四英雄 魔術師カリダ ③
ここはマギアレートの中心に位置するアルカナム神殿。その歴史的価値と重要性から一般人の立ち入りは禁止されており、神官や政府高官、他国のVIPなど一部の人間しか中に入る事を許されていない。
その神殿の更に中心部に位置する祭壇にて、1人の女性が初老の男性と握手を交わしていた。
「此度の祈祷、誠に感謝しております大神官殿。いや、四英雄カリダ」
男性は深々と頭を下げ、大神官カリダに向かって感謝の意を述べる。大神官カリダはゆったりとした大きめのローブを身に纏い、左手には大きな錫杖を手にしている。
「いえいえ、こちらこそ帝国の将軍にお会いできて光栄でしたわ」
カリダは男性に笑顔を向けながら、握手をしていた右手を離した。
「では、これにて失礼致します」
男性は改めてカリダに一礼すると、部下らしき人物を引き連れて祭壇から立ち去った。それと入れ替わるようにして、今度は年老いた神官がカリダへある報告をする。
「大神官殿、お客様が見えております」
「客?確か今日の来賓の方は将軍で終わりではありませんか?」
老神官の報告を聞いたカリダは、心当たりがないのか首をかしげる。だが老神官からの答えを聞く前に、かつて聞き慣れていた声が彼女の名を呼んだ。
「ようカリダ、久しぶりだな」
その声に、カリダが振り返る。彼女の視線の先に立っていたのは、かつて苦楽を共にした仲間である銀髪の剣士であった。後ろには数名の少女たちを引き連れている。
「レクト!?本当に来たのね!」
驚いた様子を見せながら、カリダはレクトの方へと歩み寄る。本当に、と言うあたりおそらくレクトがここへ来るという事自体、冗談か何かだと思っていたのだろう。
「あなた、相変わらず丈の長いコートばっかり着てるのね。ずっと前から聞いてるけど、暑くないの?」
久しぶりに会って早々、カリダはいきなりレクトの服装について指摘する。レクトはその質問は聞き飽きたとでも言いたげな表情をしながら、逆にカリダの服装について触れた。
「お前の方こそ随分とイメージに合わない立派なローブなんか着ちまってよ。あの色気のカケラもないズボンとかはもう履かねえのか?」
「いちいち色気のないとか言わないでよ!それにこのローブは大神官としての正装なんだから仕方ないでしょ!」
レクトの言い方が気に入らなかったのか、カリダはやや大きな声で反論する。
四英雄であり今は神殿の大神官も務める魔術師カリダが、自分たちの担任とまるで友達のように話す光景にS組メンバーはただポカンとする他なかった。
「あの…先生…」
このままでは話が進まないと少し不安になったのか、フィーネが恐る恐る声を出す。だがレクトが答えるよりも前に、後ろにいたS組メンバーについてカリダがレクトに尋ねた。
「そういえばレクト、あなた今は学校の先生をやってるって聞いたけど、その子たちが生徒さんなの?」
「そうだよ」
レクトの返事を聞き、カリダはふーん、と声を漏らしながら顎に手を当てて物珍しそうに見ている。しかし大神官であるという今の自分の立場を唐突に思い出したのか、ハッとしたように姿勢を正すと改めてS組メンバーに向かって自己紹介を始めた。
「初めまして、皆さん。私がこのアルカナム神殿の大神官を務めている、カリダ・アーヴィングです。知っていると思うけれど、あなたたちの担任の先生であるレクトとはかつて一緒に旅をした仲間でもあるわ」
カリダの自己紹介を聞き、S組メンバーの何名かが感動したような声を上げる。一方でカリダの事をよく知るレクトは、そんな彼女の取り繕ったような態度を怪訝そうな目で見つめていた。
「すごい!まさか本当に四英雄に会えるなんて!」
四英雄に会えたことに少し興奮しているのか、エレナが歓喜の声を上げる。しかしその事に対して、ルーチェが少し冷ややかに指摘した。
「一応私たち、四英雄には毎日会ってるけどね」
「あ、それは…その…」
そもそも担任であるレクトも四英雄の1人であるという事をすっかり忘れていたのか、エレナが申し訳なさそうな表情になる。
そうやって様々な反応を示すS組メンバーを見て、カリダはしみじみとした様子でレクトに話しかけた。
「しかしあのレクトが学校の先生なんて…似合ってないにも程があるわ」
「言わんでいい。自分でも自覚してる」
レクトは腕を組みながら答える。カリダは改めてS組メンバーの方を見ると、笑顔で全員に語りかけた。
「生徒のみなさんも、こんな人として問題だらけの男が担任の先生でさぞかし大変でしょう?」
表情は穏やかながらも、カリダの言葉は少し嫌味を含んでいた。そんな彼女をレクトは尚も怪訝そうな顔で見ていたが、カリダは気にもかけずに話を続ける。
「何しろ、3度の飯よりも人の恥辱や屈辱にまみれた顔を見るのが大好きな男ですからね。もしかしてあなたたちも普段から酷い目に遭わされているんじゃない?」
カリダの言葉が遠からずも当たっていたので、S組メンバーは何とも言えない表情を浮かべている。しかしそんなカリダの態度に少しイラっときたのか、反撃するかのようにレクトからは爆弾発言が飛び出した。
「フルーツジュースの飲み過ぎで腹壊して、魔王軍幹部の待ち構える部屋の前でトイレトイレって騒いでたような女に言われたくはないね」
そのエピソードを聞いた瞬間、生徒たち全員の表情が固まった。何しろ世界を救った英雄が大事な決戦の直前に腹を下していたなど、あまりにもカッコ悪すぎてにわかには信じられなかったからだ。
しかしそんな冗談のような話にも関わらず、カリダは顔を引きつらせたままレクトの話を何とか止めさせようとする。
「レクト、その話は…」
「あれ、あの時は結局間に合わなかったんだっけ?」
制止しようとするカリダの言葉を遮り、レクトは卑劣な笑みを浮かべながら煽るように大声で話を続けた。その様子を生徒たちは落ち着かない様子でただ見守っている。
「いい加減に…!」
「そうそう、思い出した!確か泣きベソかきながら最後は盛大に…」
カリダは眉間をピクピクと動かしながらレクトの話を止めようとするが、当のレクトは気にせず話を続ける。しかし次の瞬間、ブチっという血管の切れる擬音でもしたかのようにカリダの様子が豹変した。
「いい加減にしやがれ、レクトぉ!!」
「「「ええっ!?」」」
英雄カリダのあまりの態度と口調の豹変っぷりに、S組の全員が驚きの声を上げた。しかもカリダは口調だけではなく、表情までもが鬼気迫るものに変化している。その様子を見て、原因でもあるレクトは面白おかしそうに囃し立てた。
「おっ、久しぶりに見たな。カリダのブチ切れモード」
「うるせえ!!テメーはいつもいつも人の恥ずかしい過去を嬉々として語りやがって!今すぐ消し炭にしてやるから覚悟しやがれこの腐れ外道が!」
カリダの口調は更に荒くなり、まるで正気を失ったかのような様子で手にした錫杖を構える。だが、そうはさせまいと横にいた2人の老神官が青い顔をして全力で止めに入った。
「大神官殿、落ち着いてくだされ!」
「そうです、あなたがここで力を解放すれば神殿が崩壊してしまいますぞ!」
必死な様子の老神官に制止させられながら、怒り狂った様子のカリダは躍起になっている。
「離せクソジジイ共!今日という今日こそはあの外道をこの世から抹消してやる!!」
先程までとは打って変わって、カリダの口調は荒っぽく下品なものへと変わり果てていた。そんな彼女を指差しながら、レクトはケラケラと笑っている。
「あれが英雄カリダの本性だ。な?俺なんてまだマシな方だろ?」
言いながら、レクトは大笑いしている。だがS組メンバーはあまりにも信じられない光景にただただ言葉を失うばかりであった。
「言いたくないけど、四英雄ってこんな人達ばっかりなの!?」
「よくこんなパーティで魔王を倒せましたね」
英雄カリダの豹変ぶりを見てショックを受けたのか、リリアとエレナが嘆くような表情でレクトに言及する。しかし、レクトの外道っぷりがこれで終わる筈などなかった。
「ちなみにカリダには“お漏らし”と“貧乳”は禁句な。よーく覚えとけよ、お前ら」
レクトはワザとらしく、カリダにも聞こえるような大きさの声で発言する。当然のように、その禁句を耳にしたカリダは更に激昂してしまう。
「誰が漏らした貧乳だこのゲス傭兵!地平線の果てまでぶっ飛ばしてやる!!」
「大神官殿、どうか気をお確かに!」
老神官たちは何とか荒ぶるカリダを落ち着かせようと必死に説得するが、そんな彼らの努力をあざ笑うかのようにこの外道は火に油を注ぐ。
「そりゃそうだよなぁ。あの四英雄カリダが、実はションベン漏らしたパンツ履いたまま魔王軍のナンバー3と戦ってました、なんて口が裂けても言えねえよなぁ?」
「レクトぉぉ!!ぶっ殺ぉす!!!」
レクトの語った忌まわしいエピソードが、ついにカリダの怒りを頂点へと導いた。カリダは老神官の制止を振り切ると、右の手のひらに強大な魔力を集中させる。あっという間に巨大な光球を作り上げると、それを容赦なくレクト目掛けて放った。
「げっ、マジかよ!?」
突然放たれた高等魔法を見て流石に身の危険を感じたのか、レクトは咄嗟に大剣を構えて光球を受け止める。が、あまりにも強大すぎる一撃であったためか、その衝撃を受け切れずに神殿の壁を突き抜けてしまった。
そのままレクトは数百メートルほど吹き飛ばされ、轟音と共に街の中心部へと落下していった。
「「「せ、先生―!!」」」
目の前で起こったあまりにも衝撃的な事件に、S組メンバーは思わず叫ぶ。ただしルーチェとリリアの2人だけは、まるで自業自得だと言わんばかりの白い目を向けているが。
一方でこの騒動の元凶となった外道を排除しスッキリしたのか、カリダは先程とは打って変わって清々しい表情になっていた。
「あらやだ、恥ずかしい。私ったら神聖な神殿の中で攻撃魔法なんて使ってしまって」
カリダの口調は最初の時のように穏やかであった。かつての仲間を街の彼方に吹き飛ばしたというのにも関わらず、随分と平然とした佇まいである。
「さて、目障りな男もいなくなったことだし話を進めましょうか。えっと、生徒さん達に神殿を案内して回ればいいのよね?」
レクトの事など意にも介さず、カリダは淡々と話を進める。引率の教師を自ら吹き飛ばしておきながらどの口が言うのか、と突っ込みを入れたいところではあるものの、先程の一件を見た一同にはそんな度胸などあるはずもない。
だがそんな中、流石に心配になったのかフィーネが恐る恐る手を挙げた。
「あ、あの!レクト先生は放っておいて大丈夫なんですか!?」
あれだけ派手に吹き飛んだレクトを見れば、心配になるのも無理はない。あんな状況普通に考えればただでは済まないのだが、カリダはさも当然といった表情のまま答えた。
「問題ないでしょう。何しろ火山の噴火や雪崩に巻き込まれても生きてた男ですからね。あの程度では死にませんよ」
レクトの強靭な生命力をよく知っているからであろうか、カリダは微塵も心配することなく笑いながら言う。ただ、顔は笑っているが明らかに目が笑っていない。
「むしろ、さっさとくたばってしまえばいいのよ。あんな外道」
カリダは一呼吸置くと、一瞬だけ冷たい目をしながらボソリと呟く。S組メンバーは、ただただ背筋が凍るような思いでその言葉を聞いていた。




