神社での参拝
城から20分ほど歩いたところで、先頭を歩くレクトが足を止めた。目の前にはさほど高くはない石段が続いており、一番上にはS組メンバーたちにとっては見慣れない真っ赤な門のような柱が立っている。
「さて、着いたぞ。最初の目的地はこの『ジンジャ』だ」
「ジンジャ?」
聞きなれない単語に、ベロニカが首をかしげている。他のメンバーも同様のようだが、そんな中ニナが手を挙げて大きな声を出す。
「ニナ、ポークジンジャーなら大好き!」
「多分だけど、そのジンジャーとは一切関係がないと思うわ」
的外れもいいところなニナの発言に、ルーチェが当然といった様子で冷静にツッコミを入れた。こういったやり取りも最早S組においては日常茶飯事なので、大半のメンバーは真顔のままスルーしている。
「先生、ジンジャって何ですか?」
皆が気になっているであろう事を、エレナが率先して質問した。
「その土地にゆかりのある神や精霊を祀った場所だ」
相変わらずの豊富な知識量を活かして、レクトは端的に答える。修道院出身であるエレナはそれを聞いて興味が湧いたのか、更に質問を続けた。
「へえ。どんな神様なんですか?」
「それは知らねえ」
はっきり知らないと、レクトは即答する。普段のレクトからすればこういう場合には詳しい説明が返ってくるものだと当たり前のように思っていたため、期待を裏切られた生徒たちは盛大にズッコケてしまう。
「知らないの!?」
思わずリリアが大声になる。しかしレクトにとってはその言葉が不服だったのか、腕を組みながら目を細めた。
「何でもかんでも俺が知ってると思うなよ。世の中には俺もまだ知らないような神秘的な事が山程あるんだからな?」
「カッコよく開き直らないでください」
開き直るレクトに対し、間髪入れずにルーチェからの指摘が入る。これ以上の問答は無駄だろうと生徒たちが諦めたその時、それまで黙って話を聞いているだけだったサクラが説明を買って出た。
「この神社は豊穣を司る狐の神様を祀ったものなんです。建てられたのは約400年前だと言われていますね」
やはり巫女という立場上こういった事には詳しいのか、サクラはスラスラと説明を述べる。それを見たS組メンバーは声を揃えて「おぉー」と感心したように唸った。
「豊穣という事は、ここにお祈りに来ている人たちはみんな農家の人たちって事ですか?」
アイリスがサクラに尋ねる。確かに、祀られているのが豊穣を司る神だというのならば祈りを捧げにやって来る人間も農家だと考えるのが妥当だろう。
しかしアイリスの予想は完全に当たりというわけではなかったのか、サクラは少し苦笑いを浮かべながら答える。
「いえ。確かに昔は豊作を願う農家の方々がよくお参りにいらしていたんですが、近年では商売繁盛や安産を祈願する観光客の方々も増えてきていますね」
「それ、もう豊穣関係ないじゃない」
リリアが呆れたように言った。とは言っても、何かを司る神に対して全く関係のない願い事をする人間というのは決して少なくはなく、それは彼女たちの地元フォルティスでも同じなのだが。
「なんだかセンセイ、役目を取られちゃったみたいじゃん」
ベロニカがニヤニヤしながら、レクトのことを軽く小突いた。しかしレクトは全く意に介してはいないようで、感心したようにサクラのことを見ている。
「いや、むしろ説明する手間が省けて助かる。それに、こういう事に関しては俺よりも詳しそうだしな」
「あっ、そう…」
レクトの返答があまり面白くなかったのか、ベロニカは拍子抜けしたような顔になった。そんな2人のことはさて置いて、神社に関するサクラの説明は続く。
「古の時代、大規模な火山の噴火によってヤマトは一度死の大地となったことがあるのですが、そこに姿を現したのがこの神社に祀られている神が遣わした聖なる狐だと言われています。狐は大地に豊穣をもたらして人々を救い、再び天上界へ帰っていったという伝説が今でも残されているんです」
スラスラと説明を述べるサクラを見て、S組メンバーは皆呆気にとられたようになっていた。
「流石は姫巫女様。神事に関することにお詳しいですね」
フィーネが感心した様子で言った。しかしそれを聞いたサクラは照れたりはせず、反対にある点に関して言及する。
「姫巫女様だなんて、よしてください。気軽にサクラと呼んで頂いて結構ですよ?」
「えっ、でも…」
いくら本人がそう言っても流石に抵抗があるのか、フィーネをはじめとした数人のメンバーはやや困惑したような様子である。しかしこの問題についての解決策を提示したのは、他ならぬレクトであった。
「本人がそう呼べって言ってんだから、そう呼んでやればいいじゃねえか」
「まあ、それもそうですね」
「確かに先生の言う通りです」
レクトの一言に、フィーネとアイリスが納得したような様子で答える。それを見て、サクラもどこか安心したような表情を浮かべていた。
レクトたちが石段を上り終えて境内に入ると、やはりと言うべきか観光客らしき人々が何人も見られた。ある者は写真機で写真を撮ったり、またある者は井戸のような場所で手を洗っている。
そんな中、ニナが正面の建物の前にいた数人のグループの行動に目を向けた。
「ねー、せんせー。あそこにいる人たちが何か鳴らしてるよ?」
ニナの指差した先では、観光客らしき数人の若い男女が太い紐のようなものを引っ張って上に付いている大きな鈴を鳴らしていた。更にそのグループはポケットから何かを取り出すと、目の前の箱に放り込む。
「あの人たちが箱に投げ入れたのって、もしかしてお金じゃない?」
リリアの言うように彼らが投げたのはやはり硬貨であったのだろう、箱の中からジャラジャラと金属が何かにぶつかるような音がした。
これに関してはレクトも知っていたようで、端的に説明する。
「あぁ。ヤマトのジンジャではああやって神に願う風習があるらしい」
「へぇ、面白そうね」
レクトの話を聞いて、リリアは物珍しそうに鈴を見上げている。
「折角ですし、私たちもやってみましょうよ」
「そうね。こういうのも記念になるでしょうし」
アイリスの提案に、フィーネをはじめとした他のメンバーも賛成する。幸いなことに先程のグループの祈祷がちょうど終わったところであり、他に並んでいる人もいないので今ならすぐに行うことができそうだ。
アイリスは早速箱と鈴の前に立ち、後ろにいるレクトの方を見る。
「それで先生、どうすればいいんですか?」
「俺もあんまし詳しくねえんだが、確かそのロープを引っ張って上の鈴を鳴らした後、箱の中に硬貨を入れて願い事をするとかだったような気がする」
全く知らないというわけではなさそうだが、レクトの説明はどこかいい加減である。一応、彼自身もあまり詳しくないと前置きしているので仕方ないといえば仕方ないのかもしれないが。
「気がするって、また随分と曖昧ですね?」
レクトの説明を聞いて、彼のすぐ近くにいたエレナがやや不満そうな様子になる。しかしレクトは開き直ったように目を細めながらこめかみに手を当てる。
「いいんだよ、こんなもん適当で」
「いいわけありません!」
思わずエレナは声を荒げた。修道院の出身であるからだろうか、やはり神前でこういった適当な態度を取る人間に対してはどうにも我慢ならない部分があるようだ。
そんな状況を見て、巫女であるサクラ自らが名乗りを上げる。
「でしたら、私が最初に手本をお見せしますね。なので、皆さんはそれを真似して頂ければよろしいかと思います」
「あぁ、それ助かるわ。頼んだ」
レクトは好都合とでも言わんばかりに、サクラに丸投げした。とはいえ巫女のサクラならばこういった神事についての作法を熟知しているのは想像に難くないので、この場合は正に適任だといえよう。
「ではまず、賽銭箱から少しだけ離れた位置に立ちます」
サクラは賽銭箱の前に立つと、早速手に持った硬貨を箱の中に軽く投げ入れる。硬貨がカラカラと音を立てて箱の底へ落ちていくと、今度は目の前に垂れ下がっている紐を引いて上にある鈴を鳴らした。
それを見て、ベロニカが自身のすぐ横にいたレクトに小声で話しかける。
「センセイの言ってた順番、逆じゃん。鈴が後みたいだぞ?」
「うるせえなあ、黙って見てろって」
曖昧な知識について指摘されるものの、レクトは悪びれた様子もなく言い返した。しかしそうなるとレクトたちの前に参拝していた先程のグループも手順を間違っていたという事になるので、どうやら参拝に関する間違った知識もそれなりに世間に広まってしまっているようだ。
サクラはそのまま2回礼をすると、次に手を胸の前で2回拍手をする。両手を合わせたまま少しの間沈黙した後、再び礼を1回した。
これで拝礼は終わりなのか、サクラがS組メンバーたちの所へと戻ってきた。
「これで終わりです。意外と簡単でしょう?」
「流石は巫女ね。流れるような作業だったわ」
戻ってきたサクラを、フィーネが賞賛する。いつの間にか敬語ではなくなっていたフィーネを見て、レクトは改めて彼女の順応性の高さを実感していた。
「とりあえず大まかな流れはわかったけど、具体的にはどういう風にすればいいの?」
リリアがサクラに尋ねた。こちらも敬語ではなかったが、リリアの場合はおそらく素なので、むしろかえって敬語よりも楽なのかもしれない。
「そうですね。流れを簡単に説明するとお賽銭を投げる、鈴を鳴らす、2回礼をする、2回拍手、祈りを捧げる、最後に1回礼をするという順番になります」
たった今見せた手本について、サクラが口で簡潔に説明した。その説明が非常にわかりやすかったのだろう、リリアはふんふんと頷いている。皆手順は大体わかったようなので、今度は祈祷についてアイリスが尋ねた。
「お願い事をするのは祈りを捧げる時でいいんですか?」
「はい、そうです。声には出さずに心の中で祈ってください」
サクラの返答を聞き、アイリスは「わかりました」と返事をする。アイリスはサクラに対しても敬語のままだが、元々彼女は誰に対しても敬語を使うのでこの辺りは仕方ないだろう。
作法を一通り学んだS組メンバーは、改めて賽銭箱の前に立つ。とは言っても賽銭箱の大きさからいって7人全員が横一列に並ぶのも少々難しそうなので、2つのグループに分かれて行うことにした。
「えっと、美味しいものがお腹いっぱい食べられますように、美味しいものがお腹いっぱい…」
「心の中でって言ってたでしょ」
人の話を聞いていなかったのか、普通に願い事を口に出しているニナにリリアが指摘した。流石に願い事の内容に関しては想定の範囲内であったからなのか、そちらには一切突っ込むことはなかったが。
その横では、アイリスとエレナが静かに祈っている。4人が祈祷を終えると、今度は残った3人に交代する形となった。
「最強の剣士になりたいっていうのとセンセイに勝ちたいっていうの、どっちを願った方がいいかな?」
「自分で決めなさいよ」
ベロニカは率直に質問したが、ルーチェの反応は冷たい。とはいえ、自分自身の願い事なのでルーチェの回答ももっともであるのだが。ベロニカは「ちぇー」と小さく呟くと、サクラのお手本通りに硬貨を賽銭箱に投げ入れた。
そうやって生徒たちが参拝するのを、レクトはサクラと共に遠巻きに見ている。しかしレクトはただ彼女たちのことを見ているだけではなく、同時に考え事をしているようだった。
「レクト様、どうかされたのですか?」
何か考え込んでいるレクトの顔を覗き込むようにして、サクラが尋ねた。とはいえレクトも別に何か思い詰めたような顔をしていたわけではなかったので、単にずっと黙ったままのレクトが気になっただけのようだ。
「次に行く場所の事を考えてた。もしかしたら、巫女のお前でもあまり行かない場所かもしれないな」
「あら、そうなのですか?」
レクトの言葉を聞いて、サクラは嬉しそうな顔になった。そうこうしているうちにメンバーの皆が戻ってきたので、サクラは皆と願い事やその他あれこれについて話し始めた。
一方レクトは真顔のまま、皆に気付かれないように周囲を見回す。
(今のところ、周囲に殺気は感じない。だが熟練の暗殺者なら自在に気配を消せるのも事実だ。油断しない方がいいな)
皆に対してはいつも通りに振る舞いながらも、姫巫女を守りながらも生徒全員に修学旅行を満喫させるというかつて経験したことのない高難易度の仕事に対し、レクトの感覚はこれまでにないぐらい鋭敏に研ぎ澄まされていた。




