英雄の転職 ④
翌日。大臣から受け取った地図を頼りに、レクトは依頼を受けた学校のある場所を目指して王都を歩いていた。ただし服装はいつもの茶色のロングコート、背中には大剣を背負っている。
本来であれば今日これから行われるのは就職の面接のようなものなのだが、特別正装というわけでもなくレクトの出で立ちはいつも通りであった。そもそもレクトの立場からしてみれば、別に何かをお願いしにいくのではない。むしろ向こうからの依頼を受ける立場なのだ。
「よし、とりあえず大聖堂に着いたな」
そう呟いたレクトの目の前には、巨大な古い建造物がそびえ立っていた。
フォルティス王都の中央区には、立派な大聖堂がある。休日には多くの人が訪れ、祈りを捧げる場となっていた。もっとも、王都に住んでいた頃からレクトにとってはあまり縁のない場所であったのだが。
「地図を見る限りは…ここから北西に少し歩いたところみたいだな」
地図を見ながら、レクトは現在地と学校の所在地を再確認する。だがここで、レクトは今更ながら重要なことに気づいた。
「そういや、肝心の学校の名前を聞いてねえじゃねえか」
国王からは学校の大まかな概要は聞いてはいたが、一番大事な学校の名前を聞くのを忘れていたのだ。とはいえ、この点に関しては言わなかった国王にも責任があるのは勿論だが、それを確認しなかったレクト自身にも非がないというわけではない。
「ま、いいか。近くまで行けばわかるだろ」
そこまで大きな問題ではなさそうだったので、レクトはあまり深く考えずに学校を探すことにした。昨日の大臣との会話のように学校自体が大きいので近くまで行けばすぐにわかるだろうし、それだけ大きい学校なら通行人や近くの店の店員にでも聞けば済むはずだ。
などとレクトが考えていたら、ちょうど大聖堂のすぐ横の道を修道女らしき女性が箒で掃いているのが目に入った。これ幸いといった様子で、レクトは彼女に話しかける。
「シスター、1つ聞きたいんだが」
「はい、なんでしょう?」
声をかけられ、修道女は掃除をしていた手を一旦止めた。レクトは大聖堂の先にある広い道を指差しながら尋ねる。
「この道をまっすぐ行けば学校があるか?」
「ええ、ありますよ。徒歩で3分ほどですかね」
「そうか、サンキュー」
修道女の返答を聞く限り、どうやら大臣の地図は正しいようだ。レクトは彼女に礼を言うと、その道に向かって歩き始めた。
(この辺りって、今はこんな感じになってるのか。しばらく来ないとやっぱ変わるもんなのかな)
もう何年も前のことになるが、最後にこの辺りへ来た時のおぼろげな記憶をたどりながらレクトは周囲を見回す。大聖堂のすぐ近くだからなのかはわからなかったが、近くにある店は花屋や洋裁店が多いようであった。
そうやって大聖堂から目的の学校を目指して数分歩くと、何やら高い塀に囲まれた広大な敷地らしきものが見えてきた。
「どうやら、ここみたいだ。予想はしてたけど、本当に広そうだな」
レクトの身長は180センチちょっとであるが、塀はそれよりも少し高い。そう考えると塀の高さは大体2メートル強といったところだろうか。見渡す限りずっと先まで塀が続いているので、敷地自体も相当な広さであるのはまず間違いない。
塀があるおかげで敷地自体はどうなっているのか確認できないが、少し離れたところには校舎らしきレンガ造りの建物が見えた。
「学校なんだし正門というか、校門があるはずだよな。探してみるか」
地図には学校の所在地は記されていたのだが、具体的にどの辺りに校門があるかまでは載っていない。とはいえ塀をつたって歩いて行けばじきに見つかるだろうと思い、レクトも大して気にはしていないようだった。
歩いているうちに、最初に見えた校舎らしき建物とは別の建物が見えてきた。
「校舎は全部で3つあるのか?しかも1つ1つがかなり大きいみたいだし、ここまで規模のある学校だったとはね」
レクトの言葉の通り、校舎らしき建物だけでもパッと見たところ3つほど確認できる。敷地の広さからいって、おそらく運動場などもかなりのものなのだろう。
名門とは聞いていたものの、ここまで大規模な学校だとは正直なところレクトも予想外であった。
「あれが校門か?警備員とかはいないのか。多分、侵入者感知用の魔法陣とかはどっかに設置してあるんだろうけど」
ぶつくさと呟くレクトの目の前には、立派な門がそびえ立っている。学校の校門にしては少々やりすぎな気もしたが、最近の名門校はみんなこんなもんなのかと深く考えないことにした。
「お、表札みたいなのがある」
そう呟いたレクトの視線の先には、校門に取り付けられていた学校名が彫られた大きなプレートがあった。それも歴史を感じさせるような古いプレートではなく、念入りに掃除されているのだろう、金色の装飾が施された豪華なものだった。
だが、それをよく見たレクトは絶句する。学校名を記しているプレートには、こう書かれていたのだ。
『王立サンクトゥス女学園』
「女学園…じょがくえん…女子校!?聞いてねえぞ!」
誰もいない校門の周囲に、レクトの絶叫が響いた。
かくして、レクトの学校…もとい女子校での教師生活が始まることとなった。