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先生は世界を救った英雄ですが、外道です。  作者: 火澄 鷹志
炎の修学旅行編
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英雄 VS 暗殺者

 それまで周囲に飛び交っていた歓声は嘘のようにぱったりと止み、代わりに大きな悲鳴が辺り一帯に響き渡った。


「さ、侍が倒れてるわ!」

「血が…血が広がってる!」

「あの男がやったのか!?手に短刀を持ってるぞ!」


 騒然とする人々の視線は、馬車の正面に注がれていた。そこには馬車の前を歩いていたはずの侍たちが血まみれの状態で倒れており、倒れている彼らの中心には短刀を手にした黒装束の男が立っている。


「暗殺者の襲撃だ!巫女様をお守りしろ!」

「「はっ!」」


 馬車のすぐそばにいた親衛隊らしき豪華な鎧を着た年長の大男が、大声を出して他の2人の親衛隊に指示を出す。命じられた2人の親衛隊はすぐに暗殺者を挟み撃ちにするが、暗殺者は一切動じることなく短刀を構えた。


「暗殺者よ!観念しろ…ぐふっ!」

「何!?がはっ!」


 時間にして僅か数秒、一瞬のうちにして暗殺者は2人の親衛隊の首筋を短刀で切り裂いた。周囲から再び悲鳴が上がる中、最後の1人となった親衛隊の大男が手にした槍を構えて暗殺者の前に立ちはだかる。


「姫様には、指一本触れさせん!」

「邪魔だ」


 親衛隊の男は勢いよく槍を突き出すが、暗殺者はそれを難なく躱すと親衛隊の腹部に短刀を突き立てる。


「ぐあっ!!」


 暗殺者が腹部から短刀を引き抜くと同時に親衛隊の男は重々しい声を上げ、その場に倒れてしまった。倒れた男の周りに赤黒い血だまりが広がる。


「コ、コンゴウ!しっかりして!」


 姫巫女が倒れた男に向かって名前を叫ぶ。しかし巫女の声だけが虚しく響き、男はピクリとも動かなかった。


「事前に聞いていた通りだな。親衛隊も大した事はない」


 倒れた親衛隊たちを見ながら、暗殺者は吐き捨てるように言った。そのまま暗殺者は姫巫女の方へと視線を移し、再び短刀を構える。

 当然ながら、周囲で見ている人間の中には多少なり戦闘の心得がある者もいる。しかし手練れの親衛隊を一瞬にして葬った暗殺者の強さを目の当たりにして、誰一人として立ち向かう勇気のある者はいなかった。


「やばいよせんせー!このままじゃみんなやられちゃう!」


 姫巫女たちの位置から少し離れたところで見ていたS組メンバーも何とかしなければならないと思ったのか、ニナがレクトに向かって叫ぶ。しかしレクトからの返事はない。


「って、あれ?せんせーは?」


 ニナが横を見ると、つい先程までそばにいた筈のレクトが忽然と姿を消していたのだった。

 しかし離れた位置のS組のやり取りなど関係なしに、暗殺者は止まらない。暗殺者は姫巫女の乗る馬車の座席のすぐ前に降り立つと、手にした短刀を振りかざした。


「姫巫女よ。そなたに恨みは無いが、その命、頂戴する!」

「っ!!」


 暗殺者は言い切ると、巫女目がけて勢いよく短剣を振り下ろす。誰もがもう駄目かと思ったその瞬間、一部の人間の目には巫女の後方から超高速で動く影が映った。


 ガキィンッ!!


 辺り一帯に響いたのは悲鳴や叫び声ではなく、金属同士が激しくぶつかり合うような音であった。巫女を刺そうという正にその瞬間、2人の間に一瞬でレクトが割って入ったのだ。


「真っ昼間から人前で堂々と暗殺かよ。もう少し暗くなってからにしねえか?」


 嘲るような口調で、レクトが暗殺者に問う。彼の大剣によって突き出した短刀は阻まれてしまったものの、そんな突然の第三者の介入にもうろたえることなく、暗殺者は静かに尋ねた。


「誰だ貴様は。邪魔立てするなら貴様から葬るまで」


 暗殺者の言葉は冷たく刺すような威圧感があったが、当然レクトがそんなもので怯むはずがない。それどころか、レクトは笑いながら暗殺者に向かって聞き返した。


「お前、俺の事を葬るって言ったのか?そりゃ何の冗談だ?」


 完全に相手を煽るような言い方ではあったが、無論発言したのは最強の傭兵レクトだ。本人にしてみればハッタリでも何でもない。

 しかし暗殺者もそんな発言には一切惑わされることはなく、すぐさま空いていた左手をレクトに向かって突き出す。


「死ね」


 暗殺者が呟くと同時に、左手の袖から小型のナイフが飛び出した。しかしレクトは凄まじい反応速度で暗殺者の左手を蹴り上げ、寸前のところでナイフを弾く。

 その光景を後ろから見ていたS組メンバーは、相変わらずのレクトの規格外な強さに驚かされるばかりであった。


「今の先生の蹴り、見えた?」

「全然。速すぎて」


 ぼやくようなフィーネの質問に、エレナが真顔で答える。もう何度目になるかはわからないが、何故あんなにも大きな剣を背負ったまま超高速で動くことができるのかと疑問に思うばかりであった。

 一方で蹴りを喰らった暗殺者は少し驚きながらも、一旦レクトと距離を取ろうと飛び退いた。反対にレクトは微笑を浮かべ、大剣を暗殺者に向けながら啖呵を切る。


「やるじゃん。相手が俺じゃなかったら、今ので仕留められてただろうな」

「今の一撃を防ぐとは。貴様、只者ではないな」


 暗殺者は冷静な口調のまま腰に手を回し、2本目の短刀を手にする。どうやらこの男相手には不意打ちなど一切通用しないと判断し、真っ向から勝負する方針に切り替えたようだ。


「貴様に構っている暇はない。早々に消えてもらう」


 暗殺者は冷たく言い放つと、レクトの方を静かに睨んだ。顔の大半を隠しているので目元からしか確認はできないが、暗殺の邪魔をされた事で怒りに満ちているのは間違いないだろう。

 だがレクトの方は相変わらず、人を食ったような態度で返事をする。


「忙しいのはこっちの方だぜ。何しろこの後、ガキどものお守りをしなきゃなんねえんだからよ」

「舐めた口を!」


 暗殺者はその言葉を皮切りに、一気に距離を詰めた。かなりの手練れであるのか、2本の短剣による目にも留まらぬ高速の斬撃がレクトを襲う。並の戦士ならば一瞬で命を奪われてしまうのはまず間違いないだろう。

 だが相手は並どころか、魔王を倒した四英雄レクトだ。暗殺者の繰り出す高速の斬撃を、普通ならどう考えても振りの速さで遅れるであろう大剣で難なく捌いている。


「なるほど、どうやら親衛隊を倒したのはマグレじゃなさそうだ。少なくとも素人に毛が生えただけのレベルってわけじゃないな」

「貴様…!」


 レクトは冷静に暗殺者の実力を分析しながら、隙を見て自らも攻撃に転じている。暗殺者も負けじと攻撃を更に激しくするが、それでもレクトには届く気配は一向に感じられなかった。

 そんな2人の攻防を周囲の人々が見守る中、S組メンバーたちは全員が揃ってある事を思っていた。


「ねえ…あの暗殺者…」

「うん、そうね…」


 リリアが言い切る前に、フィーネが同意するように答える。そしてそれに同調するかのように、メンバー全員が揃って大きな声を出した。


「「先生と互角に渡り合ってる!!」」


 何しろ彼女たちにしてみれば、これまでレクトと互角に剣戟を繰り広げる人物など一度たりとも見たことがなかった。敵でありながらもそんな暗殺者の腕前に、メンバー全員が驚きを隠せなかったのだ。

 しかし、互角というのは少々語弊ごへいがあったようである。その事について、すぐに気付いたベロニカが指摘した。


「あっ、でもセンセイが押し始めたぜ」


 ベロニカの言う通り、戦局はレクトに傾き始めた。どうやらレクトは数回斬り結んだだけで暗殺者の動きや手の内を把握したようであり、剣の振りを大きくして一気に攻勢に出る。そんなレクトの猛攻に対し、暗殺者は攻撃を捌くので精一杯といった様子だ。


「くっ、これほどの腕前…貴様、一体何奴!?」

「相手に名前を聞くんだったら、まずは自分から名乗りな!」


 明らかに苦戦している様子の暗殺者に対し、レクトは完全に余裕の表情を浮かべている。そんな2人の剣戟を見ていた周りの人々は、デタラメな強さを誇る黒衣の剣士の正体にようやく気づき始めたようだった。


「なあ、あの黒衣の剣士、もしかしてレクト・マギステネルじゃないか!?」

「本当に!?四英雄の!?」

「そういえば、確か前にも勇者ルークスと一緒にここへ来たことがあったな!」


 暗殺者と戦っている剣士が四英雄レクトだとわかると、人々の騒ぎが一気に大きくなった。やはり世界を救った英雄であるからか、人々はこぞってレクトを応援し始める。


「頑張れ!英雄レクト!」

「そんな物騒な奴、やっつけちゃって!」

「またヤマトを救ってくれ!」


 それまでの不穏な空気が一気にレクトへの期待に変わり、周囲からはレクトへの声援が飛び交う。


「おいおい。センセイ、めちゃくちゃ人気じゃねえか」


 人々の様子を見て、ベロニカがやや呆れたように呟いた。何しろレクトのことをよく知る彼女たちにしてみれば彼が確かに最強の剣士であるのは間違いないが、とても人々から賞賛されるような人物ではないからだ。


「そりゃあ、世間的には世界を救った英雄だもの」

「それにみんな、先生の本性を知らないでしょうしね」


 やや冷めた様子で、リリアとルーチェが言及した。S組メンバーも最初はハラハラしながら戦いがを見守っていたのだが、徐々にレクトが優勢になったことでいつの間にか皆驚くほど落ち着いた様子になっていた。

 一方苦戦している暗殺者は、目の前の男に対する周囲の人々の声援でようやくその正体を理解したようである。


「レクトだと?貴様、四英雄レクト・マギステネルか!?」

「今さら遅え!!」


 質問に答える代わりに、レクトは思い切り大剣を振り抜いた。暗殺者はギリギリのところでその一撃をかわすと、バック宙をしながらレクトと距離を取る。

 次はどう出るのかとレクトは身構えるが、そんなレクトの考えとは裏腹に暗殺者はなぜか短刀を腰の鞘へと戻した。


「いくら拙者でも、四英雄が相手では流石に分が悪い。ここは一旦退かせてもらおう」


 そう言うや否や暗殺者は懐から白い玉を取り出すと、それをそのまま地面に投げつける。するとボン!という大きな音と共に周囲が真っ白な煙に包まれた。


「くそ、煙幕か!?」


 白い煙に視界を遮られ、レクトは何も見えなくなってしまう。このままでは暗殺者に逃げられてしまうか、もしくは先程の言葉が嘘であれば不意打ちを喰らってしまうかの2つに1つだ。

 だがそうはさせまいと、レクトは大剣を再び構える。


「なめんなよ!!」


 そう叫ぶと、レクトは大剣を真一文字に思い切り振り抜いた。その巨大な剣圧によって周囲に大きな風が巻き起こり、視界を覆っていた煙は瞬く間に吹き飛ばされていく。

 しかしそこにはもう暗殺者の姿はなく、どの方向へ逃げたかの痕跡すら残されてはいなかった。


「…ちっ、逃がしたか」


 レクトは小さく舌打ちをすると、大剣を背中に戻す。兎にも角にもひとまず戦いが終わったようなので、S組メンバーたちがレクトの元に駆け寄ってきた。


「センセイ!」

「先生!大丈夫ですか!?」

「やっぱすごい!せんせー!」


 生徒たちは口々にレクトに声をかける。頭ではレクトが負ける筈はないとわかっていながらも、やはり心配ではあったようだ。


「俺は問題ない。けど、残念ながら奴は取り逃がしちまったな」


 服に付いた土埃を払いながら、レクトは少し残念そうに言った。それでもレクト自身が無事だったことに皆が安堵する中、フィーネが先程の戦いについて尋ねる。


「でも、押されていたとはいえ先生を相手に渡り合っていたということは、あの暗殺者は相当の手練れだったのでは?」


 フィーネの言う通りだ。並みの剣士ならばレクトを相手に切り結ぶどころか、一撃で倒されてしまってもおかしくはない。当然、その事は剣を交えたレクト自身も理解していた。


「そうだな。少なくともその辺のゴロツキとはワケが違う。おそらく、かなり訓練された奴だ」


 普段のレクトなら、こういう時も軽口を叩くのは生徒たちもよく知っている。しかしそんなレクトが冗談を一切言わずにここまで言い切るのだから、やはり先程の暗殺者は並大抵の腕前ではないという事だろう。

 ようやく場が落ち着いてきたのか、それまで黙って事の成り行きを見守っていた周囲の人々が一斉に勝利ムードへと切り替わった。


「すげえ!流石は四英雄レクト!」

「あんな動き、今まで見たことねえよ!」

「やっぱり魔王を倒した英雄は一味違うわね!」


 周囲が歓声や拍手に包まれる。しかしレクトはそんな歓声を遮るように、周囲の人間に向かって叫んだ。


「んな事はどうでもいい!こんだけの人数だったら医者ぐらいいるだろ!?こいつらの治療してやれ!」


 そう言ってレクトは倒れている侍たちを指差す。レクトの言葉で皆改めて状況を理解したのか、歓声や拍手はすぐに静まった。

 間髪入れずに医者らしき数名の人物が、倒れている侍たちの元へ駆け寄る。そんな中、1人の男がレクトの前で膝をついて小声で話しかけてきた。


「失礼致します。四英雄レクト・マギステネル殿とお見受けしましたが」

「あぁ、そうだ」


 レクトの返事を聞くや否や、男は深々と頭を下げる。


「この度は我らが巫女の命を救って頂き、誠にありがとうございます」

「別にいいっての。見殺しにすんのもなんか後味悪いしな」


 レクトは目を細めながら答えた。おそらく目の前の男にとってはそれも謙遜にしか聞こえなかったのだろうが、レクトの性格をよく知るS組メンバーからしてみればほぼ間違いなく素で答えているのだということはすぐにわかった。

 ところがここで、男の方から予期せぬ提案が持ちかけられたのだった。


「つきましては、そのお礼も兼ねて是非我らが将軍、マサムネ様の居城にお招きしたいのですが…」

「将軍だと?」


 突然の申し出に、レクトはやや怪訝そうな表情を浮かべた。

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