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先生は世界を救った英雄ですが、外道です。  作者: 火澄 鷹志
新任教師レクト編
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英雄の転職 ③

「…というわけで先刻、港で起きた魔獣クラーケンの襲撃はレクト・マギステネルの活躍によって奇跡的に死者・負傷者ともにゼロで済んだとのことです」


 簡易的な報告書を、兵士が読み上げる。それを聞いているのはフォルティス王国の国王と大臣、そして金髪で髭面の初老の男性の3人だ。


「そうか、報告ご苦労。下がってよいぞ」

「はっ」


 大臣にそう言われ、兵士は軽く頭を下げて玉座の間を後にする。

 魔獣の襲撃自体は決して良い報告ではないが、それが負傷者ゼロで済んだというのは不幸中の幸いとしか言いようがないだろう。


「帰国してまだ1日しか経っていないのにいきなりこの活躍ですか。おそらくその場に偶然居合わせただけなのでしょうが、あの魔獣クラーケンをたった1人で片付けるとは。奴は相変わらず常識外れの強さですな」


 金髪の男性は面白おかしそうに語っている。敬語を使っているとはいえ国王や大臣とフランクに話しているあたり、どうやらこの男性は2人とはかなり親しい関係にあるようだ。

 しかし男性とは対照的に、国王と大臣は何ともいえないような表情を浮かべている。


「あれで人格さえ良ければなぁ…」

「まったく、その通りです」


 ぼやくように言う国王に、大臣が同調するように頷いた。

 そんな中、唐突に玉座の間の扉がバン!と大きな音を立てて開かれた。慌てた様子で駆け込んできたのは、門前で警備をしている筈の警備兵の1人であった。


「失礼します!つい今し方、陛下にお会いしたいという人物がこの城にやって来たのですが…!」


 警備兵は息を切らせながら、大きな声で伝達事項を述べた。その様子から察するに、おそらく城門から全速力でここまで走ってきたのだろう。

 しかし、その報告を聞いた大臣は不機嫌そうな顔つきになった。


「何だ急に。随分と不躾ぶしつけな輩だな。一国の主に事前のアポ無しで訪問とは一体何事だ。今すぐに追い返せ」

「そ、それが…!」


 大臣は警備兵に追い払うように命じたが、どうしてだか彼は応じようとはしない。そんな警備兵の態度に業を煮やしたのか、大臣の声がやや荒くなった。


「何なのだ、まだ何かあるのか?早く言わんか!」

「来ているのは、レクト・マギステネル殿です…」


 警備兵が口にしたその名前を聞いて、国王と大臣が固まった。一方で金髪の男性は興味深そうな表情を浮かべながら、「ほう」と一言だけ呟く。

 それまでは大臣も追い返す気満々であったが、相手がレクトとなると話が変わってくる。大臣は仕方がないといった様子で、ため息混じりに口を開いた。


「わかった、通してやれ。奴のことだ。たとえ追い返したところで、衛兵をなぎ倒してここまでやって来るだろう」

「はっ、承知しました」


 大臣に命じられ、警備兵は駆け足で部屋を出て行った。


 レクトがここへやって来るという事実だけで部屋の空気が何となく重くなったが、少しでも気を紛らわそうと国王は金髪の男性に声をかける。


「どうだ、エルトワーズ。お前さんも久しぶりに奴に会っていくか?」


 国王の言葉からすると、エルトワーズと呼ばれたその男性はレクトとは旧知の仲であるようだ。しかしエルトワーズは首を縦には振らず、苦笑しながら肩をすくめた。


「いえ、結構です。会ったところで奴が喜ぶとも思えませんし、単に鬱陶(うっとう)しがるだけでしょう」

「なるほど、違いないな」


 エルトワーズの返答を聞いて、国王は納得したように頷く。しかしその表情はやや曇っている。どうやら、本当は彼にもこの場に残ってもらいたかったようだ。


「では御二方、私はこれで失礼します。まぁ、大臣とは2日後にまた議会でお会いすることになるでしょうが」

「うむ、そうだな」


 エルトワーズは2人に向かって軽く会釈をすると、玉座の間を出て行った。

 扉が閉められたのを見計らって、大臣は国王に対して怪訝そうな顔をしながら尋ねる。


「しかし陛下。折角ですからエルトワーズに残ってもらって、例の件に関してレクトを説得するのに協力してもらえばよかったのでは?レクトも彼とは顔なじみなわけですし」


 大臣が言っているのは、レクトに教師をやってほしいという依頼の件だ。昨日は断られてしまったが、もしかすると他に見知った人間の説得があれば何とか話がまとまるかもしれないという淡い期待が大臣にはあった。

 だが、国王は渋い顔をしながら首を横に振った。


「しかしなぁ…エルトワーズの性格を考えるとレクトに教師をしてもらいたいと伝えたところで、本気にせず何の冗談かと笑い飛ばされるだけだと思うのだ」

「うーむ、それもそうかもしれませんな…」


 国王の考えに同意するように、大臣も諦めたような表情になった。しかも、これからやってくるレクト本人の意図は未だにわからないままである。今の2人にとっては不安しか感じられないのだ。

 それから程なくして、エルトワーズと入れ替わるようにして玉座の間にレクトが入ってきた。出で立ちだけでなく、目つきの悪い真顔までいつも通りである。


「えーと、レクト。今日は何の用なのだ?」


  とりあえず機嫌を損ねないように、国王はやんわりと聞く。完全に機嫌を取る側の立場が逆だが、それに関しては誰も何も言わない…いや、言えなかった。

 だが、レクトから返ってきた言葉は国王にとっては思いもよらないものであった。


「昨日の話、少し詳しく聞かせろ」

「昨日の話?」


 最初は何のことだかわからなかったのだろう、国王はキョトンとした表情を浮かべている。レクトの方も国王が話の内容を理解していないと察するや否や、少しイラついた様子で言葉を続けた。


「学校の教師がどうとかって話だよ」

「受けてくれるのか!?」

 

 予期せぬレクトの言葉に、国王は度肝を抜かれたように声が裏返ってしまう。そんな国王とは対照的に、レクトは至って冷静に返事をした。


「まだ受けると決めたわけじゃねえ。少しばかり興味を持っただけだ。とりあえず、あんたの知り合いだっていうその校長に会わせろ」

「そ、そうか」


 あくまでも興味を持っただけというレクトの言葉を聞いて、国王は少し拍子抜けしたような声を漏らした。とはいえ、国王にとってこれは好機であるのは間違いなかった。


「えーとだな、校長からはもしお前さんがこの話を受けてくれる、あるいは検討してくれるという場合は一度学校の方に呼んでほしいという話になっているのだ。なのでお前さんには悪いが、場所だけ教えるので直接学校の方へ足を運んでもらえぬか?」

「それは構わない」


 レクトの性格上、「行くのは面倒だ、そっちが来い」などと言われるのではないか、そう思っていた国王の不安とは裏腹にレクトはあっさり承諾した。


「ちなみに場所だが、この城からしばらく歩いたところにある。大臣よ、簡単な地図を描いてやれ」

「はい、承知しました」


 国王の言葉を受け、大臣は玉座の間の隅に置いてあるテーブルへ向かう。そして近くにいた兵士に指示して、どこからか紙とペンを持ってこさせた。

 大臣はそれを受け取ると、テーブルの上で簡単な地図を描き始める。


「しかしレクトよ、どういう風の吹きまわしだ?昨日はきっぱりと断っていたというのに」


 大臣が地図を描いている間に、国王は少し気になったことをレクトに尋ねた。何しろ、件の事をレクトに断られたのはほんの1日前のことだ。それがたった1日で心変わりしたというのだから気になるのも無理はない。

 しかしレクトの方はそれについて詳しく話す気はないようだった。


「さっきも言ったろ、少し興味が湧いただけだ。深い理由はない。それにその校長の話を聞いてみて、気に入らなかったら改めて断るつもりだしな」

「そ、そうか…」


 何となく嘘を言っているような返し方でもあったが、国王はそれ以上は追求しなかった。追求したところで、レクトは素直に教えてくれるような相手ではないということがわかりきっていたからであるが。

 だがここで、レクトの方から唐突に質問が投げかけられる。


「それに、相手は10代のボウズどもなんだろ?」

「えっ!?」


 何気ないレクトの質問に、国王は一瞬言葉に詰まる。その態度の変化に、レクトは一瞬首をかしげた。


「どうした?」

「あ、いや。そうだ。10代の子供たちだ。間違いない」


 国王の態度にレクトは妙な違和感を覚えたが、普段から若干腰の低いこの国王がビクビクしたりしどろもどろになったりするのは今に始まったことではない。レクトはあまり気にせず、話を続ける。


「こいつは俺の経験談だが、思春期の野郎ってのは学生のうちに多少は痛い思いをしておいた方がいい。生ぬるい環境で育った肩書きだけエリートな奴がいきなり戦場に出ても、大抵はへっぴり腰で役に立たねえことが多いからな」


 レクトは淡々と語る。その場に居合わせていなかった国王たちには知る由もないが、おそらく先刻のクラーケンを前にして逃げ出した元騎士だという教師のことも含まれているのだろう。

 割とシビアな価値観ではあるが、これまでも常に最前線で戦ってきた人間だからか、レクトの言葉には確かな説得力があった。


「その点、肉体的にも精神的にも苦痛を与えるのは俺の得意分野だ。ガキどもは青春時代に貴重な経験ができるし、俺も楽しめる。一石二鳥だろ?」


(うわぁ…)


 楽しそうな様子で付け加えたレクトを見て、国王はこの男が生粋のドSであったことを改めて認識する。

 とはいえ、国王にしてみれば図らずとも思い通りの展開になったことはありがたいのは事実だ。余計なことを言ってこの男の機嫌を損ねるのも得策ではないので、ここは黙っておくことにした。


「とりあえず、簡単でいいからその学校のことを教えてくれ」


 レクトから、当然のような質問が投げかけられた。しかし国王の方は予想していなかったのか、少し驚いたような顔をしている。


「当日、校長から直接聞けばよいのではないか?」

「事前に知っておくのは悪いことじゃないだろ」

「まぁ、それもそうなのだが…」


 自分からはあまり説明したくはないのだろうか、国王は渋々といったような表情を浮かべている。


「まず、開校したのは十数年前だが、敷地はかなり広く建物の増築も何度か行われている。王立学校なので、国から補助が出ているというのもあるがな」

「ふーん」


 国王の話を聞いて、レクトは軽く相槌を打つ。この辺りの話に関してはあまり興味がないのだろう。国王も特に気にせず、説明を続ける。


「その補助の関係で、学費もかなり安くなっている。なので通っている生徒たちは貴族から平民まで様々だ。代わりと言うのも何だが、入学試験の敷居は非常に高いそうだがな」

「ほー」


 レクトは感心したような声を上げた。わざわざ国王を介してレクトに依頼してきたのだ、学校のレベル自体が高いというのはレクト自身も想定済みであった。

 レクトが感心したのは、通っている生徒に関する説明の部分である。


「前々から思ってたが、階級差別があんまり無いってのはこの国のいいところだよな。王族や貴族の人間とイザコザを起こすと色々と面倒が多いし」


(イザコザを起こしたことがあるのか…)


 どう考えても経験談にしか聞こえないレクトの話に、国王は心の中でがっくりと肩を落とした。そもそも、王族の人間とのイザコザであればまさに昨日起こしたばかりであるし、国王自身も他ならぬ当事者であるのだが。


「とりあえず、私が知っている情報はこれくらいだ。すまぬが、後は校長本人から聞いてくれないか」

「あぁ、わかった」


 これ以上聞ける話がないとわかったレクトは、納得した様子で話を切った。2人の会話がひと段落したところで、ちょうど地図を描き終えた大臣がレクトの元へと歩み寄る。


「ほれレクト、地図だ。この赤い印が付いているところが学校になる」


 そう言って、大臣は描き終えたばかりの地図をレクトに手渡す。手描きなので簡易的ではあるが、それでも周辺にある目立つ建物は一通り記されていたので割とわかりやすいものになっていた。


「大聖堂の近くか。昔からあんまりこの辺には用がなかったから、どういう道になってるかもよく知らないんだよな」


 レクトは地図を見ながら頭をかいた。この街の出身であるレクトでも、流石に普段から行かない場所の土地勘はあまりないようだ。


「この地図ではわかりづらいか?必要であればもう少し詳細な地図を用意するが」


 そんなレクトの様子を見て、大臣が声をかける。しかしレクトは地図を小さく畳みながら首を横に振った。


「いや、大聖堂を目印にすれば問題ない。地図を見る限りでは学校の面積自体もかなり大きいようだし、近くまで行けばすぐに見つかるだろ」

「そうか、それを聞いて安心したぞ」


 とりあえず現時点で問題はなさそうなので、レクトは折り畳んだ地図をコートのポケットにしまう。レクトとしてはこれ以上この場にいても意味はないので、今日はもう帰ることにした。


「じゃあ俺はもう帰るぞ。向こうさんには急で悪いが明日行く、って伝えておいてくれ」

「いや、そもそもお前さんを呼びつけたのは向こうだからな。断ったりはせんだろう」

「了解だ。俺はもう帰るぞ」


 国王の返答を聞いたレクトは、踵を返すとそそくさと玉座の間を出て行った。

 一国の主を相手に挨拶も無しに退室など無礼極まりない行為ではあるが、相手はそれを咎めたところで素直に聞くような相手ではない。反対に機嫌を損ねては何をしでかすかわかったものではないし、折角受けてくれた話をフイにされては国王としてはたまったものではない。正に触らぬ神に祟りなし、である。

 レクトが去ってから1分ほどしたところで、不意に大臣が不安そうな表情で国王に話しかけた。


「陛下、一番大事なことは言わなくて良かったのですか?」

「だって、あの雰囲気だと言ったら断りそうだもん。とりあえず奴を誘導することには成功したし、あとはクラウディアに任せるしかないだろう」


 大臣の言いたいことを何となく察したのか、国王は叱られた子供のように項垂うなだれながら言葉を漏らした。相手が相手なので大臣も国王を咎めたりはしないが、どうにも不安に駆られてしまう要素が1つだけあったのだ。


「言っておいた方が良かったと思いますがね…」


 大臣は呆れ半分、同情が半分といった様子でため息を吐いた。


「その学校が、女子校だということを」

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