敵は一体何者?
それから30分程が経過した頃。S組メンバーとサクラはレクトの言いつけ通りに茶屋で休憩を取っているところであった。
「何かしらこのお菓子。甘いんだけど塩気もあるわ」
「本当。初めて食べる味ですね」
フィーネとアイリスは、串に刺さった茶菓子を食べている。2人がそれを不思議そうに頬張るのを見て、店員の代わりに自身もヤマトの人間であるサクラが解説した。
「それはみたらし団子というお菓子です。醤油という調味料を使って、甘辛い味付けに仕上げてあるんですよ」
「へえ…」
アイリスが興味深そうな声を上げる。一方その横では、器に注がれた鮮やかな緑色の飲み物に口を付けたリリアとルーチェが驚きの声を発していた。
「何このお茶!?すごく苦いわ!というか色も緑色だし!」
「コーヒーとはまた違う苦さね」
普段から嗜んでいる紅茶と全く違っていたからか、ヤマトの茶はリリアにとっては随分とカルチャーショックであったようだ。こちらも店員が説明するよりも早く、サクラが先に解説する。
「それは紅茶ではなく、抹茶という飲み物です。でも、加工の方法が違うだけで紅茶と同じ茶葉を使っているんですよ?」
「えぇっ!?これと紅茶が同じ茶葉なの!?」
自分たちが普段口にしている紅茶と原料は同じであるという事実に、リリアは驚きを隠せないようだ。それが面白かったのだろうか、サクラはクスクス笑っている。
そうやって各々がヤマトの茶の文化を楽しんでいると、ようやく拷問…もとい尋問を終えたと思われるレクトが戻ってきた。
「おう、待たせたな」
レクトは普段と変わらぬ様子で、ポケットに手を突っ込んだまま茶屋ののれんをくぐる。が、つい先程まで尋問を行っていたとは思えないほどレクトがいつも通りの様子だったので、エレナとアイリスは呆気にとられたようなような顔になっていた。
「先生、どうでしたか?」
開口一番、フィーナが重要なことを問う。無論、それについて気になっているのは他の皆も同じだ。
レクトは背中の大剣を店の壁に立てかけるや否や、空いている席に腰掛けた。
「バッチリだ。敵の組織名から規模、上司の名前まで、知ってる情報は洗いざらい吐かせたぞ」
「そ、そうですか…」
フィーネはやや複雑そうな苦笑いを浮かべながら返事をした。普通ならここまでの情報を引き出せたという事自体が賞賛に値する筈なのだが、ドSのレクトがどんな方法を使ってあの女忍者に情報を吐かせたのかを想像すると何とも言えない心境になってくるからだ。
だがそこへ空気など一切読まずに、ニナが団子の串を手に持ちながらレクトの方へと寄ってきた。
「ねー、せんせー。一体どうやっ…むぐっ!?」
「お馬鹿!余計なこと聞くんじゃないの!」
公の場でそんな事を聞くのは流石にマズいと判断したのか、咄嗟にリリアがニナの口をふさいだ。その光景を見ていたサクラが頭に疑問符を浮かべていたので、フィーネはやや焦りながらもすぐに話題を変える。
「それで先生!敵組織のことって言ってましたけど、具体的にはどんな事がわかったんですか?」
「あぁ、そうだ。お前らにも説明しないとな。」
そう言ってレクトはおもむろに立ち上がると、店の奥にいた女将に声をかけた。
「女将さん、ちょっとテーブル2つほど占領させてもらうぜ」
「ええ、どうぞ」
店内に客がほとんど残っていなかったからか、女将はレクトの要求に対して文句1つ言わずににこやかに答える。というのもこの茶屋は閉店時間が午後の5時であり、現在の時刻は既に午後の4時半になっていたので閉店間際の店に来る客は決して多くはないというわけだ。
レクトは女将の返事を聞くや否や、そそくさと隣り合っている2つのテーブルを移動させて1つの大きなテーブルにする。そうすると、今度は懐から羽根ペンと手頃な大きさの紙を取り出した。
「よし、全員集まれ」
レクトの指示によってそれまで茶菓子を堪能していたメンバーは全員、彼が繋げたテーブルへと集まる。レクトはそれを確認すると、紙を広げて何かを書き始めた。
「まず例の女ニンジャが所属しているサクラを狙う一派だが、名前を『焔神教団』というらしい」
レクトの口からいきなり敵の組織の名前が飛び出したが、その名前を聞いて唯一眉を少しだけ動かしたサクラを除いた生徒たちの反応はかなり薄かった。
「ほむらがみきょうだん?」
「何それ?宗教団体?」
聴き慣れない組織の名前に、ニナやリリアをはじめとしたは数名のメンバーは頭に疑問符を浮かべている。
「まあ、わたしたちこの国の人間じゃないですからね」
アイリスが言う通り、この国の人間ではない彼女たちは教団の名前を聞いたところでどんな組織であるか知る筈もないので、皆の反応はある意味当然といえる。何より、名前を口にしたレクト本人すらピンときていないのだ。
「サクラ、知ってるか?」
レクトはこの中でも、唯一教団について知っている可能性のあるサクラに尋ねた。やはりその名前に聞き覚えがあったのかサクラは軽く頷くと、簡潔に説明を始める。
「はい、炎の神カグツチを崇拝している宗教団体です。ただ、宗教団体といってもあまり公の場には姿を見せず、人目に触れないところで細々と活動を行っていると聞いておりました」
「カグツチ?それってどんな神様なんだ?」
宗教団体が神を崇めるのは別に不思議なことではないが、これまた聞きなれない神の名前にベロニカが質問を投げかけた。が、サクラが答える前にレクトが一旦話を切る。
「ベロニカ。その神が一体何なのか気になるのもわかるが、とりあえず今は敵の教団の説明をさせてくれ」
「うー、わかったよ」
レクトの言う事ももっともであったためか、ベロニカはおとなしく引き下がった。レクトは再び紙に視線を移すと、記した教団の名前からペンで矢印を引っ張る。
「で、この団体に属している信徒は大半が一般人なんだが、中にはさっきのオボロみたいなニンジャで構成された戦闘部隊が存在してるんだとよ」
説明をしながら、レクトは紙に絵や文字を書き足していく。それが走り書きに近い形であったにも関わらず意外に達筆かつ絵もそれなりに上手かったので、普段からレクトが書く黒板を見慣れている生徒たちはともかく初めて見るサクラは大いに驚いているようだった。
ここまでの組織の概要を聞いて、フィーネはふと思ったことをレクトに尋ねる。
「先生。戦闘部隊が存在していることは当然、一般の信徒たちは知らされていないんですよね?」
「そうだ。戦闘部隊の存在を知っているのは教団でも上層部の人間だけらしい」
フィーネの質問に答えながら、レクトは更に矢印と文字を書き足していく。そうしてある程度の組織図が出来上がったところで、レクトは教団の核心に迫る部分について触れた。
「そして教団の長…いわゆる教祖だが、名前をソウゲンというらしい。今回の暗殺事件もそいつの差し金だそうだ」
「トップの名前までわかったんですか?」
レクトが敵組織の首領の名前まで情報として得ていたことに、エレナは思わず驚嘆の声を上げた。それに驚いたのは他の数名も同様のようだったが、1人だけ冷静な様子のルーチェは間髪入れずに指摘する。
「教団の教祖なんでしょ?だったら名前ぐらい一般の信徒たちに知られていてもおかしくはないんじゃないかしら」
「あ…それもそうね」
よく考えれば当たり前のことを指摘され、エレナは少し恥ずかしそうにうつむいてしまう。そんな2人をさて置いてレクトは紙に書いた組織図の一番上に人の絵とソウゲンという名前を書き足すと、その名前を人差し指でトントンと叩きながらサクラに尋ねた。
「サクラ、このソウゲンって奴のこと何か知ってるか?」
「名前だけは。ただ、具体的にどういった人物であるかまでは存じ上げません」
サクラは申し訳なさそうな表情になるが、一方でレクトは特に気にする様子もなくまるで予想通りだと言わんばかりの反応を示している。
「んー、やっぱりか」
「やっぱり?先生、どういうことですか?」
こめかみに指をあてながら1人納得したような様子のレクトを見て、フィーネが問いかけた。
「このソウゲンとかいう教祖なんだが、信徒たちの間でも謎だらけの存在らしい。偶に集会なんかに現れるらしいが、普段から顔を隠している上に面会が許されているのは教団内に2人しか存在しない最高幹部と信徒のまとめ役の最高司祭の計3名だけだって話だ」
口で説明をしながらレクトはつい先程紙に書いたソウゲンの名前の横に「?」マークを書き、更に矢印を3本引いてそれぞれの先に人の絵を追加する。
だがここで、肝心の教団のトップについてはわからないことだらけだと聞いてリリアが不満そうな顔つきになった。
「ということは何?結局のところ敵の上層部については全然わかってないってこと?」
「ちょっと、リリアってば」
率直なリリアの意見に対してエレナが注意をするが、当のレクト本人は気にするどころか全く意に介していないようである。だがそれもそのはず、レクトが得てきた情報にはまだ重要なものが残されていたのだ。
「そう残念がるな。確かに指導者の情報はほとんど得られなかったが、代わりにさっき言った最高幹部の1人については詳細な情報が手に入ったぞ」
「本当ですか!?」
「さすがセンセイ!」
期待できそうな朗報を聞いて、思わずフィーネとベロニカの声が大きくなる。人格はともかくとして、やはりレクトが何事においても結果を出す男であるというのを改めて実感したようだ。
「あぁ。さっきの女…オボロをはじめとしたニンジャ部隊を統率している男が、例の最高幹部の1人らしい」
そう言ってレクトは、先程図に描き足した3つの人の絵のうちの1つに印を付けた。
「名前はシラヌイ。さっき説明した教団内の戦闘部隊のリーダーで、自身も相当な腕を持ったニンジャだっていう話だ」
レクトは淡々と説明を続けるが、敵に強者がいると聞いて戦闘狂の気があるニナが身を乗り出した。
「相当な腕!?それってどれくらい!?」
「相当は相当だ。といっても、俺よりは遥かに劣るが」
自信満々だがどこか適当なレクトの回答に、ニナはやや不満そうな表情を浮かべている。他のメンバーも若干呆れてはいるものの、レクトの方が強いこと自体は想像に難くないので何とも言えない。
そんな彼女たちの心情を知ってか知らずか、レクトはそのまま説明を続ける。
「実際、今回の作戦も本当はそのシラヌイっていう最高幹部がパレードの最中に姫巫女を暗殺する手筈だったらしい。けどその予定が狂っちまったんで、こうして暗殺部隊を展開して策を練っているんだと」
レクトが口にした“予定が狂った”というのは、昼間の暗殺者をレクトが退けたことであるということはその場にいた全員に察しがついた。詰まるところ、本命であった作戦が失敗したので今は別の方法を模索しているということなのだろう。
だがその話を聞いて、アイリスがある重大な事実に気付く。
「ということは、街で先生と交戦したあの暗殺者が最高幹部だったってことですか!?」
アイリスの質問を耳にして、どうやら他のメンバーも話が繋がったようだ。レクトは一旦ペンを置くと、頭の後ろで手を組みながら答える。
「そうなるな」
「「えぇぇーっ!?」」
レクトは至って落ち着いた様子であったが、衝撃的な事実に生徒たちは驚きの声を上げた。




