四英雄 魔術師カリダ ⑤
カリダに先導され、レクトたちは地下へと続く小さな螺旋階段を降りていく。そうやってしばらく歩いたところで、先程の大広間より二回りほど小さな部屋に出た。
「何?この部屋。何もないわ」
部屋を見渡して、リリアが呟く。というのも、たどり着いた部屋は絵画やステンドグラスに彩られていた先程の大広間とは打って変わって真っ白な壁と柱に囲まれた殺風景な空間であったからだ。
だが部屋の中央には小さな台座が置かれており、ニナが興味津々といった様子で指差した。
「ねぇ!部屋の真ん中に何かあるよ!」
ニナの言葉に答える代わりに、カリダは中央の台座へと近付いていく。レクトたちも彼女に続き、中央の台座の周りへと集まった。
全員が台座の見える位置に来たことを確認すると、カリダは改めてその台座についての説明を始める。
「これがこのアルカナム神殿に伝わる秘宝である、『真実のオーブ』です」
台座の中央には、直径30センチメートル程の半透明の白い球がはめ込まれている。S組メンバーたちがまじまじとオーブを見つめる中、カリダはオーブに関する詳しい説明を続けた。
「このオーブには、触れた人間の心を映し出すという力があるのですよ」
「心を映し出す?」
漠然とした説明であったからか、アイリスがいまいちよくわからないといった様子で首をかしげる。勿論、他のメンバーも同様に具体的な内容についてはピンときてはいないようだ。
そんなS組メンバーたちにもわかりやすいよう、カリダはオーブに関する具体的な解説を始めた。
「オーブに触れてみればわかりますよ。もしも触った人物の心に少しでも邪念があればオーブは濁り、その邪念が大きければ大きいほどオーブの汚れも酷くなってしまいます。そして、悪しき心を持った人間がオーブに触れれば、オーブは瞬く間に黒く染まってしまうのです」
カリダの説明を聞いて合点がいったのか、エレナが下顎に手を当てながら要約する。
「要するに、綺麗な心の持ち主ほどオーブは白さを保っていて、汚れた心の持ち主であるほどオーブも汚れていくということですね」
「はい、その通りです」
理解が早くて助かると言わんばかりに、カリダは笑顔になる。他のメンバーも大まかなことは理解できたようで、それまで黙っていたベロニカが急に話を切り出した。
「面白そう!誰か触ってみようぜ!」
ベロニカはウキウキとした様子ではしゃいでいるが、それを見たフィーネが彼女に対して言及する。
「ちょっとベロニカ、カリダ様の話を聞いてたの?これは神聖な道具であって、玩具じゃないのよ?」
「えー?」
フィーネに注意され、ベロニカは少し不満そうな声を上げる。だがここでベロニカは急に何か閃いたように明るい表情になると、注意してきたフィーネに意外な事を提案してきた。
「そんなに言うんならさ、フィーネが先に触ってみればいいじゃん」
「えっ!?わ、私!?」
唐突なベロニカの発案に、フィーネはかなり動揺した様子で声を上げる。しかしフィーネ自身にも妙なプライドがあったのか、断るどころかむしろ強気な姿勢を見せた。
「わ、わかった。やるわ!」
そう言ってフィーネは一歩前に出ると、改めてオーブをじっと見る。オーブは先程と同じように透き通っており、特に汚れのようなものは見られない。
フィーネはやや緊張した様子で一度深呼吸をすると、オーブにそっと手を触れた。
「あれっ?」
不意にニナが口を開く。というのも、フィーネがオーブに手を触れた途端にオーブが僅かな変化を見せたからであった。
「ねーねー、なんだかオーブの中心に黒いモヤモヤが見えるよ?」
ニナの言う通り、それまで半透明であったオーブの中心部分に黒いモヤのようなものが見て取れる。先程のカリダの話を思い出し、ベロニカがニヤニヤしながら大きな声で反応した。
「って事は、フィーネの心には邪念があるって事か!?」
オーブが濁ったということは、邪念があるという事に他ならない。ベロニカは面白おかしそうに見ているが、オーブに触れたフィーネ本人はひどく動揺した様子を見せている。
「そ、そんな…!私、邪念なんて…!」
自分の中に邪念があるという事実を突きつけられ、フィーネは困惑を通り越して少し泣きそうな表情になっている。しかしそれを見ていたカリダはフィーネを咎めるどころか、クスクスと笑っていた。
「気にすることはありませんよ。人間なら誰しも、少なからず邪念を抱いているものですからね」
「えっ!?そうなのですか?」
カリダの話を聞いて少し安心したのか、フィーネの声が急に明るくなる。そんなフィーネの様子を見て、カリダは笑顔で話を続けた。
「そうですよ。例えば美味しいものを独り占めしたいとか、他人より綺麗になりたいとか、好きな人を自分のものにしたいとか、時にはそういった小さな感情でも邪念になり得るのです」
カリダの説明を聞き、ルーチェは合点がいった様子で頷く。
「なるほど…それならば確かに誰にでもありそうですね」
確かに人間なら誰でも小さな邪念を持っているのだとすれば、真面目なフィーネがオーブに触れても濁ってしまったのに納得がいく。そんなフィーネの邪念について、ベロニカがからかうような口調で言及した。
「なら、フィーネの邪念はきっと“誰よりも頭が良くなりたい”だな!」
「ちょっと、ベロニカ!」
自身の勉学について茶化され、フィーネは恥ずかしそうにベロニカを注意する。カリダはそんな光景を微笑ましく見つめながら、先程の邪念に関しての驚くべき事を話し始めた。
「しかし世の中には心に全く邪念を持たない、純粋な心を持った人間もほんの僅かですが存在しています」
「そんな人が本当にいるんですか?」
カリダの話を聞き、エレナが信じられないといった様子で尋ねる。そんなエレナの顔を見ながらカリダは頷いた。
「ええ。もっとも、今まで私が出会った人間の中では、そのような心を持っていたのは勇者ルークスただ1人ですが」
勇者ルークス。聖剣に選ばれた彼ならば一切の邪念のない純粋な心を持っていたとしても不思議ではない。S組メンバーも皆なるほどといった表情を浮かべている。
そんな中、急にニナが話を妙な方向へと持っていった。
「ねー!レクトせんせーも触ってみて!」
「俺?」
唐突なニナの提案にレクトは怪訝そうな顔になったが、それを聞いたベロニカも楽しそうな様子で口を開く。
「それ面白そう!センセイの心の中は間違いなく邪念だらけだろうしな!」
ベロニカは先程と同じようにはしゃぐが、それを見たリリアが呆れた様子で指摘する。
「だからベロニカ、遊びじゃないってさっきから言ってるでしょう?」
「そうだけどさー、やっぱり気になるじゃん」
リリアに注意され、ベロニカは頭をかく。しかしそんな提案を推奨したのは、意外なことに他でもないカリダであった。
「いえ、構いませんよ。私もこのゲス野郎の心がどんなに醜く汚れているのか、とても興味があります」
それを聞いたニナとベロニカは嬉々とした表情を浮かべるが、当のレクトはカリダの露骨な言い方に対し嫌悪感を示していた。
「カリダ、もう少しまともな言い方はねえのかよ」
堂々と嫌味を言うカリダに文句を言いながらも、レクトは渋々オーブに手を伸ばす。だがその手がオーブに触れた次の瞬間、オーブが驚くべき変化を起こしたのだった。
「うわっ!なんだコレ!きったなっ!」
思わずベロニカは吐き捨てるように叫ぶ。それもそのはず、レクトが触れた瞬間にオーブ全体が泥水のように濁ってしまったのだ。しかもその中心部には淀みのようなものが溜まり、ウネウネと気持ち悪く蠢いている。
「これ、どう見ても悪しき心じゃない!」
オーブのあまりの禍々しさに、リリアが大声を上げた。他のメンバーも皆同じように思っていたのだが、1人冷静な様子で状況を把握したカリダが口を開く。
「いいえ。信じ難いかもしれないけれど、この色は悪ではないわ。悪しき心を持つ者が触れれば、オーブは黒に染まる筈ですからね。これは単に白いオーブが邪念まみれで酷く汚れているだけです」
カリダが言うにはどうやらこのオーブの色は、一応のところ悪しき心を示す色ではないらしい。皆が驚いた様子を見せる中、ルーチェが真顔のままカリダに確認するように言う。
「という事は、レクト先生の心は邪念で酷く汚れているという事ですね」
ルーチェの的を射た発言に、カリダは大喜びで返事をした。
「はい。全くもってその通りです。悪人ではありませんが、まるで邪念そのものが人の形を成しているかのような人間のクズだという事ですね」
「おいカリダ、てめえ何嬉しそうに語ってんだ」
オーブから手を離したレクトは腕を組んでカリダを睨むように指摘したが、カリダ自身はオーブの変化がさも当然だと言わんばかりにドヤ顔を浮かべている。
無論、S組メンバーもこの結果に関してはある程度は予想通りだといったような表情を浮かべて苦笑していた。




