森に潜む巨大な蛾 ②
「つぶれろー!害虫めー!!」
ニナは声を張り上げながら、手にしたハルバードを勢いよくジャイアントモスの幼虫に向かって振り下ろす。ハルバードは幼虫の頭部にクリーンヒットし、その一撃によって絶命した幼虫はそのまま動かなくなった。
「よし、これで3匹目ね」
幼虫が息絶えたのを確認しながら、フィーネが頷く。どうやらこちらのグループは人数こそ1人少ないものの、ジャイアントモスの幼虫の気持ち悪さに全く臆する事なく戦えているようだ。
「というか、大きい虫だけじゃなく小さいのまで多くってウンザリするわ」
ルーチェは時折顔の周囲を飛びまわる羽虫を手で払いながら、嫌そうな顔でぼやく。とはいえ、そもそも虫が好きな年頃の娘などそう多くはいないだろうが。
そんな3人の元へ、つい先程までもう片方のグループと一緒に行動していたレクトが様子を見にやってきた。
「よしよし、予想通りだな」
レクトはポケットに手を突っ込みながら嬉しそうに言う。そんなレクトの言葉に疑問を持ったフィーネは、その事について間髪入れずにレクトに尋ねた。
「予想通り?何がですか先生?」
「お前らの方は多分、順調に幼虫を倒せてるだろうと思ってたからな」
レクトは即答するが、フィーネはその答えの内容についても新たな疑問を抱いたようだ。
「お前らの方は、って事はあっちの4人は順調じゃないんですか?」
フィーネが不思議そうな様子で尋ねるが、その質問にレクトが答える前にルーチェが鋭い指摘を入れた。
「大方、リリアやベロニカが幼虫を気持ち悪がってお互い押し付けあったりでもしてるんでしょう」
「ま、そんなとこだな」
察しのいいルーチェに感心しながらレクトは答える。しかしその答えに些か納得がいかないのか、ニナが頬を膨らませながら文句を垂れた。
「えー!?ニナだって幼虫が気持ち悪いのガマンしてるのに!リリアちゃんたち、ワガママだよ!」
あんなに勢いよく攻撃しているニナであっても、やはり気持ち悪いものは気持ち悪いらしい。とはいえちゃんと目的を果たそうとモンスターと向き合っている分、リリアたちよりは数段偉いと言えなくもないが。
そんな話をしていると、突然森の奥から声が聞こえてきた。
「レクト先生ー!」
それを聞き、レクトを含めた4人は一斉に声のした方を見る。遠くからだったのではっきりと聞き取れたわけではなかったが、普段から聞き慣れている声が誰のものなのかを聞き間違う筈などなかった。
「今の、アイリスの声じゃない?」
「そうね」
真っ先にルーチェが口を開き、フィーネもそれに同調するように頷く。最初は何事かと思ったが、2人ともすぐにレクトが授業の最初に言ったことを思い出したようだった。
「来やがったか。思ったより早かったな」
レクトはレクトで納得したように呟くと、すぐさま地面を蹴って近くの木へと飛び移る。そのまま声のした方に向かって次々に木々を蹴りながら高速で渡っていき、ものの数秒で3人の視界から消え失せてしまった。
「せんせーはやーい!あれ、どうやってるんだろ?」
レクトの向かった先を眺めながらニナが興味津々といった様子で口を開き、その横ではフィーネが唖然とした様子で棒立ちしていた。一方でルーチェは先程のレクトの行動を冷静に分析する。
「魔法を使ったような形跡はないから、おそらく先生自身の純粋な身体能力でしょうね」
「へぇー!すごい!」
それを聞いて、ニナは無邪気にはしゃぐ。そんな彼女を余所に、フィーネは無言で向こうのグループの安否を気遣っていた。
フィーネたちのいる場所から数百メートル離れた位置では、エレナたちがモンスターと対峙している真っ最中であった。ただ、対峙しているとはいっても応戦しようとしているリリアをエレナが引き止めているという状況であるが。
「ダメよリリア!あなたまでやられるわ!」
「けど、このままじゃベロニカが!」
左腕をエレナに掴まれながらも、リリアは凄い剣幕で反論する。そんな2人のすぐ後ろではアイリスが冷や汗を流しながら前を見つめていた。
そして3人の十数メートル先の地面にはベロニカが横たわっており、その上空には数メートルはあろうかという巨大な体躯をした蛾が大きな羽音を立てて滞空している。間違いなくジャイアントモスの成虫だ。
「リリア!先生が来るまで待つのよ!私たちじゃ勝てないわ!」
「そんな悠長なこと言ってられるの!?」
すぐ目の前に危険なモンスターがいるにもかかわらず、エレナとリリアは口論を繰り広げている。だがそんな彼女たちの元へ、段々と木を叩くような音が近付いてきた。
「先生!」
アイリスが驚いたような声を上げると同時に、近くの木から勢いよくレクトが飛び降りてきた。彼女がレクトの名を読んでからまだ十数秒しか経過していないのに、あの深い森の中を高速で移動してきたというのだから驚くのも無理はない。
「「先生!!」」
続けてエレナとリリアも声を上げた。レクトは滞空しているジャイアントモスとその数メートル下に倒れているベロニカを視界に捉えると、3人に向かって冷静に言い放つ。
「お前ら、なんでベロニカを止めなかった?」
多少の怒りが混じっているのか、レクトの声はやや低く冷たい感じがしていた。そんなレクトに対して少しの恐怖を感じながらも、エレナが質問に答える。
「と、止めたんですけど、先生が来るまで時間を稼ぐって聞かなくって…!攻撃を受けてはいないんですけど、斬りかかった瞬間に急に倒れたんです!」
「ったく…」
エレナの話を聞いて大体の経緯が理解できたのか、レクトは呆れたように呟く。
「鱗粉を吸い込んだんだろう。だとすると毒にやられてるな」
流石は歴戦の猛者とでも言うべきか、レクトはうろたえる事なく状況を分析する。やるべき事もすぐに見えたのか、迷うことなくアイリスの方を向いた。
「アイリス、解毒できるか?」
「は、はい!」
不意に尋ねられ、アイリスは少し緊張しながらもその質問に答える。それを聞いたレクトは、背負った大剣の柄に手をかけながら指示を出した。
「なら解毒は任せた。虫は俺が片付ける」
「わかりました!」
アイリスは返事をするとすぐさま腰に付けた医療用バッグから液体の入った小瓶や錠剤を取り出し、そのままジャイアントモスの真下にいるベロニカの元へと駆け寄る。普通に近付くのは危険だが、レクトがいるのでその点は安心できるのだろう。
レクトはそれを確認すると、改めて目の前にいるジャイアントモスの成虫と対峙する。
「害虫は駆除しねえとな」
レクトは大剣を構え、臨戦態勢に入る。ところがジャイアントモスはレクトの強さを本能的に感じ取ったのか、羽ばたきを強くしてゆっくりと上昇していった。
「あっ!奴が逃げるわ!」
リリアが成虫を指差しながら言う。しかし、四英雄と呼ばれた男がこれで終わる筈などなかった。
「逃がすか!!」
レクトはそう叫ぶと、手にした大剣を振りかぶったまま力を込める。すると体の周りから黄色いオーラが発せられ、やがてそのオーラが大剣の刀身へと集まり始めた。
「三日月の…」
レクトが軽く剣を縦に降ると、先程の黄色いオーラが三日月型の塊となって宙空に残った。更にレクトは先程よりも大剣を大きく振りかぶると、今度は横になぎ払うように勢いよく大剣を振るう。
「制裁者!!」
大きな掛け声と共に、大剣の刀身をぶつけて三日月の塊を撃ち出す。勢いよく放たれた三日月は、そのまま超高速で上空のジャイアントモス目掛けて飛んでいった。
「何今の!?斬撃を飛ばした!?」
リリアの目にはそう映ったようであったが、彼女の予想とは裏腹に三日月が直撃したジャイアントモスは一刀両断にされるどころか、物凄い轟音と共に粉々に砕け散った。
「あ、あの大きな虫を粉砕したっていうの!?」
「尋常じゃない威力ね…」
バラバラになったジャイアントモスの体が次々に地面に落下していくのを見ながら、リリアとエレナはその破壊力に唖然としている。だがエレナはハッと我に返ると、剣を背中に戻していたレクトに彼が放った先程の技について質問を投げかけた。
「先生、今の技は何なんですか?」
「『三日月の制裁者』っていう技だ。使い手の闘気を三日月状に固めて、それを相手に撃ち出す。闘気の低い人間が使えばリンゴを砕くのがやっとだが、反対に莫大な闘気を持つ人間なら大砲並みの威力を発揮するぞ」
技の詳細についてレクトは説明するが、彼の場合はどう見ても大砲すら軽く超えるレベルの破壊力であった。だがレクトの説明の中で気になる単語があったのか、エレナの横で聞いていたリリアが首を傾げる。
「闘気?」
「ま、平たく言えば気力とか勇気だな。魔力に依存しないから、俺みたいに魔法の才能の無い人間でも扱える」
レクトは簡単に説明を済ませたが、彼女たちから次の質問が飛んでくる前に一旦話を切り上げる。
「使い方が知りたいならまた後で教えてやる。それよりも今はベロニカの事が先だ」
「あ、そうですね!」
エレナは慌てて返事をし、リリアもそれに同調するように頷く。3人がベロニカとアイリスの方を見ると、既に解毒は終わったのか道具をバッグにしまい終えたアイリスが安心したような表情を浮かべていた。




