人々の集う商店街
やはりと言うべきか、ヤマトの中心街は観光客でごった返していた。入り口近くの商店街には多くの店が軒を連ねており、店の種類も飲食店、洋裁店、土産物屋と様々である。
「わぁー!変わった形の建物がいっぱいだぁー!」
目の前に立ち並ぶ数多くの建物を見て、ニナがはしゃぐように声を上げた。とはいえ普段自分たちが見慣れている建物とは建築様式が大きく異なるので、珍しく思うのも無理はないのだが。
そうやってS組メンバーがヤマトの街並みを眺めていると、ふとフィーネがレクトに尋ねた。
「そういえば先生、確かヤマトの国の建物はほとんどが木でできているんですよね?」
それを聞き、レクトは少し感心したような表情になる。おそらくは本で読んだだけの知識ではあるのだろうが、それでも知っていることには変わりないからだ。
「あぁ、そうだ。ヤマトの建築技術は世界でも高く評価されていてな、特に高くそびえ立つ城に関しては最早芸術の域だと言われているぐらいだ」
レクトが簡単に説明すると、横で聞いていたエレナがある場所を指差した。
「お城って、もしかしてあの丘の上にある塔みたいな建物ですか?」
エレナの視線の先には確かに大きな丘があり、その上には彼女の言うように立派な塔のような大きな建物がそびえ立っている。
「そうだ。ちなみにあれがヤマトの国を治める『ショウグン』の居城だ」
レクトの返答を横で聞いていたフィーネは「はぁー。」と驚嘆するような声を上げた。相変わらず博識なレクトであるが、その説明に疑問を抱いたのか、エレナは更に質問を重ねる。
「ショウグン?王様じゃないんですね」
エレナたちにとって、自分たちの常識で言えば国を治める人物といえば国王や皇帝といった人物だ。だが将軍という聞き慣れない単語に、彼女は疑問符を浮かべているようである。
そんなエレナにもわかるよう、レクトはヤマトの仕組みから簡潔に説明する。
「ヤマトは騎士や貴族の代わりにさっきのサムライたちが権力を握っていてな、そのサムライの頂点に立つのがショウグンだ」
「なるほど、立ち位置としては軍事国家の総統のようなものですね」
エレナは納得したような様子である。しかしそんな修学旅行らしい空気を壊すかのように、前方から嬉しそうなニナの声がした。
「せんせー!そこのお店で丸いお菓子配ってる!甘くておいしーよ!」
先程からテンションが上がりっぱなしのニナが、自身の目の前にある店を指差しながら言った。手には既にかじられた形跡のある白い食べ物を持っている。
「何でもかんでも行動が早すぎるぞ、お前は」
「食べる事と、戦う事限定ですけどね」
レクトの冷静なツッコミに、ルーチェが更に毒を重ねる。しかしニナが食べている物に興味が湧いたのか、唐突にベロニカがレクトに尋ねた。
「なぁセンセイ、ニナが食べてるお菓子は何ていうんだ?」
「確かマンジュウっていう菓子だ。豆から作られた甘い餡を、生地で包んで蒸してあるんだったっけな」
レクトの説明を聞き、ベロニカは「へぇー」と声を上げる。と、そこへ店の前に立っていた店員らしき中年女性が、ニナが食べているものと同じ菓子が所狭しと並べられた木の箱を手に持ちながら近寄ってきた。
「お嬢さんたちも饅頭、お1つどうだい?試食だからお代は結構だよ」
「わぁー!ありがとうございます!」
フィーネは礼を言い、女性から饅頭を受け取った。その後も女性は他のS組メンバーにも饅頭を配っていき、最後にレクトにも手渡す。
「まるごと1つタダで配ってるのか、随分と気前がいいな」
受け取ったレクトが茶化すように言う。しかし流石は商売人というべきか、女性は怒るどころか笑いながら答えた。
「そりゃそうだよ。なんたってお客様は神様なんだからねぇ。それに1個配って2個買ってもらえれば、十分にお釣りがくるってもんさ」
「ふーん、そんなもんなのか」
レクトは少し感心するように言いながら、どこからか取り出したのか女性に銀貨を1枚差し出した。ところが試食だと言ったはずなのに代金を差し出されたことで、女性は少しだけ不機嫌そうになる。
「おや、その饅頭はサービスのつもりだったんだがねぇ」
「代金じゃねえ、チップだ」
レクトの一言を聞き、女性は納得したような表情を浮かべた。
「なるほどね。そういうことなら、断るのは野暮ってもんかね」
そう言って女性は笑顔になり、レクトから銀貨を受け取る。レクトは受け取った饅頭を持ったまま、少し申し訳なさそうに女性の顔を見る。
「悪いが、俺たちはついさっきヤマトに着いたばかりなんでな。今は土産物は買えねえんだよ」
「おや、それは残念だね。帰る前にはまた寄っておくれよ?」
女性はレクトやS組メンバーたちに向かって軽く手を振ると、すぐさま次の観光客に饅頭を勧め始めた。流石は商売人、切り替えが早いとレクトは心の中で感心しつつも商店街の先へと進む。
「本当、お祭りって感じね。空にもたくさんバルーンが浮いてるわ」
エレナが空を見上げながら言った。彼女の言う通り、空には祭のものと思わしき巨大なバルーンがあちこちに浮いている。バルーン自体も動物、食べ物、何かのキャラクターと様々な種類があるようだ。
「祭は明後日だってのに、随分と気が早いな」
レクトは少し冷やかすように言った。言葉の通り、祭の当日は明後日だからだ。そんなレクトの言葉に同意するように、アイリスが空に浮いているバルーンについて言及する。
「やっぱり折角のお祭りだから、ああやって宣伝することで経済効果も狙っているんじゃないでしょうか?」
「ま、それしか考えられないよな」
アイリスの言っている事が正解だとでも言うように、レクトは軽く頭をかいている。しかしそこへ空気を読まずに、ニナがあらぬ事を申し立てた。
「せんせー、そんなことよりお腹すいたー!何か食べようよー!」
「あんた、さっきマンジュウ食べたばっかりじゃない」
あまりにも唐突すぎるニナに対し、呆れたようにリリアが言う。しかし当のニナは不服のようだ。
「あれだけじゃ全然足りないよ!それに、あれぐらいならあと30個は食べられるよ!」
「それ、自慢にも何にもならないぞ」
ニナは得意気に言うが、即座にベロニカがツッコミを入れた。しかしこのまま放っておくのも可哀想だと思ったのか、レクトはある事を提案する。
「じゃあ、船の中でも話したヤマト名物の溶岩焼きでも食べに行くか」
「やった!」
食事にありつけると聞き、ニナが歓喜の声を上げた。しかしここでフィーネには1つ気がかりな点があったようで、その点についてレクトに尋ねる。
「でも先生、お店の予約とかはしてあるんですか?」
フィーネの質問を聞いて、他のメンバーもあぁ、と声を漏らす。何しろ街は見ての通り観光客でごった返しており、どの店も満席なのではないかと思ったのだ。
しかしレクトは相変わらずといった様子で、とんでもない事を口にする。
「んなもん要らねえよ。俺の名前出して断る奴がいたら、剣を突きつけて脅す」
「怖いですよ!というか捕まりますよ!」
レクトの爆弾発言に対し、アイリスが焦ったように注意する。しかしレクトは何故か勝ち誇ったような顔をしながら自慢気に愚言を続けた。
「心配いらねえよ、サムライ如きにこの俺が負けるか」
「だから勝ち負けじゃありませんって。国際問題に発展するのは間違いないので絶対にやめてください」
傍若無人なレクトの発言に対し、エレナが冷静に指摘する。冗談ならともかくこの男なら割と本気でやりかねないので、S組メンバーはどうか店に空席があるように心の中で祈りながら商店街を歩いていった。
商店街の入り口付近から街の中心部へと進むと、人混みも更に勢いを増していった。もっとも観光地なのだから当然なのだろうとS組メンバーは思っていたが、先頭を歩いているレクトは何か疑問に満ちたような表情を浮かべている。
「にしても、いくらなんでもこの人混みは異常だな」
「観光地だから、当たり前なんじゃないですか?」
レクトの呟きに対し、フィーネがごく自然な様子で問う。しかしレクトはどうにも納得できないようで、周囲の人混みを見回した。
「いや、それでもここまで人が集中するのはおかしい。まるで今からこの場で何かが始まるみてえじゃねえか」
それを聞いて、生徒たちももう一度辺りを見回す。確かによく見ると、皆あまり動こうとせずに何かを待っているような様子である。
そんな時、アイリスがある事に気付いた。
「あの、何だか観光客よりもヤマトの人の方が多くありませんか?」
アイリスの言う通り、改めて見てみると集まっている人々は服装からして観光客よりもヤマトの人間の方が明らかに多い。その光景をレクトたちが疑問に思っていると、突然後ろから声をかけられた。
「おっ?兄さん方もサクラ様のお姿を見にきたのかい?それなら是非ウチでサクラ様のうちわを買っていきなよ!お安くしとくよ?」
レクトたちに声をかけてきたのは、小さな屋台で露店を開いている中年男性であった。彼の言うように露店の台にはうちわが並べられており、その表面にはサクラという文字とデフォルメされた少女の絵のようなものが書いてある。
うちわの事も少々気にはなるが、レクトはまずこの人混みについて聞いてみることにした。
「オヤジ、今日はこの辺りで何かあんのか?祭は明後日の筈だが」
レクトが率直に尋ねると、店主の男性は信じられないといった様子で目を丸くする。
「おや兄さん、知らないのかい!?今日はヤマトが誇る姫巫女のサクラ様がこの城下町をねり歩く催しがあるんだよ!」
「へぇ、姫巫女ねえ」
店主の話を聞いて、レクトは納得したような表情になる。しかし生徒たちは何の事だかわからないといった様子で、リリアが率先して店主に尋ねた。
「おじさん、姫巫女って何なんですか?」
「あちゃー。やっぱ外国の方だと知らねえ人も多いんだねえ」
店主はがっかりしたような様子で額に手を当てている。バカにされているのかと思いリリアは少しカチンと来たが、人の多い中で騒ぎを起こすわけにもいかないのでここは黙っておくことにした。
そのやりとりを見て、店主よりもレクトに聞いた方が良いと判断したアイリスが質問を投げかける。
「先生は姫巫女って知ってます?」
先程の店主の話を聞いてレクトが納得したような様子であったので、おそらくレクトなら知っていると思ったのだろう。
「うろ覚えなんだが、確かヤマトの守り神である不死鳥に祈りを捧げる役目を持った巫女のことだったかな?俺も直に見た事はないし、まさかこんなスター扱いされているようなもんだとは思わなかったが」
聞かれたレクトの方もいつものように自身たっぷりという訳ではなかったが一応知識として知ってはいたようで、話せる範囲での説明を行った。しかしレクトにしては珍しく姫巫女のことについてはあまり詳しく知らないのか、店主にもう一度質問する。
「なあオヤジ、その姫巫女ってのは…」
どんな奴なんだ、とレクトは尋ねようとしたのだが、その質問は直後にワアっと上がった大きな歓声によってかき消されてしまった。
同時刻、少し離れた高台からは1人の男が大勢の人で賑わう商店街の様子を静かに見つめていた。男は黒い装束を全身に纏っており、顔も覆面のようなもので隠しているため表情が全く読めない。
「来たか、姫巫女」
男は小さな声で呟くと、高台の上から音も無く飛び降りた。




