暗躍する者たち
ヤマトのとある火山の祭壇にて、全身をローブで覆った大男が揺らめく炎を前にして神妙な面持ちを浮かべていた。
「どういう事だ…人々の絶望をあまり感じない…」
大男が疑念に満ちたように呟く。その直後、彼の背後からは腰に2本の刀を携えた小柄な剣士がズカズカと足音を立てながら姿を現した。
「ちくしょう!だから言ったじゃねえかよ!」
小柄な剣士は大層腹を立てた様子で地団駄を踏む。その態度だけで大男は何があったのかを大体察することはできたが、念の為確認するように小柄な剣士に尋ねた。
「どうしたグレン。一体何事だ」
その質問に対し、グレンと呼ばれた剣士は怒りに満ちた目をしながらリーダー格と思わしき大男の方を見た。
「どうしたもこうしたもあるか!あの忍者野郎、しくじりやがった!」
「シラヌイが…しくじっただと?」
大男が動揺したような声を上げる。グレンの態度からある程度の予想はしていたものの、やはり信頼していた仲間の失敗という一報を聞いて驚きを隠せなかったようだ。
グレンの方は相変わらず怒り心頭といった様子で、拳を握りながらワナワナと震えている。
「ああそうだ!何しろ街中が姫巫女の暗殺未遂の話題で持ちきりだからな!」
未遂という事は、少なくとも姫巫女の暗殺自体は失敗に終わったという事だ。大男がぬぅ、と声を漏らす中、何かの気配に気付いたグレンが冷ややかな態度で口を開く。
「おっと、噂をすればなんとやらだぜ。詳しい話は奴さんに聞きな」
グレンが吐き捨てるように言ったと同時に、2人の後ろから長身の男が突然姿を現した。
「済まぬ。親衛隊は全員排除したのだが、肝心の姫巫女を仕留め損なった」
長身の男は開口一番に作戦失敗に対しての謝罪の弁を述べる。だが、そんな事でグレンの怒りが治まる事はなかった。
「謝って済む問題じゃねえんだよシラヌイ!だからこんな回りくどい作戦立てねえで、最初っから俺が動いていれば良かったんじゃねえか!」
怒鳴り散らすグレンに対し、作戦をしくじったシラヌイには返す言葉も無かった。しかしこれでは一向に話が進まないと踏んだのか、大男が仲裁するように2人の間に割って入る。
「落ち着けグレン。まだ祭りの当日までチャンスはある。次の作戦を練れば良かろう」
「ちっ!」
大男に諭され、グレンは小さく舌打ちをしつつも一旦口を閉ざした。そんなグレンを横目に、シラヌイは失敗を詫びつつもある報告事項について話を持ち出す。
「面目ない。だが、新たな作戦を立てる前に1つ報告しておきたい事がある」
「報告しておきたい事だと?何だ、言ってみろ」
大男が尋ねるとシラヌイは一呼吸おき、ある事実を口にした。
「この国に、四英雄レクト・マギステネルが来ている」
シラヌイの一言に、場の空気が一変する。顔を隠しているものの、四英雄レクトの名前を聞いて大男は動揺しているのが目に見えてわかった。一方でグレンの方は、怪訝そうな顔をしながらもシラヌイに尋ねる。
「レクト?確かあの魔王メトゥスを倒したとかいう?」
「そうだ。本人が名乗った訳ではないが、周囲の反応を見るに間違いなさそうであった」
シラヌイは静かに答えた。確かにあの時は黒衣の剣士自らが名乗った訳では無かったが、周囲の人間の中には明らかに以前にも彼を見たことがあるような口ぶりの者もいたのが確認できた。何より、その剣士が四英雄レクトであるということは剣を交えたシラヌイ自身が確信していた。
「四英雄レクトだと?つまり巫女の暗殺は奴に妨害されたというのか!?」
大方の状況を理解した大男が、驚いた様子でシラヌイに問う。それに対し、シラヌイは否定することなく頷いた。
「その通りだ。巫女の前に立ち塞がったので止むを得ず交戦したが、噂に違わぬ腕前であった。情けない話ではあるが、おそらく拙者では奴に太刀打ちすることは不可能だ」
見方を変えれば作戦失敗の言い訳ともとれるが、今回の件に関してはとにかく相手が悪かったという他ない。大男の方もそれは理解していたようで、シラヌイを責め立てることなく何かを考えている様子だ。
「まさか、将軍が四英雄レクトを護衛として雇ったというのか?」
大男が1つの可能性を挙げる。だが、それは即座にシラヌイによって否定されることとなった。
「否。奴自身の口ぶりからするに、あそこに居合わせたのは全くの偶然のようだ。それに嘘か誠かはわからぬが、この後も何か用事があるような事を言っていた」
「そうか」
大男は納得したように呟くと、腕を組んでしばしの間黙り込む。だがすぐさま何かを察したような顔になると、重々しい口調で話を続ける。
「だがこうなった以上、もしかしたら将軍が正式に四英雄レクトに巫女の護衛を依頼する可能性があるかもしれん。そうなると今回の計画についても一部を変更せざるを得ないだろう」
正に想定外の事態であるのか、大男は苦汁を嘗めたような様子だ。一方でグレンは何を思ったのか、嬉々とした様子で大男に話しかける。
「ならよぉ、巫女の暗殺はそっちに任せるから、四英雄レクトは俺によこしな!相手にとって不足はねえぜ!」
非常に好戦的な性格なのか、グレンは恐れるどころか自ら四英雄レクトと戦うことに名乗りを上げた。ところがそんなグレンに対し、シラヌイが若干呆れたような様子で横槍を入れる。
「やめておけグレン。奴と剣を交えた拙者だからわかるが、今のお前では到底勝ち目は無い」
「何だとシラヌイ!?もういっぺん言ってみやがれ!」
はっきりと物を申され、グレンは思わず激昂する。しかし大男はシラヌイの本当に言いたいことがわかっていたのか、諭すような口調でグレンをなだめる。
「落ち着けグレン。シラヌイは今のお前では勝てないと言ったのだ。お前が本当に全力を出せるのは明日であろう?」
それを聞いて、グレンははっとしたように我に返った。どうやら彼自身もシラヌイが本当に言いたかったことが理解できたようで、悪態をつきながらも大男に質問を投げかける。
「フン。なら、それまではどうするってんだよ?巫女の動向を指を咥えて見てるだけってか?」
「シラヌイ、お前の配下の忍者部隊は動かせるか?」
大男はシラヌイの方を見て、彼に尋ねた。シラヌイは顎に手を当てながらその質問に答える。
「大半の人員は例の物を動かす為の準備に割いているが、オボロ隊だけはいつでも動けるように待機させてある」
シラヌイが発した“例の物”という単語を聞いて、グレンが眉をピクッと動かす。一方、大男の方は深く頷くと改めてシラヌイに指示を出した。
「よし。それならばまずはオボロ隊に命じて、姫巫女の暗殺を実行しろ。巫女の居場所に関しては、もうじき間者から報告がある筈だ」
「あいわかった」
大男の指示に、シラヌイは頷く。更に大男は念を押すようにある点について補足した。
「シラヌイよ。わかっていると思うが、暗殺はくれぐれも人前で行うよう頼むぞ?」
「無論だ。オボロ隊にもそう言い聞かせておこう」
シラヌイは承知の上だとでも言わんばかりに即答した。そんな2人のやり取りを見て、グレンが皮肉めいた口調で水を差す。
「しかし忍者が人前で姿を晒しながら堂々と暗殺を行うなんざ、世も末だな」
「グレン、少し口が過ぎるぞ。これは我々にとって必要な事なのだ」
大男が威圧的な態度で注意すると、グレンは返事をする代わりにフン、と鼻を鳴らした。そんな彼の様子を見て何かを思ったのか、唐突にシラヌイが質問を投げかける。
「時にグレンよ。お前の方の成果はどうだったのだ?」
シラヌイとしては、やはり自分が巫女の暗殺に動いていた同時刻にグレンが何をしていたのかが気になるのだろう。無論、それが気になっているのはリーダー格である大男も同じである。
一方で質問された方のグレンは、待ってましたと言わんばかりに得意気に話し出した。
「警備隊の侍どもは皆殺しにしてやった。巫女の親衛隊はシラヌイが始末したってんなら、少なくとも残ってる侍連中は大した戦力じゃねえだろうな」
「なるほどな、それは朗報といえよう」
グレンの報告が自分たちにとってようやく朗報と呼べるものであったからか、大男の口調が嬉しそうなものになった。大男は咳払いを1つすると、もう一度シラヌイの方を見る。
「では姫巫女の暗殺はオボロ隊に任せ、シラヌイは今すぐに例の物の準備に取りかかれ」
「承知した」
シラヌイは返事をすると、一瞬で姿を消した。もっとも2人にとっては既に慣れた光景なのであろう、気にも留めずに大男はグレンに向かって指示を出す。
「グレンは時が来るまであまり大きな行動は起こすな。お前のあの力は万一の時の為の切り札なのだからな」
「へいへい、わかってるよ」
グレンは肩をすくめながらも了承し、祭壇から立ち去る。その場に1人残った大男は、祭壇で揺らめく炎を見つめながら静かに呟いた。
「四英雄レクト・マギステネルか。誰が相手であろうと、決して我らの邪魔はさせぬ」




