Let's!家庭訪問!〜フィーネ編〜
レクトのS組家庭訪問、最後はフィーネだ。しかし、これまでの家庭訪問の時と違ってフィーネだけはどうしてもレクトの方から親御さんに対して聞きたいのではなく、むしろ言っておきたい事があった。
それは2週間ほど前に遡る。
授業が終わった放課後のS組の教室。既に帰りのホームルームも終わり、担任であるレクトもいつもと変わらず気怠そうに職員室に戻っていった。ほとんどの生徒は各々既に帰宅しており、教室に残っていたのはエレナとフィーネの2人だけであった。
「フィーネ、一緒に帰らない?」
荷物を全てまとめ終えたエレナは、一緒に下校しようとフィーネを誘った。しかし誘われた側のフィーネは申し訳なさそうな顔になる。
「ごめん、今日は少し残って勉強していくね」
フィーネは謝るが、エレナは別に彼女を責めるわけでもなくむしろ感心したような様子さえ見せている。
「また?マジメね。やっぱり万年学年1位は違うってことかしら。」
「そんなことないって」
フィーネは謙遜するが、彼女がサンクトゥス女学園に入学してから常に学年1位の成績をキープしているのは誰もが知っている事実だ。もちろんその事実に対してはガリ勉だの真面目ちゃんだの冷やかす者も少なからず存在はするが、少なくとも同じS組の面々、特に親友であるエレナは彼女に対してそんな邪な気持ちはこれっぽっちも抱いていなかった。
「ま、無理しないでね。じゃあ私、先に帰るね」
「うん、また明日ね」
フィーネは笑顔で手を振り、親友を見送る。エレナが教室を出ていくのを見届けると、彼女はすぐさま教科書とノートを開いて勉強を始めた。
5分、10分、30分と経過しても、彼女のペンを動かす手は止まらない。休む間もなく次から次へとノートに数式や文章を書き込んでいく。
「次も…1番に…ならなきゃ…!」
黙々と…いや、見方によっては鬼気迫るような雰囲気を纏いながら、フィーネは必死に勉強を続ける。そんな彼女の様子を、偶然S組の教室に忘れ物を取りに来たレクトは気付かれないようにただ黙って見ていたのだった。
フィーネの実家はリリアの家と同じ地区にある。即ち、フィーネもリリア程ではないが実は結構な良家のお嬢様なのだ。これに関しては、レクトもつい最近知った事実である。正確に言えばフィーネの家が歴史ある名家であるというよりも、彼女の母親の地位にその理由があるのだが。
「この家か。確かに豪邸なんだろうが、ついさっきあれだけバカでかい屋敷を見たばっかしだもんなあ」
レクトの目の前に建っているのは、周りの貴族の屋敷よりも一回り小さな家だった。とはいえそれでも城下町の大通りや住宅街にあるような民家と比較すれば桁違いではあるのだが、つい先程この地区でも1、2を争うような大豪邸を目の当たりにしてしまった為か単純に感覚が麻痺してしまっているだけだ。
家の扉に付いている小さな鐘を鳴らし、反応を待つ。数秒もしないうちに扉の奥からパタパタと音が聞こえ、ガチャッという音とともに扉が開かれた。
「まあ、レクト様ですね。ようこそおいでくださいました」
「あ、どうも」
出迎えたのは、フィーネによく似た女性であった。女性はレクトを玄関の中にまで招き入れると、改めて自己紹介を始める。
「初めまして、フィーネの母でございます。それと手前味噌ですが、フォルティス王国評議会の議長を務めております」
「ええ、存じています」
レクトは澄まし顔で答える。フィーネの母親が評議会の議長である事はレクトもジーナに聞かされて最近知ったばかりではあるが、余計な面倒を起こしても何なのでここは端的に答えておくことにした。
母親の表現にも明らかに自慢くさいものがあったが、旅の途中で幾度も国家元首や大貴族と顔を合わせた経験のあるレクトからしてみればこの程度は何でもなかった。
「お会いできて光栄ですわ、四英雄レクト。それとも今はレクト先生とお呼びした方がよろしいかしら?」
フィーネの母親から、呼び方は英雄がいいか先生がいいかという学園に来て既に何度目になるかわからない質問が投げかけられた。もっとも、その答えなどレクトの中では既に決まりきっている。
「じゃあ、先生の方で」
レクトは迷わず即答した。とにかくレクトとしては英雄と呼ばれる事自体イマイチ落ち着かない、というか好きではないのだ。そんなレクトの心情を知ってか知らずか、フィーネの母親は笑顔のまま彼を家のリビングまで案内する。
リビングとはいってもそこはやはり豪邸らしく、広さも天井の高さも半端ではない。母親はレクトを来客用のテーブルに座るよう促すと、何を思ったのか奥の扉に向かって大きな声を出した。
「フィーネ!紅茶を持って来て頂戴!」
「はい、お母様」
フィーネの返事がしたかと思うと、ゆっくりと扉が開かれる。中から現れたのは、やはりと言うべきか紅茶一式を手に持ったフィーネであった。
「お待たせしました、先生」
フィーネはそう言ってレクトの前にティーカップを置くと、そこに紅茶を注ぎ始めた。上質な茶葉を使っているのだろう、良い香りが辺りに広がる。
そうやってフィーネが2人分の紅茶を用意し終えると、母親の方から唐突な提案がなされた。
「先生。今回は先生と保護者だけでというお話でしたが、娘も同席させて頂いてもよろしいでしょうか?」
「え?」
予想外の事だったので、レクトは思わず素っ頓狂な声を上げた。しかしイレギュラーな案件ではあるものの、断るとそれはそれで余計に面倒な事になりそうでもある。そう考えたレクトは素直に首を縦に振っておくことにした。
「あぁ、はい。わかりました」
「ありがとうございます、先生」
フィーネの母親は一言礼を言うと、自身の隣に娘を座らせる。しかしフィーネ自身は何か思うところがあるのか、どことなく居心地の悪そうな様子だ。そんな娘の様子など知らんとばかりに、母親はいきなり本題とも言うべき話に入る。
「先生。単刀直入に聞きますが、うちのフィーネは先生の目から見てどうでしょうか?」
(絶対それ聞いてくると思った)
母親の質問に、レクトは素直な感想を抱いた。というのも先程の彼女とのやり取りからして、大方よくできた娘を自慢したいのだろうと予想していたからだ。
だが生憎とレクトは、こういう場ではどのように言えば穏便に済ませられるのかなど知る筈もない。それまで自分の目で見てきた感想をそのまま言うだけであった。
「レイピアの使い方はまだまだ発展途上ですが、魔法のセンスはかなりありますね。この子の才能から言わせてもらうと、攻撃魔法よりも相手を妨害する魔法を磨けば更に状況対応能力が増すんじゃないでしょうか」
レクトとしては世辞などではなく率直な意見を述べただけであったが、娘の才能を褒められたフィーネの母親はえらく上機嫌になった。
「まあ、流石は幾多の激戦をくぐり抜けてきた英雄ね。たった数日でそこまで見抜いてしまうなんて。同じ天才同士、理解できるものがあるんでしょうね」
どこか誇らしげに語る母親の横でフィーネ本人は少し恥ずかしそうな、というよりどこかバツの悪そうな表情を浮かべている。しかし、そんな和やかな空気を母親の言葉に疑問を持ったレクトがブチ壊す。
「いや、俺は天才なんかじゃないですし、この子も天才ではないでしょう」
レクトの一言に、場の空気が凍りついた。フィーネの母親は笑顔のままであったが、確実に顔が引きつっている。母親の隣に座っていたフィーネもひどく緊張した様子だ。
「先生。もしかして貴方、“天才”という言葉をご存知ないのでしょうか?」
母親は、笑顔を引きつらせたままレクトに尋ねた。先程の態度とは一転して皮肉たっぷりの言い方になっていたが、レクトは気にも留めていなかった。
「それは理解してますって。天才っていうのは特に何もしないでも、何でもできてしまうような奴のことでしょう」
レクトは至って冷静に返した。やや抽象的な言い方ではあったもののレクト自身、間違ってはいないだろうとは思っている。母親もそれについては否定しなかった。
「その通りですわ。うちのフィーネは昔から何でもこなせて、筆記試験の成績も常に1番。色々な先生方からも天才だと褒めていただいてきましたもの」
自慢げに語る母親の横で、フィーネ本人は恥ずかしさと申し訳なさが混じったような複雑な表情を浮かべている。そんなフィーネを見て、レクトは率直な一言を言い放った。
「本当に天才なら、放課後教室に残って一生懸命に勉強なんてしませんよ。そもそも、そんな必要が無いですからね」
「!!!」
レクトの核心を突いたような一言に、それまで母親の側でただ黙って話を聞いていただけのフィーネがとても驚いたような顔をした。それとは別に、ここまで笑顔だった母親の表情が一変し、レクトに対して敵意を向けたような態度になった。
「なっ…!貴方、娘の努力を否定する気ですか!?」
母親の声には確かな怒りがこもっていた。だがレクトは臆する事なく、相変わらずの態度で冷静に意見を述べる。
「いや、逆ですよ。フィーネがこれまでトップで居続けられたのは、この子自身が死にもの狂いで努力してきたからでしょう?天才なら努力なんてせずともトップを維持し続けるなんて朝飯前でしょうからね」
そんなレクトの言葉に多少は思うところがあったのか、母親は一瞬黙る。しかしすぐさま平静を取り戻すと、一転して今度は煽るような口調になった。
「先生、いくら英雄と言えども学園では貴方は一教師にしか過ぎません。場合によっては私の一存で貴方の立場が危うくなる可能性も考慮できて?」
母親の言葉は捉え方によっては脅しにも近いものであったが、それでも尚レクトは冷静そのものである。それどころかやや呆れたような表情になり、やれやれといった様子で言葉を返す。
「どうぞご自由に。そもそも俺自身、元々教師なんて向いてるとも思ってないんで。ただ1つだけ言わせてもらってもいいですか?」
「…何でしょうか?」
母親はまだ不服そうな顔のままだが、一応はレクトの言葉に耳を傾ける。
「フィーネがこれまで死にもの狂いで努力してきたのは、周囲の人間がこの子に過剰な期待を寄せ過ぎたからなんじゃないですか?むしろ天才なんて言葉で片けてる周りの人間の方が、この子の必死の努力を否定してると俺は思いますけどね」
あまりにも直球過ぎる、しかし本質を突いているようなレクトの意見にフィーネの母親は怒り心頭であった。その一方で、横で聞いていたフィーネ本人はどことなく複雑そうな表情を浮かべている。
「先生、今日のところはお引き取り願えますか?申し訳ありませんが、私もこれ以上貴方とお話をする気になれませんので」
母親は怒りを抑えた様子でレクトに言った。もっともこれ以上話をする気になれないのはレクトの方も同じなので、特に反論する事もなく彼女の言葉を受け入れる。
「わかりました。フィーネの授業の様子について書き記した資料を置いていくので、後で目を通しておいてもらえますか?」
レクトは持参した資料をテーブルの上に置くが、母親は返事もせずただ黙ってレクトを睨むように見ているだけだ。しかしレクトは気にも留めることなく、鞄を背負いながら立ち上がる。
「じゃあな、フィーネ」
不意にレクトが声をかけたので、フィーネはビクッと反応した。フィーネはどう答えようか一瞬戸惑ってしまうが、ここで黙っていても埒が明かない。
「えっ、えっと…あの、はい…」
フィーネはそう答えるので精一杯であった。レクトに対して敵意を向けている母親の前でにこやかに挨拶するなどとてもできたものではないが、かと言って無視するのも失礼極まりないと思ったからだ。レクトの方もそんな彼女の心情を察したのか何も言わず、1人玄関の方へと向かって行った。
側から見れば完全に追い返されたような構図ではあるが、レクト自身は満足気な表情を浮かべていたのだった。




