ヤマトの文化
高速船は何事もなく発着場に着陸し、レクトたちは荷物を持って船を降りる。やはり観光地であるからだろうか、発着場のロビーでは様々な人種・種族の人々が行き交っているのが目に入った。
「色んな人がいるねー!」
つい先程まで爆睡していたニナであるが、すっかり目が覚めたようで物珍しそうにキョロキョロと辺りを見回している。
「ニナ、あんまりキョロキョロしないの。子どもだと思われるでしょ」
流石にそんなニナの行動が恥ずかしいと思ったのか、ルーチェが言及する。しかしニナは何を思ったのか、キョトンとしながらも逆にルーチェに聞き返した。
「ニナたち子どもじゃないの?ねー、せんせー!」
言うや否や、今度はレクトに意見を求める。しかしレクトの回答など、既にニナ以外のメンバー全員には大方の予想がついていた。
「間違いなくガキだな」
「ほら!」
レクトが同意したのを見て、ニナは嬉しそうにしている。それを見ても最早突っ込む気すら起きないのか、ニナを除いたS組メンバー全員が呆れたり目頭を押さえていた。
そんなやりとりをしながらロビーの中央まで行くと、そこに立っていた1人の男性がレクトの姿を見るなり急に声をかけてきた。
「お待ちしておりました、レクト様ですね?」
「あぁ、そうだが」
見知らぬ人物ではあったものの、呼ばれたことには違いないのでレクトはとりあえず返事をした。男性は丁寧にお辞儀をすると、笑顔で要件を伝える。
「私は本日ご宿泊していただく予定となっている旅館の従業員でございます。校長のクラウディア様より、荷物を旅館へ運ぶよう仰せつかっております」
「あぁ、そうなの。じゃあよろしく頼むわ」
そう言ってレクトは手に持っていた荷物を従業員に渡した。従業員はそれを受け取ると、慣れた手つきで後ろに置いていた台車に乗せる。そうやって全員分の荷物を台車に乗せ終えると、改めてレクトたちに向かって一礼した。
「では、私は旅館でお待ちしております。どうぞごゆっくり」
従業員はそう言い残すと、荷物を乗せた台車を押して出口へと向かっていった。彼の姿が見えなくなったところで、ふとエレナがレクトに質問する。
「そういえば先生。さっきの人が言ってた『リョカン』って何ですか?宿泊って言ってましたけど」
とりあえず宿泊という単語が出たので、少なくとも宿泊施設だということはエレナにも理解できているようだ。そして、彼女の予想通りの回答がレクトから返ってくる。
「簡単に言うとヤマトの宿屋のことだ」
「あぁ、やっぱりそうなんですね」
レクトの回答を聞いて、エレナは納得した様子だ。兎にも角にも荷物を置きに行く手間が省けたので、これならばすぐに行動に移ることができる。
「それで先生、最初はどこに行くんですか?」
皆が気になっているであろう事を、率先してフィーネが尋ねた。何しろこの修学旅行には、普通の修学旅行であれば間違いなく存在しているであろう予定表というものが無いのだ。
おそらくレクトの事だから何かしら考えてはいるのだろうと皆思ってはいたが当のレクトは少し考えると、何かを思いついたように人差し指を立てる。
「ある程度行くところは決めてあるが、とりあえずは中心街にでも行ってみるか」
“とりあえず”などと完全に今思いついたような言い方であったので、数名のメンバーは若干不安そうな顔になった。そんなレクトの提案に少し疑問を持ったのか、リリアがもっともらしい質問を投げかける。
「中心街?観光名所とかじゃなくて?」
リリアだけでなく、他のメンバーもてっきり有名な寺院や戦場跡などを巡ると思っていたので、どうやら少々拍子抜けだったようだ。しかしレクトの方も何の考えも無しに発言したわけではなかったようで、きちんとその理由も含めて説明する。
「観光名所を巡る前に、まずはヤマトの文化を知っといた方がいいだろ。中心街なら色々な店があるし、文化を知るには一番手っ取り早いと思うんだ」
「なるほど、確かにそうですね」
レクトの話を聞いて、アイリスが納得したように頷く。とにかく行き先は決まったので、レクト率いるS組はまずヤマトの中心街に向かうことにした。
飛行船の発着場から出ると、すぐ目の前には大通りのような広い道が続いていた。通りには様々な人種の人々が行き交い、やはり海外からの観光客が多い場所なのだということを改めて実感させられる。
「ここを真っ直ぐ行くと中心街だ」
レクトは大通りの先を指差しながら言った。確かに彼の言う通り、遠くに街のようなものがあるのが見てとれる。距離としては大体1km前後といったところだろうか。
発着場からは馬車も出ていたが、わざわざそんな物を使うほどの距離でもない。レクトが街まで歩くぞと言っても、特に文句を言う者は誰もいなかった。
「センセイ、なんか変わった服装の人たちがいるぞ?」
歩き始めて1、2分したところで、何かに気付いたようにベロニカが真っ先に口を開いた。ベロニカの視線の先では、フォルティスでは見たこともないような服装をした女性が歩いていたからだ。
女性は肩から足まで全身に朱色の衣装をまとっており、腰部分には紫色の布を巻いている。また、服装だけでなく髪飾りや靴、装飾品などもとても変わっていた。それによく見ると、青、紫と色は違えど他にも似たような格好をした女性が何人も歩いている。
しかしここは博識なレクト、当然のように知っていたのか淡々と説明を述べる。
「あれはヤマトで有名な『キモノ』っていう衣装だ。それと、頭に付けている髪飾りは『カンザシ』っていうらしい」
「ほうほう」
ベロニカや数名のメンバーは改めて着物姿の女性たちを見る。やはりそこは女の子なのか、口には出していないがどうやら着物…つまるところヤマトのファッションにかなり興味があるらしい。
そうやって8人が通りを歩いていると、今度はフィーネがある事に気付く。
「女性だけでなく、男の人たちも変わった格好をしていますね」
彼女の言うように、道を歩く男性の中にはキモノとはまた違った見たこともないような服装をしている人が何人もいた。しかもそれだけではなく、リリアがある共通点を挙げる。
「そういえば、刀を身に付けてる人が多いわね」
リリアの言う通り、変わった服装をしている男性たちの中には刀を腰に携えた者も多くいるのがわかる。そんな疑問を持つS組メンバーに、最早お約束だとでも言わんばかりにレクトが答えた。
「あぁ、あいつらはきっと『サムライ』だな」
「「サムライ?」」
聞いたことがなかったのか、リリアをはじめとした数名のメンバーが疑問の声を上げた。勿論レクト自身もそう来ると思っていたので、そのまま解説を続ける。
「サムライっていうのは、ヤマト特有の剣士だ。独自に発達した刀を用いた剣術を使うことで有名なんだよ」
「「へぇー」」
こういう時のレクトの説明はいつも端的ではあるが、要点はきっちり入れてくるので理解自体はしやすい。それもレクトが彼女たちに信用されている要因の1つなのであろう。
だがレクトは急に何かを思い出したように、面白おかしそうな口調で話を続ける。
「ところがよ、サムライは他人に武器の鞘をぶつけられただけで怒って斬りかかってくるような奴らだって噂があるんだぜ」
「ええっ!?そんな物騒な人たちなんですか!?」
突然とんでもない事実を聞き、フィーネが思わず驚いた様子を見せた。無論、他のメンバーも同様の反応を見せている。そんな彼女たちの様子を見て、レクトはからかうような口調で更に続ける。
「まあ実際はそんなものとっくに廃れた大昔の風習らしいが、もしかしたらまだそんな考えを持った物騒な奴がいるかもしれないからな。お前らも自分の武器がサムライにぶつからないように気を付けとけよ?」
レクトは冗談めかして言ったつもりだったのだが、それを聞いた生徒たちは一瞬自分の身に着けている武器を見る。
今現在の彼女たちはブレザーの制服の腰元や背中に武器があるという何とも言い難い格好ではあるものの、ここへ来る前にレクトが言っていたように武器を持って用心するに越したことはない。
しかしここでルーチェが、レクトに対してある事を指摘する。
「それを言うんだったら先生の武器が一番大きいんですから、まず先生が気を付けてくださいよ」
ルーチェの言う事ももっともであった。何しろレクトの持つ大剣は彼自身の身の丈とほぼ同じ長さであり、加えて刀身の横幅もかなりある。今更ではあるが、日常生活では背負っていると何かと邪魔になることも多いのだ。
ちなみに武器の長さだけでいえばニナのハルバードも結構なものではあるが、ニナの持つそれは三つ折りにして持ち運べるよう工夫がなされているので、それほどかさばることはない。
「俺は平気だって。相手が誰でも絶対負けねえし」
「勝ち負けじゃなくって、先生はまず物事を穏便に済ませるという事を心掛けてください」
当たり前のように発言するレクトに、アイリスがやや小声で指摘する。そんな傍若無人なレクトを先頭に、S組メンバーたちはヤマトの中心街を目指して歩いていった。




