森に潜む巨大な蛾 ①
今日は野外授業ということで、レクト率いるS組はフォルティス城下町から少し離れたところにある森へとやってきている。
野外授業といえば以前も山岳地帯へとダークトロールの討伐に行った経験があり、今回もそれと同じくあるモンスターの討伐が授業の内容となっていた。
「よし、それじゃあ目的の場所に到着したことだし、そろそろ授業の内容について説明するか」
森の入口で、レクトは生徒たちの顔を見渡しながら説明を始める。入口であるからかこの辺りはまだ明るいが、少し先を見ると木々がうっそうと生い茂っており先が全く見えない。
「今日のターゲットは『ジャイアントモス』だ。どんなモンスターか詳しく知っている奴はいるか?」
そんなレクトの質問に手を挙げたのは、フィーネ、ルーチェ、そしてアイリスの3名だった。レクトはその中でも、とりわけ自信無さ気に手を挙げていたアイリスを指名する。
「じゃあアイリス、答えてみ」
「は、はい」
アイリスは自分が指名された事に少し驚いた様子であったが、指された以上はきちんと答えなければならない。本で読んだ知識ではあるものの、精一杯の説明を行う。
「ジャイアントモスはその名の通り巨大な蛾のモンスターで、成虫は毒性の強い鱗粉を撒きながら飛行します。また、幼虫も希少な草花を食い荒らすので害獣として討伐対象に上がることが多いです」
アイリスの説明は図鑑の文章そのままのような内容であった。とはいえ、それでもちゃんと勉強している事には変わりないのでレクトは軽く拍手をした。
「はい、完璧。よくできました」
「あ、はい。ありがとうございます…」
アイリスは少し照れながらも返事をする。レクトは生徒たちの顔を見渡すと、今回の授業に関する内容を改めて説明し始めた。
「それで授業の話に戻るぞ。最近この森でジャイアントモスの幼虫が大量発生してるんで、貴重な草木を守る為にも駆除しなきゃなんねえらしいんだわ。ま、早い話がスケールのデカい害虫駆除だな」
微妙に聞こえの悪い例えをしながら、レクトは淡々と話を進める。と、ここであることに疑問を抱いたエレナが手を挙げた。
「先生、大量発生の原因は何なんですか?」
「色々ある。気候の変動、天敵の減少、場合によっては魔族の実験ってのもあるな」
例に漏れず博識なレクトの答えを聞き、生徒たちはなるほどといった表情を浮かべている。モンスターといえども生物であることには変わりないので、何かしらの理由で個体数が急激に増えてもそこまで不思議ではない。
「今回の場合はおそらく天敵の減少だろう。ついこの間、ジャイアントモスを餌にしてる『ロック鳥』が住処を移動したばっかだしな」
「なるほど。食べられてしまうことがなくなったから、その分個体数が増えてしまったということですね」
レクトの説明を聞き、フィーネが納得したように頷いた。他の生徒たちも皆状況が大体理解できたようなので、レクトの方も本題に入る。
「というわけで今からお前らを2組に分けるから、それぞれ幼虫を10匹ずつ倒してこい」
突然のレクトの提案に、生徒たちは意外そうな顔になった。そしてその事に関して、フィーネが真っ先にレクトに質問する。
「分けるんですか?全員じゃなくて?」
フィーネがそう思うのも無理はない。何しろ前回のダークトロールの時は7人全員で戦ったのに、今回はそうではないと言うからだ。しかしレクトとしても適当な思いつきで言っているわけではなく、ちゃんとした理由があった。
「ジャイアントモスは図体はデカいけど、幼虫は動きも遅いし大して強くないからな。1人ならともかく、3、4人なら全く問題はないはずだ」
それを聞いて、一部のメンバーはどこか安心したような表情を浮かべる。前回のダークトロール戦でかなり苦戦したのもあってか、やはり多少は不安があったらしい。そんな彼女たちに対して、レクトは念を押すように補足した。
「ただし成虫は話が別だ。はっきり言って成虫はトロールよりも数段強い。もし成虫が出たら必ず大声で俺を呼べ。無茶だけはするな」
「「「はい!」」」
生徒たちは元気よく返事をする。その後、S組メンバーはレクトの指示によって言われた通りに2つのグループに分かれることとなった。
それから数分後、分けられた1つ目のグループは薄暗い森の中を慎重に歩いていた。メンバーはアイリス、エレナ、ベロニカ、リリアの4人だ。
「本当に大量発生なんてしてるの?さっきから全然見当たらないけど」
不気味な空気を醸し出しながらも静寂に包まれた森の中を歩きながら、リリアが愚痴をこぼす。確かに彼女の言う通り、何かがいそうな雰囲気自体はするものの姿は全く見えない。
「でも先生、確かに被害は出てるんですよね?」
「あぁ、それは間違いない」
エレナの質問に、何故か一緒について来たレクトが答える。もっとも、レクト自身は戦闘を助けるつもりなどさらさらなく、単に彼女たちの戦闘を見物するという目的だけのようだが。
「けど、多分この辺りにいるぞ」
レクトのその言葉を聞き、アイリスはギョッとした表情を見せる。
「どうして…!?」
どうしてわかるんですか、とアイリスが言いかけた瞬間、不意に彼女たちの視界の十数メートル先に大きな影が現れた。樽ほどの太さで黄緑色をした長い何かが、もぞもぞと蠢いている。
「お出ましみたいだな」
レクトの言葉を皮切りに、4人はすぐに武器を構えて前に出る。だがより近くでその姿を見た途端、4人は絶句した。
「こ、これがジャイアントモス…!?」
あまりにも驚いた様子でリリアが口を開く。というのも、目の前に現れたジャイアントモスの幼虫は、正に巨大な芋虫という言葉以外に表現の仕様がなかったのだ。
「「気持ち悪っ!!」」
リリアとベロニカが同時に叫ぶ。声には出さなかったが、エレナとアイリスも完全に同じ感想を抱いていた。
2人の声に反応したのかそれとも4人の気配を感じ取ったのかは定かではないが、ジャイアントモスの方も4人の方へとゆっくり頭部を向ける。
「き、来ますよ…!」
おそらく臨戦態勢に入ったのであろう幼虫を見て、アイリスがやや小さな声で言う。しかし普段のS組メンバーであれば個人差はあれどすぐさま意気揚々と挑んでいくのだろうが、今日の彼女たちにとっては状況が違っていた。
「いやぁぁ!気持ち悪いぃ!何とかしてアイリス!」
「無理無理無理です!ベロニカさんお願いします!」
「ちょっ、ア、アタシ!?なんでアタシなんだよ!?イヤだよ!」
3人はジャイアントモスに挑みかかるどころか、お互いにその役目を押し付け合っている始末である。当然ながらその理由は怖いからではなく、単に幼虫の見た目が気持ち悪いからという事に他ならない。
「あっはっはっはっは!」
そんな虫を嫌がる生徒たちを見て、レクトは叱るどころか大笑いしている。その様子を少し不快に思ったエレナは、レクトの真意について尋ねた。
「先生、もしかして私たちの反応見て楽しんでます?」
虫のモンスターを嫌がってロクに戦う事ができないなど、普通の教師であれば注意するのは当然の筈だ。しかしレクトは怒号を飛ばすわけでもなく、ただ笑いながら見ているだけである。
「おいおいエレナ、人聞きの悪い事言うなよ。これでも7割ぐらいは真面目に実戦として考えてやってるんだぜ?」
確かに実戦と言えば実戦なのだが、エレナとしてはどうにもレクトの態度がしっくりこない。というより、実戦と考えているのは7割とレクトが言っている時点でまず何かがおかしいのだ。
「残りの3割は?」
エレナは怪訝そうな目をしながら尋ねたが、レクトは隠す様子もなくはっきり答える。
「キャーキャー騒ぐお前らを見て楽しんでる」
「やっぱり楽しんでるんじゃないですか!」
エレナの怒りのこもった声を聞きながら尚、レクトは3人の様子を面白そうに眺めている。
一方で3人は相変わらず誰がいの一番に攻撃を行うかで揉めているようだったが、相手の幼虫も待ってはくれない。鈍重な動きをしながらもゆっくりと3人に向けて進撃を開始していた。
「ちくしょう!こうなりゃヤケだ!」
覚悟を決めたのか、ベロニカは太刀を振りかぶって幼虫に斬りかかる。いくら敵意むき出しであるとはいっても、動きの遅い幼虫に攻撃を当てること自体は難しくはなかった。ベロニカの一撃は幼虫の胴体の中心部分を捉え、深い切り傷を与える事に成功した…はずだったのだが。
「うわぁぁ!なんか出た!気持ち悪い!!」
ベロニカは慄くように、というか物凄いビビリ顔をしながら飛びのいてしまった。というのも、幼虫の胴体に太刀を入れたと同時に、赤い血液ではなくやや黒ずんだ緑色の体液が吹き出したからであった。
しかし、それにビビっているベロニカとは裏腹に攻撃を受けた幼虫は表情はわからないものの怒り心頭といった様子だ。
「ベロニカさん、危ない!」
アイリスは思わず叫ぶ。というのも、うっかり尻餅をついてしまったベロニカに向かって幼虫が大きく半身を持ち上げながら攻撃を仕掛けようとしていたからだ。
しかし、その攻撃は同じく覚悟を決めたリリアによって阻まれることとなった。
「ウインドカッター!」
幼虫の視界の外から、すかさずリリアが風の刃を飛ばす。数枚の風の刃が幼虫の全身を切り刻み、大きなダメージを与えたようだった。
この一撃が致命傷になったのか、幼虫は息絶えて動かなくなった。
「な?幼虫は大して強くないだろ?」
ようやく戦闘が終わって安堵するメンバーにレクトが声をかける。それほど大きな戦闘ではなかったが、別の理由でげんなりした様子のリリアが口を開いた。
「た、確かに強くはないけど、精神的にものすごく疲れたわ…」
何分相手の見た目が巨大な芋虫であったため、精神的な疲労はそれなりに大きかった。他の3人も同様のようだが、それに追い討ちをかけるかのようにレクトの言葉が続く。
「おいおい、まだ1体目だぞ。ノルマ達成まではあと9体倒さなきゃならねえからな?」
「マジかよ、あんなのをあと9体!?」
信じられないといった様子でベロニカが叫ぶ。ノルマ自体は最初に説明した筈だが、やはりあの巨体を目の当たりにした後で改めて言われるとそう言いたくなるのも無理はないだろう。
「じゃ、あとはガンバレよ。俺はあっちの様子も見てくるから」
レクトはそう言い残し、さっさと立ち去っていった。あっちというのはおそらくもう1つのグループのことだろう。
満足気な様子で木々の向こうへと消えて行くレクトを見送りながら、4人は大きな溜め息をついた。




