特別授業、開始
行商人に成りすましていた暗殺者は、倒れたままピクリとも動かない。おそらく、背中に刺さった暗器が致命傷になったのだろう。
「ひ、人が殺されたぞ!」
「誰か!誰か助けて!」
「警備の侍は!?どこにいるの!?」
周囲にいた観光客たちは、男が死んだのを目の当たりにして大騒ぎし始めた。ある者は一目散に逃げ出し、またある者は家族を守ろうと一歩前に出る。
「あいつ、確かに同胞って言ったわよね?まさか仲間を!?」
目の前の暗殺者が仲間である筈の男を殺したという事実に、エレナは信じられないといった様子である。それは他のメンバーも同様のようであったが、一方で数々の戦場を見てきたレクトはひどく冷静であった。
「口封じだろう。暗殺の世界ではよくあることだ」
「そんな…!」
当然のように語るレクトであったが、やはり目の前で人が死ぬのには抵抗があるのかエレナは悲痛な声を漏らす。
しかし、問題はまだ解決していない。目の前にはまだサクラを狙っているであろう暗殺者がいるのだ。レクトは暗殺者の風貌を見て、やはりといった様子である単語を口にする。
「薄々思ってたんだが、こいつら多分『ニンジャ』だな」
「ニンジャ?」
聞き慣れない単語に、フィーネが疑問の声を上げる。そんな彼女の疑問に、レクトに代わってまずサクラが答えた。
「忍者とは、主に暗殺や密偵を生業とする者たちです。私も実際にこの目で見たことはほとんどありませんが、飛び道具の使いに長けていると聞いたことがあります」
「要するに、ヤマト版の暗殺者ってことだ」
サクラの説明を、レクトが簡潔にまとめる。とはいえ、今は状況が状況なので説明どころではないのは当然であるのだが。
「オボロっていったか。お前の目的もどうせ姫巫女の暗殺だろ?」
眼前に立っている新たな刺客を見据えながら、レクトは質問を投げかける。だが、その質問に対して返ってきた答えは予想通りといえば予想通りと呼べるものであった。
「答える義理は無い」
「つれねえなあ」
余計な情報を相手に与えない方がよいというのは至極当然なのだがレクトにとっては面白味に欠ける回答であったのか、目を細めながら呆れたような様子である。もっとも、それは暗殺者を目の前にしても全く動じることのない彼の強さの現れでもあるのだろうが。
「つーかお前、女だろ?声でわかるわ。ニンジャっていうのはサムライと違って女でもなれるもんなのな」
オボロが自分の質問に答えてくれなかったからか、レクトはやや皮肉めいた口調で言った。それに侍は男しかなれない職業であるというのは最早一般常識であったため、自然と忍者もそうなのだろうとレクト自身思っていたからだ。
「ふん、貴様も女は弱い生き物だと思っているクチか」
そんなレクトの言い方が気に障ったのか、オボロは冷静でありながらもレクトを軽蔑するような目で見ている。ところがそれを聞いたレクトは、肯定するどころか呆れかえった様子で答えた。
「は?女が弱いとか、一度も思ったことないわ。むしろ、どっかの貧乳女魔術師なんざ弱いどころかパーティ随一のバカ火力持ちだったからな」
皮肉のようにレクトが言っているのは、どう考えてもカリダの事だ。確かにあれだけの力を持った女魔術師と一緒にいれば、女が弱いという発想など微塵も起きないだろう。
しかし、レクトにとっては今はそんな話はどうでもいい。それは相対しているオボロも同じの筈だ。
「けどよ、お前が不利なのはわかるだろ?この状況じゃ暗殺どころか逃げるのも難しいと思うぜ?」
そう言って、レクトは辺りを見回した。周りにいた観光客たちは半数以上が逃げてしまったようだが、それでも腕に覚えのありそうな人間はチラホラいる。
しかも、正面にいる人間は他ならぬ四英雄レクトだ。警備の侍ならともかく、相手が悪過ぎるのは誰がどう見ても明白だ。倒すことはおろか、逃げ切ることさえも難しいだろう。
ところがオボロはそんなレクトの言葉にも臆せず、自身の懐に手を伸ばした。
「余計な心配というものだ。私の目的はこれだけなのだからな!」
言うや否や、オボロは素早く銃を取り出すとレクトの斜め後ろにいたサクラに銃口を向け、躊躇なく引き金を引いた。
「しまった!」
思わずフィーネが声を上げる。あまりにも咄嗟のことであったため、彼女をはじめとしたS組メンバーは即座に動くことができなかったのだ。
ドン!!
周囲には銃の火薬が炸裂する音が響き渡り、その音を聞いたS組メンバーは絶望に駆られながらサクラの方を見る。ところが、そこには予想だにしない光景が待っていた。
「あの…私、何ともないです…」
サクラはやや困惑しながらも、自身の全身を見ている。しかし、言葉の通り彼女の体には銃創どころか何かがかすったような跡すら見られない。誰がどう見ても銃弾が当たった形跡など全く無いのだ。
ここで、ある1つの仮説がS組メンバーたちの脳裏に過ぎる。
「もしかしてあいつ、銃の使い方ヘタクソなんじゃ…」
相手が狙いを外したという、まさかの可能性についてベロニカが言及した。しかし銃を撃った当人であるオボロは想定外といった様子でひどく動揺している。
「バカな!そんな筈はない!今の狙いであれば間違いなく姫巫女に当たった筈だ!」
オボロが取り乱すのも無理はない。何しろ今オボロの立っている位置からサクラの場所まではたかだか数メートルしか離れておらず、その気になれば素人でも銃弾を当てることは可能だからだ。
しかも、オボロは素人などではなくれっきとした暗殺者だ。その暗殺者が近距離で銃の狙いを外すなど、普通に考えればまずあり得ない。そんなうろたえるオボロに種明かしをしたのは、彼女の眼前に立っていたレクトであった。
「お探し物はこれかな?」
そう言ってレクトは、いつの間にか握っていた右の拳を開いてみせる。その人差し指と中指の間には、銃の弾と思わしき黒い金属球が挟まれていた。
「なっ!?き、貴様、どうやって!?」
自身がサクラに向けて撃った筈の銃弾が文字通りレクトの手中にあるのを見て、オボロの動揺は更に大きくなった。そんな彼女とは対照的に、レクトは至極当然と言わんばかりの顔のまま答える。
「どうやってって、普通に飛んできた弾丸を素手で掴んだだけなんだが」
「どんな反応速度と動体視力してんのよ!」
その規格外と言えるレクトの身体能力に、何故か味方であるはずのリリアから突っ込みが入った。S組メンバーにとってレクトの身体能力が桁外れなのは既に周知の事実ではあるが、これに関しては流石に度肝を抜かれてしまったようである。
「というか先生、大丈夫なんですか!?素手で銃弾を掴んだりなんかして!」
やはり心配になったのか、アイリスがいつになく大きな声でレクトに問いかける。するとレクトは少し気難しそうな顔つきになり、やや小さな声でボソッと呟いた。
「正直に言うと、熱かったけど我慢してた」
「当たり前です!」
アイリスに叱られ、レクトはやれやれといった様子で手にしていた銃弾を投げ捨てる。あまりも常識外れなレクトの身体能力を目の当たりにして、オボロは悔しそうに歯ぎしりをしていた。
「さて、暗殺は失敗だな?それとも試しにもう何発か撃ってみるか?多分俺の手のひらに小さな火傷が少し増えるだけだろうが」
挑発めいた口調で、レクトはオボロに向かって言った。しかしオボロの方もこれ以上は無駄だと判断したのか、即座に銃を地面に放り投げる。
「くっ、やむを得ん…!」
予定外ではあったものの一応は別の手段も用意していたのであろう、オボロはすぐさま次の行動に移った。
「土遁・土人形の術!」
オボロは叫びながら、手のひらを地面に叩きつけた。すると地面に閃光が走り、瞬く間にボコボコという音と共に地面が盛り上がる。
「な、何アレ!?」
思わずリリアが叫んだアレとは、土でできたおびただしい数の人形であった。決して巨大というわけではなく1体1体は人間よりも1回りほど大きいサイズではあるものの、得体の知れない存在を眼前にS組メンバーの顔が強張る。
「う、うわあああぁぁぁ!!」
大量の人形の出現に、それまで周りで事の成り行きを見守っていた観光客たちも恐れをなして一目散に逃げ出した。と言うより、数十体もの不気味な人形を目の前にして恐怖も不安も全く抱いていないのはレクトぐらいのものである。
「こいつらは私の妖力で動く土人形だ。そこらの侍よりは遥かに強いぞ?」
オボロは土人形たちの後ろに隠れながら、挑発するように言った。しかしその説明が仇になったのか、レクトは納得した様子でこめかみに指を当てている。
「なるほど。要するに『ゴーレム』と同じ原理か」
「ごうれむ?」
ヤマトでは聞き慣れない単語なのか、ゴーレムという言葉に対してサクラは頭上に疑問符を浮かべている。そんなサクラの疑問に、レクトに代わってルーチェが答えた。
「ゴーレムっていうのは、魔法で動く泥や岩でできた人形のことよ。これだけの数を一度に使役できるってことはあの暗殺者、それなりの術師のようね」
「解説ありがとよ、ルーチェ」
ルーチェに軽く礼を言うと、何故かレクトは剣を構える様子もなく目の前の土人形を観察するように眺め始めた。
「んー、そうだなあ」
まるで何かを品定めするかのように、レクトは土人形をジロジロと見ている。オボロの方もレクトの出方を伺っているのか、土人形をけしかけるタイミングを見計らっているようだ。
ところがレクトは剣を構えるどころか何かを思いついたようにうんと頷くと、とんでもない事を言い出した。
「1人、3体」
「何?」
意味の分からないレクトの発言に、オボロが一体何の事だといった様子で声を漏らす。当然だがレクトの方もオボロに向けて言ったというわけではなく、あくまでも後ろにいる生徒たちに向けてのものである。
「今から10分やるから、1人あたり最低3体は倒せ。もし達成できなかったら後でお仕置きだからな?」
何の気なしに言うレクトとは対照的に、S組メンバーは騒然となる。
「こんな状況下で授業ですか!?」
姫巫女サクラへの襲撃ですら授業の一環として取り入れてしまおうというレクトの発想に対し、思わずフィーネが苦言を漏らす。どうやら他のメンバーも同様の考えのようだが、戦闘狂のニナだけはやる気満々である。
「当たり前だ。これは修学旅行だぜ?お前らのためになる事をしないでどうする」
レクトはレクトで、至極当然だとでも言わんばかりの様子である。こういう場合、レクトには何を言ってもダメだというのは既にメンバー全員が理解していた。
それにレクトは、余程の事がない限りは自分たちに対して無理難題を要求してきたりはしないことは彼女たちにもわかっている。つまり、十分に勝てる見込みがあるからやらせようとしていることに間違いはないのだ。
「仕方ない、やるわよ!」
大きな声で全員に声をかけると同時に、フィーネは腰のレイピアを鞘から抜く。その言葉を皮切りにニナは手慣れた様子で折り畳まれたハルバードを繋ぎ合わせ、まるで威嚇でもするかのように振り回した。
リリア、ベロニカ、アイリスの3名もそれぞれ背や腰に携えた武器を鞘から拔いて構え、エレナは鞭のしなりを確かめるように大きな音を立てて地面を叩きつける。
最後にルーチェが、少々面倒臭そうな様子で杖を構えた。
「サクラの事は気にしなくていいぞ。俺がいるからな。好き放題やってこい」
相変わらず余裕そうなレクトの言葉を受けて、S組メンバーが動いた。




