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先生は世界を救った英雄ですが、外道です。  作者: 火澄 鷹志
新任教師レクト編
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Let's!家庭訪問!〜ニナ編〜

 レクトのS組家庭訪問、3件目はニナである。ただニナに関しては自宅ではなく、地図に記された別の場所で家庭訪問を行うと事前にジーナから説明を受けていた。


「おいおい、ここでやんのかよ」

 

 レクトの視線の先にあった建物は、どこからどう見ても拳闘士の訓練場にしか見えなかった。というか、中からは威勢のいい掛け声や怒号が聞こえてくるので、訓練所であるのはほぼ間違いないだろう。

 ただ、レクト自身はその理由を何となく察してはいた。


「とりあえず、入ってみるか」


 兎にも角にも、中に入らなければ話は始まらない。レクトは訓練場の扉を開け、一歩中に入る。


「こりゃまた、本格的だなぁ」


 やはりというべきか、室内では熱気とともにレクトの予想通りの光景が広がっていた。中央には砂の敷かれた簡易的な闘技場があり、その中では2人の男が練習用のグローブらしきものをはめて殴り合っている。一見すると物騒な光景ではあるが、外側ではトレーナーらしき中年男が怒号を飛ばしているのでおそらくは訓練中なのだろう。よく見ると、その周りでは他にも筋トレをしている男たちが数人いるのが確認できた。

 そんな事をレクトが考えていると突然、横から人の気配が現れた。


「うおぉりゃあああぁぁ!!」

「ん?」


 レクトがそちらを向いた瞬間、いきなり筋骨隆々の中年男が大声とともに勢いよく拳を振るってきた。

 普通の人間であればわけもわからず驚くと同時に声を上げたり腰を抜かしたりするのであろうが、そんな状況でも歴戦の猛者であるレクトは一切動じることはない。左腕で冷静に男の拳をいなし、即座に右の拳を男の腹部に叩き込む。


「ごふぁっ!!」


 重い一撃をお見舞いされ、男は数メートルほど吹き飛ばされた。レクト自身は武闘家ではないものの、普段から重量のある大剣を振り回すような男である。鍛え方も常人とは比べものにならない。

 ところがレクト本人は何事かと思う前に、まず反射的に殴ってしまったという今の状況を改めて再確認する。


「あ、やっちまった」


 仕掛けてきたのは間違いなく向こうだが、立場上レクト自身が騒ぎを起こすのも当然よくはない。日頃から日常生活ではやりたい放題のレクトであったが、学園関連の事で騒ぎを起こすのは流石にマズいなという実感はあったのだ。

 しかしそんなレクトの心配とは裏腹に、殴られた男は何事もなかったかのようにむっくりと起き上がる。そうして、レクトに殴られた腹をさすりながら大声で叫んだ。


「チクショー!流石は四英雄レクト!剣だけじゃなく拳も一級品ってか!」


 殴られて吹き飛ばされたというのに、男は何故か嬉しそうである。そんな男の元へ、レクトも見慣れた少女が駆け寄ってきた。


「もー、お父さん!だからやめなって言ったのに!」


 床にあぐらをかいている男を見下ろしながら、ニナは叱るように言った。ここが訓練場であるからか、ニナの服装は学校で使っている運動着と似たような、動きやすそうな格好である。

そして先程のニナの言葉から察するに、目の前の男が彼女の父親なのはまず間違いないだろう。


「せんせーはすごく強いんだから、今のお父さんじゃ絶対勝てないに決まってるじゃん」

「うるせえ!俺だってまだまだ若い奴らには負けてねえ!」


 ニナは呆れたように言うが、それに対して父親の方は決まり文句のような台詞を乱暴に返した。しかしそんな父親に向かって、レクトは意外な言葉をかける。


「けど、引退した身にも関わらず俺の攻撃を受けて大したケガが無いのも十分凄いとは思いますけどね」

「えっ?」


 レクトが発した言葉に、ニナが予想外といった反応を見せる。だがレクトはニナが尋ねてくる前に、彼女が気になっている内容について先に口にした。


「ジェラルド・アンダーソン。かつて闘技場で名を馳せた拳闘王だろ?」

「せんせー、お父さんのこと知ってるの?」


 レクトが父親の事を知っていたのが、ニナにとってはとても意外だったようだ。しかし、レクトの方は若干呆れたような口調でニナに言う。


「田舎者ならともかく、フォルティスの王都に住む大人なら多分知らない奴の方が珍しいぞ。俺がガキの頃なんかはまさに国民的スターだったからな」


 レクトの言うように、ニナの父親であるジェラルド・アンダーソンはかつて闘技場で名を馳せた拳闘士であった。その屈強な肉体を武器に連戦連勝を重ね数年に渡ってチャンピオンに君臨していたが、年齢と共に体力の衰えを感じて10年以上前に引退、現役を退いた後はトレーナーとして若手の育成に励んでいるというのはフォルティスでは有名な話だ。

 父親は立ち上がってレクトの前に立つと、笑顔でその大きな右手を差し出す。


「さて先生よ、どうやら俺のことは知っているようだが一応の礼儀として名乗っておこう。ニナの父親のジェラルド・アンダーソンだ」

「レクト・マギステネルです」


 差し出された右手を握りかえしながら、レクトは答えた。挨拶が済んだところで、ニナの父親は先程の件について改めて言及する。


「さっきはいきなり仕掛けて悪かったな。別にあんたの強さを疑ってたワケじゃないが、俺は何事も自分で確かめないと気が済まない性分でよ」

「あぁ、それならお構いなく」


 やっている事自体は割と無茶苦茶ではあるものの、レクト自身はそういうやり方は嫌いではなかった。そんなレクトを見て、父親は更に嬉しそうな様子になる。


「まあ、もし俺の拳でダウンするような軟弱な人間だったら、その時点でニナの担任を辞めてもらうつもりだったがな!」


 ニナの父親は笑顔で更に無茶苦茶な事を言い出した。もっともその台詞を言われた当人であるレクト自身も無茶苦茶な人物であるので、この上更にとんでもない台詞を吐く。


「そりゃ無理ですね。この国に俺を倒せる奴なんざ存在しない」

「いいねえ!正に強者のセリフだ!やっぱ伝説になるような男はそうでなくっちゃなあ!」


 レクトが発したのがやたら挑発的な台詞であったにも関わらず、父親は大笑いしている。ベクトルは違えど、もしかしたらこの2人は似た者同士なのかもしれない。

 しかしこのままでは一向に話が進まないので、レクトはさっさと話を進めることにした。


「俺の話はこれくらいにして、そろそろニナの話を始めてもいいですかね?」

「おっと、悪い悪い。今日はそっちが本題だったな」


 父親は一旦訓練場にいる拳闘士たちを見渡し、大声で指示をする。


「全員、しばらく自主トレしておけ!!」

「「「ウス!!!」」」


 拳闘士たちは威勢のいい返事をすると、再びトレーニングに戻った。父親はそれを確認すると、今度はニナの方を見る。


「ニナ!お前はロードワーク行ってこい!」

「はーい!」


 ニナは元気よく返事をすると、一目散に外へと飛び出していった。とにかく彼女の行動が早いのは、どうやら家でも学校でも同じらしい。

 落ち着いたところで、レクトは訓練場の隅にあるテーブルに案内された。2人は大きな木製のテーブルにつくと、早速父親の方から話を切り出してきた。


「さて先生よ。最初に何か聞いておきたいことはあるか?」


 レクトとしては聞いてみたいことはいくつかあったが、ベロニカの時と同じで最初に聞いておきたいことはもう決まっていた。


「とりあえず、ニナがサンクトゥス女学園に入学した理由が知りたいですかね。本人からは聞いたことなかったんで」


 ニナ本人からは強くなりたいというのは聞いたことがあったが、それだけでは夢や目標とは言い難い。やはり担任としてはニナがこの学園で何をしたいかというのを知っておきたいのは当たり前の事である。

 一方、聞かれた方の父親はさも当然と言わんばかりの様子で答える。


「理由?そりゃあ決まってるだろう。戦い方を学ぶ為だ。自分で言うのも何だが、拳闘しか知らない俺だと教えられる事に限界があるからな」

「なるほど」


 一応の答えにレクトは相槌を打つが、レクトが聞きたいのはそういう事だけではない。もっと具体的なビジョンを求め、レクトはもう少し踏み込んだ質問をしてみることにした。


「率直な話、ニナは将来何になりたいと思ってるんですか?」


 ベロニカと同じで、単純に強くなるとはいっても将来的には色々な道がある。しかし、その質問に対する父親の回答はかなり明確なものであった。


「何って勿論、剣闘士だよ。拳の方じゃないから俺と部門は違うが、闘技場のチャンピオンになりたいっていうのは同じらしい」

「ほー」


 ニナが明確な目標を持っていたという事実に、レクトは驚き半分感心半分といった様子であった。確かに闘技場のチャンピオンであればひたすらに強さを求めているのも納得できるし、戦い方を学ぶ為にサンクトゥス女学園に来たのも頷ける。


「ただよぉ、サンクトゥス女学園の入試はレベルが高え上に倍率も凄いだろ?ニナの奴は運動は得意だが勉強は嫌いだからよ、実技試験はともかく筆記試験にはかなり苦労してたぜ。あの時はイヤイヤながらも毎日机に向かってたからな」

「まあ、想像に難くないですね」


 普段からニナの授業の様子を見ているレクトとしては、父親が言うように彼女が筆記試験に苦戦している様子が容易に想像できた。しかしそれでもこうして合格した上で今は念願のサンクトゥス女学園に通っているのだから、ニナの努力は決して無駄ではなかったと言えよう。


「だからよ、それだけ苦労して入学した学園なんだ。無駄な時間を過ごすのは勿体無いだろ?親としては、しっかり得るものを得て卒業して欲しいワケよ」


 娘の将来を案じる父親の言葉を聞き、レクトは黙って頷いた。






 その後もレクトは、学校でのニナの様子やこれまでの授業の事について父親と話し続けた。そうして20分程が経過した頃、訓練場の扉が開かれてロードワークから戻ったニナが姿を現した。


「おとーさん、ただいま!」

「おう、戻ったか」


 炎天下で走ってきたので当たり前と言えば当たり前だが、ニナの顔は汗だくだ。しかし父親の方はニナに休む暇も与えず、すぐに次の指示を出す。


「よし、それじゃあ次は素振り1000回!」

「はーい!」


 ニナにとってはもう日常なのであろう、嫌な顔1つせずにそばに立てかけてあったハルバードを手にとると、慣れた様子で壁際にある大きな鏡の前へと移動する。そしてそのまま、鏡の前で素振りを始めた。


「1!2!3!」


 大きな声で回数を数えながら、ニナは一心不乱にハルバードを振り続けている。そんな娘の姿を見つめながら、父親はレクトに向かって独り言のように口を開いた。


「俺はよ、本当は別にニナには闘技場のチャンピオンになって欲しいとかはこれっぽっちも思ってねえのさ」

「え?」


 レクトにとっても流石にそれは予想外であったのか、訳のわからないといった様子で思わず声を上げる。そんなレクトの顔を見て、ニナの父親は苦笑いを浮かべた。


「いや、言い方が悪かったな。やるからには勿論チャンピオンを目指してもらうのは当たり前だが、それが本当にアイツのやりたい事なのかって思う事が時々あってよ」

「あぁ、そういう事」


 ニナの父親の説明を聞いて、レクトは幾分納得したような返事をした。だがその直後、父親の口からは思いも寄らない言葉が投げかけられた。


「俺は正直、今までニナの…というかS組の担任になった奴らが好きじゃなかった。どいつもこいつも経歴や知識だけは立派なお坊ちゃんやエリート面した奴らばっかしで、大した場数も踏んでねえ奴が多かったからな」


 レクトも詳しい内容までは知らないが、これまでにS組の担任になった人間が何度も挫折しているという話は最初に校長のクラウディアから聞いていた。それまでの担任がどういう人物であったかはよく知らないが、やはり生徒からだけでなく保護者からもこういう不満があったという事なのだろう。


「けど英雄レクト、あんたは違う。実際に会ってみてわかったが、やっぱりあんたは本当に生きるか死ぬかの場所で何度も命のやり取りをしてた野郎なんだな」

「会っただけでわかるもんですか?」


 やや持ち上げられすぎだと感じたのか、レクトは少しだけ怪訝そうな顔をしながら聞き返した。それを聞いた父親はニッと笑うと、率直な理由を答える。


「わかるっての。これまでの担任にも不意打ちで俺に殴られて避けたり防御したりする奴はいたが、何の躊躇ためらいもなく思いっきり反撃してきた奴はあんたが初めてだったからな」


 反撃してきたのが根拠であるなどやや物騒な話ではあるが、それを聞いてレクトにはあの時殴られた筈の父親が嬉しそうな様子であったのが何となく理解できた。もっともレクトにしてみれば反射的にやってしまったので、むしろ賞賛されるような行為ではなかったのだが。


「つまりよ、反撃しなきゃ命を取られちまうような事が何度もあったって事だろうが?」

「まぁ、そうっすね」


 ニナの父親からの質問を、レクトは肯定する。正式な試合であれば不意打ちなど卑怯きわまりない行為ではあるものの、実際の戦場ではそんな悠長な事は言っていられない。奇襲、罠、人質。あらゆる手段を使ってでも敵を倒そうとするのが戦いだ。そんな戦場で染み付いた習慣とでも言うべきレクトの反撃というのは、むしろ父親にしてみれば歓迎すべき行為であった。

 父親は笑いながら、右の拳を前に突き出す。


「それほどに戦いを経験したあんたなら、アイツにもっと広い世界を見せてやれると俺は思ってる。これからも娘をよろしく頼んだぜ、英雄さんよ」

「そいつはどうも」


 レクトは返事をしながら、突き出された右拳に自身の右拳を当てた。返事自体はややぶっきらぼうであったものの、戦士の性とでも言うのか、お互いに言いたい事は十分に伝わったようだ。

 そうしてレクトは訓練場を後にすると、次の訪問先へと向かう。

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