Let's!家庭訪問!〜ベロニカ編〜
レクトのS組家庭訪問、2人目はベロニカだ。引き続きジーナに渡された地図とにらめっこしながら、レクトはフォルティス城下町の大通りを歩いていた。
「ジーナが描いてくれた地図によると、この辺の筈なんだがな」
アイリスの家があった住宅街とは打って変わって、大通りには多くの人や馬車が行き交い、酒場、宿屋、装飾品店など様々な店が軒を連ねている。
(こんな場所に実家があるってことは、ベロニカの実家も何かしら店を営んでるって事なのかな)
などとレクトが考えていると、気付けばジーナに渡された地図の場所とほぼ一致する建物の前に到着していた。看板には『ハーシェル武器工房』と書かれている。
「武器工房?ベロニカの実家って鍛冶屋だったのか」
そんな事を呟きながら、レクトは鍛冶屋の中へと足を踏み入れる。店内に入ると目の前には大きなカウンターテーブルが1つ置いてあり、その奥では大きなかまどや鍛冶台など、いかにも鍛冶屋らしい備品が設置されていた。
今はかまどの中の火は消えているので作業中ではないようだが、もしあのかまどが稼働中であれば店内はとてつもない暑さになっていただろう。その事にレクトが少し安堵していると、不意に聞いたことのある声がした。
「あれっ、センセイじゃんか。なんか用か?」
レクトの来訪に気付いたのか、店の奥からベロニカが姿を現した。服装はいつも見ているブレザーとは違い薄着のタンクトップであったが、腰には焦げ跡のようなものがある作業着らしき服を巻いている。おそらく実家の手伝いをする時に着ている作業着なのだろう。
「家庭訪問だよ。今日の帰りに言っただろうが」
「あぁそっか、もうそんな時間かよ」
レクトの話を聞いて、ベロニカはふと思い出したように壁にかかっていた時計を見上げる。そして時刻を確認すると、納得したように頷いた。
「おーい、お父!お母!センセイが来たぞ!」
店の奥に向かってベロニカが大声で呼ぶと、奥の方から「おう!」という返事が小さく聞こえてきた。それから30秒も経たないうちに奥から現れたのは、身長が2m近くありそうなガタイのいい大男と、反対に150cmちょっとの小柄な女性の2人であった。
「おう、待たせて悪いな英雄さんよ!おっと、今は先生って呼ぶべきか!」
大男の方が豪快に挨拶をしてきた。普通に考えればこの2人がベロニカの両親なのだろうが、2人を見たレクトは率直にある事を思う。
(似てねえ!両親とも似てねえ!!)
レクトがそう思うのも無理はなかった。何しろ父親の方は筋骨隆々で肩幅もガッチリしており、地肌なのか日焼けなのかはわからないが肌も浅黒い。正に鍛冶屋といった風貌であり、比較的身長は高めだが色白でやや細身のベロニカとは全くと言っていいほど似ていない。
一方で母親の方はベロニカよりも頭1つ分ほど身長が小さく、ベロニカよりも華奢な印象を受ける。ただ、赤い髪と緑色の瞳だけはベロニカと全く同じであった。
「おっ、先生。さてはベロニカが俺たち2人のどっちにも似てねえって思ったな?」
ガタイのいい父親がニヤニヤしながらレクトを見た。正にその通りだったので、レクトは包み隠さずに本音をブチまける。
「ぶっちゃけ、すげえ思いました」
側から聞けば失礼極まりない台詞に他ならない。しかも事もあろうに教師であるレクトが発したのであるから、常識外れもいいところである。
ところが父親の方は怒るどころか、腕を組んで大笑いしている。
「ガッハッハ!気にすんな!ベロニカは確かに俺らの娘だが、2人にはあんまし似てねえのも事実だからよ!」
親が自分から娘が似ていないと言うのも如何なものかとレクトは思ったが、実際似てないのだから何とも言えない。だが父親は全く気にする事なく話を続ける。
「ベロニカは俺たちよりも死んだバアさん、つまり俺のお袋の若い頃によく似ててな。意地っ張りで男勝りなところまでそっくりだ」
父親の話を聞き、レクトは納得したように「ほー。」と答えた。一方で父親に好き放題言われているベロニカは何となく面白くなさそうな顔をしている。
「さあ先生、立ち話もなんですからこちらへどうぞ」
母親に促され、レクトは来客用のテーブルに座った。家庭訪問で行うのは教師と保護者だけの懇談なので、その間の事について父親がベロニカに指示する。
「ベロニカ、俺と母さんはこれから先生と大事な話があるからよ。お前は庭でかまどに使う用の薪割りしといてくれや」
「うん、わかった」
ベロニカは返事をすると、近くに立てかけてあった手斧を持って工房の外へと出ていった。彼女が席を外したところで、本格的に家庭訪問が始まる。
「さて先生よ、聞いたぜ。赴任早々にウチの娘をコテンパンにのしたって?」
父親がにやけながらいきなりレクトに尋ねた。負けず嫌いなベロニカの性格を考えると誰かに惨敗したなど自分から口にしそうにないので、おそらく学園の誰かが両親に話しでもしたのだろう。
「正確に言えばその時点ではまだ教師じゃなかったから、正しくは赴任直前っすね。ま、教育の一環として大目に見といてくれると助かります」
赴任と言うのも些かおかしな気はするものの、レクトは隠すことなく肯定する。もっとも父親の方も文句を言う気などはさらさら無かったようで、笑いながら言葉を返した。
「いやぁ、むしろ感謝してるぐらいだ。最近はベロニカも反抗期でよ、親の言う事もロクに聞きやしねえ」
どうやらベロニカが反抗的なのは、学園の中のことだけではないらしい。まあレクトにしてみてもベロニカが素直に人の言う事を聞いている姿を想像するのは難しい事ではあるのは間違いないが。
「学校でも先生に反抗するからすっかり問題児扱いだし、俺ももういい歳だから手に負えないことがあってよ」
やや情けなさそうな顔をしながら父親が言う。確かにこんなにガタイのいい大男を負かすともなれば、ベロニカの腕前もかなりのものであると言えるだろう。
「そんな時に現れたのが、英雄レクト様って訳だ」
「はー、なるほど」
父親の言いたい事が大体理解できたのか、レクトは納得したような声を上げた。
「何しろベロニカの奴、昔からケンカ自体は数えきれないほどやってるが、かすり傷を負わせるどころか相手に指一本触れられずに負けたなんてことはあの時まで一度も無かったからな」
父親の話を聞いて、あの時ベロニカが大泣きする程悔しがった理由がレクトにも何となく理解できた。とはいえ、ちょっと腕が立つ程度の小娘相手に無傷で勝つなど、レクトにしてみればある種当然の結果ではあるのだが。
ここでレクトは、ふと思った事を両親に尋ねる。
「そもそも惨敗した相手に戦い方を教わるっていうのは、ベロニカにとっては悔しくなかったんですかね?」
かなり今更な話であるが、ベロニカにとってレクトは自分を完膚なきまでに叩きのめした相手ということになる。そんな相手に戦い方を教わるというのも、もしかしたら彼女自身、複雑な感情を抱いているのではないかと思ったのだ。
だが、そんなレクトの考えも父親の回答によってすぐに杞憂なものであったとわかることになる。
「ベロニカは極度の負けず嫌いだが、割と潔い部分もあるからな。あんたのように強くなるには、あんた自身に教わるのが一番良いと思ったんだろう」
「ははあ、なるほどね」
よくよく考えてみれば、確かに自分よりも強い人間に戦い方を教わるというのはごく当たり前の事ではある。だがここで、父親の方は意外な話を持ち出した。
「何よりアイツ、あんたのことが好きみたいだしな」
「ほー」
レクトは感心したような声を上げた。まあこの場合の好きというのは恋愛的な意味ではないのだろうが、その事に関してはレクト自身も多少なり心当たりがあったからだ。
「ええ、授業で何かある度に家でも“センセイすげえ!”って言ってますからね」
夫の話を肯定するかのように、母親が横から話を挟む。そんな意外な事実にレクトが感心する中、今度は父親の方が逆にレクトに質問してきた。
「で?どうなんだい先生、学校でのあいつの様子はよ」
これまた返答に困る質問ではあるが、実際レクトにしてもこういった質問自体は予想していなかったわけではない。とりあえず、ありのままの事実を答える。
「なんかフォルティス中に名を轟かせる剣士になるって息巻いてましたね」
具体的な方法は一切聞いていないが、最初にベロニカ自身がそう言っていたのは確かだ。とはいえ目標とは言っても正直なところかなり漠然としているのは確かなので、今度はレクトの方から質問を投げかける。
「極端な話、ベロニカは将来的に何になりたいと思ってるんですか?」
剣士として名を轟かせると言っても、方法自体は色々と考えられる。レクトのように傭兵として強大なモンスターと戦う道もあれば、闘技場で剣闘士として名を馳せる事だって考えられる。
しかしその質問に対して母親の方から返ってきたのは、こちらも意外な答えであった。
「あの子、勇者に憧れてるんですよ」
「勇者?」
唐突に出てきた勇者という単語に、レクトは首をかしげた。当然これだけでは話が伝わる筈もないので、母親は更に具体的な説明を続ける。
「あの子自身、具体的に何になりたいとかはまだ無いみたいなんですけど、昔から勇者が魔王や怪物を倒す物語に憧れていましてね。あの子の中では強くなる=勇者になれる、という構図が自然と出来上がっているみたいなんです」
「自分の娘ながら、正にガキの発想だよな」
否定自体はしていないが、父親の方は子供の夢物語程度にしか捉えていないようだ。ところが、レクトにとっては今の話の中にどうも引っかかる部分が1つあった。
「勇者に憧れてる割には、俺の事全く知らなかったみたいですけど」
レクトも一応、勇者ルークスと共に魔王を倒した人間である。そんなレクトの事をベロニカが全く知らなかったというのが、どうにも腑に落ちないのだ。
しかし、母親から返ってきた答えは極めて単純明快なものであった。
「勇者ルークスの事は勿論知っていたでしょうけど、多分レクト先生の事は勇者とその一行ぐらいにしか思ってなかったんじゃないでしょうか」
「あぁ、そういうこと」
それを聞き、レクトはあっさり納得した。要するにベロニカにしてみれば、当初は勇者ではないレクトたちの事はどうでもいいという事だったのだろう。もっとも、そのレクト自身の強さを目の当たりにした今はその考えも随分と変わってきているようであるが。
「さて先生よ。それじゃあ学校の事、もっと色々聞かせてもらおうじゃねえの」
「そうっすね、それじゃあ…」
父親に急かされ、レクトはまずベロニカの授業中の様子から話し始めた。
それから15分程話が続き、一通り話のが終わったキリの良いところでタイミングよくベロニカが工房へと戻ってきた。
「お父、薪割り終わったぞ」
天気の良い中で斧を振り続けていたからか、ベロニカの額には汗が滲んでいる。しかしこの家にとっては最早日常的な風景であるらしく、父親の方も当たり前のように返事をした。
「おう、ちょうどこっちも話が終わったところだ」
それを聞いたベロニカは持っていた斧を壁に立てかけてレクトたちの座っているテーブルの方へとやって来たが、不意に父親の顔を見て急に疑わしげな目になった。
「何だよお父、変に嬉しそうな顔しやがって。センセイに何か言われたのか?」
この状況で父親が嬉しそうな顔をしているとすれば、十中八九レクトに何か言われたからに違いない。そんな怪訝そうな顔をしているベロニカに対し、父親は腕を組みながら答える。
「違えよ。ただお前が先生のことが大好きだって言ってやっただけだ」
両親とも笑っていたが、当のベロニカ本人にしてみれば爆弾発言以外の何物でもない。ベロニカは顔をぼっと赤くして、慌てた様子でレクトの方を見る。
「な、なんだよソレ!センセイ、お父の言う事なんて本気にすんなよ!」
「してねえって」
レクトはベロニカの弁を軽く受け流すと、鞄を背負いながら立ち上がった。未だにむず痒そうな様子のベロニカを尻目に、父親はレクトに声をかける。
「それじゃあ先生よう、今後もこいつの事は頼んだぜ。何しろトロール1体に手を焼くようじゃ、まだまだ最強には程遠いからな!」
「いちいちそんな事言わなくてもいいっての!」
事実ではあるものの、やはりベロニカにとっては面白くはないようで真っ向から反論する。そんな親子のやり取りを見ながら、レクトは次の場所へと向かうために工房を後にした。




