ガールズトーク
時刻は午前10時頃、サンクトゥス女学園S組ではちょうど魔法史の授業の真っ最中であった。
「…この第二次魔法大戦における魔道兵器の使用によってグランデ平野に大穴が空き、長い年月をかけて雨水が溜まることによって現在のカエルレウム湖ができたってことだ」
教師らしく、レクトは淡々と授業を進めている。黒板にチョークで説明を書きながら、その都度必要な説明を行う。そんな“授業だけ”は割とまともなレクトの説明に、フィーネが手を挙げた。
「先生、今のカエルレウム湖には魚などの生物が住んでいますが、その魚たちはどこから来たのですか?」
河川と繋がっていない筈の湖に、何故生物がいるのか。そんなフィーネの質問にも、レクトはデタラメではなくきちんと学術に基づいた回答を返す。
「人が外から持ち込んだとか竜巻に巻き上げられたとか様々な説があるが、水鳥が何らかの拍子に身体に付着した魚の受精卵を運んだというのが一番有力だと言われている」
「なるほど、ありがとうございます」
フィーネが礼を言ったところで、授業終了の鐘が鳴った。レクトは右手に持っていたチョークを置くと、教卓の上に置かれた魔法史の教科書を閉じる。
「よし、じゃあ今日はここまでだな。次は実戦訓練だから、全員更衣室で運動着に着替えてこい」
「「「はい」」」「はーい!」
レクトの指示に、全員が各々返事をする。だがそれと同時に、突然教室のドアが開かれた。入り口には副担任のジーナが少し困ったような顔をしながら立っている。
「あ、レクトさん、みんなにお話が…」
「ん、何?」
クラス全員に伝えなければならない事項とのことなので、皆に聞こえるようにジーナの声がやや大きくなった。
「更衣室なんですけど、実は野外訓練が長引いた影響でまだ他のクラスが使ってて、時間がかかるらしいんですよ」
ジーナは申し訳なさそうに話したが、別に彼女が悪いというわけでもないし、特定の場所が他のクラスや学年とかち合って使えないなどよくある事だろう。レクトも別に文句を垂れるわけでもなく、メンバー全員に向かって改めて指示をし直す。
「そうなのか?仕方ねえな、お前らここで着替えていけ」
言うだけ言ったレクトは、そのまま信じられない行動に出た。教室を出ることもなく、欠伸をしながら教壇の椅子にもたれかかったのだ。
その非常識過ぎる行動にジーナを含めた全員が言葉を失ったが、勇気を出して1名がおずおずと手を挙げた。
「あの…先生、1つ質問が」
「はい、アイリス」
椅子にもたれかかったまま、レクトはアイリスを指差す。指されたアイリスはやや戸惑いながらも、根本的な問題について尋ねた。
「どうして先生はそこに座られたままなのでしょうか?」
「S組は俺の教室だからな」
アイリス自身は至極真っ当な質問をしたつもりであったのだが、レクトからは意味不明な回答が返ってきただけであった。当然のことながら、アイリスは自分の意志がレクトに伝わらなかったことに困惑している。
「いや、あの…そうじゃなくて…」
アイリスが何を言いたいかったかについてはレクトを除いた全員が察していたが、痺れを切らしたリリアが皆の意見を代弁するかのように大声で怒鳴った。
「あたしたちがこれから着替えるのに、なんで男のあんたが教室にいたままなのかって聞いてんのよ!」
「あー、はいはい」
それを聞いて、レクトもようやく生徒たちが何を言いたいのかが理解できたようだ。だが、相変わらずこの男の思考回路は一般のものとは程遠く、常軌を逸しているのも事実であった。
「大丈夫、大丈夫。俺、女の裸は割と見慣れてる方だから。あ、でも普段はお前らより5、6歳ぐらい上の女が多いか」
「んなこと聞いてないわよ、バカ!!」
リリアは顔を真っ赤にして怒っており、対照的に他のメンバーはほとんどが呆れ顔だ。一方でこの問題の元凶でもあるレクトはやれやれといった様子で、ある解決策を提案する。
「仕方ねえな。それじゃ目元にタオルでも巻いて寝てるから、着替え終わったら起こしてくれ」
「それはそれで、まず人としてどうなのかと思いますけど」
ルーチェは相変わらず毒を含んだ指摘が入るが、当のレクト本人は悪びれたような素振りも見せずに呆れ顔で答えた。
「聞き分けのねえガキ共だな」
「「「どっちが!!!」」」
レクトは怒り心頭の生徒たちから盛大なツッコミを受ける。そんな状況を見かねたジーナが、クラスの皆に助け船を出そうとレクトにある事を提案した。
「レクトさん。ここは私が見ておきますので、レクトさんは先に校庭に行っておいてもらえないでしょうか?」
「あー、そう。じゃあ先行ってるわ」
そう言ってレクトはコートを脱いで椅子にかけると、そばに立てかけてあった木製の大剣を背負ってさっさと教室を出て行く。そんなレクトのいつもと変わらぬ傍若無人っぷりを見て、S組メンバーはただただ呆然としたままの状態であった。
それから数分後、運動着に着替え終わったメンバーは訓練場へと続く渡り廊下を歩いていた。ただ、先程の一件もあってか一部のメンバーは不快な表情を浮かべており、その筆頭とも言えるリリアが真っ先に口を開いた。
「ホンットにあの男サイテー!あれで性格さえ良ければ言う事無いのに!」
先程からずっと憤慨した様子のリリアであるが、もちろん怒っているのは彼女だけではない。そういう事に関しては潔癖な部分のあるエレナも不満そうな表情を浮かべている。
「今更だけど、デリカシーの『デ』の字も感じられないわね」
そもそもS組メンバーにとってレクトがデリカシーの欠如した外道であるなど周知の事実であり、それに関しては誰も否定すらしない。
そんな皆の考えをまとめるように、ルーチェが皮肉を込めて1つの結論を述べた。
「でもある意味、完璧な人間なんてこの世に存在しないっていう証拠にはなるんじゃないかしら」
「あ、それ言えてる!」
ルーチェの的を射た発言に、ベロニカが笑いながら賛同する。否定の意見こそ出なかったものの、皆納得したような表情を浮かべていた。
「ここまで来ると、あんな男に倒された魔王が逆に不憫よね」
ルーチェは続け様にとんでもない毒を吐く。もちろん冗談だとは皆わかっていたが、ここでニナがとんでもない爆弾を投下した。
「えー、でもニナはレクトせんせーのこと好きだけどなあ。みんなはせんせーのことキライ?」
「「えっ!!?」」
空気を読まないニナの質問に、フィーネ、アイリス、ベロニカの3人が動揺したかのような声を上げた。そんな3人をさておき、ニナの質問に即答したのはリリアであった。
「大っ嫌いよ、あんなデリカシーのない最低男!!」
先程の一件がまだ尾を引いているのか、リリアは憤慨した様子のまま答えた。もっともリリアの性格からすれば妥当な答えであったので皆疑いはしなかったが、唯一ニナだけが疑問に思ったようにリリアに尋ねる。
「えー?でもリリアちゃん、レクトせんせーに対しては前までの先生達みたいに反抗したり、無視したりしてないよね?」
「うっ、そ、それは…!」
思いがけないところを突かれ、リリアは言葉に詰まってしまう。そんなリリアに助け舟を出すつもりだったのかどうかはわからないが、不意にルーチェが横から口を挟んだ。
「私は“人間性”を除けば好きよ」
「なに、その微妙な回答…」
褒めているのかどうか若干判定の難しいルーチェの回答に、エレナは目を細めながら指摘する。
一方で質問した側のニナはルーチェの回答を聞いて一言「ふーん。」と声を出すと、すぐさま次のターゲットに狙いを定めた。
「アイリスちゃんは?」
「えっ!?はっ!!?」
突然自分の方に話を振られ、アイリスは裏返ったような声で素っ頓狂な返事をしてしまう。しかし黙っているわけにもいかないので、しどろもどろになりながらも質問に答えた。
「わ、わたしはその…!好きか嫌いかで言えば好きで、あぁ、でもその好きっていうのは恋愛的な好きではなくって、あくまでも…その、尊敬できるっていう意味であって、決してやましいことは…!」
アイリスは一応自分なりに意見を述べようとしたのだが、どう見てもテンパっているようにしか見えない。
「言いたいことは大体わかるから、落ち着いて喋りなさいって。慌てるとかえって怪しいわよ」
見かねたリリアが諭すようにアイリスに言う。それを聞いてアイリスはホッとしたのか、目を閉じながら大きく息を吐いた。
そんな中、それまで黙って話を聞いていただけのフィーネが唐突に口を開く。
「けど、今までだったらこういう時、“いらない”だとか“さっさと辞めて欲しい”だとか誰かしら言ってたわよね」
フィーネの言う通り、これまでS組メンバーは教師のいないところで担任のダメ出しをしている事が多かった。もちろんレクトに対しても先程のような性格上のダメ出しはいくらでもあるが、“辞めて欲しい”という意見は誰も言ったことがないし、聞いたこともなかったのだ。
そんなフィーネの意見を肯定するかのように、続けてエレナが話をする。
「そりゃそうよ。今のところ人格以外一切の欠点が見当たらないもの」
「ただ、その人格が最悪だけどね!」
エレナの意見に賛同しつつも、リリアは相変わらず不満そうな様子で補足した。そんな中、ニナもニナで空気を読まない発言を続ける。
「じゃあ、レクトせんせーが担任でイヤだって人、手ぇ挙げてー!」
「はぁ!?」
突然のニナの要求に、リリアは驚いたような声を上げた。慌てて周りを見渡すが、誰一人として手を挙げている人物はいない。
「な、何よ。一人もいないじゃない。こんなこと聞いて何の意味があるのよ、ニナ?」
リリアはやや戸惑いつつも、ニナに質問の真意を尋ねた。無論、リリア自身もニナから論理的な回答が返ってくるとは最初から思っていなかったが、当のニナは屈託のない笑顔でリリアを見た。
「えへへー、よかった!」
「よかった?」
ニナの発言の意味がよくわからなかったのか、リリアが聞き返す。
「みんな、ニナとおんなじ!レクトせんせーが好きなんだね!」
ニナ自身は特に何も考えずに言ったのだろうが、その言葉に数名がドキッとする。これまでの話の流れから、当然のように真っ先に答えたのはリリアであった。
「す、好きだなんて言ってないでしょ!担任でいさせてあげても構わないって言ってるだけよ!」
「なんで上から目線なんだよ」
偉そうに言うリリアに対し、ベロニカが呆れたように指摘する。しかしベロニカ自身もこれまで教師を下に見ている事が何度もあったので、それを聞いていた他のメンバーはどの口が言うのかと内心思っていたのも事実であるが。
ところが、ふとルーチェが何かに気付いたように廊下にあった半開きの扉の前で立ち止まった。
「あれ…?」
ルーチェは一瞬、扉を怪しむような目で見たが、特に変わったところはなく扉の奥に続いている廊下にも誰もいないようだ。そんなルーチェを見て、エレナが不思議そうに声をかける。
「どうしたの、ルーチェ?」
「いや、何でもないわ。気のせいだったみたい」
そう言ってルーチェは前を向くと、他の皆に追いつく為にやや速足になった。
S組メンバーが廊下を通り過ぎた後、先程ルーチェが気にしていた扉が静かに開かれた。
「惜しかったわね、ルーチェ。やっぱり私ぐらいのレベルの魔法じゃあの子たちには見破るのは難しいかしら?」
偶然か否か、扉を開けて現れたのは他でもない校長のクラウディアであった。どうやら気配を消す魔法を自身にかけた上でS組メンバーの会話を聞いていたようだ。
「レクトったら、憎まれ口を叩かれながらもすっかり懐かれてるじゃない」
性格についての酷評こそあったものの、これまでのS組の担任たちとは一線を画するレクトの批評を聞いてクラウディアは満足そうな表情を浮かべている。
「けど、姿はそのままで気配を消しただけの私に気付かないなんて、あの子たちもまだまだ修行が足りないわね。今度、隠れてる敵を見つけ出す訓練も行うようにレクトに言っておこうかしら?」
クラウディアは笑みを浮かべながら一人言のように呟くと、カツカツとヒールの音を立てながら校長室へ戻っていった。




