Let's!家庭訪問!〜ルーチェ編〜
レクトの家庭訪問、5件目はルーチェだ。しかしルーチェの自宅に関しては少々特殊な事情があり、住宅街から少し離れた街のはずれにある。レクトは地図を見ながら、メモに書かれている内容と目の前にある建物を照らし合わせていた。
「『ターナー孤児院』…ここだな」
建物の入口には、『ターナー孤児院』という看板が掲げられていた。孤児院とは書いてはあるものの、建物の見た目自体は教会のようである。と言うより、元々教会だった建物を改修して孤児院として使っていると考えた方が自然だろう。
そんな事を考えながら、レクトは入口の大きな扉をノックする。
「はーい!」
返事と共に扉を開けて現れたのは、10歳ぐらいの男の子であった。おそらくは孤児院で預かっている子供の1人であろう。
男の子は見知らぬ人間であるレクトの姿を見るなり、彼が質問するよりも先に部屋の奥にある階段の上に向かって大きな声を上げる。
「院長せんせー!お客さん!」
「はいはい、ちょっと待っててね」
男の子の呼びかけに返事をしながら階段を降りてきたのは、50歳後半ほどであろう白髪の男性であった。男性はレクトの元まで歩いてくると、男の子の頭を撫でながら穏やかな口調で指示をした。
「リックよ、私はこれから少しの間大事な用事があるから、アレン先生の所へ行って夕飯の準備のお手伝いをしておいてくれるかい?」
「うん!」
リックと呼ばれた男の子は元気よく返事をすると、奥の部屋へと向かっていった。男性はそれを見届けた後、改めてレクトに向かって挨拶をする。
「はじめまして、レクト様。私がこのターナー孤児院の院長を勤めております、レオナルド・ターナーと申します。それと、立場的にはルーチェの保護者代わりという形にもなりますね」
「レクト・マギステネルです」
レクトが挨拶を返すと、院長は早速といった様子でレクトを奥の階段の方へと案内する。
「さ、こちらへどうぞ」
院長に先導され、レクトも階段を昇る。院長はそのまま二階の廊下の突き当たりの部屋の前で立ち止まり、上着のポケットから鍵を取り出した。レクトがその部屋の扉を見ると、扉には『いんちょう先生のおへや』と書かれた札がぶら下げられている。おそらく孤児院の子供が書いたものであろう。
「少し散らかっていますが、どうか気を悪くしないで頂ければ幸いです」
「そういうのはあまり気にしないんでお構いなく」
鍵を開けながらやや申し訳なさそうに言う院長に、レクトは特に気にも留めない様子で答えた。
院長先生の部屋と書かれていた通り、部屋の中はどうやら院長の書斎になっているようだ。別に汚いというレベルではないが、なるほど確かに部屋の所々に本が積み重なった状態で置いてある。先程院長が口にしていた、散らかっているというのはこのことだったのだろう。
「どうぞ、おかけください」
院長に促され、レクトは部屋の真ん中に置かれたテーブル椅子に座る。院長自身は部屋の奥にあった魔法瓶に入っていた紅茶をカップに注ぐと、それをテーブルの上に置きレクトの反対側の椅子に腰掛けた。
「では改めましてレクト様、本日はどうぞよろしくお願いしますね」
院長は軽く頭を下げる。レクトは早速と言わんばかりに、気になっていた事を院長に尋ねてみることにした。
「ルーチェは孤児なんですよね?あの子の学校での様子を話す前に、1つ聞いてもいいですか?」
「はい、何でしょうか」
院長は穏やかな口調で返事をする。レクトが一番知りたかったのは、ルーチェのこれまでの事であった。
「差し支えなければ、俺としてはルーチェがこの孤児院にやって来た経緯も知っておきたいんですが」
「なるほど、いいですよ。私のお話できる範囲でよければ」
院長は快く返事をしたが、レクトとしては彼の“話せる範囲で”という言葉が少々引っかかった。そこから察するにルーチェがここへ来たのはそれなりの訳があるのだと思い、レクトは院長の話に耳を傾ける。
「ルーチェはですね、赤ん坊の時に森に置き去りにされていたんですよ。それをたまたま森へ狩りに来ていたハンターが発見して、紆余曲折あって私の所で預かることになりました」
「捨て子ってことか」
レクトは腕を組みながら呟く。とはいえ、訳ありの親が子供を捨てるなど世の中には掃いて捨てるほどありふれた話だ。ただレクトとしては、捨てたのが森の中というのが若干気に入らなかったようであるが。
「身元がわかるようなものは?」
レクトは率直に尋ねたが、それを聞いた院長は首を横に振る。
「いいえ、何も。何しろ見つけたハンターの話によると、服も着せずに森の中に置き去りにされていたそうですからね。モンスターに襲われる前に発見されたのは不幸中の幸いと言えるでしょう」
「捨てた親は、死んでも構わねえって思ったんだろうな」
その言葉が捨てた親本人に届くことはないとわかっていながらも、レクトは吐き捨てるように言った。しかしながらレクトの心情自体は理解できるのであろう、院長はそれについては言及せずに話を進める。
「ルーチェという名前も、あの子を預かった際に私が付けたものです。それからは他の子たちと同じように、ずっとこの孤児院で生活しています」
「なるほどね」
レクトは納得したように言った。しかしそれだけではなく、レクトにはもう1つ聞いておきたいことがあった。
「それで、ルーチェがサンクトゥス女学園に入学するようになった経緯は?」
この質問に関してはこれまでの家庭訪問でも何度かしていたが、ルーチェの場合は少し事情が異なる。というのも、孤児院で生活していたにも関わらず急に名門であるサンクトゥス女学園を受験する気になったなど、少なくとも何かしらのきっかけがあったに違いない。
「先生は既にご存知でしょうが、ルーチェは小さい頃から魔法の才能に恵まれていましてね。専門でもない私や他の職員がちょっと教えただけで、基本的な魔法の使い方はすぐにマスターしてしまいました」
院長の話自体は、レクトにも十分心当たりがあった。レクトも薄々感じてはいたが、やはりルーチェの魔法の才能に関しては昔からのものらしい。しかし、院長の話は更に続く。
「そして5年前、街で子供を対象にちょっとした魔法のコンテストが開かれましてね。周りに背中を押される形でルーチェも何の気なしに参加したんですが、そこで他の子たちに大差を付けて優勝してしまって」
「それで自分の才能を試してみたくなったとか?」
レクトは話を遮るように尋ねた。そこでルーチェが自身の魔法の実力を自覚して、もっと試してみたくなったというのであれば納得がいく。しかしレクトの予想は外れていたらしく、院長はまたしても首を横に振る。
「いいえ。ルーチェ自身にはその気はなかったんですが、実はその時、偶然サンクトゥス女学園校長のクラウディア様がコンテストの審査員として参加されておりましてね。コンテストが終わった後に、クラウディア様から直々に将来サンクトゥス女学園を受験してみないかと誘われたと」
(偶然じゃねえな。あの女、有能な人材を自分の学園にスカウトしてやがったんだ)
クラウディアの性格を知っているレクトは、心の中で軽く毒づいた。とはいえ、同時に有能な人材をスカウトするために自らが動くという彼女のフットワークの軽さに関しては多少なり感心していたのも事実ではあるが。
「入学試験の際の実技試験でも、やはりその魔法の才能が試験官の目に留まったそうです。それに元々読書好きで勤勉な子でしたからね、筆記試験の方も難なく通過したと」
「なるほどね」
ルーチェの魔法の才能自体はレクトだって何度も見ているし、勉強に関しても苦手な素振りは全く見せてない。敷いて挙げるとすれば運動が若干苦手なところがあるが、彼女の魔法であれば十分にカバーできる範囲内だ。
とりあえずルーチェの生い立ちについてはある程度知ることができたので、レクトは次の質問へと移る。
「それで、ルーチェはサンクトゥス女学園を卒業した後は将来的にどういう風になりたいかっていうのはありますか?」
他の生徒たちと違って、ルーチェの場合は平たく言えば自身が希望したというよりも学校側から推薦されたという事になる。そうなると、もしかしたら特に目標もなく入学したのではないかというのも考えられたからだ。
「はっきりとは決めていませんが、自分に魔法の才能があるのは自覚しているので魔法関係の職業に就こうと思っているようです」
院長はそう言うが、魔法関係の仕事と一口に言っても色々ある。魔法を用いてモンスターを倒すような仕事もあれば、反対にカリダのように神官になれば全く前線に出ることもない。
もっとも、先程も院長が言ったようにまだはっきりとは決めていないのであろうと思いながら、レクトは院長の話の続きを聞く。
「私は別に構わないと言っているのですが、あの子自身は受けた恩は返すと普段から口にしていましてね。とりあえずは収入の良い仕事がしたいとも言っていました」
院長は冗談めいた口調で、笑いながら言った。しかしルーチェ自身が律儀に恩返しをすると言っているのだ。やはりそれなりに嬉しい部分はあるのだろう。
院長は紅茶を一口すすると、穏やかな表情のまま真っ直ぐにレクトを見た。
「さて、私がルーチェについてお話しできるのはこれくらいですかね。それでは今度はあの子の学園での様子を聞かせていただいてもよろしいでしょうか?」
「あぁ、はい。最初はですね…」
院長の質問に答えながらレクトは鞄から資料を数枚取り出し、テーブルの上に並べた。
ルーチェの授業での様子に関しては、運動がやや苦手な程度で他は全て良好だ。レクトがそれを説明する間、院長はずっとニコニコしながら聞いていた。
それからレクトは、余談とわかっていながらルーチェの毒舌ぶりについても少々触れる。もっともレクト自身は生憎言葉をオブラートに包むのがすこぶる苦手な為、彼女の毒舌ぶりについてはストレートに表現する他なかったが、やはり院長の方も心当たりがあるのか苦笑しながら相槌を打っていた。
「なるほど、よくわかりました。ありがとうございます、先生」
一通り話を聞き終え、院長はレクトに礼を言う。レクトに対する呼称も最初はレクト様だったのに、いつの間にか先生に変わっていた事に関してはレクトは一切言及しなかった。無論、レクトとしてはそっちの呼び方の方が遥かに楽だからである。
「そういえば院長、ルーチェは今どこに?」
レクトは資料を鞄にしまいながら、何気なく質問した。おそらく建物内の何処かにはいるのだろうと思っていたが、孤児院といってもそれなりに広いので姿が全く見えなくともそんなにおかしな事はない。
しかし、院長の口からは思いも寄らない答えが返ってきたのだった。
「今はアルバイトの時間ですね」
「アルバイト?ルーチェが?」
アルバイトという単語を聞き、レクトは狐につままれたような顔になった。というのもルーチェがアルバイトをしているという事自体が初耳だったのと、彼女が接客などをしている姿が想像できないという二重の驚きがあったからだ。
「ええ。孤児院にあまり負担はかけたくないから、学費はなるべく自分で稼ぐと言って大通りにある花屋でアルバイトをしているんですよ」
「へえ、知らなかった」
院長の言葉を受け、先程とは打って変わってレクトは感心したような顔になる。確かにサンクトゥス女学園は王立学校であるが故に学費は安いが、それでも通うとなると多少は孤児院に負担がかかってしまうだろう。
それによくよく思い返すと、レクトも放課後にルーチェが遅くまで教室に残っているのはあまり見たことがなかった。おそらく放課後にアルバイトがある日はさっさと下校し、働いている花屋に向かっていたのだろう。
「今日は念の為に自宅待機って言って置いたんだが…まあそういう事情なら仕方ねえか」
レクトは頭を掻きながら、渋々納得する。言いつけを破られたのには多少なり不満があるが、事情があるのであれば致し方ない。だが、その様子を見た院長は何故か苦笑していた。
「あぁ、あの子の言っていた通りですね」
「言う通り?」
院長の言葉が気になったのか、レクトは思わず聞き返す。
「他の先生ならともかく、レクト先生なら理由を言えばあっさり納得してくれるだろうとルーチェが言っていましてね」
(間違ってはねえけど、なんか釈然としねえなあ)
ルーチェの予想通り、確かにレクトはそういう事に関しては割と寛容な方であった。それ自体は間違っていなかったのだが、傲慢な彼としては10代の小娘に自身の思考を読まれていたという事実が何となく気に入らなかったのだ。
「さて、わざわざご苦労様でした先生。入口までお送りしましょう」
「どうも」
院長の申し出にレクトは軽く礼を言うと、院長に続いて部屋を後にした。




