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先生は世界を救った英雄ですが、外道です。  作者: 火澄 鷹志
新任教師レクト編
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アイリスの花壇

 授業の合間の休み時間。S組の教室のすぐ外にある花壇では、アイリスがジョウロで植物に水をやっていた。サンクトゥス女学園の校門と校舎の間にある庭園ではバラを育てているが、この花壇にあるのはいずれも綺麗な花という訳ではなさそうだ。

 機嫌が良いのか鼻歌交じりに水やりをしているアイリスの背後に、彼女よりも2回りほど大きな影が音もなく現れた。


「へぇ。この花壇の植物、全部アイリスが育ててるのか?」

「うひゃあ!?」


 突然背後から声をかけられ、アイリスは思わず大きな声を出してしまう。驚きつつも彼女が振り返るとそこには不満そうな顔をした、担任であるレクトが立っていた。


「そんなに驚かなくてもいいだろうが。俺は猛獣か」

「あ、えと、すみません。レクト先生…」


 つい謝罪してしまうアイリス。もっとも、足音も立てずにいきなり背後から声をかけたレクトにも多少の非はあるのだが。そんな事はさておき、レクトは彼女が水をやっていた花壇を見渡す。


「で、この花壇は何だ?見た感じ、植えてあるのは花じゃなくて薬草みたいだが」


 レクトの言う通り花壇に植えられているのは色とりどりの花ではなく、大小様々な薬草であった。


「あ、はい。そうですね。薬草やハーブなんかを栽培してます。煎じて薬にするんですよ」

「ホットハーブがあるな。戦闘用だけじゃなく、風邪用の薬になる薬草も育ててるんだな」


 単なる傷薬の薬草だけでなく病気に対しての薬草も育てていた事にレクトは感心したような様子を見せるが、逆にアイリスは元傭兵であるレクトが薬草に関して意外な知識を持っている事に驚いていた。


「詳しいですね。先生も医療の心得があるんですか?」

「傭兵時代に少し勉強した程度だ。1人で戦ってた時は、戦闘から治療の事まで全部自分でやらなきゃならなかったからな」


 レクトの言う傭兵時代とは、彼が勇者ルークスの仲間になる前の事だ。傭兵として1人で戦っていた頃は、傷付いたり毒が身体に回っても自分で治療しなければならないので最低限の知識が必要だったのだが、ルークス一行の仲間になってからは魔術師カリダが回復魔法のエキスパートであったためにいつしかその必要性が無くなっていた。

 色合い的には少し地味な花壇を見渡しながら、レクトはふと思い出したようにアイリスに尋ねる。


「そういや医者を目指してるって最初に言ってたな。けどこの学校に通ってるっていう事は、なりたいのは軍医か衛生兵って事か?」


 実際、レクトがそう思うのも無理はない。医者を目指すのであれば普通は医療学校に通うべきなのだが、そこをあえて戦士の養成学校を選んだとなれば目指しているのはおのずと戦場での医療に携わる仕事、という事になる。

 実際レクトの予想は当たっていたらしく、アイリスは両手を合わせて笑顔で答えた。


「はい、そうです。いわゆる従軍医ですね。絶対に必要という訳ではないですけど、やはり戦場に出る以上はある程度戦いの心得があった方が良いと思いまして」

「だからA組じゃなく、あらゆる状況を想定したS組に配属されてるのか」


 レクトは以前から、なぜ医者を目指す彼女が救護専門のA組ではなくS組に配属されているのかという事に関しても少し疑問に思っていたが、その話を聞いてようやく合点がいった。S組が想定しているように少人数で敵地に赴く場合は、時には治療担当の人間が戦わなければならない場合だって充分に考えられる。

 そんな納得したような様子のレクトを見て何か思うところがあったのか、アイリスは自分が医者を目指す本当の理由を話し出した。


「私、お父さんが従軍医だったんですよ。だからお父さんみたいな医者になりたいって、思ったんです」

「だった?」


 アイリスの言葉が過去形であったので、レクトは思わず尋ねてしまった。しかし、それは彼女の父親がもういないという事を暗に示していたとすぐに理解し、安易に聞いてしまった事を多少後悔した。

 その一方でアイリスの方はやや寂しげな顔をしながらも、隠す事なくレクトの質問に答える。


「私のお父さんは『セイントレッド大戦』に従軍医として参加して、その時に命を落としました」

「セイントレッド大戦、か」


 セイントレッド大戦とは、2年ほど前に起こった人類と魔王軍との壮絶な戦いのことだ。フォルティス王国を含む3つの国家が総動員して組まれた連合軍と魔王軍の主力部隊が全面衝突し、戦いは三日三晩にも及んだ。

 最終的にはある精鋭部隊によって魔王軍の指揮官である魔将軍ベルフェスが倒され、指揮系統の混乱した魔王軍が撤退するという形で戦いは幕を閉じたのだが、その被害は甚大であり連合軍側にも数多くの戦死者を出す結果となった。話の流れからすると、その中にはアイリスの父親も含まれていたという事だろう。


「そいつはすまなかったな」

「えっ?何がですか?」


 突然レクトが謝罪の言葉を述べたので、アイリスには何のことだかさっぱりわからなかった。だがその事に関して、レクトの口からは意外な事実が語られることとなった。


「あの大戦で魔将軍ベルフェスを倒したのは、俺とルークスたちだ」

「えぇっ!?そうだったんですか!?」


 思いがけない事実に、アイリスは驚愕の表情を浮かべている。しかし冷静に考えれば、魔王軍の将軍を倒したのが勇者ルークス率いる四英雄ともなれば納得がいく。

 だが、アイリスには1つ疑問が残っていた。


「でも、どうして先生が謝るんですか?」


 アイリスは不思議そうな顔をしながらレクトに尋ねる。魔王軍を退けたという話の中で、今ここでレクトが謝罪する理由が全く見当たらなかったのだ。

 だが、レクトの謝罪の理由はアイリス自身にとっては意外なものであった。


「どうしてって、俺たちがもっと早く魔将軍ベルフェスを倒せていたら、もしかしたらお前の親父さんも死なずに済んだかもしれなかっただろうが」


 レクトは真顔で言ったのだが、それを聞いたアイリスは悲しむどころかレクトの顔を見てクスクスと笑っていた。


「何がおかしい?」


 真面目な話をしていたつもりなのに、急に笑いだしたアイリスを見てレクトは不機嫌そうに尋ねる。しかしそれでもアイリスは少し悪いと思いながらも、表情的にはまだ笑ったままの状態で答えた。


「たらればの話をするなんて、自信家の先生らしくないですよ?」

「アイリスお前、少しの間に随分と物を言うようになったじゃねえか」


 レクトは目を細めながら腕を組んだ。引っ込み思案のアイリスがこういう事を言えるようになったのは多少なり成長している証拠なのかもしれないが、レクトとしては若干間違った方向のような気がしないでもなかった。

 そんな彼の心情を知ってか知らずか、アイリスは少し慌てながらも真面目な顔つきになると再び話を始める。


「確かに父の訃報を聞いた時はわたしも母も一時期どうしようもないような気持ちになってしまいましたが、その時も周りの人たちが心配して色々とお節介を焼いてくれたんですよ。だからわたしも、立ち止まってないで前に進もうとこの学校に入学することを決めたんです」


 アイリスは何かを決心したような強い眼差しで話をした。そんな彼女の話を一通り聞いて、レクトは納得したような表情を浮かべる。


「戦える医者を目指してるのも、その親父さんの件があっての事か」

「はい、そうです」


 レクトの問いに、アイリスは頷いた。


「それに、もしもレクト先生ぐらい強い医者がいたら、護衛なんて付けずに単独で戦場を回ることができるじゃないですか」


 レクトぐらい強くというのは大袈裟だが、確かにそれほどまでに強い医者がいれば軍としては心強いことこの上ないだろう。だが、冷静に考えればおかしい部分にレクトが指摘を入れた。


「そんな奴がいたら軍からは多分、医者なんてやってないで普通に戦え!って言われるぞ」

「あ、それもそうですね…」


 思わぬ部分に突っ込みを入れられ、アイリスはやや恥ずかしそうに頭をかく。

 ここでアイリスは何かを思い出したように手に持っていたジョウロを花壇の側に置いてある道具箱にしまうと、今度は急かすようにレクトのコートの袖を軽く引っ張った。


「そういえば先生、もうすぐ授業の時間ですよ。早く教室行きましょう」

「なんだ急に」


 確かに授業がもうすぐ始まるのには間違いないのだが、レクトは怪訝そうな顔をしている。しかしアイリスはそんなレクトの顔を見て、笑いながら答えた。


「わたしがもっと強くなるためにも、先生にはちゃんと授業してもらわなきゃ駄目なんですから」

「あー、はいはい。そーいうことね」


 レクトは面倒くさそうに返事をするが、割と満更でもなさそうな様子だ。アイリスに背中を押されるような状態になりながら、レクトは教室に向かって歩いて行った。

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