのだが…」
かなり荒んではいるが煙草の男の言っている事にも一理あるのか、長身の男は言葉に詰まってしまう。
だがそんな煙草の男の質問に答えたのは、彼らの視線の先とは全く別の方角から現れた第三者であった。
「それに関しては全て拙者の不手際が原因だ」
「し、シラヌイ様!?」「総隊長!」
音もなく突如現れたシラヌイの姿を見て、長身の男と煙草の男がほぼ同時に驚愕の声を上げる。あまりに驚いたのか、煙草の男は思わず手に持っていた吸いかけの煙草を地面に取り落としてしまった。
「もっ、申し訳ございません!すぐに作業に戻ります!」
長身の男がシラヌイに対して大きな声で謝罪の弁を述べる。一方、煙草の男は作業をサボって一服していたのが上司であるシラヌイにバレたからであろうか、何か恐ろしいものを見るような目をしていた。
だがそんな2人の予想とは裏腹にシラヌイは怒鳴りつける様子もなく、至って落ち着いた様子で話を続ける。
「想定外の事態が起こったとはいえ、お前たちには苦労をかける。だがこれは教団にとって必要なことなのだ」
シラヌイの言葉に、2人は黙って頷く。
「これが終われば、教団の悲願は達成される。あと少し、少しだけ我慢して協力してくれないか」
「「りっ、了解しました!」」
2人は姿勢を正しながら、やや大きな声でシラヌイに返事をした。そうして煙草の男が自身の取り落とした煙草の火を踏んで消したと同時に、2人は森の奥へと走りながら姿を消していく。
ところが、それを見届けたシラヌイが小さく息を吐くと、今度は背後から別の人物のものと思われる声が聞こえてきた。
「おーおー。まったく、部下を持つ総隊長殿は苦労するねえ」
「グレンか。一体何の用だ」
グレンは頭の後ろで手を組みながら軽い口調でシラヌイに話しかけたが、対するシラヌイの反応は冷淡であった。だがシラヌイのその反応自体は珍しいものではないのか、グレンはやれやれといった様子で近くにあった大木に寄りかかる。
「悪いか?単純にヒマなんだよ。ソウゲンのダンナは時が来るまで待てって言う上に、目立つことはするなと来た。それなら俺は何をすればいいってんだよ?」
愚痴をこぼしながらグレンは腰に携えた2本の刀のうちの1本を抜き、銀色の刀身を頭上に掲げた。どちらかというと刀よりも太刀と呼ぶべき長さの得物であり、比較的小柄なグレンにしては少し大き過ぎる武器であるようにも見える。
昼間の一件で侍の返り血を大量に浴びている筈なのだが、手入れ自体はきちんと行っているのか刀身には血どころかホコリすら付いていない。
「暇なら我々の作業を手伝ったらどうだ。力仕事ならいくらでもあるぞ」
「悪いな。ああいった地味な作業は不向きなんだよ」
グレンはシラヌイの誘いを一蹴しながら、掲げていた刀を腰へと戻す。もっともグレンのその返答が予想通りのものであったからか、シラヌイは呆れた様子のまま腕を組んだ。
「お前の場合、単に面倒なだけであろう」
「ま、それもあるな」
嫌味がかったシラヌイの指摘を、グレンは悪びれもせずにあっさりと肯定する。
だがここで、何を思ったのか唐突にグレンが話を変えた。
「というかよぉ。こんな森の奥で地味な作業の指揮なんてとらねえで、お前が姫巫女を殺しに行けばいいじゃねえか。なんでわざわざ腕の劣る部下に行かせたんだって話だよ?」
どうやらグレンとしてはただでさえ自分が行けばよかったと思っていた姫巫女の暗殺を、教団の中でも下位に位置する人間が行っているのが腑に落ちないらしい。急に話が真面目な内容になったからか、それまでは少し冷ややかであったシラヌイの口調も一変する。
「拙者が姫巫女の暗殺をしくじったせいで、本格的にアレを使う必要が出てきたからな。だが、アレの整備や動かし方には専門知識が必要不可欠だ。生憎、教団の中でその専門知識を持ち合わせているのは拙者だけなのでな」
「ハン、文武両道の忍者サマは凄いねえ」
皮肉交じりにグレンが言うが、それに対してはシラヌイは一切反応を見せない。しかしこれも彼らにとっては日常的なことであるのか、グレンは気にせず質問を続けた。
「ただよぉ。そのお前の部下がヘマをやらかして、敵さんに取っ捕まったらどうするつもりだ?こっちの情報ダダ漏れになるんじゃねえの?」
「ほう。お前にしては真っ当な意見だな」
「お褒めの言葉、ありがとよ」
グレンの質問に対し今度はシラヌイの方が皮肉じみた言葉を返すが、グレン自身も慣れた様子で受け流す。無論、シラヌイもただ皮肉を言うだけではなくグレンの質問に対してはちゃんとした答えを返した。
「だが、その心配はいらぬ。元来、忍とは潜入や暗殺を生業とする者たちだ。万一敵に捕まった際も拷問に耐え抜くよう日頃から訓練を施している」
「へえ、拷問の訓練ねえ。さぞ辛かろうに」
グレンがまた嫌味ったらしく横槍を入れるが、相変わらずといった様子でシラヌイは無視して話を続けた。
「そもそも、末端の者には最低限の情報しか与えていない。仮に捕まったところで奴らにとっては有用な情報は得られないだろう。それに部下が捕まりそうになった場合、部隊長のオボロには捕縛される前に口を封じて始末しておくように命じてある」
「へえ」
そんな事など想定済みだ、とでも言わんばかりのシラヌイを見て、グレンは少しだけ感心したような表情になる。
「全く、暗殺者ってのは使い捨ての駒みてえだよな」
「それが忍というものだ。戦闘狂のお前には理解できんよ」
皮肉を皮肉で返され、グレンは小さく舌打ちをする。とはいえ自身が戦闘狂であるという自覚はあるのか、否定自体はしなかった。
だがそれでもなお気になるのか、グレンは質問を続ける。
「なら、その隊長のオボロ嬢が捕まった場合はどうするんだ?」
「それも無用な心配だ。奴は拙者の部下の中でも特に信頼できる人間、多少の拷問を受けたところで情報を吐くような愚か者ではない」
「ああ、そうかい」
シラヌイが一切の動揺を見せずに淡々と答えるので、しらけてしまった様子のグレンは欠伸をしながら腕を伸ばした。
「話はこれで終わりか?他に用件が無ければ拙者も作業現場に戻るぞ」
そう言ってシラヌイは立ち去ろうとするが、ここでグレンが唐突に何かを思い出したようにシラヌイを引き止めた。
「あぁそうだ。1つだけ聞かせて…というか説明してくれ」
「何だ」
グレンに背を向けていたシラヌイは、やれやれといった様子で彼の方に向き直る。別に無視してそのまま立ち去っても良かったのだが、呼び止めたグレンが何か改まったような様子だったので少し気になったようだ。
そしてそんなグレンから、思いもよらない質問が投げかけられる。
「結局、姫巫女を殺す必要性がまだイマイチよくわかんねえんだけど。そこんとこ簡単に説明してくんね?」
「説明なら既にソウゲン殿から受けただろう」
今更かといった様子で、シラヌイは肩をすくめた。しかしグレン自身も決してふざけているというわけではなく、素でわかっていないようだった。
「例の古の神の伝承が云々って話だろ?ダンナの説明はどうも老人くさいというか、演説じみててわかりにくいんだよ。第一、俺はこの国の人間じゃねえんだぜ?古の伝承なんざクドクド語られたってわかりゃしねえっての」
「ふむ…そうか」
先程とは打って変わって、シラヌイは何かを納得したように軽く頷く。どうやらグレンの言った、以前受けた説明がわかりにくかったという点に心当たりがあるようだ。
「いくら人気のない森の中とはいえ、ここでは誰が聞いているかわからないからな。簡潔に説明することしかできぬが」
「それでいいよ。むしろ、ソウゲンのダンナみてえに長々と話されても頭に入ってこねえ」
一応は真剣に聞く気になったのか、グレンはそれまで寄りかかっていた大木の近くにあった手頃な岩に腰を下ろし、あぐらをかいた。それを皮切りに、シラヌイは説明を始める。
「まず大前提として、姫巫女は単なる巫女ではない。このヤマトの守り神である不死鳥に祈りを捧げるという役目を担っているのだ。そして、その姫巫女の起源ははるか昔に遡る。太古の昔にこの地では今の我らと同じような教団が存在しており、国の支配を目論んである神を降臨させた。それが火神カグツチだ」
「俺らが崇拝している神サマね」
グレンの言葉通り、火神カグツチは彼ら焔神教団が崇めている神だ。だが彼の言葉には少し語弊があったようで、シラヌイが冷静にそれを指摘する。
「お前は崇拝などしていないだろう。単にソウゲン殿の目的に賛同しているだけだ」
「どっちでもいいよ。続けてくれ」
嫌味を含んだシラヌイの指摘など意にも介さず、グレンは頬杖をつく。シラヌイもこれ以上何を言っても無駄だと思ったのか、説明を続けることにした。
「火神カグツチの力を得た教団は、その力をもって瞬く間に周辺の国々を支配下に置いていった。力と恐怖で人々を押さえつけ、従わぬ者は容赦なく命を奪ったとされている。そして支配は島の7割ほどに及び、気付けばあと少しのところで統一まで迫っていたという」
「神の名はダテじゃねえってことか」
グレンは冷やかすようにピュウ、と口笛を鳴らす。しかしシラヌイは例によって気にも留めない。
「ところがここで、教団に立ち向かう者たちが現れた。そしてその中の1人の巫女が祈りを捧げることによって降臨した守り神、不死鳥によって状況は一変することとなる。巫女は不死鳥と共にカグツチに戦いを挑み、壮絶な戦いは三日三晩続いたとされている」
シラヌイから古の伝承について聞いていたグレンは、ここで何かを思い出したような様子で頭を軽く掻いた。
「あー、そういや確かソウゲンのダンナもそんな事言ってたなぁ。そんで、その巫女が自分の命と引き換えに封印がどうだとか」
「そうだ。そして不死鳥との戦いで力の大半を失った火神カグツチは、最終的に不死鳥を降臨させた巫女が己の身を犠牲にすることによって封印されたのだ」
何となく話の流れがわかってきたのか、シラヌイの説明を聞きながらグレンは腕を組んでウンウンと頷いている。
「だが、火神カグツチは封印されただけで滅んではいない。眠りにつきながらも、何万年という長い時間をかけて徐々に力を蓄えていたのだ。そしてソウゲン殿の話では、完全に力を取り戻した今が正に復活の好機なのだそうだ」
「ふーん。で、今の姫巫女との関係は?」
「先程話したように封印を施した巫女は命を落としたが、その力は代々その巫女の家系の人間に受け継がれているといわれている。無論、家系の人間全員がそうなるわけではなく、一部の者にのみその特殊な力が発現する。それが姫巫女だ」
シラヌイのその話を聞いて、グレンは何かピンと来たような反応を見せる。
「なるほどな。ということは先代の姫巫女の施した封印なら、同じ姫巫女を殺せば我らが神サマが復活するってことか」
ようやく話が繋がったようで、グレンが納得したような表情を浮かべながらシラヌイに確認するように尋ねた。そしてそれを聞いたシラヌイも同意するように頷く。
「そう解釈してもらって構わん。厳密に言えば復活には我らが神を封印した不死鳥に纏わる者の血…つまり姫巫女の血を捧げる必要があるのだ。もっとも姫巫女を亡き者にするのは他にも目的があるのだが、話が少し長くなる上にお前の仕事には関係ないので割愛するぞ」
「あぁ、わかった。んで?結局神サマが復活するとどうなるんだ?」
他の目的についてはあまり興味が無いのか、グレンは特に気にした様子もなく更に質問を続けた。
「ソウゲン殿の話によれば、復活した火神カグツチが我らに絶大な力を授けてくれるそうだ。それこそ、このヤマトどころか世界をひっくり返すことができるレベルのな」
「なるほどね、そいつは面白そうだわ」
そう言ってグレンは座っていた木の根から腰を上げ、脚をパンパンと軽く叩いて土埃をはらう。本当に端的な話だけで済んでしまったので、念の為にシラヌイは確認するようにグレンを見た。
「他に聞きたいことはあるか?」
「いや、もういいよ。充分わかった。サンキュー」
グレンはシラヌイに向かって軽く礼を言うと、つい先程シラヌイの部下が向かった森の奥とは反対方向の、森の出口へと向かって歩き出した。
「おい、何処へ行く?」
日頃から身勝手なグレンが何をするか少し不安になったのか、シラヌイが低い声で尋ねる。しかし、グレンから返ってきた答えはシラヌイの予想に反してひどく前向きなものであった。
「温泉にでも行って英気を養ってくる。なんせ相手は四英雄レクトだからな。どうせ喧嘩するなら、万全の状態でぶつかり合いてえじゃねえか」
グレンはそう言い残すと、高笑いをしながら森の出口の方へと向かっていった。やがてその後ろ姿が見えなくなるや、シラヌイは先程とは打って変わって少し嬉しそうな様子で顎に手を当てる。
「まったく、頼もしい奴だ」
そう呟くと、シラヌイはグレンが向かった方向とは逆の、森の奥深くへと歩を進めていった。




