Let's!家庭訪問!〜アイリス編〜
S組の家庭訪問が決まってからの展開は非常にスムーズであった。急な決定にも関わらず、保護者たちからの反対の声は全く上がることはなくむしろ歓迎すらされたほどだ。
そしてやって来た家庭訪問の当日。レクトは帰りのホームルームにて今一度生徒たちに今日の予定に関して言及する。
「そんじゃあ、朝にも言ったように今日は家庭訪問だからな。話をするのは親御さんだが、お前らも一応自宅にはいるようにしとけよー」
「「「はい」」」
生徒たちが返事をしたのを確認すると、レクトはホームルームを終えてさっさと職員室へと戻っていった。無論、これから始まる家庭訪問の準備をするためである。
初めての家庭訪問など普通の新任教師ならば緊張してもおかしくはないのだろうが、そこは歴戦の英雄とでもいうべきか不安な様子など全く見られない表情のまま、欠伸をしながら職員室へ向かう。
そうして職員室に戻ったレクトは、早速ジーナから家庭訪問に関する注意事項や生徒たちの自宅の場所など、様々な事に関するレクチャーを受けた。
「これが城下町の地図です。赤い丸で囲んだ場所がみんなの自宅になっていて、それぞれ目立つ建物や外観なんかをメモしてあるので参考にしてください」
「おう、サンキュ」
ジーナから受け取った地図を眺めながら、レクトは礼を言う。レクト自身もフォルティス出身であるため城下町の地理ぐらいは頭に入っているが、こうして改めて見てみると入った事のない店や滅多に通ることのない路地などが意外に点在しているのが理解できた。
受け取った地図を折りたたんで懐にしまうと、続けてジーナはある点に関してレクトに釘を刺す。
「あとレクトさん、保護者の方にはちゃんと敬語使ってくださいよ?」
レクトが普段から誰に対しても敬語を使っていないのは既にわかりきっていたので、無理かもしれないとわかっていながらもジーナはその事について厳しく言及する。しかしジーナ自身は知る由もないが、何しろレクトは国王にすら敬語を一切使わない人物である。
だがレクトは一切反論することなく、いつものように気怠げな様子でひらひらと手を振りながら返事をした。
「ま、できる限り努力するよ」
そう言ってレクトは道具一式を鞄にしまうと、それを背負って職員室を出て行く。そんな彼の後ろ姿を、ジーナは少し不安そうな目をしながら見送ったのだった。
それから数十分後、レクトはフォルティス城下町を1人歩いていた。普段から歩き慣れた道ではあるが、いざ目的の場所を探すとなると意外と広い街なのだということを改めて実感する。
「噴水広場の近くにある風見鶏の付いた赤い屋根の家…お、あれだな」
ジーナが地図に書いてくれた情報のおかげで、レクトはほとんど迷うことなく目的地にたどり着くことができた。先程レクトが読み上げた情報の通り、確かに風見鶏の付いた赤い屋根の家である。しかも家の規模自体もそれなりに大きく、それなりに裕福な人間でないとまず住むことなどできそうにない家であった。
家の門の近くには表札が出ており、レクトはその表札に顔を近づける。表札には住人のものであろう3つの名前が書かれていた。
『エドワード・フォード』
『マーガレット』
『アイリス』
苗字がフォードであり、かつ一番下にアイリスの名前が書かれているのでここがアイリスの自宅であるのは間違いない。それと書かれている順番的に見て、上の2つの名前はおそらくアイリスの両親の名前だろうか。
レクトはその事を確認すると、門を開けて家の敷地内へと足を踏み入れる。広めの庭には大きな花壇がいくつかあり、色とりどりの花が栽培されていた。
(やっぱ、アイリスが育ててんのかな)
学校でもアイリスが薬草が育てているのを思い出しながら、レクトはふと考えた。そうこうしている内に家の扉の前に辿り着くと、レクトは緊張した様子など一切なしにドアをノックする。
「はーい」
ノックから数秒して、扉の奥から女性の声が聞こえてきた。それからパタパタと足音のようなものが聞こえると、ガチャッという音と共に目の前の扉が開かれた。
「あらあら、レクト先生ですね?」
「そうです」
レクトを出迎えたのは、アイリスと同じ髪色で雰囲気の似た女性であった。言うまでもなく、アイリスの母親にまず間違いないだろう。
「さ、立ち話もなんですから、奥へどうぞ」
そう言って女性はレクトを家の奥へと招き入れる。そのまま玄関から続くやや長めの廊下を少し歩いたところで、不意に側の階段の上から声がした。
「あ、先生。少し早かったですね」
「おう、アイリス」
階段の上にいたのはやはりアイリスであった。ただここはもう自宅であるからか、服装は制服ではなく私服である。そんなアイリスへ、レクトの前を歩いていた女性がおだやかな口調で声をかける。
「アイリス。お母さんはこれから先生とお話があるから、あなたは自分の部屋にいなさい」
「はい、わかりました」
アイリスは母親にそう返事をすると、2階へと戻っていった。アイリスが普段から誰に対しても敬語を使うのはレクトもよく知っていたが、まさか家族に対してもそうだったという事実には少しばかり驚いているようだ。
そんなこんなでレクトはリビングまで通され、母親に促されるままソファーに座る。母親は慣れた様子で目の前のテーブルに紅茶を置くと、笑顔のまま口を開いた。
「改めまして、アイリスの母です。先生、この度はわざわざご足労いただきありがとうございます」
「いや、そもそも急に無理を言い出したのはこっちですからね」
丁寧とまでは言い難いが、それでも普通に敬語で会話するレクト。どうやらレクト自身は敬語自体が使えないのでなく、単に普段から使おうと意識していないだけのようだ。
「随分と広いご自宅ですね」
レクトがいの一番に言ったのは、アイリスの事ではなかった。しかも普通に考えれば褒め言葉ではあるが、受け取る人にとっては皮肉とも嫌味ともとれる内容だ。
だが幸いな事に母親は嫌な顔1つせず、笑って答える。
「むしろ、母子2人暮らしにはちょっと広すぎるくらいですよ」
普通であれば、これだけ広い家に母子2人だけで住んでいるというのは多少なり驚くべき事実ではある。が、ある程度事情を知っているレクトにとってはそれほど意外な話でもなかった。
「前にアイリスから聞きました。御主人は従軍医で、セイントレッド大戦に参加していたとか」
「そうです。主人はその戦いで殉職し、それで今はアイリスと2人暮らしですの」
レクトの話に、母親は頷きながら答える。本来ならこの辺りで切り上げてさっさと本題に入るべきなのだが、どうにも気になって仕方がなかったレクトは少し踏み込んだ質問もしてみることにした。
「あんまりこういうのは聞かない方がいいのはわかってんですが、生活は問題ないんですか?」
流石に家計の事に突っ込むのは失礼だという常識自体はあったのか、レクトはやんわりと尋ねた。しかしそれに関しては特に問題がないのか、母親はこれまた嫌な顔1つせずに答える。
「主人が殉職した際、国の為に命を賭してまで尽力してくれたという理由で国王陛下から多額の恩謝を頂きましてね。そのおかげでアイリスが成人するまでは何不自由なく生活できるだけの蓄えはありますのよ」
その話を聞いてレクトは「なるほど。」と相槌を打つ。国の存亡を賭けた戦いに参加して命を落としたのだ、国から多額の謝礼が出たとしても別段不思議な話ではない。何よりレクト自身も当時はその大戦のど真ん中にいたので、戦いがどれだけ壮絶なものであったかはよく理解していた。
しかしそんな中、母親はアイリスについての意外な話を始める。
「それでもアイリスがサンクトゥス女学園を選んだのは、家計に負担をかけたくないというあの子なりの考え方もあったんですよ」
「へえ」
それを聞いて、レクトは少し驚いたような顔になった。というのも以前アイリスから話を聞いたときは、医学だけでなく戦う為の技術も学ぶ為にサンクトゥス女学園に入学したのだと本人が言っていただけで、家計の事については一切触れていなかったからだ。
(そういや、前に校長からウチは王立学校で国から補助が出てるから学費自体は安いとか聞いたことあるな。もっともその分、合格のハードルと倍率はべらぼうに高いとも言ってたが)
記憶の片隅にあるクラウディアの話を思い出しながら、レクトは改めてこの家庭訪問の重要性を理解した。
確かに学費の面などに関しては生徒が自ら進んで話してくれるような内容ではないし、聞いても答えてくれるとは限らない。そういった面から見ても、ジーナの提案は存外悪いものではなかったということだろう。
「アイリスは以前、自らも戦うことができる医者になりたいと言っていました。お母さんとしてはどうなんですか?」
自然な流れで、レクトは一番聞きたかった事を尋ねた。その質問に対し、母親は少し難しい顔をしながら答える。
「主人の件があるまではあの子も普通の医者を目指していましたし、私もそれでいいと思っていました。でも、引っ込み思案なあの子が自分から戦闘の技術を学びたいと言い出すなんて夢にも思ってはいませんでしたね」
母親の話を、レクトはただ黙って聞いていた。やはり親という立場上、自分の子供が戦場へ向かうという事を素直に受け入れるというのは難しい事なのだろう。レクトの方を見ながら、母親は話を続ける。
「サンクトゥス女学園に入学する直前にも、普通の医者を目指すつもりはないのかと一度確認しました。まぁ、あの子の答え自体は変わっていませんでしたけどね」
そう言って母親は一呼吸置くと、紅茶を口へ運ぶ。そうしてティーカップを置くと、そのまま話を続けた。
「やはりあの子にとって、戦場で傷付いた兵士の治療をして回っていた父親が強く印象に残っていたんでしょう。勿論、実際に戦場でその様子を見ていたわけではないですが、あの子にとって最も目指すべき医者の姿がそこにあったんだと思います」
「なるほど」
母親の話に、レクトは相槌を打つ。一方それまで難しい表情のまま話をしていた母親は、急に穏やかな口調になった。
「だから私が母親として今望んでいるのは、父親のように立派な医者になることと、ちゃんと無事に帰って来れるように強くなってもらうことの2つだけですね。そういう面では、それこそどんな戦いからも生きて帰って来た英雄には期待していますのよ?」
多少なりプレッシャーをかけるような内容ではあったが、それでも期待されているという事実はレクトにもよくわかった。しかしレクトは紅茶に口をつけると、特に慌てた様子もなく冷静に答える。
「俺が教えられるのは戦う技術と、仲間と一緒に生き残る為の術だけですね。あと、基本的な一般教養とか」
「まぁ」
レクトとしては事実を述べたつもりだったが、母親としては謙遜にしか見えなかったようだった。
「そんな事はありませんよ。あの子自身、レクト先生の戦い方やポリシーには大いに賛同しているようですから」
「と言うと?」
母親の言っている内容がいまいち理解できず、レクトは尋ねる。そこで母親が持ち出したのは、意外な話であった。
「この前の事なんですけど、確か森にモンスター討伐に行ったんですよね?」
「ジャイアントモスの件ですね」
確認するように問う母親に、レクトは頷きながら答える。
「帰ってきてからアイリスが言ってましたよ。レクト先生は誰も犠牲にしないで戦う人だ、って」
母親の話を聞いて、レクトは少し驚いたような顔をした。話の内容自体はおそらく、授業を中断して学園に戻ると決めた際に語った自分の流儀のことだろう。だがレクトは何かを悟ると、苦笑しながら答える。
「そりゃあ、光栄なことで」
あの時、レクト自身は自分の流儀だと啖呵を切っただけであったが、アイリスが自分の言った事をそういう風に解釈していたと知って多少なり嬉しかったようだ。
その後もレクトはアイリスの普段の学校での様子、成績、戦い方に関しての話を母親と20分程に渡って交わした。無論、アイリスの普段の素行には問題など一切ないが、やはり母親の立場としては気になるものがあるのだろう、取り留めのない内容であってもとても熱心に聞いているようだった。
ひとしきり話し終えたところで、レクトは区切りをつけるかのように母親に質問する。
「とりあえず、今回話さなきゃならなかった事はこれぐらいですね。他に何か聞いておきたい事ってあります?」
そんなレクトの質問に、母親は首を軽く横に振って答える。
「いえいえ、もう十分です。それに先生もこの後また他の生徒さんの家に行かなければならないでしょうから、あまり長居しない方がよろしいのでは?」
「お気遣いどうも」
レクトは母親に礼を言うと、鞄を背負いながら立ち上がった。そのまま母親に先導され、レクトは玄関へと向かう。
「それじゃあ先生。アイリスの事、どうか今後ともよろしくお願い致しますね」
玄関口でそう言いながら、母親は深々と頭を下げる。もっとも、レクトにしてみてもこの数十分間の訪問には確かな価値があった。
「いえ、こちらこそ色々と有意義な話が聞けました」
その言葉は決して社交辞令などではなく、本心からのものであった。元々はクラウディアの口車に乗せられたようなものであったが、実際に生徒たちに関する情報を色々と知ることができたからだ。
後でジーナとクラウディアに改めて礼を言っておこうと思いながら、レクトは次の訪問先へと向かって行った。




