Let's!家庭訪問!〜後日談〜
レクトが家庭訪問を終えてから2日後。ちょうどこの日はフォルティス王城に隣接した議事堂で王国評議会議員が集まり、議会が開かれる日となっていた。
議会で話す内容は様々である。国の予算、街道の整備、治安維持といったどの国でも話し合われるようなものが大半であるが、本日はそれとは別にもう1つ、ある事が話題に上がっていた。
「ですから!レクト・マギステネルのような人格に問題のある人物が教鞭を執るなどもっての外なのです!今すぐに国外に追放すべきですわ!」
強い口調で言い放ったのは、フィーネの母親でフォルティス王国評議会議長であるグライス議長だ。そういうわけで今話題に上がっているのは、他でもないレクトについての事であった。
やはり、先日の家庭訪問の件で議長は相当頭に来ていたらしい。そんな怒り心頭の彼女に対し、評議会に参加していた王国大臣が情けない顔をしながら口を開く。
「それは難しいのだ、議長。何しろ相手は百戦錬磨どころかたった4人で2000人もの軍勢を退けたという伝説すらある男だぞ?武力行使など到底不可能であるし、奴が我々の言う事を素直に聞くとも思えん」
どうやら様子を見るに、大臣はこの話題に関してはさっさと終わらせたいようである。実際、この件に関しては娘がレクトの受け持つクラスに在籍しているグライス議長の私情が絡んでいるのは明白であるし、何より大臣自身がなるべくレクトの事に触れたくないというのが一番の理由だ。
しかし、当の議長は中々引き下がろうとはしなかった。
「でしたらせめて、教師を辞めさせるぐらいはできるでしょう!?」
「しかしだな…」
グライス議長の剣幕に押され、大臣はたじろいでしまう。他の議員たちはどうすることもできず、ただ黙って事の成り行きを静観する方向のようだ。
だがそんな中、議席に座っていた1人の議員が静かに口を開いた。
「議長、少し落ち着いたらどうだ。私情が絡むと周りが見えなくなるのは昔からの悪い癖だぞ」
「エルトワーズ議員…!」
横から口を挟んだのは、元王国騎士団長でリリアの父親でもあるエルトワーズ議員であった。どうやら言葉の内容からするにグライス議長とは旧知の中であるらしく、立場上は自分より上の彼女に対してたしなめるように言及する。
「それに議長。貴女はレクトに対してかなりの不平不満を抱いているようだが、貴女の娘のフィーネ嬢はどう思っているのかな?」
「なっ…!い、今は娘は関係ないでしょう!?」
娘の名前を出され、グライス議長は一瞬動揺した。一方エルトワーズ議員は姿勢を崩さず、冷静な口調のまま話を続ける。
「大いに関係あるさ。そもそも貴女は奴が娘の担任であるのが気に食わないのだろう。それに私の娘も貴女の娘と同じクラス…つまりレクトの受け持つクラスに在籍している」
「それが一体どうしたというのです?」
自分の娘がエルトワーズ議員の娘と同級生だという事は、当然のようにグライス議長も知っていたようだ。議長は敵対心むき出しのままエルトワーズ議員を見るが、当の議員は構わず話を続ける。
「確かに娘からはレクトの人格的な問題についての愚痴をよく聞くが、奴の指導に関する問題については一度も話題に挙がったことが無い」
「!!!」
その一言に、議長の顔色が僅かに変わった。口には出さなかったが、どうやら彼の言う事に何か心当たりがあるらしい。彼女の動揺は発言したエルトワーズ議員にも伝わったらしく、諭すような口調で話を続けた。
「そうだ。これまでS組の担任になった人間に対しては剣術が下手くそだの腰抜けだの何かしら難癖を付けていた筈の娘が、あの男に対しては一度もそのような文句を言ったことが無い。それは貴女の娘も同じなのではないか?」
「何を…知った風に…!」
グライス議長は歯ぎしりをしながら、悔しそうに唸る。しかし反論できない以上、エルトワーズ議員の言っている事もあながち間違ってはいないらしい。
だがここで、突然会議室の扉が開かれると共に男性の声が部屋中にこだました。
「すみません。レクトの愚行については僕が代わりに謝りますので、どうか1つ大目に見てやってはいただけないでしょうか?」
そう言って会議に割り込んで来たのは、1人の黒髪の青年であった。もっとも彼の身なり自体は豪華であるので、少なくともそれなりの立場の人物である事はその場にいた全員にわかった。
「貴方は?会議中は立ち入り禁止になっている筈ですが」
横槍を入れられてひどく不満なのか、グライス議員は冷たい口調で尋ねる。しかし青年がその質問に答える前に、扉の奥から更に別の声がした。
「すまない、彼は私の客人だ」
「「「陛下!!」」」
青年に続いて部屋に入ってきたのは、他でもないこのフォルティスの国王であった。突然の国王の来室に、グライス議長をはじめとした議員たちは国王に向かって一礼する。いくら評議会議員ではないといっても、流石にこの国の代表者を部外者扱いする訳にはいかない。何より、国王が政治に参加しておかしい事など何一つないのも事実だ。
「それで陛下、こちらの男性はどなたなのでしょうか?」
頭を上げながら、グライス議長が国王に尋ねた。しかし国王がその質問に答えるより先に、今度は青年の方が自ら名乗る。
「申し遅れました。僕はこのフォルティスの同盟国であるグランディア王国から会合の為にやって参りました、ルークス・アルトリアという者です」
青年は自身の名を述べると、会場にいる議員たちに向かって一礼する。しかし、彼の名前を聞いたグライス議長を始めとした数名の頭にはある重要な点が浮かび上がったのだった。
「ルークス…まさか勇者ルークス!?」
グライス議長が驚愕の声を上げると同時に、部屋中が一気に騒然となった。それもそのはず、会議の席に突然国王が現れただけでも驚きだというのに、その上に他国の王、ひいては四英雄ルークスが一緒だとなれば軽くパニックになってもおかしくはない。
そうやって騒然となる議員たちを余所に、ルークスは申し訳なさそうな表情をしながら話を始めた。
「レクトの素行が悪いのは前々からでしてね。おそらくはここにおられる議員の方々の中にも、それをよくご存知の方もいらっしゃるのではないでしょうか」
ルークスの言葉を聞いて、一部の議員が頷く。議席の真ん中にいた大臣に至っては全くその通りだと言わんばかりに腕を組みながらウンウンと頷いていた。
「でも聞いてください。確かにレクトは他人が決めたルールを軽視しますが、一方で自分が決めた事に関しては最後まで筋を通す男です。もし彼が自分のクラスの生徒たちを最後までしっかり導くというのであれば、絶対に悪い結果は出ないと僕は思います」
かつての仲間であるが故にレクトの事をよく知るルークスは、まるで演説でもするかのようにレクトの良い所をアピールしている。そうやって力説する彼の姿を見て、周りにいた議員たちもザワザワと騒ぎ始めた。
「勇者ルークスがそう言うのであれば…」
「そうだな、信用できる」
「何より、彼ならレクト・マギステネルの事を最もよく知っているのも頷けますわ」
流石は世界を救った勇者ルークスとでも言うべきか、部屋内にいた議員たちは彼に初めて会った者ばかりであるにも関わらず肯定的な態度を見せている。そして先程のルークスの意見に同調するように、今度はエルトワーズ議員が口を開いた。
「それは私も同感だ。レクトは確かに無礼で身勝手な男ではあるが、有言実行を地で行くような奴だ。奴が一度引き受けると言ったのであれば、それを信用しても何の弊害もないと私は思うがね」
エルトワーズ議員の言葉に、他の議員たちも納得したような表情を浮かべている。しかしグライス議長だけは未だに納得がいかないのか、目くじらを立てながら反論した。
「ですが!それならばもっとふさわしい人間がいる筈なのではないですか!?」
やはり彼女としては評議会議長である自分に意見してきたレクトの事が気に入らないのだろう。そんな彼女に対し、呆れた様子のエルトワーズ議員はやや冷たい口調で言い放つ。
「なら議長。レクトよりも戦闘経験が豊富で、尚且つ一般教養や知識も人並み以上に持ち合わせているような人間の名前を挙げてくれ」
「そ、それは…!」
突然の要求に、グライス議長は言葉が詰まってしまった。だがそれも無理はない。その答えに関して、質問をした筈のエルトワーズ議員が代わりに答える。
「わかるだろう。奴の代わりなどいない。多少…というよりかなり人格に問題があったとしても、奴を選んだ陛下の判断は正しかったと私は思うが」
エルトワーズ議員はさも当然といった様子で言った。が、唐突に自身を名指しされた国王は何故かビクッと体を震わせ、あたふたしながらもエルトワーズ議員の方を見る。
「あ…そ、そうか!そうだな!そう思ってくれるかエルトワーズよ!」
「え?あ、はい」
急にしどろもどろになった国王の態度に少しの違和感を抱きつつも、エルトワーズ議員は頷く。無論、本当は国王が推薦したのではないと知っているのはこの場では国王本人と大臣の2名のみだ。
一方、グライス議長もこれ以上は反論の余地が無いと踏んだのか、やや不満そうな顔をしながらもルークスの方を見る。
「…いいでしょう、勇者ルークス。貴方がそこまで言われるのであれば、今回の件に関しては一旦保留という形に致します」
((不問にはしないのか…))
完全には引き下がらなかったグライス議長を見て、国王と大臣は心の中でがっくりとうなだれた。もっとも2人としてはレクトを辞めさせるだのそういった事が問題なのではなく、そもそもレクトの事自体にあまり触れたくない、というより関わりたくないというのが本音である。
そんな彼らの心情などつゆ知らず、ルークスはグライス議長に向かって一礼する。
「議長、お心遣い感謝します。彼ならばきっと良い成果をもたらすでしょう」
「いえ、こちらこそ一国の主にお手数をお掛けして申し訳ありませんでしたわ」
相変わらずグライス議長は不機嫌そうではあったが、やはりそこは政治家と言うべきか、ルークスに向かって丁寧に応対する。そうして議長は自身の席に戻ると、改めて別の書類に書かれた内容を読み上げる。
「では、次の議題に移りたいと思います。老朽化した用水路の修繕にかかる費用と時間の目安が出ましたので…」
先程の態度が嘘のように、グライス議長は凛とした姿勢で話を進める。そんな彼女を横目に、ルークスは国王に小声で話しかける。
「それでは、僕らも行きましょうか」
「うむ、そうだな」
そう言って2人は、議事堂を後にした。
ルークスと国王は議事堂を出た後、2人だけで隣接した王城まで歩いて戻っていた。普通なら国家元首2人が護衛も付けずに外を歩くのは無防備だとしか言いようがないが、その内の1人は魔王を倒した勇者だ。そこらの兵士よりもよっぽど腕が立つのは明白である。
「ところでルークス殿よ、せっかくフォルティスまで来たのだ。ついでにレクトに会ってきてはどうかね?」
不意に、国王が提案する。今回は同盟国の国王同士の会合という形で来ていただけであったが、折角の機会に旧友に会っておくのもいいだろうと思ったのだ。
しかし、ルークスはその申し出に対して少し遠慮がちに首を横に振る。
「いえ、折角ですがそれは遠慮しておきます。今は僕も国家元首という立場上、あまり国を空ける訳にもいきませんし、何よりレクト自身が迷惑がる…というか面倒くさがると思いますから」
「そういうものかね」
国王はやや不思議そうな様子である。彼からしてみればレクトなどできる事ならば会いたくはない人物の1人ではあるのだが、ルークスにとってはかつての仲間に他ならない。しかしルークスは笑いながら話を続けた。
「ええ。レクトのことですし、“あぁ!?ルークス!?連絡も無しにいきなり何の用だコラ!こっちは忙しいんだ、テメーの相手なんざしてられっか!”とか言われるかもしれませんしね」
「なるほど、確かにレクトなら言いそうだ。流石、奴の事をよくわかっている」
レクトの口真似をするルークスを見て、国王が苦笑する。
「だが良いのか?今回会えなかったとしたら、次はいつになるかわからんぞ?」
国王は少し心配そうに言った。何しろ、今はルークスも自身と同じ一国の王という立場なのだ。外出する機会など限られているし、他の国に行くなどそれこそ数年後になってもおかしくはないという事はよく知っている。
しかし、当のルークスは心配など微塵もしていないような様子で口を開く。
「いえ。実は先日、レクトが生徒たちを連れてカリダの元を訪れたそうなんですよ。だから僕も、近いうちに彼らをグランディアに招待しようかと思っているんです」
「なるほど、そういう事か」
ルークスの考えを聞いて、国王も納得したようだ。
そうやって2人は話をしながら、王城の門の前にたどり着く。門の前では1台の馬車が既に出発の準備を整えており、従者はルークスの姿を見るなり馬車の扉を開いた。
ルークスは馬車の近くにまで寄ると、改めて国王に向かって一礼する。
「それでは、今日はこれで失礼します。レクトにもよろしく言っておいてください」
「うむ。伝えておこう」
馬車に乗り込むルークスを見ながら、国王は返事をする。とは言ったものの彼自身はレクトになど会いたくはないので、知人であるクラウディアを介して伝えるつもりではあるが。
従者が鞭を打つと同時に、馬車が出発する。国王はそれを見送ると、城の中へと戻っていった。




